【神話生物事件】前編

「かーれきーに、はーなをー、さーかせーましょー」


少女がいた。


灰を地にばら撒いて、花を咲かせる少女がいたのだ。


「かーれきーに、はーなをー、さーかせーましょー」


何も無い土地だった。


何も生まず、生まれず、ただ地面があるだけだ。


その地面ですら生きていない。


砂漠に近いような、紙の上を地面と言い張っているだけのような、ただ足をつけられる場所を、地面と形容しているだけな気がする。なにせ、そこに生きる虫も動物もいない。


死んだ土地なのだ。


特筆すべきものは一つもない土地だった。


ーー彼女が、灰を撒くまでは。


灰に呼応し、生命が生まれる。


生まれも、環境も関係なく、分け隔てなく、あらゆる種類の華が咲いていた。


そこから木も生え、果物が膨らみ、命が生まれた。


命が産み落とされる。


それはまるで、神の御技のようだった。


「……あ」


少女が声を上げた。


星だ。


星が先ほど流れるのが見えたのだ。


その星に、彼女は未来を見た。


それはかつて、勘解由小路在信が天性の才で使用した技であり、


彼女もまた、天性の才を持って使用した技である。


ただ生まれながらにして特別な彼女は、残念なことに現世を生きていない。


いや。言い方が悪い。


裏世界。地球上には存在せず、地球の影のような人間が認知できない世界に、彼女は唯一の人として立っていた。


裏世界は日本にしか存在しない。


それは、ある意味で悲劇だった。


日本の特色が、風土が、歴史が。


ありとあらゆる神話や歴史、物語、……童話。


それらを全て受け入れてしまったが故に、生まれた世界が裏世界である。


裏世界は本来、とあるものを閉じ込めるための世界だった。世界を使って閉じ込める結界だった。


ーー日本における、この世を終わらせる終末装置。


ゲーム本編における、ぬらりひょんの本当の目的。


「……倒せるのかな」


何かが泣いている。


すすり泣く音だ。


音が聞こえた瞬間、花も木も命も枯れた。


枯れて、枯れて、砂になる。それがまた、紙の上に砂漠を作ったような地面になっていくのだ。


枯れて、枯れて、途中で止まった。


じわじわと領土を奪い合うように、花が咲いている場所と枯れた大地がせめぎ合う。


「……さーかせーましょー」


そして再び、彼女は灰を撒いた。





ーー少女は、本編で本来であれば3周目に出てくる重要なキャラクター。


だが、彼女の姿を目撃した人間はいまだ一人もいない。


彼女は、子孫だ。


童話であり、歴史的事実の偉業を残した大英雄の子孫。


「花咲かじいさん」の、末裔である。







【厄モノガタリ〜花咲き月夜に滅ぶ世界~】

 

3周目第2章「花咲か爺さんが生んだハナサキ」より抜粋


その道は未だ、踏むものおらず。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





ティンダロスの猟犬と呼ばれる不死の存在がいる。


それは名の通りの犬ではない。


異次元に巣食う上級の独立種族。


悪夢の具現化のような都市「ティンダロス」に住んでいるとされ、--人に近い知的生命体なのだ。


姿を見た者はいない。


なにせ、その姿を見て生きて帰ったものがほぼいないのである。


「体がない」「いや、体はあった」と記憶すら曖昧にさせる不確かな存在であることは間違いない。


いわゆる、クトゥルフ神話の生物である。


さて、クトゥルフ神話といえど実はこの存在はラブクラフト原作ではなく、その友人であるフランク・ベルナップ・ロング(以下ロングと表記)によって生み出された存在である。


当初は間接的な言及にとどめていたにすぎなかったが、79年に公開されたロングの小説や、TRPGの普及により設定が加え続けられたのである。


例えば、ティンダロスの猟犬は主人公が人狼化することで使役できる、とか。


ティンダロスの猟犬たちには、強力な「王」の個体がいることなどだ。


ティンダロスの猟犬たちは、とある条件を満たすことで追いかけてくる。


なんらかの「過去視」や「タイムトラベル」が発生したことを猟犬に捕捉されてしまうこと。或いは、猟犬の存在を知覚してしまうこと。


それこそが、猟犬に狙われる条件である。


例外としてこの世界では星見や易占は除外される。


スマホのない時代に「将来スマホと呼ばれるものができる」と極めて近い高度な未来の予測をしているにすぎないからだ。


直接的に見た、行った、知ったが特に危険だ。


例えば、そう。


ーー転生で、過去を知っていたり。


ティンダロスの猟犬について、認識してしまうことがあげられる。










ティンダロスの猟犬は非常に醜く、臭く、醜悪な姿とされているが、ある時、悪夢のような世界で美しすぎる個体が発生した。


王ですら霞む戦闘力、そして王をも取りまとめる風格。


女王個体と呼ばれていた。


隔絶された存在、それは通常の神話ですら生まれない、例外的誕生とも言えた。


ーー例えるなら、女王が生まれるほどティンダロスの猟犬が強大な存在になってしまったような。


彼女は時空を超える能力を有したうえで、男を見つけた。


初めて見つけた”それ”は、手出しができなかった。


周囲に強大な存在が多すぎたのだ。


圧倒的な悪意の塊も、全てを守る結界も、ありとあらゆる要素があらゆる猟犬を跳ね除けた。


ティンダロスの猟犬たちは激怒していた。


王たちも手出しができなかったのだから、憎んでいたといっても過言ではない。


そんな、”男”を知り、彼女の脳が刺激された。


知りたい、見てみたい、そして。


ーー殺してやりたい。


この偉大なる種族に並ぶ人間を、食らい、殺し、潰し、奪い、--辱めたい。


執念深く、彼女は男を追い続け、狙い続けた。


まるで、愛のような……錯覚をもって。


そして、詳細は省くが。


何故か強大な力によって、”男”を守る結界に穴が開いた。


彼女はティンダロスの猟犬の猟犬たちに命じた。


男を嬲れ。


男から簒奪せよ。


肉も、精神も、思考も、人格も、記憶も、行動も、明日も、未来も、存在も、空気も、全て食めと。


ーーこうして、事件は起こったのである。


全ては、あらゆる愛の為に。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「っていうシナリオもあったんですけどネ! いやぁー。頼んでよかった。ほらもうティンダロスの猟犬の女王個体もがんばって17分割されてしまえば息も止まるってことなんですねぇ。うわーくっさいなぁ! 」


牢獄の中。


暗く光の一筋もない空間。


不死の猟犬たちは、物理で殺されるはずがないにも関わらず、ただ美しく斬られ死に絶えていた。


それは単なる猟犬も、王も、女王も。


死体は混ぜっ返されたように散乱し、口にする事も憚られるおぞましい体液がまき散らかされている。


倫理観も、道徳も、この閉鎖的な空間には存在しない。


ただあるのは、髪の無く、長い頭をした老人が、日本刀を持って死体の上に座っていたことだけだった。


「なんだ……。年寄を酷使させて。72時間は斬り結んだぞ。ニャルラトホテプ、殺す気か? 俺を」


「滅相も。貴方様を酷く滑稽に冷徹に混沌の赴くまま死んでいただくのが私の使命。この程度の地獄で死ぬのであれば、死ぬ方が悪い。そうでしょう?」


「はぁ……。であるか。なら死体もこの臭い液体も全部処理したまえ。せめて牢屋の中くらい落ち着くひと時を過ごさせろ。これでも虜囚だぞ。あと労われクソボケ邪神」


「ほぉ怖い。……神刀、ですか。それを手に入れてからまぁ敵なしでしょうに。わざわざ牢に勝手に入って」


「--で? どうしてこいつを討たせた?貴様の手の物だろうに」


酷く歪んた笑顔で、ニャルラトホテプは応えた。


「嫌じゃないですか。一応高名なクトゥルフ神話ですよ? 人間と恋愛ラブコメよろしくラブラブちゅっちゅしている高位存在ってほら……気色悪くて。あぁおぞまじいおぞまじい。人間を貶めるはずが人間に誑かされ家畜のごとき発情を見せてくるなど、管理職的にアウトですアウト。……それに、このままだと間違いなくヒロインになるところだったのでネ! 最近、面白い存在を見つけましてね? なんと、(縺ォ繧薙@縺阪?縺ィ繧にんしきのとり)を捕まえた人間がいるのですよ」


「(縺ォ繧薙@縺阪?縺ィ繧にんしきのとり)を?」


老人の頭には、言葉が入らず、認識のできない概念が頭に埋め込まれた。しかしそれで老人は理解できたし、それがどういう結末を迎えるのかも心で分かった。


そして、何を捕まえたのか、すぐに忘れた。


反ミームと呼ばれるものを上手く使用した、意思伝達方法だ。


「有り得ぬ、だが、有り得たのか……? 誰が、誰が成した?」


「--。須藤与一」


「……。? ……え? だ、誰だ……?」 


「貴方でも知りませんか、ぬらりひょん。この世界を知り尽くしてしまった、イレギュラーの貴方でも」


「……。その者は」


遂に老人は、顔を上げた。


長い頭が、天秤が傾くように地面に向いた。


「良き人か?」


「えぇ。【ハナサキ】を2つ式神にしているモブ陰陽師です」


「……はぁ……? えぇ……ドン引きだが……」


初めて、ぬらりひょんに人間らしい表情が浮かんだ。


気の抜けた老人のような顔をして、和服の袖で汗をぬぐった。


「はぁ。もう訳が分からん。せめてもっと分かりやすくならんものか。ニャルラトホテプ。お前もシナリオとやらに一家言があるのなら、もう少しまともな筋書きにしてくれ。分かりにくい」


「……。えぇ。でも、賽は既に振られているんですよ。さぁ、老齢の英雄、日本大妖怪ぬらりひょん、そろそろこの牢から出てもらいましょう」


「……」


「世界を、美しく滅ぼすために」


「……。なるほど。で? どこで俺は動く?」


ニャルラトホテプは、指を上に刺した。


「こ、こ♡」


ーーーーーーーー





「高校生陰陽道最強決定戦トーナメント!?」


『うん』


俺こと須藤与一は混乱していた。


4月に入り俺も高校2年生。


正妻面した某あの子は隣の部屋で、ペット面したあの子と一緒に暮らしているし、部屋に乱入する回数も土日以外は減った。


平穏無事、陰陽師関連の事件は特に起きず過ごすことができたのだが。


突然登校前、朝っぱらから親父から連絡が来たのだ。


「高校生陰陽道最強決定戦トーナメント!?」


『うん』


「こ、高校生陰陽道最強決定戦トーナメント!?」


『なんで3回も聞いたの?』


そのイベントは、原作のゲームでもよく知っていた。


原作主人公が参加し、優勝を目指すことで原作ヒロインとの好感度を増やしつつ、必殺技の会得の為に奔走していたのだ。


確か必殺技は、……宮内庁のすごく偉いカリスマ幼女の人気キャラランキング3位、日輪様の執事が持ってる能力で一つ好きな能力の習得方法を教えてもらえるのだ。


執事もやべーけど日輪様ってシナリオ上やばいからな。


本気になれば過去も未来も全部見通すレベルのチート。


でも宮内庁の用意した環境の外に出た瞬間あらゆる悪意と呪いが降りかかるから一生宮内庁から出てこれないという箱庭で生きるシナリオだからなぁ。


下手に日輪様に気にいられたら主人公も宮内庁から出てこれないというヤンデレシナリオだったはず。


でもメインキャラじゃないんだよな。


人気のあるサブキャラみたいな立ち位置だったはず、日輪様。


さて、原作通りであれば今回の高校生陰陽道最強決定戦トーナメントを日輪様は観戦するのだ。


出場する学校は、4つ。


陰陽庁管轄の陰陽師の養成学校。

【明晴学園】


陰陽本場の京都における学校。

【六波羅学園】


賀茂家の流れを汲み、西洋宗教と陰陽の両立を目指す学園。

【聖秋欧学園】


そして、現代怪異を専門とし、五星局を司る研究員を育てることを名目とした学園。

【五星附属術浄学園】


この4つの学園から代表者4人を出し、16人トーナメントで優勝を目指すのだ。



「うんうん。俺知ってるよぉー? そういうバトルが繰り広げられてすごく盛り上がる大会だしぃ~? なんならもう次世代の戦闘職のスカウト合戦が始まるレベルだもんねぇ?」


『うん』


「なんで俺が明晴学園でエントリーされてんだよぉおおおおおおおおおお!!!!!!? 俺そっちの学園行けなかったからこっちにいるんですけどぉおおおおおおおおおおお!!?」


『なんでだろうね……』


何でだろうねじゃ無いだろ流石に。


「おぅいクソ親父ぃ~~~、あのな? 知らないかもしれないけど、そのトーナメントな? 学園のTOP4までの人しかでれないんだわ。戦闘試験における成績上位者4名だぞ? 中にはもう現役で妖怪どもをびしばし殴っとる奴もおるわ」


『うん』


「なんで俺なんですかねぇ!!! なんでっっっ!!!!! 俺なんですかねぇええええええええええええ!!!!!!!!!」


『あっはっはー』


「あっはっはー!?!?!? 正気かお前ぇえぇ??????」


『いやでも、……その。あのー」


「はい」


『……いや実はねぇ。この前お父さん宮内庁に行ってね! 息子自慢しすぎて「じゃあ息子見せてみろよ嘘乙www」って煽られちゃったから「できらぁ!」って言っちゃったんだよね! ごめんね』


