【■■■■■ ■■■■■■■事件】

■■県、某所。


場所、特徴、形状等の詳細説明は、陰陽庁及び五星局、または内閣府により禁止通達あり。


時は江戸時代に生まれたとされるこの施設、五代屋敷、賀茂家の流れを継ぐ宗家「勘解由小路家」の隠し結界が施され発見が500年遅れたとされる。


500年越しの結界が解除され、賀茂家当主「賀茂ヨハネ在人」は部下を引き連れ施設の中に入っていった。


賀茂家当主にしてキリシタンの彼は、異教の宗派も学び陰陽への知識、経験、何より暦についての学びが深く、齢45という若さで当主という仏魔殿の主人となった。


「……妙ですね。何も無い。いや、……何も無かったと言われているような違和感があります。何か! 何かありませんか!」


賀茂ヨハネ在人がそう叫ぶと、部下の1人が声を上げる。


「当主! ■が■■、血痕が付着した状態で発見されました! また封鎖された地下への通じる道が」


「本当か。では地下に行きましょう。紙は研究班に渡してください」


この日の部下の編成は17名。施設フロアは主に■■■■で形成されており、家屋の素材は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。


「では、地下への扉を破壊します。せーの!」


作戦開始から15分経過。


時刻13:25。


部下2名により地下室への扉を開放。


「ぐぅう!!??!」


突如当主、賀茂ヨハネ在人が唸る。


「当主!? 一体何が!!?」


「な、なんだこれはぁ!!!!? あ、悪意、いや、違う、これは……恐怖!? わ、私が、この私が、畏れている……?!あぁありえない、地下に、何がっっ!!?」


賀茂ヨハネ在人の突然の叫びに反応したように、13:27、地下室から声が聞こえたと部下1名が報告する。


その部下は、真っ先に■■■■■■■■だった。


その後■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。


そう呟くと、突然停止する。


「■■■■、どうされましたか?」


賀茂ヨハネ在人が部下に問いかけるも、部下は■■■■■■■■。


異変に気付いた部下が賀茂ヨハネ在人を取り囲むように警戒態勢を取る。


2名の部下が警戒しつつ、停止した部下に接触。救護活動を行う。


「おいしっかりしろ、大丈夫か、何があった!!」

「動けるか!!瞬きでいいリアクションしろ。1回ならYes、2回ならNoだ、意識はあるか!! …………クソ! 意識無し!」


賀茂ヨハネ在人、近くにいた部下に尋ねる。


「先ほど■■■■■■■■があったと。それは何処に」


部下がトランシーバーを起動してうなづく。


「運ばせます。[ザーザー]こちら警護班対童子狩部、先ほどの押収品の紙片を此方に」


「[ザーザー]了解。紙片を其方に。勘解由小路家の記名があり、勘解由小路在信様の書き残した物となります」


「何ッッッ!?」


当主が吼える。


勘解由小路在信。


その名は、江戸時代初期の陰陽師の名である。


……或いは、最後の勘解由小路家の名前の持ち主と言うべきか。


「はい、そう書かれております。そして■■■■■■■■■■■■■■■■」


「■■■■■■■■?■■■■■■■■■■■■■■■■」


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。


「■■!? ■■■■■■■■■■■■■■■■」


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。



(以下略)



13:57


正式に連絡の途絶を確認。


陰陽庁による再封印が決定。


しかして、その効力はまるで発揮されず、意味はなかった。


賀茂家当主の死亡により、代替わりとして賀茂継邦が息子、賀茂継彦が当主となり、体制を変更する。


ーー、最後の連絡では。


賀茂ヨハネ在人の残した音声によると。


◼️◼️◼️◼️はぬらりひょんの手に渡ったとされている。







【厄モノガタリ〜花咲き月夜に滅ぶ世界~】


2周目バッドエンド「無辜の暴虐」よりに関する過去エピソードより抜粋







ーーTipsーー

賀茂ヨハネ在人

死体の状況

周囲の部下を皆殺しにした後に右手の人差し指と中指で自らの頭頂部を抉り、脳を掻き回しながら音声を残す。

キリシタンに自殺は赦されておらず、本人が敬虔な信者だった事もあり何か意図があったとされているが、音声以外の証拠は残っていない。


音声データ.mp3

0:00〜1:00


「はぁ、はぁ、うっ(ぐちゅぐちゅ)、ごっ、かでっ、勘解由小路は……っ、すべっ、がっ、し、知ってた……わっ、わた、わた、わたしがまちがぁ、ぎぃぃぃぃい、ひぃ、み、見られている、あー、あああああ部下殺しちゃったああああ、死んじゃったあああああ、ぴっ、おご、いたいねぇ、いたいぃぃぃい(ぐちゃぐちゃ)、ごめんねえええ、ああああ見ないでええええ、本日は東京メトロ東西線をご利用いただき誠にありがとうござ、あっあっ、いらっしゃいませーファミ、ぐああがでは、地下への扉を破壊します。せーの!ががががが、ぬらりひょんがぁあああ、おいしっかりしろ、大丈夫か、何があった!! ぜんぶもってったー!!! もうせかいは、おしま、あっ死ぬっ……あっ(ばちゅん、ぶしゃー) あーあ。あー。が、が。あんっ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



(現実世界)





俺の名前は須藤与一!


幼馴染ちゃんの蘆屋の策略によって部屋の玄関前で抱きつかれてしまい


小笠原ひとみに目撃され、目が覚めたら


小笠原ひとみが餓者髑髏になってヤンデレになってしまった。


普通に学校も始まって、謎に高速転校してきたし、なんならこれ以上夜這いされても困るので保護者に相談し小笠原ひとみは部屋から追放、するとひとみは隣の部屋の住人を餓者髑髏パワーで追い出し、部屋の隣人という形に落ち着いた。落ち着いたのか? 落ち着いた。


だけど部屋に鍵はかかっていたのに、夕飯の時間になるとなんか居るぞ!


今日のご飯は彼女が作ったおにぎり(塩)とたくわんだ!


見た目高校生、頭脳は転生


迷宮入り待った無しのチート無し


鬱すぎる和風同人ギャルゲーで平和を謳いこの手は握るものではなく繋ぐモノ、それとこれとは別にクソみたいな怪異を殲滅だ!


君も一緒に【ハナサキ】世界に転生しよう!


Fu●k you all!!!!!!





そんな感じの人生なんですけどね。


ここはどこだろう。


なんかふわふわして、ぼーっとして……。


花が、そこら中に咲いているような……。


誰かが、見ている気がする。


誰だ……。誰が……。









『繧医≧繧?¥莨壹∴繧九?縲らァ√?蜈峨?』












「おーい須藤、授業中だ寝るな」


「ぐえっ!? え、い、今何が……さっきまで感じていた名探偵みたいなメガネは!?」


「何を言っとるんだお前は」


わはははは、とクラスで笑いが起きる。


……しまった。授業中やんけ。疲れてたのか豪快に寝てたわ。


隣でクスクスと笑い声が聞こえる。


制服着用拒否勢の小笠原ひとみだ。


こいつは意地でも和服で来る異常者だ。


令和の価値観で大正のファッションをする生物兵器と言っても過言では無い。


こうやってモンスタースチューデントに屈する教育現場でいいのでしょうか先生。


ちなみにこの前先生に聞いたら「面倒クセェから全部家庭の事情ってことで」と素直に言われた。


まぁ腕とか骨見えちゃうし、スカート苦手らしいし、でもズボンも上手く歩けないらしい。


全部これ教育係の安倍菫子さんが原因だろ慣れさせたれよ。俗世に。


安倍菫子さんのことだ。

「和服美少女ちょーかわいっしょ。属性〜。チェケ」


で済ませたに違いない。


「まぁまぁ。お寝坊さんですこと」


「違う、俺は夢の世界で元気よく過ごしていただけだ。夢はいいぞぉ? 草冠に目が寝そべってるんだ。さぞ気持ちのいい草枕に違いない」


「いえいえ。夢は「寛容」の寛に夕ですわ。神官の女性が夜に眠る様子を描いたとかなんとか」


「賢そうな会話やめてくれよ眠たくなる……」


「仕掛けておいてその仕打ち、あぁっ、でもそれが……良いですね!」


小笠原ひとみ、あの日に餓者髑髏になってはっちゃけ始めた。なんかこう、おしとやかさの裏にしっとりとした感情が潜んでいる気がする。


……周囲から声が聞こえる。


「ま、マジであいつ、小笠原さんと付き合ってんだな……嘘だろ……」


「うぅ……、俺、小笠原さんを一目見てから……うぅっ!」


なんかBSS(僕が先に好きだったのに)イベ発生してるって。


おかしいだろ。まだ夏休み開けてから1週間も経ってないのにスピード感あるな。


「ふふ、ふふふ。注目されてますね与一さん。およよ、下卑な目線で見られてしまい悲しさで涙がはらはらほろり」


「やめろマジで授業中に机寄せて肩に頭乗せるなマジで……っ。マジでっ!!」


「はい不純異性交遊、須藤与一あとで職員室~」


「横暴だろうがっ……! 横暴……っ!」


担任……っ! お前だけは……っ! 倒すっ……!








職員室。


担任がくたびれたスーツであごに生えてる無精ひげをなでた。


「あのさー。一応よ、腕や足の傷を隠しつつ体の動きをやんちゃできないように和服で制限してるとは聞いてるし、校長とか死ぬほど俺に詰めてきてるからすごい力で和服オッケーにさせてるのは知ってるんだわ。でもやっぱアイツ目立つじゃん? お前と仲いいんだろ? 彼女の事気を遣ってやってくれ」


「せ、先生……っ」


「ま、長年やりたくもない仕事やってると分かるんだけどよ。あの子、割と世間離れしてるだろ? お前が導いてやりな。あの子の目は愛も恋も分かんないくせに雛鳥みたいにお前にくっつく赤ちゃんみたいだ。善も悪も今から見分けようとする迷子みたいだ。……お前なら、助けられると思うんだ。だから頼むわ」


「ーー先生ぇっ!」


良い人かよっっ!!!!!!!!!


この、おま、良い人かよっっ!!!!!!!!!


この拳の行く先はどうすればいいんだよぉ!!!!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「行く先はお前だぁ!!!!!」


「ぐえーっ! 死んだんごーっ!」


とりあえずクラスメイトを拳で吹っ飛ばす。


教室に帰ってきた直後に「お、おっふ、小笠原たそ、コミケのコスプレイヤーに興味はないでごわすか?」と勧誘活動してるやつがいたら流石に見過ごせなかった。


濃いんだよ全てがさぁ!!!


「……大丈夫か?」


彼女を直接見ないように、頭を無意識に掻いてしまう。


席に無造作に座ると、くすくすと笑い声が聞こえる。


「なぁんだ。私のこと、そんなに好きなんですね。まったくもう」


「ほぉらそうなるから嫌なんだよ……」


「ふふふ、くすくす」


そんな声を無理やり聞き流して机に突っ伏すと、ちょうどよくチャイムが鳴る。


担任が教室に入る。


「はいそれじゃ。来月の学校祭についての話するぞー。このクラスの屋台はたこ焼き、教室展示は10分間の宝探しな。準備期間始まるから必要なもんあったら言えよー」


こてんと首をかしげるひとみ。


「がっこうさい?」


「あぁ。あれだよ。学校でお祭りするんだよ。生徒主導で教室を宝探し会場にして、屋台でたこ焼き作ったりするんだよ」


「……。知らない世界です」


「あぁ良いじゃん。これを機に友達いっぱい作れると思うぞ」


「……友達、……ともだち、ですか」


何か諦めたようなニュアンスで、彼女は溜息を吐いた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~



学校祭というイベントに関して俺はたこ焼き担当でぼちぼちたこ焼きをくるくる回す役になった。


任せてほしい。こう見えても俺はたこ焼きの火加減は中々の腕前を持っているのだ。


五代屋敷の一角、賀茂ヨハネ在人さんという賀茂家当主の奥方である賀茂伊塚さんが大阪から嫁いでおり、ゴリゴリに鍛えられているのだ。


かかあ天下みたいな人だけど根はやさしい人なのだ。賀茂ヨハネ在人さんと仲睦まじい様子を見せているのも、その証拠だろう。


在人さんゲームだと悲惨だからな!!


脳みそくちゅくちゅイベントとかいうクソイベ用意されてるし、いろんなルートで死亡フラグが立っている。


ちなみに彼が死んだら大抵次の日に攻略ヒロインが死ぬので「時報」と呼ばれていた。


惨劇バッド入りまーすみたいな合図みたいなもんよ。


死んだら死んだでちょっとワクワクしてしまうんだよな。えー次どうなっちゃうのーみたいな。


でも流石に現実では死なないでほしいわ……。今がゲーム本編で言うところのどの辺かさっぱり分からないし……。餓者髑髏の花嫁とか初見です。もうチャートがばがばですわ。RTAだったら泣いてるね。


そういえば脳みそくちゅくちゅイベントって発生条件あった気がするな……。なんだっけ。




思考をあちらこちらに回しながら、部活棟(部室がいっぱいある場所)の倉庫から指定された道具を取り出し、学校に向かおうとしていると、「ちりーん」と風鈴の音が聞こえた。


もうこんな時期かぁ、そう思いながら足を進めると、風鈴の音とともに「がっしゃーん!!!」と大きな音が聞こえた。


え、と首を音の鳴る方に向けると、……部室の一つから物音が鳴ったようだった。あそこって使われてたっけ? 


「あの、大丈夫っすかー!」


返事はない。しかしガサゴソと暴れるような声が聞こえたので、危ないかもと思い扉を開けた。


「あの! だいじょーーーーー」






窓が開いていたのか、カーテンが風でなびいていた。


積み重ねられていたであろう机やいすが崩れており、見るからにぶつかってしまったのだろうと推察できた。


部室の真ん中に、少女。


ーー全裸の、少女がいた。


「どぅわっちゃぉああっおあ!?」


俺も動揺してしまい、持っていた荷物を落とした。


本来ならすぐに部室を出るべきだったのだが、その女の子と目が合ってしまった。


「--、っ、ぁ」


絞りだしたような声で、必死な顔で手を伸ばしたものだから……、観察してしまった。


髪は伸び切ってぼさぼさな金髪。


きれいな肌で、白っぽかった。


どこか栄養不足のように、がりがりな体つき。


……すぐに今の状態に少女は気付いて、声にならない悲鳴を上げて、体を隠そうとする。


髪で隠れてしまうほどのきゃしゃな体は、ハリネズミを想起させた。


「……、あの、服ある?」


少女は後ろを向きながら、しゃがみこんで、首を横に振った。


「……あー、その。ちょっと待ってな」






「こんなんしかないけど、まぁ貸すよ」


教室に走って、自分のジャージを渡した。


今日はまだ使ってないし、汗関連は大丈夫だと思うが……。


彼女は困惑したように、眼差しだけを送る。


「あー。ほら」


ジャージを手の届く範囲まで持っていく。


近づきすぎたら、迷惑かなと思って。


彼女は、震えながら、おそるおそる、手を伸ばして。


ジャージを、触った。


びっくりしたように、指が跳ねて、ゆっくり生地を撫でるように触れて、ちょっとだけ、俺の指と彼女の指が重なった。


「……ぁ、ぁの、ぁ、……っ。ぁ……ぃが、とぅ……」


小さな声だった。


のどがカサカサしているようだった。緊張で声も出ないのだろう。


「ほい、お茶置いときます。あの、一年生じゃないすよね? ……いじめ、っすか?」


ペットボトルの蓋を回して、いつでも飲めるようにして近くに転がっていた椅子の上に置いた。


彼女は、俺の発言をなぞるように口で何かを呟いて、首をまた横に振った。


「マジでその、そのジャージ貸すんで着てください。身ぐるみはがされるとか最悪ですよね。くそ、この学校でそんなことする奴がいるなんて。今先生呼んでくるんで……。怖かったですよね? もう大丈夫ですから」


俺はどうしたらいいかわからなくて、ジャージを渡して、すっと離れる。


その時ーー。


彼女は、俺の手首を捕まえて。


ひどく弱弱しい力で、ぎゅっと手首を握って。


涙を、ぽろぽろと流した。


彼女の肌が、見えてしまって目を背けてしまったけど。


「--ぁ、ぁーーー、ぁ……っぁぁ」


小さな声で、泣いていたのだ。








~~~~~~~~~~~~~~~~~~



俺は彼女が泣き止んだ後、職員室で事情を話し、学校の先生と一緒に部室に入った。


しかし、そこに彼女はいなかった。


職員室で在校生のアルバムを見せてもらったが……見当たらなかった。


「金髪の女の子だったんですけど」


「……、もしかしたら、不登校の子かもしれない。ほらこの子、浅木夢さん。浅木さんは確か……、2年の時に女子同士のいざこざで不登校になってから、学校に来ていないな。今は……3年か。……もしかしたら久々に学校に来て、何かあったのかもしれない。ご家庭も忙しくて連絡が取れないけれど、一応取ってみるか」


「うっす」


一応は、大丈夫だと思うのだ。


だって、お茶は持って帰ったみたいだから。


きっと大丈夫。そう思った。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「そうですか。そんなことがあったのですね……。浅木さんという方が可哀そう。私にも出来ることがあればお手伝いしますね、与一さん。あ、そうそう。今日は五星局からレシピをお借りしまして。アユを焼いてみたのです。スーパーで安くて。是非是非ご賞味いただけたら」


「サンキュー。嬉しいよ。後なんで普通に夕飯の準備してるかだけ聞いてもいい?」


「?」


「? じゃないが」


平然と俺の部屋で夕飯の準備をしている小笠原ひとみ。


合鍵……、返してくれない。


元々学校通うから留守番してっていう意味で預けてたのに……。


「あ、そうそう。私も学校祭で役割を与えられて。看板娘に任命されました。看板を持って宣伝をするのですよ。私は私なりに学校祭を盛り上げますわ。準備の間はクラスの皆さんとほどほどに仲良く作業しますわ」


「おー良いじゃん。良いけどね? そのお米何処から」


「ふふふ。私の教育係の安倍さんからお聞きしました。育ち盛りには、米で愛を盛れ、と」


「菫子さん……」


「良いですか与一さん? 食は一日のえねるぎぃと聞きました。バランスの良い食事で胃袋を掴むことが男女睦まじく出来る秘訣なのだとか」


「いや、言ったよね? 付き合う予定今本当になくて……」



「……。まぁ、まぁまぁ。おいおい、おいおいですね」


「メンタル強ぉ……」


「はいどうぞ」


そう言ってテーブルに置かれたのは山盛りのお米と鮎、お味噌汁、漬物。


……すごい、和食みたいだ!!!


前はお米とお漬物だけだったのに!!!!


え、ダメなんですか? みたいな顔ですごい顔されてたのが懐かしい!!!


五星局での食事を思い出してほしくて必死に説得した。流石にあそこでそんな食事出されなかっただろうと。


たまにゴリゴリに固い砂糖菓子とか出て噛んでたけど普通にまずい、と思ってたとか言ってけど、……まぁ流石に盛ってるだろう。


五星局がそんな実験みたいな食事出すかぁ?


いや、食事を出してくれること自体はありがたいのだ。文句なんぞ言う気はない。


ただお米と漬物だけは……物足りないやん。


その時は一緒に料理を作って、サブ食品を並べた。


……なんか。懐かしいな。


一人暮らししてる時は、それはそれで楽しかったけど、誰かがいるって思い出せるんだ。


家族の思い出とか。


幼馴染ちゃんとかがいた日々を……。


「与一さん。他の女のこと考えました? 幼馴染さんのこととか。食事無しでも私は一向に構いませんよ」


「え、何で分かったの」


「知りません! ぷんぷん」


「えぇ……」


「ぷんぷん」


やばい。ぷんぷんモードだ。


あれが発動すると面倒くさいぞぉ。かわいい嫉妬心で済めばいいが、幼馴染ちゃんとの連絡手段を断ってこようと仕掛けてくるから油断できないのだ。


……マジで、ごめんなぁ。俺がどっちつかずみたいなスタンスで恋愛しないって言ってる割に部屋に入れても必死で止めようとしてないから、……何か、本当にごめんなぁ。仲良くはしたいんだ。でも、突き放しきれるほど、割り切れないんだ……。


恋愛だけは怖いんだ。


いつ、周りの人が犠牲になるか分からないんだ。


ーー怪異は、決して人を慮らない。


ただひたすら、人の命を弄べる力を持ち、振りかざすのだから。









~~~~~~~~~~~~~~~~~~~









須藤父が秘密裏に招かれた薄暗い部屋には、ぼんやりとした明かりのほかに少女と老人がいた。


少女は偉そうに椅子に座り、老人は物腰柔らかそうに彼女に侍っている。


「お待たせしました。申し訳ありません。仕事が何分遅くなりまして」


「うむ! 良きに計らうとよい! かの偉大なる陰陽師、須藤頼重殿とお会いできること嬉しく思うぞ!」


少女はニコニコとしているが、その実、放つ呪力は本物だ。


おそらく、並の妖怪が泡を吹いて失神するレベル……力を抑えた状態でこれなのだろう。格が違う。


「いえいえ。私なぞ木っ端の陰陽師。ですがご用命につきましては全力で当たらせていただきますとも」


彼は老人に促されるように少女と向かい合って椅子に座る。


「ふむ。では先日起きた【餓者髑髏の花嫁】事件についてを仔細詳しく。ご子息は今もなお健在か? 死穢れによる影響は」


「……困ったことに全くありません。蘆屋の天才児が一度祓いましたが、こちらの計算では……。おそらく一生気付かずに放置しても生き残れるかと。凡人であれば死の気配を漂わせ死に至ること間違いなし。鈍感、いや、適応でしょうか。呪いをそのまま、呪いの効果を発揮させずに受け入れています。陰陽師の資質と引き換えに、ただ受け入れるという一点だけであの子は彼女と向き合ったのです」