「ごぉぉぉめんじゃねぇなぁ!!!?」


『はは。でも大丈夫大丈夫。与一自体は陰陽師としての戦闘技能はしょっぱいんだけど』


「くっ、事実陳列罪……っ」


『今回は助っ人がいるからさ』


ばたん!!! と大きな音を立てて、玄関の扉が開かれた。そう、あの二人だ。


「話は事前に聞かせて頂いております! 花嫁of餓者髑髏、小笠原ひとみと!」


「ただ後ろで突っ立ってるだけで良いと言われた貴方のペット、須藤いろは!」


「「とりあえず全員しばいて与一さんを優勝させるキャリーキャンペーン、実施します!!!!」」


「う、うわ、うわああ、うわぁぁぁ、ぁぁぁぁぁ」



困ったことに、これならちゃんと勝てそうという算段になる程度には、勝ち目がありそうだった。


というわけで、2か月後の6月に明晴学園のナンバー4として出場が決定してしまった。







さて、実は困ったことがある。


明晴学園、関東随一の学び舎であるここには、あの二人がいるのだ。


そう。


幼馴染ちゃんとメスガキママ。


蘆屋緋恋(あしやひごい)と賀茂モニカが。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「与一さんのお父様から連絡があったのは昨日です。生活の様子を伺う電話の時に、出てくれないか、と。あ、今日はトイレットペーパー1人2セットまでなので2つよろしくお願いします」


「あいあい。……親父、一体何考えてるんだか。詳しく聞いてないか? 俺には上司からゴリ押しされてとしか」


「私もそうですが……、私にはメリットも伝えられました」


「メリット?」


学校から帰る途中に、俺はひとみとスーパーに寄っていた。


2年生になって、ひとみはどこか大人びた様子になっている気がする。


須藤いろはといる時はそんな事ないが……、まぁ、彼女なりになりたい人間像を目指しているのだろう。


「えぇ。私に関しては与一さんと高校生活を送った後の進路として、どうしても餓者髑髏(わたし)がネックになってしまうので、そこをサポートして貰いながら働く方が良いだろうと。五星局でしか生きてこなかった身でもあるので。むしろそちら関連の仕事を探す場合、トーナメント出場はある種お披露目会として就職活動を有利に出来るやもと。正直戦闘自体は嫌いではないのですよ。ストレス発散の運動みたいなものですし」


「そんなテンションで戦ってたんだ。……就職かー」


そうか。俺も意識してなかったけど、そろそろ進路の時期だもんな。


彼女は先んじて考えてはいたのだろう。親父もそこを意識した交渉をしたに違いない。


「偉いよなぁひとみ。俺何も考えてないし。将来何するか全く分からん……」


「与一さんは、なりたいものは無かったのですか?」


なりたいもの……そんなもの、忘れたよ。……忘れたんだよ。


「今は、あんまりねぇなぁ。結局勉強は得意じゃねぇし、運動、に関しては陰陽術を学んじまったから制限かかってるしな。使えなくても陰陽術を疑われるし。……大学、も……行ったところでなぁ」


「まぁ。与一さんは大学に行くものかと」


「……行くだけなら、まぁできるけど。行って何をするかが、さ」


別に世間体とか気にする人間じゃないし、大学を卒業しないと就けない仕事を目指すわけではない。


正直、どうでもいい、が先に来てしまう。


俺は……何がしたいのやら。


「与一さんは、お巡りさんとか向いてますよ」


ひとみから突然そんな言葉を掛けられた。


「お、お巡りさん? なんでさ。一番向いてないだろそれ」


「だって、いつも誰かを助けようとして物事に突っ込んでいくではないですか。私たちを置き去りにしてでも人助け。……気付いたら、誰か救われてる」


「そ、そんなのなぁ。……偶然、だし。たまたま助けられただけで」


「私は、たまたま救えるのですか?」


にっこりと、ひとみが笑った。


「与一さん。与一さんの良いところは、私がしっかり見ていますから、そう悲観しないで一緒にやりたい事探しましょうね」


……なんというか、彼女の笑顔の前では、何にも勝てない気がするのであった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




須藤いろはは、気付いたら俺の部屋にいて待っていたらしい。


一度ひとみが部屋に戻ったことを受けて元気よく俺に飛びついてきた。


「うへへー。与一さーん。二人っきりですね。ご飯にします? ご飯になります? それとも、ご飯?」


「常に食される恐怖と戦うハメになる……」


「冗談ですよー冗談! ちゅんちゅん」


彼女が俺のペット宣言をしてから半年が経ったとは思えないほど馴染んできた。


彼女は最初こそ色んな面で困り感を持っていたが、12、3年間俺のことを観てきた成果もあり、徐々に人間社会に適応していった。


今では完全に、人間らしく生きている。


「でもトーナメントなんて大変ですよね。与一さんは戦えるんですか?」


「俺か?いや、無理だろうなぁ……」


無理というか、不可能だろう。


俺は小さい頃剣術を学び木刀を振り回すことはできたが、あくまでボッコ遊びだ。


陰陽術を使用した防御を一切破ることができない。これが致命的すぎたのだ。


「というかいろは。お前なんでトーナメントに参加を? 後ろ突っ立ってるって言ってたけど」


「あー! そうですそうです! 与一さんのお父様から「後ろ立ってるだけでいいよー。与一が勝ったら焼肉食べ放題」って言われたんです! 凄いですよね食べ放題! もうやるっきゃないなって!」


「ひどい」


ひとみには就活に有利と言い、いろはには焼肉をちらつかせる。


親父のやつ、完全に交渉勝つ気満々だったんだろうなと言わんばかりのことを言っている。


「でも与一さんが戦えないなら……、ひとみお姉様の餓者髑髏正妻パンチでボコボコにする戦法ですよね。すごいヤンママ路線待ったなし」


「拳一つで成り上がる花嫁怖すぎるだろ」


いや、全然あり得るが?


相手によってはパンチ1発で沈むぞ。


「ふふふ、でも私一番楽しみなことがあって」


「ん?」


「与一さんの実家に行けることですよ! もう私からしたら聖地巡礼ですよ聖地巡礼! あーここ観たことあるー!って言いたいんですよ絶対!」


「あー……そうね君はそうね」


本当にプライベート全部筒抜けだなこの鳥さん。


そうか。実家に戻らなきゃだもんな……。



……実家、かぁ。


元気してるかな。あの人。








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2か月後。



須藤家 実家。



「ここが、与一さんの実家……ご、ごくり」


いろはが息を飲む。無理もない。彼女にとっては聖地巡礼なのだから。俺からしたらただの家だが。



「ふふ。緊張で動けないとは愚かな鳥ですこと。私はお土産を持参しました」


「ぴっ!? そ、そんな! お土産マウントを、高校生の時からできるなんて!」


ひとみはきちんと布で包んだお菓子をちょこんと両手でつまみいろはにアピールをする。彼女も些か……強かに育ったような気がする。


「はぁ。まぁいいや開けるぞ」


陰陽師の家は基本近代和風建築の借家が多い。俺の家も例に漏れない。


家は木造二階建てで、全面にガラス戸。


かなり広く、12メートルくらいはある長い廊下がある。噂によると、一枚板で作られているのではないかとかなんとか。詳しくはないが、陰陽術に関係のない建築技法と聞いた。


横開きの玄関の扉を右にスライドさせると、中で待っていた人が頭を下げた。


「長旅ご苦労様です、与一様。お連れ様も、ようこそいらっしゃいました。お荷物をお預かりいたしますので、こちらにどうぞ」


「あぁ、ありがとうございます。おい行くぞー。……。? おい、二人とも?」


餓者髑髏の連れが目を見開いて、がたがたと顎を揺らす。


そういえば、と鳥の連れがぽんと手を打った。いたなこんな人、みたいなニュアンスで。


ひとみが家のお手伝いさんを指さした。


「め、メイドぉおおおおおおおおお!!!!!???!?」


……。そうか。一般の家庭にメイドはいないもんな。慣れすぎて説明し忘れていた。






「自己紹介が遅れて申し訳ありません。お初にお目にかかります。須藤様のご自宅にて家事手伝い、所謂使用人をさせて頂いております。……「銀子」とでも、お呼び頂ければ」


須藤家の家事手伝い、というかメイドの銀子さんは俺が7歳ごろから家を手伝ってくれるようになったのだ。


なので小学から中学くらいまでの付き合いとなる。


個人的には知り合いのお姉さんくらいの認識だ。


銀色の長い髪をまとめ、眼鏡をつけている。


身長も172cmと大きく、胸も大きいというあらゆる意味で性癖ブレイカーみたいな見た目だった。


転生を意識してから、「えこんなビジュの人いたんですか?」というくらい衝撃的だったのを今でも覚えている。


「し、しまった……メイド、メイドですか……。くっ、与一さんの近くに、メイドぉ……? こんなのもう100%惚れてるに違いありません。隙あらば狙ってるんです。くっ、これ以上ハーレムの要素が増えてしまうと私のメンタルが……メンタルが持たない……」


ひとみはよくわからないが独り言でぶつぶつと何かを言っているみたいだ。


「可哀そうにひとみお姉様。この中で与一さんニワカオタクだったばっかりに」


いろははよくわからないマウントを取って満足しているようだった。


「皆様は、与一さんの式神であり、共に学び舎で過ごすご学友ということは聞いております。至らぬことはあるかもしれませんが、ぜひお寛ぎください。部屋のご案内もさせていただきますが、ご自由にお過ごしいただければ」


そつなく完ぺきにこなす完璧超人メイドの銀子さんのことだ。


おそらく準備ならば万全なのだろう。……いや、ぱっと見人間の二人見て式神扱いするの大分心の準備すごくない?





さて、荷物を置いて全員で居間に集合する。


銀子さんはお茶を淹れてくれるそうで、おいしい饅頭も用意してくれるとのことだった。


「ところで与一さん。結局のところ高校生陰陽道最強決定戦トーナメントってなんなんでしょうか。ググっても出てきませんわ?」


「うんググって出てくるなら陰陽師やってないんだわ」


ひとみの質問に対して、俺は適当に取り出したメモ帳にボールペンで色々書きこんでいく。


「改めて説明すると、4つの学校から4人の代表選手が来るから、トーナメントして誰が一番強いかを決めるっていう話な」




トーナメントにおける勝敗は、敵を制圧できたかどうかが問われている。


審査員は3名。


その中の2名が勝負ありと決した段階で試合終了。


フィールドは横30m、縦30mの範囲で戦う。フィールドには結界が張られており、雌雄を決するまで出ることはできない。外から干渉することもできない。出来るのは審査員3名だけだ。


対戦者はあらゆる戦闘方法が赦される。


俺で言うところの式神を使用してもいい。陰陽術、五行の法を使ってもいい。


真剣を使用しても、呪術を使っても。


現代怪異を使っても、審査員を買収しても。


果ては、マシンガンやあらゆる現代兵器を使ってもよいのだ。


なんでもあり。


それで死ぬなら死ね。


妖怪退治や、怪異の撃退に手段はいらない。


死んだら終わり。死なない備えをした者だけが勝ち。


そういうシビアなトーナメントなのだ。


もちろんギリギリまで審査員は守ってくれるし、人を積極的に殺そうとするやつがいたら制限もかけられる。


だから安心……? そんなわけがない。


この大会を見る人間たちが良くない。


宮内庁の象徴、日輪様をはじめ、陰陽庁の重鎮、京都神道の神主たち、寺の住職連合、国会議員や内閣、果ては西洋魔術学会、隠れキリシタン同盟、五星局を含めた現代怪異学会の人間たちが一斉に集うのだ。


そして、トーナメント参加者のスカウトを主に行うのである。


もちろん16人だけがスカウトの対象じゃない。


ボランティアで来た生徒たちがそれぞれ役割の中で行う「治療貢献度」を見たり、「警備能力」、「リーダーシップ」、「言われたことをしっかりやりきる下っ端」など、あらゆる観点から使えるかどうかを見るのだ。


まぁやる気のある人はここでポイントを稼ごうとする。就職活動に直結するからマジで3年生とかがすごい気合い入れて動くのだ。


なお戦闘職希望の場合はこういうトーナメントで大活躍して道が開ける幹部候補生コースと試験を受けて雇われる一般陰陽師戦闘員コースがあるぞ。どちらも公務員なので食いっぱぐれないぞ!




なお、このイベントは2日開催、その後学校祭が2日間あるのだ。


今回の場合、明晴学園がホスト校なので、イベント2日やったらそのまま学校祭が始まるので大変そうだ。


初日に1回戦、2回戦まで行い、2日目に準決勝と決勝だ。


なんで学校祭をやるかと言うと……。まぁ、天才同士の戦いは、かなり長引く。普通に長引いて夜まで続くこともザラだ。


それを受けての2日開催なのだ。聞いた話によると、1回戦が途中までしか終わらず後日開催を行った例もあるそうだ。その後日を学校祭で行う。うーん合理的なのか? まぁ伝統らしいし、モチベ高めて学祭の方が良いんだろうか?