「ふむ。……、じぃや。どう思う?」


老人が少女の耳元に顔を近づける。


「日輪様のご想像通りかと。害もなく、餓者髑髏の花嫁を式にする手腕、ただただお見事という他ありますまい。しかし国が縛る程の才能でもなく、さりとて餓者髑髏の花嫁を放っておくほどのゆとりもなし。このまま監視を続け、むしろ何にも巻き込まれず過ごしてくれるならば良し、事態が悪化するのであれば自衛権を発令すべきかと」


「内閣の狸どもがそれで動けばいいのだがな。妾が発令できたりは?」


「無理でしょうな」


「是非もなし……。理解した。須藤頼重殿はどうなされるつもりで?」


「息子の予言、【ハナサキ】についての研究を進めようと思います。おそらく、ぬらりひょんはかなり壮大な規模で事を進めている可能性がありますゆえ」


「……。ぬらりひょん、か。アレは、そんなに厄介なものか?」


疑問符を浮かべ、須藤父の思惑を図ろうとする表情を浮かべるが、須藤父は微笑み首を振った。


「アレと関わればわかりましょう。どれだけ警戒心を持っても、心に入り込む話術。あらゆる部屋のすりぬけ。妖怪を束ねる総大将の器。封印も私が対応しなければ5度ほど破壊された可能性すらあります。単体で危険はなくとも、集団で危険を生み出す怪物ですよ」


なおさら、少女は腕を組んで唸った。


「え? 頼重殿。そんな相手といつもおしゃべりタイムも受けているのか?」


「いや……、その、これ、うわー言っていいのかな……。いや、あの」


「?」


「実は強大な呪力を浴びながら、なんでもいいので目標を達成すると耐性が付きレベルが上がるそうなのです。なのでぬらりひょんの封印の前で腹筋30回とか目標立てて達成すると、レベル上がるんです……。最近は部下と妻をつれて肝試しと称しぬらりひょんに近づいては逃げを繰り返していると勝手に強くなってきて……」


「なにそれこわ」


「ぬらりひょんも「儂のこと舐めすぎじゃろ!? こっちは首を長くして封印を解こう解こうと努力しているのにそれをあざ笑うような行い本当に驚きなのじゃが!?」と叫んでますが、部下も慣れてきて「お前が長いのは首じゃなくて後頭部じゃねぇか! ぎゃっはっは!」とレスバする程度に強くなってしまい……」


「本当にそれでいいのか!? そんな修行方法で強くなってていいのか!?」


「はは。だからその、私がぬらりひょんにそそのかされているとかは、まだ考えなくていいと思います。呪力による汚染は今のところありません。蘆屋の天才児と賀茂の幻術師にも定期的に診てもらってます」


「おぉ。蘆屋と賀茂の娘か。息子殿と仲が良いのだろう? 羨ましい、やはり息子殿は才気に溢れ、娘子を手籠めにでもしとるのか?」


「いいえ。息子は操を立てています。おそらく意図的に。呪力がないことで陰陽の交ざりを避け、別の力を身に着けようとしているに違いありません」


「深謀遠慮の無能、か。やれやれ。今世の代は頼もしくて仕方がない。まぁ、そうさな。我らも敵になることはない。思うがままに事を成すがよいだろう。しかしてその息子殿は不安要素が大きいな。どれ、妾が占って進ぜよう!」


「え」


日輪は老人に目配せをして、細かく切った竹や、高そうな筒や杯、ノート。そして卦肋器と呼ばれる木材の道具を用意した。


「易占ですか?」


「手慰みにな。別段タロットでも何でもよいが、妾的に雰囲気が出そうなものを選んだ。西洋術式の方が良いか?」


「いえいえ。お気遣いなく」


慣れた手つきで黙々と手を動かす彼女を、須藤父は冷や汗をかきながら見た。


占いをしているのが彼女という事実が、おそらく占い自体を予言のようなものとして高めてしまっている。


彼女が是と言えば是になるし、非と言えば非になりかねない。


それは、下手を打つと須藤与一という存在が一発で消される可能性すら……。


「まぁ息子の安全祈願のようなものと捉えよ……ほっ、ふむ。ほう! 良かったな頼重殿! 大変良い。最低でも今年は餓者髑髏の花嫁、彼女以外の出来事には巻き込まれることはないだろうし、トラブルは起きない。敵の姿が一切見えないな!」


「そうでしたか! それは何よりです!」


「良い良い。日頃の行いが良いんじゃろうて!」


「日輪様。そろそろお時間でございますれば」


「む! もうそんな時間か。じぃや」


少女は椅子から立ち上がり、暗闇の奥に向かって進んだ。


「では去らばだ頼重殿。またお時間のある時にでも」


「えぇ。ありがとうございました」


須藤父も立ち上がり、この部屋から立ち去る。


そのまま警備員に連れられて、靴を履いて、外に出た。


ーーーーここは宮内庁。皇族という現人神たる神秘を守護するための、ラストエデン。


「流石に胃が重たい場所だなぁ。与一、元気してるかなぁ。今回は怪異の登場はないみたいだし、……そうだ。今度ひとみさんにお土産でも買っていこうかな」







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







おっす。俺、与一。


あれから1週間くらい経って、9月も中盤戦を迎えたところだ。


屋台の準備で看板を用意したり、期末テストでひぃひぃ言ってる俺だが、まぁなんとか強く生きている。


ここ最近面白かったのはやはりあれだろう。


絶対粛清を掲げる風紀委員長とちょっとだけ魔がさして授業中に早弁(3個)した生徒会長との激闘だったが……この話はまた今度語ろうと思う。


俺は例によって部活棟に行き、倉庫へ道具を返却しに行った時の事だ。


彼女がいたのだ。


俺が探しても見つからなかった、あの日服を脱がされていた彼女が。


あっけなく、簡単に。


倉庫を後にしたとき、どうしても気になってあの日出会った部室の扉を開けたら、ちょこんと椅子に座っていたのだ。学校の制服を着て、普通に。


「えっと、浅木夢、さん? 3年生の先輩、ですか?」


そう尋ねると、少し困ったように、彼女は無言でうなづいた。


「あの、あの後って大丈夫でしたか? その、服とか……」


彼女は、少し顔を真っ赤にして、手で顔を覆って隠した。


流石に俺が不躾だった。


「……ぁの、ぇ、と」


彼女が、小さくか細い声で俺に何か言いたげにしていたから。


どうしてか気になってしまい、彼女の近くに寄って話を聞こうとしてしまった。


「……ぁ、ぇ、ぅ、ぅ、ぁ……、ぉの、ぇと、じゃ、ジャージッッッ!!!」


鼓膜が破れた(体感)。


「ぐおおおおおお」


「ぁ、ごめんぁ、ぁいっ、その、ひとと、話すの……、ひっ、ひさし、ぶりで、ぁ、ぁまり、なれてなくて、き、きんっ、ちょぉでぇ……ども、どもっちゃって」


「ぐぅ、いや良いけどよぉ……替えの鼓膜があって良かったぜ」


「こ、鼓膜って替えがっ!?」



ないけど。


「……じつ、ぁ……その……。こま、こまって、る、んです。わ、わた、っ、私、……、あ、あわ、わ、なきゃ……いけない……、人が、いて……、でも、あっ、会えるか、ふ、不安で」


「うん」


「……はなしを、きっ、聞いてもら、もらえますか?」


「おぅいいぜ!」


なんだ。困ってたのか。


そうならそうと言ってくれれば。


安心してほしい。教師にチクるのは誰よりもうまい自信があるぜ。


親指を立てて返事をしたときに、後ろから声が聞こえた。


「ん? おーいそこ使用してない部室だけどー! なんかあったかー!」


「あ、いやこの子の相談に」


上級生らしき人間が歩いてきて、部室に入ってきた。


「? 誰もいないだろ」


「え?」


俺は急いで振り返る。


いや、彼女はいた。


「変なこと言わないで、早く出ろよー」


「え、え? あ、はい……」


俺はどういうことかと彼女と目を合わせた。


彼女は幽鬼のようにゆらりと、色白で青ざめたような表情で、俺に語った。


「……私、透明人間なんです」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「ここが俺の部屋。まぁ適当にくつろいでくれ」


「……ここが」


彼女はぺたんと座布団に座る。


ゆっくり話を聞くにはここが一番だ。


最近ぷんぷんモードになったひとみは部屋で俺への恨みをぶつぶつ呟いては呪っている。


まぁあと3日は部屋に来ないだろう。何も問題ない。


「それで、浅木さん。なんで透明人間なんかに? ……2年生の不登校からどうして?」


「……えっと、そうですね……、その、えっと。……。気付いたら、その、瞬間移動? っていうんですか? 訳も分からず、そしたら、急に誰からも認識されなくて。……あっ、貴方、だけが、わた、私を見つけ、てくれたんです」


浅木という少女は、緊張するとドモってしまう性格らしく、震えていた。


「なんで俺だけが見えるんだ……? 呪いが掛かってる……、いやじゃあなんで俺だけ気付けて……」


「……実は、その。わ、私。本当は何も触れられないんです」


「……? 触れられないって?」


「はい、透明になってから、壁も通り抜けて、……食べ物も飲み物も、掴めなかったんです」


「えっ!?」


それは、かなり、いや本当にヤバいじゃないか。


「ずっとのどが渇いて、おなかがすいて、……色々と、諦めてて。でも、……こっ、この前、飲み物……、触れたんです。ジャージも、ゆ、指の感触もっ、……私の事が見える貴方が触ったものなら……わわ私、さ、触れるんです。触れるんですっ!」


それは、すがりつくような希望だった。


理由はわからないが、俺が触ったものであれば、干渉できるというのだ。


ーー彼女にとってあの日のジャージと飲み物が、彼女の救いだったのかもしれない。


「……って、待ってくれ。誰にも干渉できないってことは……宿は」


「へ、えへへ……。また、会えるかなって思って……、あ、あの部室で、ずっと、……ま、待ってました……あはは……」


「--」


それはなんと残酷な話なんだろう。


俺にとっては一瞬の出来事だったが。


彼女にとっては、永遠のような長い思い出のような出来事だったのだろうか。


「……私が、透明になった理由は……。よくわかりません。嫌なことがあって、その後瞬間移動させられてすぐ透明になってしまって……。まるで、フィラデルフィア実験みたいだなって」


「フィラ……デルフィア」



有名な都市伝説だ。


フィラデルフィア実験。


第二次世界大戦中に、アメリカ海軍が軍艦と生身の兵士を使った実験である。


キャノン級護衛駆逐艦「エルドリッジ」は敵がレーダーを使っても捉えることができないステルス艦を生み出す実験に巻き込まれ、


フィラデルフィアからおよそ直線距離360km離れたバージニア州のノーフォーク海軍基地へ瞬間移動したとされている。


そして、その数分後に再びフィラデルフィアに戻ってきた。


ーー乗組員は精神に異常をきたし、錯覚や身体の一部が意図せず半透明になったとされている。


一部が半透明。まるで、あの日の少女のようだった。


「私、だから突然どこか消えてしまうことがあって。……自分が、誰なのかも、忘れそうになって。でも、貴方が、……私の、光みたいだなって……。貴方を目印に、あの部室に、行けたから……」


「……浅木さん……」


「だから、もう、それで……ある意味、満足していて……」


「いや、ダメだろ!」


「ふえぇ!?」


俺は思わずテーブルをたたいた。


悔しかったのだ。


なんで、苦しかったはずのこの人が、こんなにも優しい人が、こんな目に合っているのか、理解できなくて。


不条理だと感じるのだ。


助けたい。


俺にできることがあればなんとかしてやりたいと、どうしても思ってしまうのだ。


「なぁ、なんでもいい! アンタを助けるためにはどうすればいい!? ヒントは、ヒントはないか?」


「……」


彼女は、困った顔をして、ふと、何かを思い出したように……、俺に伝えてくれた。


「あの、……私は……、その。もしかしたら、とある団体が、……その、関わっていると、聞いたことがあります」


「なっ、なんて団体だ!?」


「日本生類創研」



ーーその言葉は、俺に耳鳴りと頭痛を与えた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


日本生類創研をご存じだろうか。


通称ニッソと呼ばれたその団体は、1970年に設立されたとみられる、危険な団体である。


通常の科学ではあり得ない以上生物、それに関わる研究開発団体。


開発した製品を販売して資金源にしているのみならず、安全管理や事後処理能力意識が欠けているのだ。


するとどうなるか。


新たにSCPや、生体兵器、都市伝説を生み出す「怪異」が意図せぬ形で世に生まれ、世を乱すのだ。


……俺が今までの人生で、その名が耳に入ってくると思わなかった。だから、まだ猶予があると思っていた。


まさか、もうないのか。


本編が、迫ってきているのではないか。


ゲーム本編におけるニッソは、文字通り「ルート外ヒロインを虐殺」するものを生み出したり、或いはボスキャラとして名を馳せた生物が実はニッソ産だったことが判明したりと、厄介だったのだ。


ニッソ自体は出てきていない。


でも、その名前が聞こえてきたら、--終わりだ。


もう手遅れなのかもしれないのだ。


間違いなく、その名が聞こえたら本編への導入と睨んでいい。




ニッソは、1970年に設立されたとあるが、正確には違う。


ーーこと【厄モノガタリ】におけるニッソの始まりは、安倍晴明、蘆屋道満の時代から生まれたのである。

 


それはTipsにのみ記された物語だが。


安倍晴明がとある医療者を追いかけていたとか。


その医療者は怪しげな呪文を唱えながら猫と犬を生きたままくっつけようとしていたとか。


京に怪異ありと晴明は医療者を追い詰め、見つけたときには……。


「あぁそうそう。人間もその臓器と血管繋げてしまえば生きていけるんですよネ。素晴らしい~。これ未来の世ではムカデ人間って言うらしいんですけどね~。いやぁ面白いもんだぁ」


「Schritte einer Koronararterien-Bypass-Operation (CABG):Vorbereitung des Patienten:

Der Patient wird auf die Operation vorbereitet, einschließlich der Verabreichung von Anästhesie.

Ein Beatmungsschlauch wird eingeführt, um die Atmung während der Operation zu unterstützen.

Entnahme des Transplantats:

Ein gesundes Blutgefäß wird aus einem anderen Teil des Körpers entnommen, oft aus dem Bein (Vena saphena) oder der Brust (Arteria mammaria interna).

Durchführung des Bypasses:」


「わー壊れてしまった。面白いねぇ人間って」


医療者は、異形の体に成り果てていた。


隣にいた男は、顔が見えず、それでも医療者をあざ笑うように指をさしていた。



「……一体、何者だい、君」


そう安倍晴明は尋ねた。


「いや。知り合いのぬらりひょんが面白そうなことをしていてね。せっかくだから干渉しに来たんだ。どうも京の天才陰陽師殿。私がニャルラトホテプだ。今後の陰陽師ともども、末永くよろしくネ!」


その後戦闘を行った安倍晴明と、途中で駆け付けた蘆屋道満によってニャルラトホテプは一度宇宙へ帰還した。


しかし異形の医療者は何処かへ消えてしまう。


ニャルラトホテプ曰く、過ぎたる未来のオーバーテクノロジーを授けたとのことだ。


今でもその偉業、いや悪逆非道の成果たる「犬と猫を繋いだもの」「平安ムカデ人間」は、今も五星局に保管されている。


酷いと思った。



……こうして、その異形の医療者が世に振りまいた知識や開発成果が積み重なって、ニッソは生まれたのであった。


あくまでゲームの世界ではね?


浅木さんの透明人間現象がニッソ主導の物とするらなば……。


割とマジで投げっぱなしジャーマンで、何も解決手段がない可能性は大きかった。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







賀茂ヨハネ在人が荷物をまとめていると、彼女の娘がにじり寄ってきた。


父たる在人は呆れたように笑った。


「全く、何処から嗅ぎつけてくるのやら。よく気付きましたね」


「別にー♡ パパが極秘の任務に行く時誰にも言わないの知ってるけどさー♡ 少しはほのめかせ♡ お母様泣いちゃう♡」


「はっはっは。まぁ許してくれ。……そうだな。お前にだけは伝えておくか。実はな、どうも■■県にかつて賀茂家の流れを汲む家屋が発見されたのだ。賀茂の封印が施されていて、解除せねばいけないんだよ」


「……それ、危なくない?♡」


「はは。賀茂家の精鋭を連れて行くから大丈夫だよ。それよりも、須藤くんとは仲良くなれたかい? モニカは素直になれないから心配だよ」


「べ、別にそれ関係ないじゃん♡ もういい♡ さっさと任務行っちゃえ♡ ざこパパ♡」


「ははは。じゃあ、行ってくるよ。朝の東京メトロは、混んでいないと良いけれど」


そう言って、彼は手提げかばんを持って、ゆったりと歩いて行った。


その背中に賀茂家の歴史を感じもするし、どうしてだろう。賀茂ヨハネ在人の娘、賀茂モニカは、どうしてか……。


父ともう会えないような錯覚を覚えて、寂しくなった。


「……。与一……♡」


理由はなかったが、彼の名前がどうしても呟きたくなった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「いただきまーす」


「い、いただきゅぃ、ましゅ!」


彼女を泊めてから初めての食事。


渡した箸を使って、彼女が米を取ろうとする。


久々に使ったからか、箸を上手く使えず、米を掴めない。


難しいのかなと思い、スプーンを渡した。


ところが、スプーンを渡したものの、米をスプーンで掬えないのだ。


「こ、こりゃ難題だな」


「……そう、ですね」


「……これならどうだ? ほれ、あーん」


「え、ぇぇえっ!?」


「俺が渡したものなら食べられるんだろ? 試してみようぜ」


「…………、あむ」


俺がスプーンでよそった米を、彼女は小さく食んだ。


「…………。あむ、ごくん、あ、っあっつぃ……」


「あ、熱すぎたか!? 大丈夫か?」


「……、あった、かい……、熱い、あったかいんです……、口の、中が……、あったかくて……」


ぽろぽろと涙をこぼす彼女に、俺は何度もスプーンで食事を掬って、食べさせる。


本当に、食事を食べられてなかったのだろう。


少ない量で、おなか一杯になってくれた。


……、そうだ。








俺は思いついたように、学校でたこ焼きの試作を作るとごまかして、適当に6つ作ってみることにする。


周囲に人はいるが、近くにいないし、普通に浅木さんと会話することにした。


「よーし。作るぞたこ焼き」


「……たこ、やき?」


「? 食べたことない? もしかして浅木さんってファーストフードとか食べない?」


「い、いえっ、その、……、はい、食べたことないです」


「熱いからふーふーしないとなぁ。マジでたこ焼き美味しいぞぉ。ソースとかマヨネーズとかいっぱいつけてさー。青のりとか鰹節とか乗せてさ」


「……」


「へへ、これはコツなんだけどな? 生地にちょっと昆布茶の粉を入れると美味いんだよ。これはガチ。ソースとマヨ苦手なら、ポン酢、これも良いぜ。よし出来た。ソースどうする?」


「……、え、っと。……。?」


「よーしなら3個普通のやつ作って、3つはポン酢だ!」


「……そんなに食べられるか、ちょっぴり、不安ですね」


「はは。余ったら俺食うよ。はい、あーん」


「……、あぁーん、うわっちゅ、ほふ、ほふ、あふ」


「わっはっはっは! すげー熱がるじゃん。ちょっと中開けて冷ましとくか。ポン酢かけたら熱も冷めるかなこれ。ほれ。あーん」


「あふっ、ちょ、まっ、あふ、はふっ、んぐ、あむ、……、おい、しい……」


「良かったぜ。これ当日粉薄めて6個で600円という暴利で販売するからな。死ぬほど予算余るから打ち上げはファミレスで豪遊だぜぇ」


「……おいしい、ですね」


「あぁ! もうウハウハで……」


「……っ、おい、しい……です……」


また、彼女は泣いた。


泣き虫だなぁと、俺は脱力した。



「ほれ、もう一個くらい食っとけって」


またたこ焼きを爪楊枝で刺すと、後ろから声が聞こえた。


「あら、与一さん。一人でタコパしてるんですか? ぷんぷん」


「この声はぷんぷんモードの小笠原ひとみっ!?」


勢いよく振り返ると、ぷんぷんしているひとみがいた。


「酷いです。何日も私を放置した挙句、一人でたこ焼きを楽しむなんて。ボッチですか? ボッチなんですか? 一人タコパは社会人以外やらないと担任の先生が言ってました。孤独ですか? 孤独ですね? さぁ、私の気持ちを伺いつつ棘の無い思いやりのある言葉で謝罪しそのたこ焼きを私に献上する権利を与えましょう。さぁどうぞ、はりーあっぷ!」


「くっ、面倒くさい……っ、いや俺はたこ焼きを、……。あれ?」


いつの間にか、浅木はいなくなっていた。


「あるぇ?」


そういえば、たまに瞬間移動するって言ってたけど……。タイミング重なったのか?