「んでなぜか俺が出ることになるんだけど……。もうなんとなく情報は出てんだよな。誰が出るか」


「えー! 良かったじゃないですか。ひとみお姉様が簡単にボコボコにできやすそうで」


「いろは、貴方は肉壁として活躍なさい」


「与一さんを抱きしめてでも守り通します」


「身内に妨害工作員がいたわね」


「ははは……。んで、おそらくこいつらが出る」




【明晴学園】から4名。


式神【守護霊獣】白虎を使役し、五行全てを収め、対魔薙刀、鬼夜叉を振り回す陰陽師版巴御前と称えられた天才。

蘆屋 緋恋(あしや ひごい)

まごうとなき優勝候補の幼馴染ちゃんである。


特級呪言、言葉によって心を縛り、心によって敵を滅す、和洋折衷の独立陰陽道。情報戦の極致。国家から贈られる称号【傾国】の継承者。

賀茂モニカ。

まごうとなき優勝候補のメスガキママである。


安倍家の未来のホープ、式神【守護霊獣】青龍、玄武を使役し、五行も大学レベル、安倍家には珍しく、銃と刀を使い分け、妖怪【熊野の堕ちた八咫烏】を討伐したとされる、安倍晴明から晴の字を受け継いだ、……天才。

安倍 時晴(あべの ときはる)

まごうとなき優勝候補である。


コネで来た一般人。(試験未通過)

須藤 与一

これは嫌われる。





「今回の件で本来4人目に選ばれる予定だった土御門家は本気でぶちぎれて学校に抗議したが、須藤与一の悪口を言った瞬間代表レベルの土御門家のご子息7人、1人以外全員幼馴染ちゃんによって病院送りになった。復讐や怨恨で動くことは極めて少ないけどここも用心だな」


「あの人イノシシかなにかなんでしょうか?」


イノシシかな? イノシシかも。


【六波羅学園】からは

・小笠原の氷の令嬢、小笠原雹香(おがさわら ひょうか)

・現役の神社の神主になった伏見家の次男。伏見 遊星(ふしみ ゆうせい)

・平安陰陽道の再現者、現代六波羅探題本流の常盤家。常盤 夢人(ときわ むうと)

・寺で英才教育を受け暗殺術を仕込まれた東家。東 呉十郎(あずま ごじゅうろう)



全員天才だ。


【聖秋欧学園】からは

・現代魔女と呼ばれる西洋の魔術師、シルク・ストロベリー。

・神様に憑りつかれた特殊な村人、姫川 杏子(ひめかわ あんず)

・トゥス‐クルと呼ばれる巫女、松前 鈴鹿(まつまえ すずか)

・陰陽師の下法だけを収集するコレクターの家系、忍坂 義和(おしさか よしかず)


これも全員天才だ。



【五星附属術浄学園】

よく分かんない。

どこそこ。みんな知らない。


「んで、これに勝たなきゃいけないんだわ」


「死にません?」

「死にますね」


「みんなそう思ってるよぉ~~~~~。そもそもマジで出たくなかったんだよなぁ。……。よりによって今回の16人、マジでレベルが高いと思うぞ。普通は五大屋敷の面々が出るんだわ。半分安倍とか。だから家につき1~2人しか出てないっていうのは……マジで一大事件だよこれ。土御門いないとか事故よ事故。小笠原も1人だけってマジ? そっか蘆屋も安倍も1人か……。もしかしたら親父……、もしくは宮内庁がなんか察したのか? やばいな。はぁ……マジで死ぬかも」


「まぁ、ご安心くださいな」


すっと、和服の令嬢が立ち上がる。墨を垂らしたような黒い髪が、ちょっとだけ揺れた。小笠原ひとみは微笑んだ。


「私たち、与一さん以外には負けませんので」


場の雰囲気が良くなったところで、すっと須藤いろはが手を挙げた。


「あ、私正体明かせないのでヨロです」


「「……あ」」


そりゃそうだ。みんな知ってたらお食事タイム(意味深)が始まってしまう。そうか、知られずに戦わなければいけないのか。じゃなければ人間全滅しちゃう。


「いや、私の事知ってるのは与一さんと不本意ながらのひとみさんだけで十分なので。レッツ愛の巣夢の国」


「すっげぇー私利私欲だった」


「自己主張が強いんですのよこのペット」


そこまで話が盛り上がってから、銀子さんがお茶を運んでくれた。





……餓者髑髏の花嫁だけで全員蹴散らさなくてはいけないのか。全部人任せでごめんだけどまぁなんとか、なんとかなんねぇかなぁ。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「なんとかなるわけがないでしょう! これより、須藤式ブートキャンプ(vol.1)を開催する! 諸君! 息子の与一と式神のひとみさんとなんかよくわかなんないけど須藤家に入った式神のいろはさんだ! 君たち同様に鍛えていく! 異論はないな!」


「「「「「aaaaaaaah yeaaaaaaaaaaaaah!!!!」」」」」


すごい面倒ごとに巻き込まれた。


ここは明晴学園の地下、【ぬらりひょん封印牢】前だ。


広いフロアがあって、その奥に厳重に封印されているぬらりひょんがいる牢屋がある。


ぬらりひょんの牢屋からは、漏れ出んばかりの瘴気、いや妖気がはみ出ている。


その妖気を浴びながら、上半身裸で袴を身に着けた男たちが腕立て伏せをし続ける。


「……なぁにこれ。親父」


「ここでは、教官と呼びなさい、与一」


目が濁ってる。多分呼ばれたいだけだこれ。


「おや、……教官。これはなんですか」


「ぬらりひょんの妖気を浴びながら目標を達成することで無理やりレベルを上げてる」


いやなパワーレベリングすぎる。


「おぅ〜い、部屋の前がうるさいぞ〜」


なんかぬらりひょんらしき声も聞こえるんだが。え、何こわ。


「さて与一。君もある程度強くなっている。でも下手したら今回のイベントで羽虫のように潰されるのは親として見たくない。なら、対抗手段を一つでも増やすべく、パワーアップの時間だ。大会まで1週間。とりあえずやれることは全てやるぞ!」


「……えぇ……。なんか、納得いかないよなぁ。俺もう陰陽師の道進んでないのに……」


「それはそう」


親父は論破されたようで気まずそうだ。


「……いや、本当にごめんね。大人の事情に巻き込んでしまって」


「いや、それはもう、いつも通りというか。まぁ、うん。やることもねぇし、暇だったし良いんだけどさ」


「……与一って、何かしたいこととか、やりたいこととかないの?」


親父から言われた言葉を深く受け止めず、俺は声を出した。


「俺か? 俺は……。俺は……」


そしてゆっくり、頭の中で今言われた言葉を反芻した。


やりたいこと。


あぁ、あった。けど、現実的じゃ無い。


したいこともあった。けど、不可能だった。


……どうしようもなくしょっぱい願望を無理やり脳みそから追い出して、残りガラみたいな夢をかき集めて、俺は伝えた。


「俺、は……。刀、刀が振りたい」


「刀? あぁ、ずっと子どもの頃から振ってたもんね。好きなんだねぇ、剣術」


「あ、いや……そうじゃなくて」


何故か、ある姿が浮かんだ。


それは、小さい頃に妖怪に立ち向かった時と同じく理想としていた姿。


忘れていたはずの、忘れようとしていたはずの剣を持つ姿。


ーーあぁ、そういえば憧れていたのだった。


「……ある人の、剣を使ってみたいって思っててさ」


俺は……。


そう、俺は……。


原作主人公にずっと憧れていた。


「そ、それって……お父さんの!?」


「違います」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「我は明晴学園生徒会会長、3年梅組、【最強】渡辺 奉(わたなべ ささぐ)である! 華咲き枯れても夢違わず。祖には一条戻橋にて果たした鬼斬り、源頼光四天王が筆頭渡辺綱也!!! 闇夜に紛れる化生ども、日の丸に代わりその罪暴き、この場で因果断ち切るのみ。いざ参る!!!」


原作主人公は、ギャルゲーにしてはかっこよかった。


大正ロマンの装いの制服、深くかぶった軍帽に、髪の毛が左目を覆っていて、右目のぎらつきだけが、やけに印象に残っていた。


体中傷だらけだし、真面目だし、武骨だし、腕なんて包帯でいつもぐるぐる巻きだ。


二つ名は、【最強】。


周りからもそう言われ、自分でも名乗っていた。


怪異は、恐怖を糧に強くなるから……自らが【最強】を名乗ることで、みんなを守ろうとしたのだ。心も、体も。


全て救うと決めて、武に打ち込んで、原作ヒロインたちを助けるために、単身で走った。


一人で、走り切ったのだ。


血を流しながら、涙を見せないようこらえながら、走り切ったのだ。


原作1週目も、2週目も、救いがないと知っていても助けるために。


天才、ではなかった。


ただ血の滲む研鑽だけで、本物になった努力の人だった。


ーーあぁ、すごいなぁ。


強いなぁ。かっこいいなぁ。


あの剣を、あの剣が振れたなら……。




陰陽師の才能が、少しでもあったらなぁ。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「身体強化の術覚えてたらマジで危なかったぜ。流石頼重さんの息子。身体能力馬鹿ヤバい。でも身体強化をしてる俺と同レベルだから当たらないし、当たっても防御結界が斬れないからダメージもない。総合(トータル)で俺の勝ちだな坊ちゃん」


「はぁ、はぁ、はぁ。ちく、……ありがとうございました……」


「……本当に、才能さえあればな」


また、親父の部下に負けた。


剣の技だけだったら勝ってた。


剣の技量だけなら勝っていたのだ。


でも、負けた。


また負けた。


なんてことはない。


中学までの、いつもの光景だった。


五行の術もそう、呪術もそう、式神もそう、武術もそう。


陰陽道という全ての才を使って戦う陰陽師と、剣一本だけひたむきに振っていただけの男の差だ。


剣道や居合道だけで、フル装備の軍隊に突っ込むようなものだ。


陰陽術さえ使えれば、銃弾すら斬れるのに。


分かっている。理想と現実は痛いほど分かっているのだ。


でも、……そう、でもが来るのだ。戦うたびに、「でも」が来るのだ。


再び、俺は立ち上がる。


「んじゃ、次どなたかお願いします」


「おっ、イキが良いねぇ」「個人的に陰陽術才能無いならサブウェポンも用意したいよな」「頭は悪くないし、トラッパーになって追い込み漁するのは?」「正面切って戦うより忍者スタイルがいいんじゃないか?」「でも一発逆転ってより割と攻め攻めの人間性だよな? でも陰陽術で刀防がれたらどうなんだ」「国宝使えれば概念ごと斬れるし国宝使いましょうよ国宝」「ありだなそれ。タイチョー! 国宝持ってきてくださーい」


「無理だけど!!?!?」


「……」


なんとなく、ここは自分の鬱屈した感情を吹き飛ばすには、十分すぎる環境なのかもしれない。









「正妻小手返しオラァ!」


「ぐえー!」


「みんな逃げろぉ! あの嬢ちゃんだけ戦闘力化け物だぞぉ!!!!!」


「ちゅん、ちゅん」


「あっ、あっ、耳元でそれは、あっ、あっ」


「みんな逃げろぉ! あっちの嬢ちゃんは倒れた相手を萌えで洗脳しようとしてるぞぉ!!!」




「いやお前ら何してんのぉ!? 温度差で風邪ひくわ!!!!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



大会まで残り5日。


まだ2日しか訓練をしていないが、十分体は動けるようになっていた。


庭で木刀をぼーっと振っていた。


心が落ち着くような気がする。


そういえば、俺はずっとここで振っていたのだったっけ。


……陰陽師の学校に通えない選択肢が出てきて、向こうでは筋トレくらいしかしてなかったっけ。……いや、こっそり、その辺の木の枝を持ってみたり、フライパンを振ってみたり、……未練はあったのかもしれない。



まぁ、……今回は、俺が戦う訳じゃないしな。基本。


はぁ。


……悔しいなぁ。


ひとみ頼りで、本当に良いのかよ。


ーーじゃなきゃ死ぬだけだろ俺。


はぁ。


くそったれ。


「精が出ますね」


急に声を掛けられて、木刀を振る手が急停止する。


顔を向けると、銀子さんがいた。


「あ、あぁ。ごめん、いたんだ。もう風呂?」


「いいえ、ただ、表情が沈んでいましたので」


「……なんでもわかっちゃうな、銀子さんは」


「それほどでも。何か、ありましたか?」


「何もないよ。……何も。俺の時間だけ進んでないかもってくらい、変わってない」


「……」


「スゲー嫌だよなぁ。何もできないのに、トーナメント参加って。本当に、最悪だ。正直もうどうなるかも、どう言われるかも想像つくし。言われたからやってるだけ。でも……」


「……」


「……こうやって馬鹿みたいに剣振って、トーナメントに出たら、……なんか、変わってくんねぇかなぁって、思っちまう」


「変わります。……変わってます」


「え?」


銀子さんの顔が、何かを懐かしむような表情だった。


「トーナメントなんて、私からするとどうでもいいことです。だって、貴方が動けば、助かる人間がいた。餓者髑髏の子も、もう一人の女の子も、貴方に助けられたんでしょう? 貴方は、戦って勝つ人じゃなくて、助ける人、でしょう? やれることをいつも全力でやるのが、須藤与一その人だと、認識しています」


「……。……へへ、今そんな話、してないだろ?」


「!? そ、そうでしたか?」


「……あぁ。でも、いや、ありがとう」


そうか。


そうか。


空を見上げる。


実家から眺める星空は、そういえばいつもきれいだった。


ーー俺は、やれることをやればいいのか。







あれ? 俺銀子さんに餓者髑髏の話したっけ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー








明晴学園 

グラウンド内バトルフィールド


「地上最強の高校生陰陽師が見たいか―!!!!!!!」



「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」


「わしもじゃ、わしもじゃみんな……」







「浅い刃牙パロみたいなことしてる学園ファンタジー嫌なんだけどぉ!!!!」


いややりたくなるけどさぁ!!!