「与一さん?」


「え、あぁ、おう。……まぁ、しゃーねぇか。食う?」


「……、腑に落ちませんが、まぁ頂きましょう」


「へへ、意外と美味いぞぉ俺のたこ焼き。なにせ生地に昆布茶の粉末をだなぁ」


「生地に昆布茶の粉末を使って美味しくなるはずがありません。ちょっと私より料理が上手だからと言ってだましては、わーおいひー!! なにこれーおいひー!!」


「幼児化すな」


やれやれと思いながら残ったたこ焼きをほおばる彼女。


そしておもむろに。


彼女は振り向きざまに戦闘態勢を取った。


「……、え、え? あの、ひとみ?」


「……、……。ふぅ。いえ、なんでも。殺気を感じまして。ふふ、貴方と二人きりでいることが原因でしょうか? 与一さんは少々人気が過ぎます」


「は、はぁ? なんだよ人気って。俺は普通のコーコーセーだぜ?」


「……ふっ。まぁ、普通、ふっ。そういうことにして差し上げましょう。学校祭終わりのキャンプファイア前で告白したら長続きするらしいですよ。行列を作らないことを祈りますわ」


「まさか。イケメン限定のイベントだろそれw」


「ふふふ……。……」


「わはは」



あはは、と笑い声が屋台エリアで響く。


ーーその時の俺は気付いていなかったが、小笠原ひとみだけは気が付いていた。


今もなお、手は出さないものの、殺気を感じており。


【餓者髑髏の花嫁】が戦闘態勢を取らなければいけないほどの、明確な殺害イメージが、伝わってきたということを。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「あれ?」


「あはは……。ごめんなさい、途中でいなくなってしまって。ちょっと、その、ハワイに」


「ハワイに!?!??!」


すごいぞ瞬間移動。本気でヤバい能力だった。


これ、最悪海に入ってしまったらヤバいだろ。対処してあげないと本当に危ないのでは。


いつの間にか俺の部屋にいた彼女は、体育座りで俺の帰還を待っていた。


……癖なのだろうか。電気を付けなかったのは、おそらく今まで電源に触れられなかった生活を送っていなかったからだろう。


こじんまりと、ただただ座っているのは、かわいそうだった。


「でも、良いんです。いつものことですから」


「……、そうか。……。あ、そうだ。なぁ浅木さん。今度買い出し行くんだけどさ、手伝ってくれないか?」


「え? いや、でも、私」


「俺の荷物ちょっとだけ持ってくれると嬉しいんだ。ちょっと買い食いしながらさ。……、ダメかな?」


「……。……。あの、いっ、行き、行きたい、でふ」


「よっしゃ。じゃあ明日の放課後だから頼むぜ。ひとみにバレても面倒くさいからこっそりな」


「はい。……あの、ひとみさんとは」


「ん? あぁ、普通に友人だよ」


「そう、で、すか。そうなん、ですね」


「あぁ!」









そういえば。


部屋を暗くして眠ろうとすると、誰かが見ているような錯覚ってあるよな。


なんだか視線を感じるような気がして、目を開けても誰もいなくて。


小さい頃からずっとそういう感覚があるのは、やっぱり「暗いは怖い」というやつなのだろうか。


俺は目を開ける。


やはり誰も見ていない。


再び目を開ける。


……、……、ん?


なんだ?


壁の方から視線を感じ……っ。


おい。


ひとみ。


お前まさか……。


”視ている”のか?


呪力を全開にして、壁を透視せんと見ているのか?


おいおま、おいっ!!!!!


おいっっっ!!!!!!!!


プライバシー!!!!!!!


プライバシー知ってるかぁ!?!?


くっそ、面倒くさい!!!


浅木さんのこと見られ、いや、バレてないのか。


彼女は、見えないのだから。


……でも小笠原ひとみならば、女の気配があればすぐに気づくような気がする。


教室の女子と話すだけで突然ぷんぷんモードに入る彼女だ。


もしかしたら、見えるのかもしれない。


今度聞いてみようか。


……。


浅木さん、どうやったら助けられるのか。


……。


分からん。


そういえば瞬間移動ってどういう原理なんだ?


めっちゃ光速で移動? そんな感じじゃなさそうだし。


……。存在が不確定になっているから、何処にでもいる可能性がでてくるとか?


量子もつれとか、シュレディンガーの猫箱とか、そういう感じか?


あり得そうだ。


存在不確定者みたいな、そういうのも前世で読んだ作品にもいた気がする。


……、試してみるか?


解決に向けて、なんとか動いてみよう。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



3年生の教室に行って、仲のいい先輩に話しかけた。


「先輩先輩、浅木夢さんって知ってます?」


「え? あぁ、……知ってるけど、なんでだ?」


「なんか風のうわさでめっちゃ困ってるって聞いて」


「そうか……。あの子も可哀そうだよ。2年生の時だけど、学校祭の時期になぁ……。確か、そう演劇だ。クラスの出し物で演劇をやるつもりだったんだけど、空回りしちゃってね……。最初は友達と揉めただけだったんだよ。でも想像以上に喧嘩が燃え上がっちゃってね。……彼女も悪い点があって、余計にさ」


「えー。あいつマジでうざかった。みんなで協力とか言いながらさ、自分のやること相談しなかったんだよ。だからちぐはぐしていってさ。ごめんの一言があったらさ、私たちも納得したんだけどよー」


他の先輩たちも混ざってくる。


……よし。


「浅木さんと和解できないですかね」


「いやあいつ謝らないし……」


「謝ってくれるなら全然謝るけど……」


俺はぺらぺらと口を回す。


「ラインとか入れて、久々に連絡とってみては? それで学校祭とか呼んで、和解とかできたらいいですよね」


「でも今更なー」


「まぁ、ネタでも入れてみっか。ずっと不登校ってのもなー。全員理由知らんし」


「お前えら」






もし、浅木夢という少女の存在が不確定状態であるのならば、くびきを打ってやればいいのだ。


この事態が好転するかしないかは分からないが、誰かが近況を聞いたりしていけば、彼女の存在を多くの人が認めていくことで透明化現象は止まるかもしれない。


そんな淡い希望を持って、とりあえず動くのだった。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~








「お待たせ、待った?」


「はひぃ……」


溜息のような噛み方をして、彼女は部室でおそるおそる待っていた。


「よっしゃ行こうぜ。ざっくり買い物しよう」


「は、……はいっ」


彼女は俺の後ろをなぞるように、足跡をたどる様についてくる。


俺が触った場所だけが、壊れない世界と安心したように。







「あそこのバーガー美味いんだぜー。特にチキンバーガーが美味いんだ」


「へぇ……。あんなのもあるんですね」


「あそこはたい焼き」


「魚が……鉄板に……」


「あれは寿司」


「寿司も進化してるんですねぇ」


「あそこはバーガーショップ。チキンバーガーが美味いんだ」


「へぇ。ん? はぁ。へぇ……?」


「おっ、あそこのファミレス飲み放題がかなり今安いんだぜ学生料金。みんなあそこに行くんだ」


「えーいいですね」


「あそこはニッチにかまぼこ屋」


「かまぼこ……」


「あそこはタピオカが美味いんだ」


「タピオカ……」


「あれがバーガーショップ。チキンバーガーが美味いんだ」


「多いですねバーガー!!!!! なんかもう、バーガー競合しすぎでは!?!? しかも全部チキンバーガーが推しって、その、なんでですか!? チキンに恨みでもあるんですか!!?」


「俺にも分からない。あ。あれ見てくれ」


「え?」


「バーガーだ。チキンバーガーが美味い」


「4件目!?!?!?!? いやもうこれ、選んだメニューの食が偏っているだけでは!?」


「そんなことはないぞ。ほら、あそこは洋食屋」


「え、雰囲気が良いですね」


「あぁ。オススメはチキンバーガーだ」


「チキンばっか!!!!! 鳥に、鳥に優しくしましょうよ!!」









「ある程度買い物終わったし、買い食いもして楽しいもんだなぁ」


「は、はい……。その、あ、ありっ、がとう、ござ」


「いいよいいよ。楽しければさ」


軽い荷物だけ彼女に持たせて、それ以外は全部持っていく。


「お、ペットショップだ。行ってみるか? チキンバーガーのおいしさの秘訣が見れるぜ」


「と、とさつ……」


「まぁ冗談だけどさ。普通に色んなもの見れるんだよここ。冷やかしがてら見てみようぜ。ここ見学のみオッケーなんだよ」






「犬とか猫とかもそうだし、いろんなタイプの動物がいるんだぜ」


「……そう、なんですねー」


「見たい動物とかいる?」


「え? あ、じゃあ……。なんか、気になっちゃうので鳥とか見られますか?」


「鳥はこっちよ。ほら、インコとかいる」


インコが鳴く。

「ギョエー! ブケショハット!! ブケショハット!!」


「おい店員よぉ!!! 暇だからって変な言葉覚えさすなー!!!!」


「くっ、バレたか……」


逃げだす店員。


ふらっと籠の陰から誰かが出てくる。


「やるじゃないか。だが忘れるな。我らバードウォッチング研究会は、お前らをいつでも見ている」


「いや誰だよ」


「お前らもいずれ、あのお方……。セキセイインコのたかし様と出会うことになるだろう」


「おいたかしまたいるのかよ」


「別界隈ではチンアナゴマスターのたかしと呼ばれた男……」


「いや前のやつぅ~~~~」


「去らばだ!」


こうして店に誰もいなくなった。


「な、なんだったんだ一体」


「さぁ……。……」


鳥かごにいるインコを見つめて、彼女は呟いた。


「ーー羨ましい」


その気持ちを、俺は理解することができなかった。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



■■県、某所。


場所、特徴、形状等の詳細説明は、陰陽庁及び五星局、または内閣府により禁止通達あり。


時は江戸時代に生まれたとされるこの施設、五代屋敷、賀茂家の流れを継ぐ宗家「勘解由小路家」の隠し結界が施され発見が500年遅れたとされる。


500年越しの結界は既に破損しており、賀茂家当主「賀茂ヨハネ在人」は部下を引き連れ施設の中に入っていった。


賀茂家当主にしてキリシタンの彼は、異教の宗派も学び陰陽への知識、経験、何より暦についての学びが深く、齢45という若さで当主という仏魔殿の主人となった。


「……妙ですね。何も無い。いや、……何も無かったと言われているような違和感があります。何か! 何かありませんか!」


賀茂ヨハネ在人がそう叫ぶと、部下の1人が声を上げる。


「当主! 紙が1枚、血痕が付着した状態で発見されました! また破壊された地下への通じる道が」


「本当か。では地下に行きましょう。紙は研究班に渡してください」


この日の部下の編成は17名。施設フロアは主に■■■■で形成されており、家屋の素材は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。