え?まだ餓狼伝の可能性もある?


似たような……もんだろうが!!!(←炎上)


異世界物の学園ものってトーナメントあるけど凄いとこゴリゴリ真似るじゃん。


同人ゲームの良いんだか悪いんだか分からんあれがもう如実に出てる。


「まずは【明晴学園】からの入場じゃ!!」


お、出番か。


どうも去年の優勝校は明晴らしいからか、全体的に注目株って感じがするぜ。


「まず一人目!! 今や時の人! 巴御前の再来と小学から呼ばれ、今では神の象徴か。圧倒的天才、昨年1年生の身にして優勝した怒涛の才覚。二つ名に神の名を冠した【今毘沙門天】 蘆屋 緋恋の登場だぁ!!!!!」


怒号のような、波濤のような歓声とともに、ぬるっと彼女は出てきた。


ゆるーくふわふわした羊のような髪型に、カーディガンの制服を着たまま、何の準備もしていないJKがふらふらしながら会場に姿を現した。


……幼馴染ちゃんはいつも通りだな。


興味のないものは徹底して興味のない様子で、眠そうな姿。


しかし戦闘時の苛烈な姿は、戦神の名を冠するまでに至った。


でもまさか去年優勝していたとは。


おそらく時期的に、餓者髑髏の花嫁事件前に優勝している。怖すぎる。


「そして二人目ですが、本来であれば賀茂モニカさんが登場する予定でしたが、急遽欠席が決まり、リザーバーとして土御門家の【土蜘蛛の弟子】土御門 松陽(つちみかど しょうよう)の登場だー!!!!!」


……ま、まぁ。それは、そうか。


アイツまだ呪詛返し食らってるしな。


これは三日前の事なんだが、町に出たらたまたま顔を合わせてしまって、すごいめっちゃ低い叫び声をあげて震えながら逃げられたのだ。


しまった帰ってきてたこと言えばよかったって後悔したよね。あれは間違いなく俺の顔を見て呪詛返しが発動している。


あれは……間違いない。下痢だ。


おご、ほぉぉお♡って言ってたし、下痢だ。


俺の顔をキーにして、下痢になったに違いない。お腹も抑えていた。なんか下腹部から変なマークの光が出てたし、直腸に直にくる呪詛返しだったのだろう。可哀そうに。


あの後鬼のように連絡来て「もう二度と外に出ない♡ 人として終わった♡ 無限の後悔♡」と言われ罪悪感を覚えた。


まぁ、俺との相性の問題なだけだろうし……俺は今年でもう出ないだろうからまぁ来年とかに天下取ってもらえればいいと思う。


しかし土蜘蛛の弟子、か。


陰陽庁直轄の教育式神4人衆。


【土蜘蛛】【赤鬼】【九尾の狐】【だいだらぼっち】


この式神たちから直々に指導をしてもらっている立場ということは、間違いなくエリートだ。


油断も隙も無い。彼もまた、エリートの人間なのだ。


日焼けした赤髪の筋肉質な男が、ポケットに手を突っ込みながら歩きだす。


「そして三人目、陰陽師という存在を遥か高みに運ぶと堂々宣言、安倍家の最高傑作、至上の才能、青龍と玄武を率いた【陰陽王子】こと、安倍 時晴がやってきた!!」


金髪で陰陽師の戦闘服、陰陽道義を身に着け、朗らかな笑みを浮かべた青年が、美しい姿勢で歩き出す。


周囲に漂うオーラはおそらく式神による威圧だろう。安倍家最高傑作と言っても過言ではない、最も晴明に近い存在として押し出されている。


その3人が並んだ瞬間、俺も出番と思い歩き出す。


「最後に、なんか、良く分からん力が働いて突然選手として決定した謎の無能力者、侍らす女はめっちゃ美人、須藤与一だぁああ!!!」


「言い方ぁ!!!!」


くそ、突っ込んでしまう。ほらぁ言い方ひどすぎて若干ブーイングも出てきたじゃねぇか。


「あら、美人ですって与一さん。困りましたね。誰かに告白されないようにしっかりつなぎ留めてもらわないと。すすっ」


「寄るな。腕を絡めるな」


「与一さん、後で会場外にある焼き鳥屋さん行きたいです、行きましょう。ちゅちゅんとな」


「お前も寄るな。絡めるな。共食いするな」


「あの男学園の生徒でもないくせにモテやがって!くたばりやがれー!」

「ちくしょう!流石にモテすぎだろ!俺も陰陽師養成学校やめようかなぁ!!」

「あいつだけっ、あいつだけは赦すなー!」

「石投げろあいつに石を!」

「よく知らないモブっぽいやつが出る展開良く分かんねぇよこっちの立場からしたら!説明しろ説明を!」



めちゃくちゃ嫌われとる反応……。


くそ、お前ら同じ状況だったらあれだからな。金●がいつもひゅんってなる恐怖と戦いながらっていうのを知らないからそう言えるんだ。


毎日のようにひゅんってなるんだぞ。なめやがってぇ。



「……おい蘆屋」


【土蜘蛛の弟子】土御門松陽が幼馴染ちゃんに話しかける。


「分かってんだろうなテメェ。ウチのモン全員潰したんだ。それ相応に痛い目見てもらうぜ」


かわいそう。


そっか、No4に入ったのに俺が入ったせいで出れないって愚痴っただけなのに幼馴染ちゃんにボコボコにされてるんだもんな……。


かわいそう……。


俺が原因だけど。


「与一くんー。私一週間前から家にいるって知らなかったんだけどー。これ終わったらお話ししよっかー。そこの泥棒猫ニ匹置いて」


「ひゅっ」


こわっ、怖すぎる。


なんかオーラ出てる。


順番通りに並んでるから横一列に幼馴染ちゃん、土御門ニキ、安倍ニキ、俺って並びなのになんか隣にいるような錯覚すらある。


「おい聞いてんのか蘆屋」


幼馴染ちゃん、土御門ニキをガン無視である。


「お姉様お姉様、あのすごい怖い女の子知ってます?」

「泥棒猫よ」


俺の両隣で腕を絡めるチーム式神もすげー煽るし。


「おい、蘆屋聞いてんのk」


「黙れ」


どっ、と汗が流れるような重圧。


隣の、安倍時晴からだ。や、やばすぎる。並の術師であれば両ひざが付くレベルだ。


俺も膝から崩れ落ちそうになったが、両サイドから無理やり脇から抱えられた。介護かな?


異常な殺意、いや、なんだこれは。


なんか、黒い重厚感のあるオーラにピンク混ざってる気がする。


「全員に、俺から言いたいことがある!!!!」


安倍時晴が、陰陽術を使い会場全体に聞こえるように声を拡張させる。


「俺は優勝したら、再び蘆屋 緋恋に告白するつもりだ!!!!!」


えぇ……?


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」


「俺は安倍家として家の発展の為に、ではない!! 本気で彼女に惚れている!! ぶっちゃけ云うとかなり好きだ!!!! LOVEだ!!! 俺はこのトーナメントに向けて、その為だけに緋恋を倒す訓練を重ねてきた!!! 彼女を倒したら彼女も僕に惚れてくれると信じて、すごく信じてここまで来た!!!!」


「気安く下の名前呼ばないでねー。」


幼馴染ちゃん、冷酷な一言。


でも全く聞いていない安倍時晴。


「だから!!! 俺が一番許せないのは!!!! その緋恋になんかよくわからないけど好かれてて!!!! 学園の生徒でもないのになんか急に出てきたぽっと出のモブキャラが!!!! 女侍らせて何の努力もせずトーナメントに参加し!!!! あとで、あぁああとで二人っきりでお話をするぅだぁああ!?!? 赦せないっっっ!!!!!」


「おぉぉおおおい俺に矛先くんのやめろぉ!!?!」


「つきましては!!! 初戦の第一回戦は彼とやらせてくれ!!!! 俺はコイツに勝たないと、緋恋に胸を張って告白できないっっっ!!!!!!!」


「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」」」」


「おい観客お前らノリだけで生きてるだろ!!!」


な、なんつー空気感だ。


え、ナニコレ。


土御門ニキ、ドン引きしてるし。


幼馴染ちゃんは……。ナニソノ表情?


どやってる?


なんでどやってるの幼馴染ちゃん?


「与一くんおねがーい、私の代わりにその人ぽこぽこにしておいてー」


ぽこぽこ?


なにそのボコボコを可能な限り柔らかくした上でやること同じの表現。


おい、司会者。


刃牙パロした司会者?


なんとかしてくれ。頼む。マジで頼むぞ。


「分かりました!! ではワシの独断と偏見で、オープニングを飾る第一試合は、【陰陽王子】安倍時晴vs【スケベハーレム】須藤与一じゃあああああ!!!!」


「「「「「「うおおおおおお!!!!! おぉ? うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」


「なぁにその二つ名っ!!!!!! はっ倒すぞゴルァ!!!!!!」



嫌すぎるだろ【スケベハーレム】が二つ名って。もっといいのあるだろ。


数ある内の最悪のネーミングセンス飛んできたんだけど!!!!!!


「スケベハーレムですってよいろはさん。酷いことを言いますよね。決してハーレムは許さない党代表の私から抗議しましょう」

「スケベだったらもうとっくに私たち退廃的であはーんなオーラ出しますよね。そもそもハーレムってなんです?」

「男の夢と表現する昭和の価値観の方々もいらっしゃいますが、実際は男性が誠意のある対応を取らず好意に甘え性に溺れ失恋のショックに耐えられないからとりあえず全員幸せにすると言って不幸を生み出す永久機関です。特にデートや夜の時間の時に他の女とイチャコラするのを指くわえて見せてる時点で寝取られ脳破壊を生み出しているという事実に気づかないボンクラ男の誠意のない好きになられたから幸せにするとかいう他責的思考が生み出した地獄ですわ」

「ハーレム、それは女の園のようで男の生み出す人形劇……勉強になります、ひとみお姉様!」

「だから貴方もいつでも与一さんの下から離れていいのですよ?」

「それとこれとは別なので」

「メス鳥が……」


「嫌なコンビネーションの罵倒……」


司会が叫ぶ。


「それでは、続いてどんどん紹介してきましょう!!!!」


他の学校の連中も、ぞろぞろとやってきた。




「【六波羅学園】!! 五行の水を使いこなし、氷結の呪いに特化した小笠原の精鋭! 10代にして破格の性能を持ち、妖怪討伐数はこの世代最高です!!【永弓凍土】小笠原雹香(おがさわら ひょうか)!!!!!」


蒼と白を基調にした制服の少女が現れる。


白く長い髪、すらっとしたスタイル。


どこか大人びた彼女、なんとなく冬の女王という表現が正しいような気がした。


「伏見稲荷からの刺客!! 【九尾の狐】から師事を受け、千変万化の陰陽道、神道祝詞による浄化の力も世代最強! 六千もの符術を操ると噂の現役神主! 【夢幻現の如し】伏見 遊星(ふしみ ゆうせい)」


緑髪でかなり背が高い。180cmはあるだろうか。


戦闘服らしき神社装束を身にまとい、ふわふわと周囲に符を泳がせている。


即時戦闘が可能の状況を作っているくせに、目は細くずっと笑顔を浮かべている。




「平安時代、陰陽道最盛期の技術を蘇らせた伝説! 現代における六波羅探題という時代の名残において、人と妖怪の討伐技法はそこに集結された! 京都六波羅の地位向上を目指す若き天才、【六波羅警邏 3番隊副長】常盤 夢人(ときわ むうと)!」


真面目そうな男が出てきた。


六波羅探題、今は既に存在しない組織だが、実際神秘の研究機関として裏で活動しているとは聞いていた。


おそらく彼は京都の裏の警備を任されているのだろう。


つんつんとした髪型に、ぎらついた瞳。


勝利の為、いや、元々そういう男なのだろう。軍人のような気風を感じる。



「遂に念願のお披露目!! 歴史が誇る東寺において、仏教流の妖怪退治の本流!!! 健全な肉体に健全な精神! 悪意鏖殺、妖即滅!

肉体のみで幽霊や妖怪と戦い続け、極秘とされた御留流!!! 【寺生まれのG】東 呉十郎(あずま ごじゅうろう)だぁああ!!」


少林寺拳法の胴着を着て、丸坊主の少年が歩いてきた。


拝むように手を合わせ、心持ち穏やかそうだ。


だがその両手で気を纏わせ、今もなお修行をしているのではないかと感じる。


かなりストイックそうな雰囲気だ。背は小さいが、恐らく短期かつ単騎での戦闘に長けているに違いなかった。




だがなるほど。


どうやら学園ランキング順に呼ばれるみたいだ。


ウチはリザーバーがあったからちょっと順番が入れ替わったが、恐らく順位的には1位幼馴染ちゃん、2位安倍、3位土御門だ。


つまるところ、関西の学内における1位が小笠原、2位が伏見、3位が常盤で4位が東なのだろう。


小笠原……。小笠原か。


ふと隣にいたひとみに目を向ける。


彼女は……何も気にしていなそうだった。





「【聖弓欧学園】!!! まさかの陰陽師に革命! 西洋からやってきたれっきとした名家の血筋、祖にはイギリス、アンドリュー・ドラゴンハート!! 純粋西洋魔術のみでやってきた驚異の黒船!!! 人呼んで【現代魔女】シルク・ストロベリ―だああああああああ!!!」


黒いフードととんがり帽子をかぶり、箒を持ってくる。ウェーブがかった金髪が揺れ、その瞳には星が宿っている。


魔女っぽい格好、いや本当に魔女なのだろう。


ちょっとほっぺにそばかすがあって、愛嬌のある顔だった。


でも、誰にも負ける気はないと言わんばかりの表情が、どこか戦いの始まりを感じてぞくぞくする。



「お前あの祠壊したんかぁ! 旅行先の青森県某所における廃村にある祠を偶然破壊してしまい、祟り神に憑りつかれてしまった彼女!! 陰陽道? 初めて知りました。でも彼女を害するものは全て神が守ってくれる!!! 人類初の「神」を式神にした例外的存在、【祟神サーの姫】姫川 杏子ぅううう!!!」


おどおどとしながら、ボブカットの少女は自らの手を握りしめ、ちょぼちょぼと歩き始めた。


メガネの中の瞳が地面を向けて、ぼそぼそと独り言をつぶやいている。


しかし、彼女の目線に目を落とすと、影が彼女の形を取らず、何か奇妙な形態をしていたのを認識してしまった。


神に憑りつかれた少女、その実力は如何ほどか。


なんとなく、俺と似たような陰陽師の才がない人間の気配がするぜ!


「北海道の山河で発見された偉大なる才能! 儀式をしてたら警察に鮭の密漁と言われあわや逮捕寸前! 賀茂家によって保護され、現在自らの力について勉強中! 今年入学し、入学初日に学校3位に下克上! 独自の力の進化論、北の大地の【トゥス-クル】松前 鈴鹿!!」



シロクマの毛皮をかぶって、民族衣装に身を包み、弓や様々な武器を背負ってやってきた少女。


黒い髪がきれいで、その髪が揺れて頬が見えた。入れ墨をしているようだ。


なるほど、北の大地の人間(アイヌ)だ。 自然と共に生き、アイヌとして生きる彼女。おそらく名前も和名で、本名は別だろう。


誰もその力の形態を知らない分、強敵であることは間違いない。ゴールデンカムイとシャーマンキングを読んでいるから分かるんだ俺には。



「禁術、禁術、また禁術!!! そろそろ陰陽庁出禁待ったなしの忍坂家がなんとトーナメントに参戦!!! 危険すぎて失伝した陰陽術も、人間が扱うには危なすぎる下法も全部使って何が悪い? 勝てば官軍負ければ賊軍【黄泉比良坂で会いましょう】忍坂 義和(おしさか よしかず)」


顔面に経文が書かれた包帯をぐるぐるに巻き、首元までボタンをきっちりしめた男子学生服。


腕は皮の手袋を身に着け、腰にアクセサリーをじゃらじゃらと纏っている。しかも、小さなぬいぐるみや人形も一緒に垂れ下げているようだ。違和感のある組み合わせ、いや、恐らくあれは全て呪具である。


禁術を対価なしで行使するための人柱をぬいぐるみや人形に対価を押し付けているのだ。合理的である。


ただ合理的過ぎて明らかに変な人なだけで。





さて、これで知っている情報の人たちが出てきたわけだ。


実際に見てみたらやっぱり格が違う。


俺なんかでは瞬殺待ったなしのメンバーばかりだ。


なんで親父はこんなトーナメントに俺を……(100回目の疑問)




「さて、ここからは【五星附属術浄学園】の面々を紹介するぞぉ!!!」


お、五星附属かぁ。


ロクなもんじゃないだろうなぁ。


まぁとりあえず見てみーーーーーーーーーー。


えっ。



「【五星附属術浄学園】から、まさかの最年少の登場だ!!!!」


その顔に、俺は覚えがある。


「なんと1位は飛び級入学の若き天才! 本来ならば中学2年生の彼女は、小学生の頃に力に目覚め、以降その陰陽術スタイルは「魔法少女スタイル」と呼ばれる一つの型として誕生! 五星附属内で現在流行の戦い方として、時代を生み出した流星のような彼女!【流星の魔法少女】如月 桐火(きさらぎ きりか)ぁああああ!!!」


ピンクのツインテール、笑顔が素敵な女の子。


魔法のステッキを持って、白とピンクの衣装に身にまとい、ちょっぴり照れながら歩いてくる。


俺は、彼女を知っている。


その笑顔が、すごく素敵で、いつも……。


彼女に、勇気をもらっていたから。





「--原作の、ヒロイン……」




如月 桐火。


メインヒロインの、一人だ。



「続いて紹介するのは、まさかの安倍家!! 明晴学園ではなく五星附属を選んだ理由は問題児が過ぎたから!! その実力は本物、なれどそのまま呪いを撒き散らかしてほったらかすダメ人間!! しかし五星附属で学んだ現代兵器を用いて戦う新しい陰陽師、【獅子強攻】安倍怜音(あべの れおん)!!!」


だらしなく制服を着崩すイケメン。どこか時晴に似たワイルドな顔立ち。


髪を逆立てて目に深い隈を乗せて、へらへらと笑いながらサンダルを履いて登場する男。


この世の全てを皮肉るような表情だった。



「!? あ、安倍家!?」


俺が驚いたのは、安倍家がいたこと。


通常、安倍家がいるのであれば他の学園でもトップクラスを狙えるのは必然だ。


しかし安倍家は名の通り明晴学園に通うことが誉とされていて、安倍家の中でも鎬を削ることが多い。


故に一時期の明晴学園のTOP4は全て安倍家で埋まっていた時期もあったほどだ。


よしんば落ちこぼれて別の学園に行こうと安倍は安倍。


血筋において最強格は揺るがない。


それを、如月桐火が、勝った……?


原作において、唯一、非戦闘員のヒロインだった彼女が、安倍に勝ったということか……?!





「またも最年少! 如月桐火と共に上がってきた飛び級勢! 彼女と同じ「魔法少女スタイル」を使用し、侍のように祓魔剣を振りかざす最速の少女!! 現代陰陽師の戦闘方法はここがスタンダードに変わっていく! 時代の象徴【聖伐執行】犬鳴 響(いぬなき ひびき)!」



青い髪の強気な表情を浮かべた釣り目の少女。


年齢は中学2年生と同じというが、委員長のように正しさを求めるような雰囲気を漂わせている。


凜とした仕草一つ一つに気品すら感じる。


そして。


彼女も原作ヒロインだ。



「そしてもう一人も最年少!如月と犬鳴との3人組として有名です! 相手からコピーした術式の上位互換の術式で作ったミサイルを操る天才児、生きた戦車のような戦い方で全ての妖怪を一網打尽! 死体すら残らなず生まれた荒野! 【宴夜航路】迫野 小登里(はこの ことり)!!!」



グレイな髪の毛で誰もかれもを馬鹿にするような笑い方。


萌え袖をするためのぶかぶかのジャケットを着て、お化けのように手首を垂らして胸の前で揺らして猫背で歩く彼女。


……。


彼女も、原作ヒロインだ。




何が、何が起きている?


おい、なんだこれ。


なにが、本当に何が起きてる?





「それでは、こちらの方で用意した呪力抽選を行い、トーナメントを確定します! みなさんこちらをご覧ください!」






突然大きな映像が空中に浮かぶ。


そちらを見ると、既にトーナメントに名前が記載されていた。





一回戦


一試合目

【陰陽王子】安倍時晴

vs

【スケベハーレム】須藤与一


二試合目

【宴夜航路】迫野 小登里

vs

【永弓凍土】小笠原雹香


三試合目

【獅子強攻】安倍怜音(あべの れおん)

vs

【寺生まれのG】東 呉十郎


四試合目

【黄泉比良坂で会いましょう】忍坂 義和

vs

【現代魔女】シルク・ストロベリ―




五試合目

【今毘沙門天】 蘆屋 緋恋

vs

【祟神サーの姫】姫川 杏子


六試合目

【聖伐執行】犬鳴 響

vs

【トゥス-クル】松前 鈴鹿


七試合目

【夢幻現の如し】伏見 遊星

vs

【六波羅警邏 3番隊副長】常盤 夢人


八試合目

【土蜘蛛の弟子】土御門松陽

vs

【流星の魔法少女】如月 桐火








「これは……与一さんハードモードですね」


ぼそっといろはが呟いた。


確かにそうだな。


一回戦から【陰陽王子】、二回戦はおそらく下馬評通りなら……【永弓凍土】小笠原雹香が勝つのだろうか。そして準決勝で……【現代魔女】が来るだろう。恐ろしすぎる。



んで、決勝までいけばおおよその確率で【今毘沙門天】蘆屋 緋恋。


幼馴染ちゃんとバトルってわけか。


やってられっか。俺は帰らせてもらうぜ。ガチで涙


……でも。


原作ヒロインが、なぜ飛び級で高校に来てトーナメントに出ている?


魔法少女スタイル、ってなんだ?


原作にそんなものは出てきてない。


非戦闘員だった如月桐火がどうして一位になってる?


ーー親父は、これを予見していたのか?


様々な疑惑の最中、「高校生陰陽道最強決定戦トーナメント」は、幕を上げたのだった。












これが、後の【神話生物事件】と呼ばれる本当に大きな渦に、俺は巻き込まれた最初のきっかけだった。














【神話生物事件】前編












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


第一回戦 一時間前





「いったん整理させてくれー」


「いいよー」


元気よく答える幼馴染ちゃん。


すごい、普段の2倍は明るい返事だ。


選手控室に、俺、幼馴染ちゃん、小笠原ひとみ、須藤いろは。


んで一応メスガキママの筆談セットも用意して通信を繋いでいる。


ひとみといろはに普段通信していることがばれるが、まぁこれも些事だ。


下手したら原作ルートに突入して訳も分からず死ぬみたいなパターンを防ぎたい。


「まずな? 【陰陽王子】安倍時晴に関しては何? なんかすごい恋愛感情の化け物みたいなのが生まれてるんだけど」


原作で彼と接触することはなかったが、なんというか、安倍らしくない動き方をしていた。


安倍家は優秀な才能を持つ家の人間と積極的に婚姻を行い、「結婚したからお前は安倍な!」っていうがばがば判定を繰り返して成長していったとんでもないお家だ。


五代屋敷以外でも、才能があれば娶る。


かなりシステマチックな家として知られている。


婚姻のメリットは正直大きい。


安倍を名乗れる。これだけで陰陽師としては破格の報酬ともいえる。


故に恋愛感情は置いておいても結婚し子どもを作るだけ作って後は隠居生活、なんて男女が絶えない。


安倍家の子どもは大変だろうが、今のところそれで万事問題なく成り立っているのだから面白い家系ともいえる。……まぁ変な奴は事前に易占で弾いているのだろうが。



さて、なのに安倍時晴に関してはゴリゴリの恋愛志望。確かに幼馴染ちゃんの才能はエグイが、それ以上に大きなクソデカ感情が見えた。これは安倍家にとってすんごい珍しいことなのだ。


「えーっとねー。なんかー。……、まぁ、去年の大会の決勝戦ってー。安倍さんとだったんだよねー。その時に……そのー。3秒? 不意打ちで瞬殺しちゃってー。その日からすごーい追い回されて、でも返り討ちにし続けたらー……、あんなんなっちゃった」


「頭部への損傷が激しかったんだな……」


ボコされすぎて頭がやられちまったんだ。可哀そうに。


『一応私も証人だけど♡ 本気で拒絶してたからね♡ でもすんごい学校でもしつこくてどこが王子キャラなの?♡ストーカーだよねーって言ってるレベル♡ 一回地獄に落ちて欲しいよね♡』


メスガキママもそう言うレベルか。


こりゃちょろそうだな。


『でも戦闘始まったら何も関係ない♡ 死ぬほど好き好き言ってるくせに本気で殺しにくる♡ 熱烈なヤンデレ♡』


……絡め手で「幼馴染ちゃんのベストショット写真集」とかぶん投げれば勝てるかなって思った俺がバカだったか。



「あ、そうそうー。それでなんで一週間前に来てt」


「あと疑問なのが、いや、これが本命なんだが、【流星の魔法少女】如月 桐火、【聖伐執行】犬鳴 響、【宴夜航路】迫野 小登里の三人だ。俺はあいつらが怖い」


幼馴染ちゃんの疑問については答えないことにする。答えると長いので、まずきちんと真面目な話を終わらせてから処理するものとする。これ幼馴染という関係性が導いたアンサーね。


「何故怖いのでしょう? 私にはどうも、ただのお上りさんの中学生にしか見えませんでしたが。……あぁ、むしろオーラを感じなかった、という点においては怖いかもしれませんね」


ひとみがざっくりと言語化したものを踏まえて、俺も推測をする。



「なんっていうんだ? 実力を測れなかったのもそうだし、……、そうだな。彼女たちに関しては、本筋の未来からズレた動きをしているっていうか……、いやこれはいいや。なんか、変なものが介入してるかもしれん」


「未来? 介入?」


いろははよく分からない様子で首をかしげる。


……まぁ、原作の話なんて俺以外分からないしな。余計なことを言ったな。


「まぁ、あれだよ。なんか変なんだよあいつら。お前らなんか分からんか?」



幼馴染ちゃんといろはは首を横に振った。メスガキママからは小さく×が送られてきている。


しかしひとみだけは、何か思い当たる節がある様にすっと手を挙げた。


「えぇ、私は知ってるやもしれません。あの雰囲気、独特の空気感。害があるのに害がないようなズレ。……五星局の中にいた管理された生き物のような」


!?