「では、地下へ進みます!」


作戦開始から15分経過。


時刻13:25。


地下へ進む。








「なにも、ない?」



賀茂ヨハネ在人はいぶかしげに地下に入る

地下室は、一つだけ牢があり、手錠が壁に付けられている。


手錠は破壊され、牢は突き破られていた。


ここに何かがいて、何かが……。


「当主様。どうやらこの家屋、勘解由小路家が最後の当主、勘解由小路在信様のものらしく。先ほどの紙にその名前が記入されておりました」


「何ッッッ!?」


当主が吼える。


勘解由小路在信。


その名は、江戸時代初期の陰陽師の名である。


……或いは、最後の勘解由小路家の名前の持ち主と言うべきか。


「はい、そう書かれております。そして、決してこの家屋を調べるなと」


「……? ……、全員、いったん引き返しましょう!」


「良いのですか?」


「……。えぇ。何か、その。嫌な予感がするのです。本当に、嫌な予感が。……。須藤頼重様にご相談してみましょう。何かわかるやも」







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


花火が何発も上がる。


爆ぜた音だけが聞こえて、白い煙だけが残った。


「それではこれより~! 第77回弥勒高学校祭,

開催します! 今年のテーマは「はなまる満点!~みんなで繋げる一つの和 びっくりするほどユートピア~ 生徒一同、一丸となって盛り上げます!」



「生徒一同でユートピア盛り上げるみたいになってんじゃねぇか!?」


俺のツッコミと裏腹に普通に進行されていく。


遂に学校祭が始まった。


もう9月も終わりになり、今日で10月になる。


「……いねぇなぁ」


周囲を見渡しても、浅木夢はいなかった。





鳥かごの鳥を見てから、次の日には彼女はいなかった。


入れ替わるように、また家にひとみが来るようになった。


また瞬間移動してしまったのだろうか。


……彼女は、助けられないのだろうか。


なんとなく、せつない気持ちになった。


ニッソが絡んでいる時点で事態は複雑であることは分かっていた。


俺が出来ることはなんだろう。


結局分からなかったな。


先輩たちにお願いした浅木さんへの連絡も、どこまで上手くいったか。


もし、もしだ。


淡い期待を持っていいのであれば。


ーー気付いた時にはもう全て終わっていて、全て解決していればいいのにと思った。






午前中の前半にたこ焼きを作り続けた後、クラスの方に行ってみる。


「ここか宝探し。……お」


教室の前で看板を持って客引きをしているひとみがいた。


「お疲れ。どう? 客入り」


「お疲れ様ですわ。……そう、ですね。中の様子でも見ればいいと思いますわ」


「? おう」


言われるがまま教室に入ってみると、そこには……。


「うおおおおおおおおおおおお学校のマドンナ小笠原ひとみのオフショットはどこにあるんだよぉおおおおおおおお!」

「握手券、握手券があれば戦えるんだ……握手券さえあればぁ!!!」

「へへ、へへ。こ、この教室で、ひとみたそは、すぅーーーーーー、ごふっごふっ」


「なんか地獄絵図みたいになってるぅううううう!?」


しかもよく見たら……おい同級生たちが全力出してやがる!?


んでクラスの女子がドン引きしながらちょっと遠ざかってるじゃねぇか!!!?


「お、おいどうなってるんだ? なんかアイドル商法始まってないうちのクラス!?」


ひとみが死んだ目のまま鼻で笑った。


「売上、今学校1位ですわ。私のグッズ宝探し1回1000円で実際に握手券オフショットなどは置かず参加証の缶バッチを配るのみの違法ショップですわ」


「おいいいいいいいいいいいいい同人ギャルゲみたいな法律と倫理観と常識を無視するタイプの尖ったイベントやめろぉおおおお!!」


これ許されてるんですか??


許されませんよね!?


ん? あれ?


教頭……? 何故あなたがそこに……、ん?


「与一さん」


「あ、あはいなんでしょうひとみさん」


ひとみが俺に微笑む。


「死穢れの影響でしょう。力の扱い方が最近分かって、定期的に除去してはいるものの……死に近づくものはみな私に惹かれるようなんです。五星局の人たちは距離も取ってたし、ちゃんと祓えてたから気付かなかったです。気付けばクラスメイトのみなさんはこんな感じに壊れてしまいました」


「え、あー。なるほど? 自動的に魅了されてくのか耐性がないと」


俺は色々あって精神に効く呪術は耐性があるし、呪いも効かないから感じたことがなかったけど、そっか。まさかそんなことがあるとは。


「ねぇ。与一さん」


何か諦めたように、目をそらした。


「こんな私とちゃんとお話しできて、遊んでくれて、……対等に接してくれる人間の友達、貴方だけなんですよ」


「……」


「あ、そうそう」


突如、俺の右耳に拳がかすめる。


ひとみが、……立ち上がって俺を攻撃した!?


「うおっ!? な、なんだなんだ!?」


「……、……難しいですね。いるのは分かっているんですが。まぁ、与一さんだからしょうがないのでしょう」


「え、え?」


「ふふ。与一さん。私、貴方の事離しませんわよ? ふふふ」


「な、何の話してるんだよ……」


「いえいえ。今日が山場でしょうから。あぁ、疲れてしまいました。ぎゅー」


ひとみが俺を抱きしめる。


「お、おいこんな、やめとけって」


「ふふふ、ぎゅー」


「マジやめ、おい馬鹿マジ人来るからやめろって」


「ふわぁ」


「寝るな寝るな寝るな!?!?! おいマジで見られるから……あっ」


目が合った。


アイツは、新聞部を切り盛りする女部長、学校ゴシップマスターの佐竹先輩!?


将来はルポライターになるとかいって週刊文●みたいな記事しか書かないヤバい人!?!?


かしゃ。


シャッター音が切られた。


「消せぇえええええええええええ!!!!!!」


「きゃあああああ謎の転校生と婚姻関係を結んでる疑惑の夫婦の契りぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!! スクゥウウウウウウウウウウウウプ!!!!」


「マジで記事にするじゃんやめろぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


追いかけようとするが、ひとみは離さない。


「あら、先輩良い写真を。後でくださいね。今ぷれびゅうは見られますか?」


「え? いいよー」


「おいマジで外堀から攻めるタイプのやつやめろ!?!?」


ぬるっと彼女は佐竹先輩のデジカメで写真を見せてもらっている。


クソ、俺だけが心を乱される。


「ふふ、ふふふ。映ってますね」


「うんうん、もうラブラブって感じ」


「えぇえぇ。よく見えますわ。映らずとも分かります。恋しくて恋しくて、でも近づけないと涙を流すような女の情念の呪いが」


「え、この写真から一体何を読み取ったの」


ひとみだけが、ちょっぴり悪い顔で何かを企んでいた。


「いえいえ。……ふふ、ふふふ」














「学校祭の売り上げ1位、1年2組の「宝探し」「屋台たこ焼き」に決定でーす! おめでとー!」


「「「「うおおおおおおおおおおおお」」」」


学校祭は無事に終わった。


……この後は後夜祭だ。グラウンドに設置された特設ステージで発表があって、ずっと有志のバンドの演奏とかがプログラムとして残っている。マイムマイムもするのかな。その後に閉会式か。


みんな特設ステージでバンドの演奏を聴くために群がっている。


「行かないのですか?」


「え? あぁひとみ」


後ろの方でぼーっとしていると、ひとみが話しかけてくる。


「いや、なんかさ。気になることがあって」


「……。お人好しなこと。……まぁいいでしょう。初めての学校祭、感じは掴めましたし、来年は一緒に回りましょうね」


「あぁ、いいぜ」


「……指切りげんまん。約束ですよ? 女の約束は往々にして重たいもの。耐えられますか?」


「え、じゃあやだ……」


「いけず……。はぁ。しょうがないですね。与一さん。私ですね、釣りというものがやってみたいです」


「え、釣り? ……魚釣り? なんで? 珍しいな、釣りしたいだなんて」


「えぇえぇ。釣りです。餌をぶらつかせて引っ掛かるさまを見てみたいのです」


彼女は埃を払うように、俺の肩を撫でた。


「……ご武運を」


「え?」


そう言って、彼女は特設ステージの方に向かっていった。


なんだったんだろう、一体。










バンドの演奏が始まった時、ちりん、と風鈴の音が聞こえた気がした。


俺が振り返ると、キャンプファイアの火に照らされるように、彼女は立っていた。


「……浅木さん?」


「……はは、どうも」


どこか焦燥した彼女。


無理もない。最近会って無かったのだ。


食事も、飲み物も、口に入れていなかったのではないだろうか。


「大丈夫か? 飯食うか?」


「……。は、はは。や、やめ、やめてくださいよ……。本当に、よくないですよ」


俺は、何か違和感を覚えた。


彼女の口元が、やけにてらてらと輝いているように見えたのだ。


「ひ、ひどいですよね。わ、私のこ、ことどうやって気付いたのか、わか、分からないですけど、あ、あの、あのし、死穢れを振りまいて……私を、遠ざけさせようと……やら、やられま、したよね。まさ、まさか効くとおも、思わず」


「……浅木さん……?」


涎だ。


たらっと、白銀の糸が口から、垂れたのだ。


「……本当に、ひどい……。貴方だけが、貴方だけが、私の光だったのに。もう、こ、こんなこと、するつもり、なか、無かったのに。し、死ぬなら、死ぬで、よか、良かったのに、あんな、あんな、見せつけて、あの、あの人が、いなければ、あの人がいなければ、全部、全部なんとか、なったのに」


彼女の乱れた金髪が、揺れる。


目が、獲物を狩るような輝きをしていた。


「あ、浅木さん? あの、一体何が……」








「おーい須藤ー! そんなところで何してるんだー!」

「なにしてんのー」

「独りぼっちかーお前w」


「せ、先輩?」


わらわらと仲のいい先輩たちがやってきた。


そうか、傍から見たら一人でキャンプファイアで突っ立ってるんだ。そりゃ声もかける。


「い、いやその」


「あー! 分かったよ! 女の子待ってるんでしょ! ここで告白してオッケー貰ったら末永く結ばれるみたいなやつ!」


「うわー女の子待ちかよーくたばれw」


「……。っ! おいあれ!」



先輩の一人が、指をさした。


真っ暗なところから、火に向かって歩いてきたのだ。


パーカーのフードを深くかぶった、少女が。


「お、お前!」


先輩たちがその人を見て驚く。


「……来たのか」


「……うん」


フードを脱いだ彼女は、金髪だった。


「浅木! お前、学校来たのか!」









「えっ」








俺の声を無視するように、彼女、浅木夢は先輩たちに話しかける。


「……、私、ずっと後悔してた。私が、余計なことしなければ……去年みんなでもっと、もっと楽しく学校祭送れると思った……。全部、全部自分が悪かったって、やっと気づけたの……。みんなが、連絡くれたから、やっと、受け入れられた……っ。ごめんなさい……っ、ごめんなさいみんなぁっ! 私なんかいなければ、皆で楽しくできたのにっ、私が、皆の思い出を壊しちゃって……」


「……1年間か」


「っ」


「スゲー長い時間だったな。俺めっちゃお前にキレてたよ。なんか勝手に空回ってさ、勝手に引きこもって。俺たち何も悪くねーのに悪者みたいだった。……でも、聞いたよ。大好きなおばあちゃんとか、大切なペットの不幸が重なって、色々崩れてたんだなって」