そうか、ひとみは五星局に管理されていた【怪異】、つまりお仲間の可能性があるということか。


確かに五星附属なのだから、そういったモノなのかもしれない。


しかし、原作では彼女たちはそういう案件とは無関係の異能力者だ。


犬鳴響は祓魔刀と呼ばれる刀を振るう、戦巫女である。刀を振れば振るほど神に祈りをささげる力が溜まっていき、最終的に人神一体という技を使い、斬るモノ、触れるモノ、周囲の世界、全てが浄化されるという天性の才があった。日本神話における神を下ろし、【神纏:桃太郎】となる。それが彼女の設定だった。


迫野小登里は天才的な発明家だった。妖怪や怪異全てに効く符の創造、現代兵器と陰陽術の融合、そして、怪異を人間の支配下に置く式神システムを最新のものに構築し、その発明能力のみ、安倍晴明を上回るともされた人だった。知恵で怪異を上回っていく姿や、無慈悲に殺傷していく兵器を生み出すことで、【盟神探湯】という二つ名すら与えられていたのだ。


そして……如月 桐火。


彼女は、何もない。

戦闘要員ではない。


ただただ巻き込まれて、陰陽師の世界に深く沈んでいく、ただの人間だ。


笑顔がトレードマークの、ただの少女だ。


だからこそ、この笑顔を守りたいと決意した原作主人公、【最強】渡辺 奉(わたなべ ささぐ)は強くなっていったのだ。


そんな彼女が、五星附属で1位を取った。


……明らかに挑発するような原作改変。


俺には何が始まっているのか分からず、困惑することしかできない。


「ぐわ~~~~~!! もう情報量が多すぎて困惑しっぱなしだぜ!!! 俺の話ってこんな複雑だったかぁ!!!? もっとさー、ぬるーく進んでなんか上手いこと解決していく話じゃなかったかぁ!!?」


「人生そんな甘くないでしょう」


ひとみが呆れた様子でジェスチャーをする。


「そんなことよりも、大事な話があるでしょうに」


「大事な話?」


勢いよくひとみが立ち上がる。


「出店巡りですわ!!!」


「出店め、えぇ……?」


「複雑なのよく分からないので、私は与一さんにかっこ良いところを見せてキャーヒトミサンカワイーオレノヨメーって言ってもらって優勝END以外見えていません! でも出店巡り二人っきりでしたい欲望からは逃げられないのです!!!!!」


「そんな! ひとみお姉様どうして!! 今までそんな素振り見せなかったのに!」


「うるさいちゅんちゅん丸! 学校で、学校でも私はおしとやかに生きていたかった!!! でもいろはさんの転校で二人きりの時間が全く取れなくなり、今までの清楚な和風恋愛ストーリーが賑やかどったんばったん大騒ぎハーレムラブコメディに成り下がってしまった私の気持ちが分かりますか!!!!」


びしっと指をさすひとみ。


「というわけでメインで戦闘をするのは私ですので鳥はお留守番、ぽっと出の幼馴染は戦いの準備でもしておいて与一さんは私と出店巡りです。失せなさい負けヒロインども。私はハーレムエンドだけは絶対に許さない女。昨今のハーレムを全力で否定する餓者髑髏の花嫁、小笠原ひとみですわ」


「ペットに人権を! 独占禁止法です!」


「あはーぽっと出の骨っ子がなんか言ってるー」


『喧嘩の仕方が知性を持った女児♡』


「文句があるなら聞きましょう。聞くだけですが」


すると、幼馴染ちゃんがびしっとひとみを指さした。


「怖いんだー」


「あ”?」


ひとみがぴきった。


「男の人を独占しないと安心できない、地雷女なんだー」


「なっ、はぁ? え、は、はぁ? ち、違いますし? 独占? いやこれはもう普通にね? 普通の感情ですし? 」 


「いるんだよねー。男の人が女の人とお話したりお出かけしただけで浮気って叫ぶ器量の狭い人ー」


「ち、ちが、違うもん! 違うもん!」


「私はそんなこと、しないのになー。ねー、与一くん」


「おが、ご、ぐが、ぐぬぬぬぬぬ」


なんか話だけ見てたら浮気を持ちかける怖い女性みたいなムーブしてる幼馴染ちゃん……。


いや、お出かけはギリヤバいのは? あ、でも付き合ってないのでセーフなのか?


自らの価値観が揺らぐ音がするぜ。


「ローテしようね(※時間決めてローテーション組もうねの意味)」


「え?」


幼馴染ちゃんから信じられない言葉が聞こえた。


「ローテ、しようね」


「で、でもそれは」


「え、私譲歩してるよねー。一週間、独占してもいいんだよー? そっちの方が……」


「ろ、ローテでいいです」


「うんうんー。幸せな選択だよねー。ソノアイダニオトセバカイケツスルシ」


「え?」


「んー?」


「はい……」



幼馴染ちゃん、なんか……怖い。というか。



「え、待って俺別に出店巡りしないけど」


「は?」「え?」「ふーん」『……』


「いや、しないけど。むしろ俺結構必死な運命だからね? 【陰陽王子】の攻撃ひたすらかわす作業とかあるし。準備運動とかで過ごすけどこの後」


「……」「……」「……」『……』


「あれ? 話聞いてる?」


「時間配分どうします?」「試合前は難しいですけど1回戦終わったら長い時間が取れると思うんです」「2回戦終わりでもいいかもしれないなー。その後フリーだし」


「いや、だるー。誰も聞いてないのだるー」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

試合会場


特別貴賓室




30m×30mのフィールドを囲むように、観客席も設営されている。


即席で作成されている土台ではあるが、コロッセオのように円形にフィールドを囲むように設置されているのだ。


そして、円形の観客席の一部分に、ガラス張りで周囲から守られている特別貴賓室が存在した。


「うむ! 何度見ても壮観じゃな!」


宮内庁代表、日輪が腕を組んで満足そうに笑う。


座っている人間たちは、どれをとってもスペシャリスト。


須藤父は……なぜ自分がここにいるのか、分からなくなる。


「どうじゃ頼重殿! 壮観であろう!」


「あ、あはは。そうですね」


須藤父は自分の手に持っているパンフレットの名簿に目を通す。


【宮内庁】日輪

【宮内庁】じぃじ

【宮内庁】小笠原 遊里(おがさわら ゆうり)

【陰陽庁 審議官】 蘆屋 道斬(あしや どうざん)

【陰陽庁 戦闘部 部長】安倍 邑楽(あべの おうら)

【陰陽庁 戦闘部副部長】安倍 寺門(あべの じもん)

【陰陽庁 救護部 部長】賀茂 雄二(かも ゆうじ)

【陰陽庁 教育式神】土蜘蛛

【陰陽庁 教育式神】九尾の狐

【京都神道 神主頭】山本 愁(さんもと うれい)

【京都 寺院連盟】東 喜左衛門(あずま きざえもん)

【西洋魔術学会 代表】リサ・ストロベリー

【内閣総理大臣】上野 聡(うえの さとし)

【内閣 文化庁 大臣】池田 仁(いけだ じん)

【文化庁 審議官】岡 俊介(おか しゅんすけ)

【隠れキリシタン同盟 副代表】賀茂 アウグスティヌス 一郎

【五星局 現代怪異科教授】土御門グレゴール

【五星局 現代怪異科助手】安倍 董子(あべの すみれこ)



【警備部長】須藤頼重




解せぬ、と頭をぐるぐると回す。


いや、分かっているのだ。


正直こんなに人数なんていらないのだ。


どこもかしこも、「あれ? ウチの名前がないね?」と言いまくった結果なのだこれは。


最低でも五代屋敷は名を連ねなければいけないし、でも上に権力が一つの家に集中しすぎると、如何に違和感のない肩書の人で五代屋敷をバランスよく入れるかみたいな現象が必ず起きる。


それにプラス形式上の内閣やら他の団体の人間を入れまくってこんなキメラみたいな名簿になるわけだ。


「おい須藤!」


ぷんすかした老人の声が聞こえる。


……土御門グレゴールの声だ。


グレゴールと須藤父は【餓者髑髏の花嫁】事件の際に五星局でお世話になっていた。


「お久しぶりです。半年ぶりですか?」


「なぁぜ研究畑まで引っ張り出された。貴様事情を知らんか! それとも何か? 土御門はいつから政治が弱くなった! 」


「……はは」


「は、はは、だと!? え、嘘だろう!? な、何をしている根腐れ古だぬきども……。わ、儂が今一番の出世頭って嘘じゃろ?」


「ほらー。教授のせいじゃないですかー。ウチが安倍とか全く関係なかったじゃないですかー」


安倍董子がスマホをスワイプさせながら高速で文字を入力していく。どうやらSNSを使っているようだ。


ちなみに、SNSが使える。これだけで陰陽師の中でもハイテクノロジーを利用できるという尊敬の目で見られることは言うまでもない。全員アナログ派なのである。


「安倍董子さん、ですよね……。うちの子とひとみさんがお世話になっております」


「あー! ひとみっち今そっちにいるんでしたっけ~! 元気してます~? マジちょー気難しい子ですけど良い子何で! チェケ」


「はは。トーナメント出ますよ」


「マァジィ? すごい言うこと聞いてるんすね~。はえ~やってんねぇ」


安堵の不安の表情を浮かべて、董子は何かを祈る様に手を握った。


「そういえば、五星附属は飛び級3人もすごいですね」


何気なく話題を振ってみると、グレゴールが訝し気な顔をしていた。


「儂は反対だった」


「ウチも反対だったんです。まぁ学校の理事とか校長がごり押しちゃって~。変だったんですよ。なんか、彼女たちの力に当てられて正気じゃなくなったみたいな」


「……正気じゃ、ない?」


「あぁ。だから最悪、安倍董子の力を使って3人を即時無力化する程度に準備はしている。……ところで、ウチもウチだが、何故貴様の息子も出ているのだ」


「あ、あはは。それは……」


「妾が呼ばせたである!」


日輪が頼重の背後からひょこっと出てくる。


「日輪様直々のご指名、ですか?」


「うむ! 何かと話題になる須藤家のご子息をこの目で見たかったのだ! 占いも念のため行っておる!」


ぴりっと空気か変わった。


全員が視線を向けず意識を集中させていることが分かる。無理もない。


日輪の占いは、日本において絶対である。


「この度、須藤与一が敵を倒すと出たぞ! まぁ、勝ち負けは出なかったので活躍するだけするかもしれんが後はどうなるかは知らん! わーっはっは!」


本当に、しょーもない結果だった。


だが。


「日輪様。ご無礼ながら、質問を。すると、……安倍の最高傑作、負けるやも、ということですか?」


【陰陽庁 戦闘部 部長】安倍 邑楽(あべの おうら)、安倍時晴の実の母が、挑戦的な口調で日輪に問いかける。


「知らん! ただ、そうじゃな……。結果はどうあれ、第一試合にふさわしい内容であることは、間違いなさそうぞ?」


「なるほど。ありがとうございます。失礼、少々電話を」


そう言って安倍邑楽は貴賓室を出る。


(……なるほど、息子に最大限警戒するように忠告しに行ったな)


須藤父だけは、なんとなく意図を察して目をつむった。


(……あぁ、でもなぜだろう。与一なら大丈夫な気がするな)


陰陽庁の面々はぼそぼそと話し合っているようだった。


しかし、長い金髪を揺らさず、獣耳を一切動かさず、微動だにしない存在があった。


【陰陽庁 教育式神】九尾の狐である。


彼女はむしろ、堂々と座り込みフィールドを見つめている。


まるで、誰かを待っているように。


須藤父は、顔見知りの彼女にそっと近づき、耳打ちした。


「心配してないんだね」


彼女は、ふっと息を吐いて笑った。


「須藤与一を心配? するわけがないでしょう。……齢七つで、私を討伐した男ですよ?」


「確かに」


二人は笑った。




残り時間は、10分に差し迫っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『だからあんじょーきばりやー言うてんの!! もーアンタっていつもちゃらんぽらんでボーッとしくさりよってぇ! 良い? 右フックよ右フック!  お母さんね、それでお父さん仕留めたから!』


「あーもう分かった! 分かったって母さん!! もう行くから!」


会場に向かう通路で大きな声が響いていた。


あれは……、安倍時晴だ。


母親と通話していたようだ。


かなり剽軽なお母さんなんだな……。


「ふぅ、心配性なんだから……ん? 君は……」


電話を切ってようやく俺を認識したようだった。


俺の後ろに3歩後ろを歩くひとみ。


ひとみの背中に隠れるように歩くいろは。


二人はまるで興味がなさそうな表情をしている。


【陰陽王子】安倍時晴。


事前情報、幼馴染ちゃんから聞いた情報によれば、幼馴染ちゃんに対抗するべくマルチな技を満遍なく使うタイプの万能型らしい。


メインの技は五行を用いたスタンダードな陰陽術。全ての属性を弾幕のごとく散らし撃ち続ける才能のゴリ押しをフルオートで発射できる砲台を設置、銃と刀を振り回し接近戦。えぐい。


【守護霊獣】青龍、玄武をサポートに、青龍が流水で妨害してくる。


問題は玄武だ。


創作において玄武は盾になるくらいの出番しかないが、陰陽師にとっての玄武は違う。


玄武は、陰陽の象徴である。これにより陰陽師としての性能にバフがかかる。


生と死、生命の流転の姿とされたものである玄武は、ある意味戦場における究極の武神の加護を与える存在とも言える。


星見の学問においても青龍は23から成す星の象徴であり、玄武は暗闇と星そのものとされる。転じて、星が指し示す命運を引き寄せる力につながり、さらに加えると、「北と東」、その場の中でこの方角に立つことで風水的な呪力強化もある。


運も尋常じゃなく強化されているに違いない。


運も実力も全てが格上。


それをどう乗り越えるかが戦いの鍵となるのだ。


「……やれやれ。あまり言いたくないけれど、君はその……、陰陽術を使えるような体質ではないよね」


「ん? あぁ、そうだな。分かるのか?」


「分かるし、教わった。5歳の誕生日直前で高熱を出して、それから魂の形が変異したのか不明だが丹田からのエネルギーの循環が阻害された、とね」


「……なんだよ。全部知ってるじゃねぇか」


俺それ家族しか知らないと思ったけど、まぁ噂みたいなのは止められないわな。


特に相手が安倍なら尚更。


「君に恨みはない。だが、弱いものイジメをする為に陰陽師になったわけでもない。棄権する気はないかい?」


「……まぁ、最初はそれでも良いと思ったんだが」


まぁ。ひとみとかにも……。色々言われたし。親父は鍛えてくれたし。銀子さんも色々言ってくれたし。鳥はなんも言わないしなんなら飯の事しか心配してないし。


ーー憧れた人なら、挑んだと思うから。


「あれだよ。勝つ理由は特にないんだが、負ける理由が無いんだよ」


「……そうか。君に剣以外の戦闘能力が無いことは教わっている」


「……?」


こいつ、何言ってるんだ?