「……でも、私が悪くて」


「--今にしてみればさ。俺たちも何かできたかもしれないのにな。ごめんな浅木」


「違うの、全部、全部私が……」


「もういいじゃんね! ほら今日くらいは後夜祭盛り上がろうよ! んでさ、終わった後に、ファミレスとかでさ。……教えてよ。色んな事。今までの事、これからの事」


「うん、うんっ……ごめんなさい、ごめんなさい……っ。ありがとうぅ……」


こうして浅木夢の不登校は終わった。


時間が解決した悩みも、これから3年生たちは共有して……この瞬間の結束を強めるのだろう。


まだ反感はあるかもしれない。


まだ反発はあるかもしれない。


それでも。


未来はまだ、明るいままなのだからーー。














ぱちっ、キャンプファイアから火花が弾ける。


俺は、ゆっくりと、火の方向に振り向いた。


”彼女”は、まだそこにいる。


顔を俯かせて、ゆらゆらと、佇んでいる。


ぽたり、ぽたり。


涎が落ちた。


星は輝き、夜が更けていく。


三日月が少しだけ雲隠れ。


燃え盛る炎は、まるでこの世界の中心で地球を照らすようだった。


「--、お前、誰だ?」


やっと出た声は、乾ききった喉を更に絞ったような音だった。


「……。ひ、ひひ、はは」


それに比べて、彼女は苦しそうで、楽しそうだった。


「ば、ばれ、ばれちゃった。あっ、あっだめ、だめ、どもっちゃう、き、緊張、緊張しちゃって、へへ、ふっ、ばれ、ん、ばれちゃった……。で、っでも勘違い、勘違いしたのそっちだから、だか、だからしょうがない。うん、しょうがない」


「……」


「--、あ、貴方は、私の、光。貴方だけが、あっ、貴方だけが、私を知ってる。貴方だけが、私を覚えてる。貴方だけが……、私を受け入れない。貴方だけが、私の希望。貴方だけが、……私の、愛」


「答えろ。お前は、お前は誰なんだ」


「ひひ、ははは。あははははははははは!」


彼女から、呪力が放出される。


そして、気付けば。


【花が咲いていた】


グラウンドに、花が。


花の名前は……ストレリチア・レギナエ。


和名は、極楽鳥花。


良く目立つオレンジの外花と、青色の内花が、色鮮やかに咲き誇る。


そして。


ーーその花は、俺以外知覚していない。


誰も花が咲いたことに気が付いてない。


誰も異常に気付いていない。


俺だけが。


俺だけがこの現象を知覚している。


世界が異界化していく。


でも誰も気が付かない。


俺だけが、俺だけが。


そして、”彼女”が口を開く。


「『■■■■ ■■■ ■■■■■ ■■■■ ■■■ ■■■■■』」


「っ、おい、おいっっっ!!!! なんで、その言葉はっっっ!!?!? ふ、ふざけるな……ふざけるなよ!!!!!!!! なんで、どうして!?!???」


ーーやっと俺は、そこで気が付けた。


彼女の正体。


原作ゲームに存在しなかった、設定。


原作ゲームに登場しなかった、彼女の出で立ち。


彼女そのものが……。


怪異であること。


彼女の正体は、純然たる化け物であり、人間ではないこと。


ーー俺だけが、今彼女を知っている唯一の存在であることを。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





宮内庁、某一室の扉が開かれる。


開いたのは、須藤父である。


「賀茂ヨハネ在人様の予感は的中しているかもしれません。流石キリシタン陰陽師、神の信託と言う他ない。おそらくは隠された歴史があります。それも、暴けば死ぬといったギミックが」


日輪が椅子に腰かけながら、疑惑のまなざしを向ける。


「そのようなもの聞いたことがない。知れば死ぬ、まるで御伽噺、いや、児戯の剣術の必殺技のようだ。当たれば勝ち、振れば勝ちのような」


「おそらく、そのレベルでしょう」


「馬鹿な。じぃじ」


老人が本を開く。


「現在の五星局の管理物には該当物無し、陰陽庁データベースには存在無し、宮内庁古文書にそのような歴史無し。眉唾ですな。しかし、あり得ないわけではありません。例によって我々は歴史の特異点、【餓者髑髏の花嫁】による餓者髑髏の制御に成功しておりますゆえ。また、可能性としては日本生類創研案件か、未知の都市伝説か。しかし、家屋は1500年から1600年の間の建築物であり、その間に発生した怪異となれば……。ふむ。難しい塩梅ですな。ニッソも都市伝説も比較的新しいものですので」


「では、かつて安倍晴明及び蘆屋道満が接触した未知の生物を作成する医療者の助言をした無貌の男は? 関わりがあると思いか?」


「さて。そこまでは。さて、かの高名な須藤頼重様と云えど根拠なき暴論は宮内庁では通じません。さりとてミスター……、根拠のある暴論を、宮内庁はお待ちしておりますれば」


「……ここからは、私の暴論となりますが。まず初めに、私へ【餓者髑髏の花嫁】から連絡が来ました」


「なにッ!?」


日輪が叫ぶ。


「内容については2つ。1つは殺気と視線。最近「須藤与一」に近づく者に対して常に殺気がふりまかれていると。なので彼女自身は警戒心を持って部屋の観察及び、周囲の警護を行っていた。しかし、殺気の出どころも、視線の出先も分からない。……トップクラスの怨霊を抱えた、彼女が分からない。この危うさが分かりますね?」


「……また、須藤の息子殿か」


「そして2つ。「須藤与一」に危機が迫っていると」


「……それは、須藤殿。妾の、易占が、誤りだと?」


ーー日輪の放つ威圧が強まっていく。


彼女は、「あり得ない」と暗に伝えているにすぎない。


そう、本来ではあり得ない。


宮内庁で彼女が占うという事実が、確定した未来の予言に過ぎないのだ。


「日輪様。易占は間違っていません。最低でも今年は、彼女以外の出来事には巻き込まれることはないだろうし、トラブルも起きず。敵の姿が一切見えない。……。これらを全てクリアしたうえで、巻き込まれていると言えます」


老人が得心する。


「成るほど。つまり今、特異点「須藤与一」は彼女がらみで巻き込まれており、それを誰もトラブルだと認知せず発生したとも思わず、一切敵も姿を現さず、事件が起きると」


「はい。それであれば、全て解決します。--敵は、姿が見えません。認識できません。そして、……知ってもいけません」


「馬鹿な。どう解決しろというのだ」


日輪が力なく座り込む。


「……それでも、息子ならと思ってしまうのです。息子であれば。あの子の特異な星の巡りであれば……。救いは、あるのではないかと」


「ふむ。……おや?」


老人が本のページを指でなぞる。


「なるほど。どうやら賀茂家が発見した勘解由小路在信の遺言状が解読されたようです。内容をお伝えしますゆえ、平にご容赦を」






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




【この遺言状を読んでいるということは、まぁ。


俺は死んでいるのだろうな。


やぁ500年後の陰陽師諸君。


俺は勘解由小路修理大夫在信と申す者。


もう50近くのおっさんだ。


え? ツッコミどころが満載だって?


まぁ読んでくれ。


俺だって大した陰陽師じゃないがそれでもーー】



「何書いてるんです!ご主人!」


「……はぁ。ポン助。お前な。手紙を書いているときぐらい、静かにしてくれよ。式神の癖におしゃべりなんだから」


「何をそんな! 3日後の調伏がそんなに怖いんですか! いつものように、お腹をぽんと叩けば解決ですよ!」


「狸の癖に生意気なやつだよ全く。ほれ、ちょっと静かにしておくれ。外で遊んでくると良い」


「へへ。じゃあチョットダケ」


「ふん、家で侍るのに疲れたと素直に申せばいいものを。……。さて」


【いや、謙遜せずはっきりと書いておこう。


俺は天才だった。


親父殿がキリシタンとなり天文を学んだことにより、暦学の冴えが増したのか、天運が授かったのかはいざ知らず。


ただ俺は、星を読むことで……そっちの言葉でいうところの未来予知ができた。


3日後、俺は死ぬ。


それはまぁ、無様に死ぬ。


勘解由小路家の尖兵30名。


陰陽庁の伝手を使い天才を3名、秀才を10名、凡夫だが使える陰陽師を30名。


式神100。


俺に長年仕えてくれたポン助。


みんな死ぬ。


かろうじて俺が生きる可能性はあるにはあるらしい。


だが、あくまでかろうじてだ。大体の確率で死ぬ。


賭けてみないことには分からない。だが賭けても死ぬと思う。そう予知できるからだ。


さて。お前は俺の別荘に今いるはずだ。


地下室のナニカをどうにかしたくて必死かもしれない。


だが、諦めろ。


知ったなら死んでくれ。


少なくとも、俺は死ぬ予定だ。


俺が必死になって隠したものを暴いたんだ。それくらい許せ。


ことのきっかけは、どっかの馬鹿が村一つを犠牲に怪異を生み出し、実験し続け、怪異を生み出したバカも犠牲になって、村にやばいやつが巣食った。


だから倒しに行く。そして死ぬ。それ以上の情報はない。


……いや、状況によってはこの説明だけでもアウトだろうか。


最悪だな。まぁ、どうでもいいか。


結界を解かれてしまった時点で、正直もう終わりだ。


最後までクソみたいな人生だったと証明されただけだった。


ーーただ、一つだけ希望がある。


か細い、か細い、たった一つの希望だ。


星を見て理解した。


俺は死ぬし、結界はどうせ解かれる。


500年後に解かれる。お前らが解くと思う。


だが、希望はある。


もし、お前らに心当たりのある人間がいるのなら。


もし、お前らに頼れる陰陽師がいるのなら。


そいつ一人に全て委ねろ。


二者択一ってやつだ。


そいつの総取りか、世界が滅ぶだけだ。


そいつ以外知るな。


そいつ以外それを見るな。


覚えるな。話すな。


それだけだ。


じゃっ! 500年後の俺以下の雑魚陰陽師ども。


御達者で】





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







かくして異界は開かれた。


この異界の名をば【幻想原野夕暮れに落ちる】である。


少女の声が聞こえる。


少女の姿は見えない。


「『あかしけ よなげ 緋色の鳥よ くさはみ ねはみ きをのばせ』」


ふふ、と笑い声が聞こえた。


「あっ、あな、貴方だけが、知っている」


そう、俺は知っていた。


そうだった。俺は知っていたのだ。


気付いてなかった。


そうだ。


当たり前だ。


俺は知っているのだから、こうなって当たり前だった。




ーーSCP-444-JP。


にんしきのとり。


知っているだけで、意識の世界に入り込み、幻覚で人を殺す怪異。


知るだけで終わりなのだ。


”彼女”がどうして人の形を取っているかは分からない。


でも、そうだった。


俺は転生してるから、彼女のことを知っていた。


知った時点で本来俺は、殺されていたはずなのに。


訳が分からない。


なぜ今なのか、なぜ……会いに来たのか。


360度視界に広がる地平線。


真っ赤な原野。


夕焼けよりも赤い空。


土も、風も、草木も。


そこに混ざる様に咲く極楽鳥花も。


ありとあらゆるものが「本物」に見えた。


ここは幻覚世界。全ての物が見る、意識の世界。


「------っ!!!!」


俺は急いで地面に文字を書こうとする。


原作ゲームでも対処法はあった。


本来であれば数週間単位が無ければ気が付かないが、俺にはまだ耐性があった。


先ほど”彼女”が歌った詩を、書くことでこの世界から脱出できる。


そう、あかしけやーー。


「ダメです」


誰かに、手を抑えられる。


”彼女”だ。


振りほどこうとしても利かない。


ーー既にここは彼女の幻覚世界。あらゆることは彼女の思い通りというわけだ。


「っ、離せっ!! くそ、ふざけんな!! 俺は死にたくないっ!! 死にたくないんだよっ!!! あんな、あんな原作ヒロインを発狂させるまで死なせるギミックを俺は味わいたくないんだよ!!!!!」