ひとみの力、知らない……?


あ、そっか。


あれ安倍来る前に事件終わってるんだ。


親父と、幼馴染ちゃんしか目撃していない、だから……。


「2秒だ。2秒で君をノックアウトする。多少式神が使えるようになったからと言って、高みに行けるわけでは無いぞ」


「……お手柔らかに」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「さて、本日快晴、風速そこそこ地場安定。絶好の陰陽対決日和となりました明晴学園フィールド。実況は明晴学園放送部、青葉土筆(あおばつくし)が行わせていただきます! 我が学園が誇る天才、その笑顔は全ての女性を惚れさせる! しかしその実態は愛する女性を倒し、青き春を過ごすことを目標とした、愛の戦士!【陰陽王子】安倍時晴!」



フィールド内。


30m×30mという限られた、或いは広い空間。


結界は既に覆われ、逃げることはかなわない。


10m、程度だろうか。俺と離れた彼は、腰にかけていた銃と刀を抜いた。


構えられて分かった。


あの銃に込められた弾丸は呪い。


刀には対魔。


なるほど、己で陰陽を体現するような戦闘方法。


理にかなっており、逆に言えば、合理的過ぎる。


学生が考案したような戦い方ではない。


もっと洗練された、屠るための技巧が込められているような気がした。


「対する相手の情報は一切ありません! 我が学校の代表として登録され、それでもなお誰も彼の実力を信じていません!」


実況の声が反響して、遠くに聞こえる。


俺は不貞腐れながら、ため息を出して親父の部隊から借りた刀を抜いた。


「しかし! 学園の中で、一人だけ彼を信じている陰陽師が、蘆屋緋恋がいました! 彼女だけは、彼を信じ、彼の勝利を願っているのです!」


……どこから仕入れた情報なのか分からないが、その言葉が。


「さぁ風評からの下克上なるか! 【スケベハーレム】須藤与一は、誰も想像できない【陰陽王子】越えなるか!」


やけに、心を奮い立たせてくれた。


目の前の安倍時晴が俺の顔を見て、吐き捨てるように教えてくれる。


「彼女の能力だ。今欲しい言葉を言って、気分を高揚させる言霊の使い手。--呑まれすぎて変なことを考えるな。君は僕にやられる運命なのだから」


そうか。


今自分の高揚は、彼女によってもたらされたのか。


いや、本当にそうなのだろうか。


浴びるような歓声、罵声。


凍てつくような視線。射貫くような視線。


ーー信じてくれる人の、気持ち。


「……あぁ。そこにいるんだなぁ」


貴賓室あたりで、なんとなく、親父がいる気がして。


……あの、【九尾の狐】がいることが分かった。


だとしたら……、やはり、負けたくない。


負けたくないのだ。


俺が使った入場口付近で、また誰かがいる気がした。


幼馴染ちゃんだ。手を振ってくれている。


それに、あぁ、お守りがてらズボンのポケットに入れていた、賀茂モニカとの通信用紙に、何か書かれる音がする。きっと、何か書いてくれている。


あぁ。負けたくない。


負けたくない。


こんなにも、負けたくない。


みんな酷いよな。


こっちは陰陽師の学園、行けなかったのに。


何も学べなかったし、何も得られなかったのに。


それでも俺に、期待してくるなんて。


ーー酷い話だった。


「あぁ、そうです与一さん。緊張している様子ですから、私から爆弾発言を一つ」


突然、後ろにいた小笠原ひとみが、俺の肩を叩いた。


「なにさ」


「私は、式神契約を……貴方の心臓と結んでいます」


「……そういえば」




ーーー回想ーーー



「『――、まぁ、まぁまぁ。おいおい、おいおいですね』」


 


「こ、こいつもしぶとい」


 


「『照れ屋なのは承知しました。では、これだけ押し付けますね』」


 


「ん?」


 


彼女が白骨化した左手を俺の心臓にあてた。


 


「ヒュッ」


 


普通に怖かった。


 


「『ふふ、縁を結びました。これより小笠原ひとみ及び餓者髑髏は……旦那様の式神として生きていきます。親っぽい人より貴方に全てを捧げますわ』」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「だから、でしょうか。私、貴方の感情が分かります」


「--、え」


「はい。ずっと感じ取ってました。胸の高鳴りも、落ち込みも。だから、……何も言わずとも、私は貴方の願いを叶えます」


「……」


「でも、やはり男性からリードされたいのですが。--私は、何をしましょうか?」


「……」


とんでもなく、酷い話を聞かされた。


一年経ってそんな素振り全く見せなかったくせに、ずっとこいつは俺の感情を読み取っていたのだった。


ひどい。あんまりだ。


……あんまりすぎる。


「俺さ」


「はい」


俺は、【陰陽王子】に背を向けて、彼女の眼を見た。


とても、綺麗だった。


「陰陽師になりたかった」


「……」


「才能は無かった。最初の願いは、こんな妖怪とか怪異とかがありふれた世界で、死にたくなかっただけなんだ。……でも、頑張ってみたかった。諦めきれずに刀を振ってはいた。……中学卒業して、普通の学校に行くことになった。もう、陰陽師になるなと言われた。言われたんだよ。……俺さぁ、良いのか悪いのか分かんなかった。あぁ、やっと夢に踏ん切りがつけれるとも思った。幼馴染ちゃんは抗議してくれたけど、なんかさ、もういいんじゃないかってなった。なったんだよ」


「はい」


「……才能無いって、分かってるくせにさぁ。こういう舞台に立つと、一瞬でも思っちまうんだよ。【俺に、チートが目覚める時がくるんじゃないか】って! 自分が特別な存在な気がして、たった、たった1秒でも天才を上回るような飛び級の才能があるような気がしてっ、だから、だから余計つらいんだよな! そんなことないって分かってんのに!」


「……はい」


「ーーお前らと出会って。お前らと戦って。お前らと……一緒に過ごしてさ。もしかしたらって、なんか、一個だけ、本当に一個だけ……お前らと叶えたい欲望が、一個だけあったんだ」


「……その欲望とは?」


「……」


ずっと。


ずっと、追いかけられ回されて。


馬鹿にされたこともあって。


でも、それが嫌で。


だから。


ーーこの瞬間だけでも、俺から、追いかけたかった。


「幼馴染ちゃんを、一度でいいからボコボコにしたい……」




あぁ、そうか。


俺、ずっと負けっぱなしだったの、悔しかったんだ。


だから、トーナメント出てもいいみたいな気持ちになったのか。


だから、一方的に終わった陰陽師の道に戻すような訓練も、やってみようと思ったのか。


そっか。


俺、やっぱ負けたくないんだ。


ずっと近くにいた、幼馴染。


天才で、誰も勝てない、すごいやつと俺は仲が良かった。


だけど、悔しかったんだ。


俺、……悔しかったんだな。


「悪い、ひとみ。幼馴染ちゃんに勝たせてくれ」


「はい」


彼女は、憑き物が落ちたように笑った。


そして、俺の隣に立った。


「だと思いました」






「それでは参りましょう!! 此度始まる大戦!! 高校生陰陽道最強決定戦トーナメント一回戦第一試合!!!! 【陰陽王子】安倍時晴vs【スケベハーレム】須藤与一!!! レディィィィィ!!!!」



「あぁ。そうそう。与一さん。2秒でしたわよね」






「ファイッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」






「万象順てっーーーーーー」


「『破ッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!』」



巨大な骸骨の拳が、安倍時晴に突き刺さった。


それは幾重にも施された防御結界を全て圧壊させ、壁を投げつけたような質量が彼の体を襲い、30m×30mを覆う結界にたたきつける結果となった。


「が、はっ……っ!?!?」


「『さて、2秒です』」


その言霊は全てが呪詛。


その発言は全てが呪言。


彼岸の華が、彼女の周りに咲き誇る。


ノータイムの切り替えで顕現した、その姿。


血が付着した白無垢。


左手が白骨化した、花嫁衣裳の女。


顔の半分が、骸骨の仮面で覆われ


全身から、死の呪いを撒き散らかす女。


彼女を乗せて、巨大な骸骨が、高々と【陰陽王子】を見下ろした。


「『旦那様の命です。骨身に染みる愛をどうぞ』」


結界が、真っ赤に染まった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



ーーなんだこれは。


【陰陽王子】安倍時晴は叫んだ。


言葉は出ない。言語化できないおぞましい恐怖。


ただ叫ばなければやられる。それだけだった。


それは、踏まれたアリの絶叫のようだった。


人にそんな声が聞こえないような、純粋無垢な力の圧壊。


気付けばステージ端まで吹き飛ばされ、世界が一変していた。


そこは、丘。


彼岸花が咲き乱れ、空に穴が開き、赤黒い液体をだらだらと垂れ流す。


丘から骸が無数に生まれ、襲い、そして食われる。


忘れる勿れ。


それは怪異である。


それはある種の神である。


それは。


地獄である。


骸が列をなし、安倍時晴に向かい歩いていく。


第二次の禍根、帝国の象徴、或いは鎧武者の喧騒、残骸の寄せ集め。


童の大群、餓死の空虚な腑。


怨と恨の百鬼夜行。


――花嫁導く参進の儀。




世界は既に、夜に犯された。


忘れる勿れ。


彼女は、餓者髑髏であり。


餓者髑髏は、彼女である。


彼女が、餓者髑髏が織りなす数多の怨念が生み出す異界。


名を【浄土穢れ地獄渡り彼岸花咲きし丘】。


最悪、再びーー。



「万象順天、陰陽よ廻れ」


安倍時晴は走馬灯のように思考を巡らせ秘儀を躊躇いなく発動する。


走馬灯、そう。安倍家から伝えられた情報が、彼の脳内をオーバーフローさせた。


ーー【餓者髑髏の花嫁】は、須藤与一単体によって討伐された。


「っ! 破神5号から10号全力稼働!!!! 我が身を守る守護霊獣、玄武よ、お力お借り申す!!!」



破神システム。


彼が五行の術をフルオートで乱射する為に作った陰陽術である。


5番から9番、火、水、土、金、木の術を一斉掃射し、10番に陰と陽の霊力を発射、五行の術をそれぞれ混ぜ合わせる力を発動し、相生、相剋の術をその場で生み出すランダム性を生む能力。


が、上手くいかない。


玄武の力は、陰陽の循環の活性。


それも、上手くいかない。


理屈を考えれば当然だった。


彼女という死の呪いは、陽に能わず。


全ての天秤を陰に傾け、全ての力が弱体化してしまう。


ーー天才の唯一の穴ともいえる。


陰陽のバランスを崩す。


どれだけ場を整え気を持ち直しても、彼女の世界が全てを塗りつぶす。


【ハナサキ】は、明らかに陰陽師の技を封殺する為に生まれたような気さえする。


しかし。


安倍時晴は諦めない。


「--1番から4番、日の稼働!!!」



破神1番から4番に、五行の発展形、七曜を適用する。


日、月、火、水、木、金、土。


その日の力のみを最大出力で放ち続けることで、陰陽の形を取りなそうとした。


空に月、地上に太陽。


これにより循環を生み出そうとした。


「『壊れなさい』」


太陽が壊れた。


突然、壊れた破神1号から10号。


彼女の言葉に誘われるように、術式が自ら死に絶えた。


彼女の言葉は、全てが呪言。


故に、命じただけで、呪いが発動する。


望まれただけで、術式は己の破壊を選んだ。


いわば、自ら滅ぶことを望む落陽願望の付与。


これに加え、彼女の持つ「時を止める」性質。これにより循環の強制停止。あまりの噛み合い方で、相性戦では小笠原ひとみの一強であった。


これによって、まず天才の術式が使用不可となった。


次の思考は接近戦。


銃と刀を使用し、式神の所有者である須藤与一直接に攻撃することだ。


しかし、既にその姿は見えない。


骸骨の軍勢が、常に襲い掛かり意識できない。


破神の影響で散らしていた敵も、全て集結する。


加えて。


圧倒的質量の餓者髑髏の一撃。


突然天が曇ったと思いきや、ただただ無慈悲な振り降ろし攻撃がやってくる。その手が、骸骨を掴み、捕食する。


「これが……これが【餓者髑髏の花嫁】っ!! す、すごい!!!  お見事です式神、いや小笠原ひとみさん!!! そして、これを単独初見で討伐した須藤与一、間違いない、これは偶然で倒せるものではない。何か一つ欠けても勝てる敵ではない!! み、認めるよ、間違いなく、君たちは僕を倒しうる!! --だけど」


未だ、【陰陽王子】は諦めない。


「--僕は、もう誰にも負けたくないっ!!!! 青龍、玄武、概念武装発令!! 安倍家の最高傑作を舐めるな、くっ、決勝で使うはずだった、僕の最終奥義で迎え撃つ!!!!」


そして、大きく息を吸い込み。















ーー安倍時晴は吐血した。


「がっ……はっ……っ!?」


「『彼岸花から流れる紅い液体は、全てが呪詛。いかな才能も神聖な結界も、体に取り込み過ぎれば呪いに転じて侵されますわ。』」


そしてそこに追い打ちをかけるように、小笠原ひとみは大きく腕を振りかぶって、その巨体の拳を安倍時晴に打ち下ろした。


「『ごめんなさい。私弱い者いじめするつもりはありませんので。棄権してくださいな』」


寸止めだった。


安倍時晴は、虚ろな目でその指の骨を見つめ、手のひらをひらひらと揺らした。


「無理ですこれ~……。対策しないと無理。降参です。なぁにこの初見殺しオンパレード。やってらんねー」














「な、なんということだあああああああ!!! 突然結界内が真っ赤に染まったと思いきや、突然見えるようになり、【陰陽王子】安倍時晴が、しゅ、瞬殺されているぅううううううう!!!! あの式神が何かをやったのかぁ!!!! 序盤の不意打ち以降、誰も見ることが叶いませんでした!!! 試合時間わずか20秒!!! 勝者、須藤与一ぃいいいいいいいいいいいい!!!!!!!」




「「「「「「「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」」」」










えぇ……?


ちょ、えぇ……。


えぇ……。


えぇ…………?


「ふぅ。中々足掻かれましたが勝ちました。酷いですよね2秒で倒すとか失礼です。ぷんぷん」


しまった、ぷんぷんモードだったのか。


このモードに入ったら俺といろはは夕食抜きの可能性が高まる。


……いや。


えぇ……?


俺すんごい悩んでたのにすんごいパワーで一掃されちゃったからこの感情の行き場どうすればいいんだろうくらいしか思ってないよ俺。


いや。ひとみ強くね?


いや確かに強かったよ。


俺みたいにすんごい呪い耐性とかが強かったり、装備とか術式とか普段持ってないからこそ自壊させなかったとか、相性戦はあったかもしれないけど……あ、えぇ? つ、強いっすね。


なんか、ボスキャラって基本味方になったら弱いとかありますけど、君、強いね?


むしろ前より強いね?


「……あら。周囲も殺気だってしまいましたか」


言われて気付く。


周りを見渡すと、あまりに一方的な虐殺劇だったからか……いや、結界でなにも見えなかったから、【陰陽王子】が訳も分からないやり方で勝手に沈んでいるからヤバいと思ったのか。


ーー、【餓者髑髏の花嫁】への脅威度が上がったからか。


特に強い敵意を感じるのは、特別貴賓室。


全員が、彼女を脅威と感じたのだろう。


その中で、一番、殺気を感じるのは……。


安倍家の、いや。


教育式神の【九尾の狐】だった。




「与一さん」


ひとみが、微笑んだ。


「楽しくなってまいりましたね」


どこが?






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


【五星附属術浄学園】選手控室。


本来であれば、選手控室は共用スペースだったが、飛び級の子がいることで特別な配慮をと運営側が用意した専用控室だ。


しかし、本来ならそのような優遇はあり得ない。


安倍家であっても、そのようなことはしない。


現にそのことに違和感を覚えた【獅子強攻】安倍 怜音は普通に共有スペースに行き、そちらで過ごしていた。





【流星の魔法少女】如月 桐火は緊張していた。


「うぅ、どうしよぉ~~。い、一回戦なのにレベルが高いよぉ~~~」


ぴえんと言わんばかりに半べそをかいて控室のベンチに座り込む如月だったが、肩をポンと叩かれる。


「大丈夫。貴方だって訓練を重ねた戦士じゃない。普段通りの力を出せば問題ないわ」


【聖伐執行】犬鳴 響だった。


彼女のなぐさめが上手く伝わらなかったのか、それでも気持ちが沈む魔法少女。


「いいじゃーん別に。こんなんさっさと終わらせてさー、観光でもしようよー。めんどくさいしさー」


【宴夜航路】迫野 小登里はベンチの上で寝転んで微笑む。


その姿を見て犬鳴は驚いた。


「あ、あなた次試合でしょ!! もうちょっと気合をいれなさい!」


「えへへー。面倒くさくてさー。疲れちゃうじゃんー」


そんな3人の会話に割って入る様に、ドアのノックが聞こえた。


ドアが開き、入ってきた人を見た瞬間3人が一斉に立礼する。


「せ、先生! お疲れ様です!」


如月の声に、【先生】と呼ばれた男は微笑んだ。


「あぁ、みなさんお疲れ様です。今回のトーナメントはレベルが高いですね。でも、みなさんなら必ず勝てます。自信を持ってくださいね!」


「「「はいっ!先生!!」」」


「それと……次の試合は、迫野さんですね?」


「あ、その、はいー……」


迫野が物怖じするように受け答えすると、先生が彼女の頭を撫でた。


「貴方はとても面倒くさがりですが、本当は人への思いやりが強い子です。自分がリラックスしている態度を見せれば如月さんが落ち着くとも思ったのでしょう」


「うぇっ!? いや、その」


「小登里ちゃん……」


如月がまた涙をこぼしそうになる。


「でもここから、貴方が頑張った分みんなの気持ちも変わります。いつも通り、精いっぱいの気持ちをバトルでぶつけてください」


「--はいっ!」


迫野の返事に満足した先生は、3人に向けて言葉を放った。


「それじゃ、みなさん。気合を入れて頑張っていきましょうネ!」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




2試合目。


俺は試合が終わって、客席から胡乱な目で見られながら退場した。


幼馴染ちゃんは手を振って、「やっぱり勝ったねー」と言った。


なんだよそれ、と思ってたら「これで決勝まで行けば戦えるね」とも、彼女は言った。


酷い話だ。両想いじゃないかと、なんとなく肩の力が抜けた。


ひとみもウキウキしているし、ことりはぽけーっとしている。


やれやれ、これじゃあスケベハーレムなんて言われてもしゃーないのかな。


そんなことを考えていた。


その時、すれ違った選手がいた。


【宴夜航路】迫野 小登里である。


原作ヒロインの、中学生の姿。


その後ろに、スーツを着た大人がいた。


その表情は、とても楽し気で。


ーーとても、怖かった。


俺が、その大人の背中を目線で追っていると、彼は振り返ってこちらを見た。


「なにか?」


「……え、あぁ、いや。……」


俺は、何を思ったのか、失言してしまった。


「アンタか? 原作のシナリオ壊したの?」


言ってしまって、自分が何を言っているのか理解し、俺は何を言っているんだと動揺した。


突然、本当に自分が変わってしまったように言ってしまったのだ。


すると、その大人は、その笑顔を深めて、こちらに向き合った。


「面白いことを。先に壊したのは貴方じゃあないですか。ネ? 須藤与一さん」


「えっ」


なんでこの人は俺の名前を知っているんだろうと思った。


すると、【宴夜航路】迫野 小登里が大人を呼び掛けた。


「先生ー! ニャル先生! もう行くんですけどー!」


「はい。今行きますよ。……それでは、また」



彼は、ニャル先生と呼ばれ会場に入っていった。


俺の脳が、その名前を知っていた。


先生、ではない。


ニャル。


そう呼ばれるであろう存在を、俺は知っている。


俺は、知っているのだ。


「--まさか」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「さて、一瞬で幕を閉じた第一試合! 間違いなくこのトーナメントは下馬評通りにはいかず、イレギュラーの印象と、新世代の台頭を感じさせます!!! 次の試合は【五星附属術浄学園】から登場、飛び級の才能をここでお披露目だ!! またも天才、戦術スタイルは魔法少女と呼ばれる新しい陰陽師の戦い方。一度見た術式をコピーし、上位互換の術式のミサイルを即席で作り、質と量で圧勝する人の心を折り戦う。生まれるのは荒野。巨大な才能の戦車に押しつぶされる恐ろしさ! しかしついた二つ名は【宴夜航路】迫野 小登里!!!!!!!!」



フィールド内。


30m×30mという限られた、或いは広い空間。


結界は既に覆われ、逃げることはかなわない。


面倒くさそうに彼女は首をぽりぽりと掻いている。


目の前の敵なんか相手ではないと言わんばかりの動きだった。


それを、鋭い目で睨む少女がいた。


「対する相手は小笠原家の天才。家の歴史が紡いできた陰陽術に加え、五行の水を氷結の呪いに特化したさせた最前線の陰陽師。その才能は10代にして破格の性能を持ち、妖怪討伐数はこの世代最高! 誰が呼んだか、戦闘力だけならば蘆屋の天才すら上回るだろうと! 遂にその才能がこのトーナメントにて比較されます! 【永弓凍土】小笠原 雹香!!!」



「悪いんだけどさー」


ジャケットで萌え袖をつくって幽霊のように手を揺らす迫野。


そのグレイの髪色が太陽に光り、よりその灰色が目立つような気がする。


無理もない。


相対するのは氷の女王。


蒼と白を基調にした制服に、白い長い髪。


まるで、雪そのものの彼女に対し、灰色の雲がかかるような対称さがあった。


「負けられないから、すーぐ勝っちゃうよー」


そういって彼女は構えた。


「そうですか。では」


女王はスカートの裾を持ち、一礼した。


「御機嫌よう」




「それでは参りましょう!! 高校生陰陽道最強決定戦トーナメント一回戦第二試合!!!! 【宴夜航路】迫野 小登里vs【永弓凍土】小笠原 雹香!!! レディィィィィ!!!!」








その時、狂気的な笑顔で、迫野小登里は詠唱した。





「『てけり・り』」






















ーー漆黒の玉虫色。


タールでできたアメーバの如く粘液のような塊。


表面に啓く無数の瞳。


女の足元に描かれた魔法陣から、彼女に憑りつくように存在を塗りつぶしながら纏われにいく。


Tekeli-li, Tekeli-li


声が聴こえる。


飼いならされた悪意。


古のものたちによる創造物。


宇宙的根源に連なる恐怖。


それは生きる姿ではなく/それは意思の疎通は不可能であり


それは嫌悪の象徴であり/それは悪夢の中で蠢くだけに留まらず


生命/晴明に対する冒とく的な、狂気の発露。


「変身」


その黒く生きたものは、彼女の素肌、衣服、全てに巻き付き、姿を変容させていく。


それは見るも無残で神々しい。


何かに魂を売ったような、何かに力を求めた顛末のような、生きた地獄のような、変身。


装いは華やかだ。


グレイの髪に合わせて、白と黒を基調にした魔法少女衣装。


フリルも豪華で華やかで、見る者を全て夢中にさせるだろう。


だが、本質は別である。


ーーカフカの『変身』という小説がある。


あれは、目覚めると自身が巨大な芋虫になっていたという話だが。




須藤与一の眼には、彼女がそう映っていた。


(--なんだ、あれは)


須藤与一の記憶には、彼女にそのような姿は登場しなかった。


(……なんなんだ、あれはっ)


須藤与一の全てが否定した。彼女の姿は、既に原作ヒロインのそれではない。美しく擬態した、芋虫のような、ナニカだ。


「--なんなんだよ、あれはぁ!!! ニャルラトホテプゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!!!!!!!」










彼の声は、邪神/先生に確かに届いていた。


「初めまして、須藤与一くん。そして、どうぞお楽しみいただきたい。さぁこれより始まる奇怪な舞台。主役は貴方、語り手は私、世にも不思議な陰陽師の、憧れの先の成れの果て。しかしいましばらく座席にて、観劇のままどうぞお待ちなされ。なにせ役者はいざ知らず、未だそろうこと能わず、故に、先にお伝えしよう。この先のシナリオは私が描いた。既に賽の目は振られたのだ。さぁクソほど踊れ人間ども。私は貴様らが狂気にして混沌に溺れる姿が見たい。正気を保つな、欲に走れ。自ら未来を否定しろ」


邪神/先生は、両手を広げて喝采した。


「それでもなお、足掻く者のみこそ、私の前に立つことを赦される」










「ファイッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」













次回、【神話生物くとぅるふしんわ事件】中編。

もとい。

須藤与一デート回。

乞うご期待。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チート無しで鬱すぎる現代和風同人ギャルゲーの世界にモブ転生しちまったと思うんだけど、どうすればいい? 茶鹿 秀太 @sherlockshooter00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