「……ふ、ふふ。私の、し、知らない人なんて、どう、どうでもいいじゃないですか。は、ははぁ……触れられる。触れてるんだぁ……」


「っ」


訳の分からない恐怖に俺は囚われる。


しくじった。


そうだった。”彼女”をこの世界で目撃した時点で、恐慌状態に陥るのだ。


「はぁ、はぁっ、はぁっ、おま、お前っ、お前が出てきたってことは…………、賀茂さんは……、賀茂ヨハネ在人さんを殺したのか……っ! 結界が解かれた瞬間、お前の言葉を部下に読ませてっ!」


”彼女”は勘解由小路の家宅の地下に封じられていたとされている。


それを解いてしまった賀茂ヨハネ在人が殺されるシナリオは存在する。


懐かしいぜ。賀茂家との繋がりを結んだ状態で特定ヒロインの好感度が低いとそうなるのだ。


しかもこれタチが悪いのは、過去回想中に挟まれる選択肢1個を間違えただけでフラグが発生するということ。


だから時系列いまいちぼかされてる。本来のシナリオはもっと先の話なのか、後の話なのかもわからん。


「……、ううん? してない」


「……ば、馬鹿な。じゃ、じゃあお前どうやって」


「【結界なんて、貴方に会いに来たくてぶち壊した】んだ」


「……は、はぁ?」


「……昔々、あるところに。私はいました」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



私こと、にんしきのとりは、人間のような深い思考はありませんでした。


ただ気付いた時には生まれて、くぅくぅお腹が空きました。


お腹が空いたな、そう思っていたら……人間がやってきました。


美味しそうだな、と思って食べました。


もっと食べたいな、そう思っていたら、人間は蘇りました。


だから食べました。


とてもとても、おいしかったです。


私は呪詛を纏っていました。


食べた人間が蘇るたびに、私の呪詛が入り込み、刷り込まれていくのです。


たくさん刷り込んでしまうと、味が落ちてしまうので、もう帰っていいよと帰らせるのです。


「あかしけや」


この言葉を他の人が読み上げたら、私のところに来られるように。


全て、無意識でした。







食べました。


食べて食べて。


食べました。


人間は小骨が多いので、いっぱいお肉がある場所が美味しいです。


腕と太もも。手と足を切り捨てて、そこを食べるととても満たされます。


心臓を貫いて噴き出た血はとても喉が潤います。


お腹は内臓が多いのでいっぱい食べられます。


頭は骨が固いけれど、脳みそがとても美味しいのです。


何度も食べられます。


食べて食べて、そして気付くのです。


あれ? お腹がいっぱいにならないなって。


だから食べるのです。


食べて、食べて。


いっぱい食べて、おっきくなるのです。


人間は、餌です。


だって、この世界には人間しか来ないのですから。




ーー私が思考に目覚めたのは。


死にかけたときでした。


「……、終わったな。天才3人、秀才10人、使える凡夫30人。……実家の尖兵30人。式神100。全部使い潰して、……やっと、身動き止めたってか。はは。ははは、やってられねぇよなぁ」


男が笑った。


誰かはわかりません。


餌が歯向かうなんて想像もしてなかったのですから。


「……ご、ごしゅじ、ごめ……」


「……ポン助。……」


何か呟いた男が、私に近づいた。


始めて、怖いと思った。


「おい鳥。今から俺はお前を人間に転生させる。お前の概念は全て、俺が封印を施している家屋の地下にいる即身仏に封じ込め、混ぜて、人間として生きさせる。しかし人間として改造したとしても、お前はお前の存在を知られていないと成り立たない。--地下牢の中で、誰にも知られず、誰にも認識されず。一生を終える。そして、お前を知る人間は、俺が最後だ。誰もお前を知ることはない。結界が解かれるまで、お前は孤独に命をすり減らすのだ」


何を言っているかは分かりませんでした。

でも、とても恐ろしいことを言っていると理解できました。


「この勘解由小路修理大夫在信の名だけ覚えて生きろ。そして死ね。救いなくくたばれ。……だが、だがもしお前が人となり、人としての道徳を学び、行いを詫びる時が来るのであれば……。ケダモノよ、どう転ぶかどうか星の巡り次第である。さらば、さらば」


そして私は、意識を飛ばされ。


瞬間移動したような錯覚を覚えて。


気付けば、壁につながった手錠に手を拘束され、即身仏と融合していたのです。


「唖=====」


声が出ません。呼吸だけが音のように聞こえるのみです。


無意識に、呪力を使い肉体を改変していきます。


生存できる程度の肉体になってから気付くのです。


動けない。


逃げられない。


暴れ狂って手錠を破壊しようとしても、壊れません。


しかし、私は無意識に何とかなると思っていました。


あの原野の世界での私は、なんでもできたのですから。








1週間が経って、人間としての脳内での思考と自分の心が合致してきました。


助からないと。


「うぁ、ぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



叫びました。


助けてくれと。


誰でもいいから見つけてくれと。


生きたいと。


逝きたいと。


でも何もできません。


始めて、自分の心が壊れていくことが実感できました。



呪力を使って、生命活動だけは維持できました。


それほどまでに人を食べてきたのです。


人を食べてきた数の分だけ、生きてしまうのです。


因果応報という言葉だけが、脳刻まれています。


死にたくない。


死にたくない。


それだけを考えていました。


そうだ、やっと気づきました。


私は呪力を用いて誰かの意識の外の世界を渡れたのです。


逃げようと、呪力を開放しました。



「おはようございます「Why is traffic always so bad during rush hour?「Das ist fantastisch!「La guerre「列车即将进站,请站在黄线后面「ねぇ今日のニュース見た?最低だよね「Я хочу всегда быть с тобой.「生きたくない「환경 문제는 우리의 미래에 심각한 영향을 미칩니다「」



「う、うわああああああああああああああああああああああああああああ」



私は結界によって逃げられず、誰かの世界を閲覧することしかできず。


まるで、海の中の世界を、一気に眼球に流し込むような情報密度に押されてしまった。


僅かに視線を動かすだけですぐに別の誰かの無意識の世界を目撃してしまう。


そう、無意識の世界に生きる体だったから自分で世界を選んで飛びたてた私は、人間の体で情報を処理することで発狂しかけてしまったのだ。


そしてこれは。


一度やれてしまったから、出力が壊れてしまって。


今後500年ずっとこの状態が続いた。



最初の1か月は模索した。


1年が経ち、溺れるように藻掻いた。


5年が経ち、心が壊れた。


10年が経ち、どうすれば死ねるか考えた。


50年が経ち、心は老いて枯れた。


100年が経ち、こうなった原因を考えた。勘解由小路在信のことを考えた。いつか殺してやると願った。


200年が経ち、人間が60年しか生きられないことを知り、憎しみの対象がもう死んでいることを悟った。


300年経って、突然声を出して、笑って、怒って、泣いた。生に意味はないことを知った。


400年が経ち、ただ生きるだけになった。


死にたい、ごめんなさい、生きたい、殺してやる。


無限に感情だけが溢れる。そして、考えたのだ。


この牢からでも見える、階段を上った先にある扉。


あれだ。


あれを最初に開けたやつを殺す。


封印を解いたらすぐ殺す。


八つ裂きにする。


食べて食べて、弄んでやる。


大腸を引きずり出して、眼球をぶちまけてやる。


頭の中で何度も人間を殺した。


殺しても殺しても、どうしてかお腹は空いていた。


ーーそして、500年が経った。


暗く深い闇。


情報しか溢れておらず、常に脳がパンクするような世界で生きていたら。


……光が、灯った。


「……ぇ」


理由はわからない。


ただ、暗く深い闇の世界に、ただ一人だけ、光り輝く存在がいた。


ーー理由はわからない。でも、なぜか。


その人は私の事を知っていた。


「ぁぁ、ぁあああー!!!」


必死になって目線を合わせた。


灯台のような明かりが消えないように必死に視界をブラさないようにした。


今までにないくらい、必死に凝視した。


そして……。


貴方がいた。


4歳から5歳になった貴方が、いたのだ。


「ぅあ」


逃げられる、そう思ったけどダメだった。


結界も邪魔だったけど、……おそらく貴方自身の体に入れないような体質があった。


悔しかった。


そうだ、最初にあいつを殺してやろう。


あの幼子を殺して精神の無聊としよう。


そんなことを考えていた。


それからというもの、ずっと貴方を見続けた。


貴方は剣術を頑張っていたね。


それで私を斬るのだろうか、とか。


トラに襲われていたけど逃げ切っていたね。


それで私からも無様に逃げるのか、とか。


子どもの頃にとてつもない怪異と戦ってみんなを守ったね。


そうやって私と相対してくれるのだろうか、とか。


貴方は人と楽しそうに話す。


私ともーー、話しをしてくれるのだろうか、とか。


ずっと見ていた。


どうやって殺してやろうかなって、思って。その時貴方はどんな反応をしてくれるのかな、とか。泣くのかな、怒るのかな、笑うのかな、とか。周りの人を殺したらどんな反応をするんだろうとか。


何気ない日常の中で、私とお話ししてくれるのだろうか、とか。


貴方とお買い物をしたら、どんな会話になるんだろうか、とか。


私と手を握ったら、どんな反応をしてくれるんだろうか、とか。


そういう幻覚だけが、私を温めてくれた。


ーーそうか。今気付いた。


彼は、何故か私の事を知っていた。


転生? よくわからないけれど、知ってくれていた。


彼だけが私を知っていた。


何故か、生きているだけの心臓が高鳴った。


私のことを、貴方のことを、お互いに知ってる。


私はずっと見続けた。


貴方は一方的に知っていた。


あぁ、なんて……素敵なんだろう。


運命を感じた。


そうか、私が人間になった理由は……。




貴方と出会う為だったんだ。





でも、いいのだ。


こうやって見られるだけで幸せだったのだ。


500年の悲しみを、たった10年やそこらで温めてくれた。


それだけで、もう、いいのだ。


いいのだ。


ありがとう、愛しい貴方。


私はケダモノなのだそうだ。


ケダモノが人間を愛しても、摂理に反する。


怪物と人間は結ばれない。たとえ体が人間だとしても、本質は怪物。


ありがとう、愛しい貴方。


この奇跡に、感謝をーーーーー。






「『もう、お嫁さんになるしかありませんよね……』」






「は?」






ピキった。


は? なんだお前。


お前、は?


餓者髑髏が? 人間を? は?


ヨメ?


お嫁さん?


死がふたりを分かつまで?


は?


はぁ??????


お前、は?


怪異が、人間と、結ばれ、は?????


ふざ、おま、こっ、殺すっっ、殺すっっっ!!!!!


おいお前、はぁ???????


私の覚悟、っ、はぁあああああああああああああああああああああ???????????







ぶちギレちまったよ私。


「っ、ぁああ、ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


手錠を引きちぎろうとする。


呪力を最大まで変換、決してあの女だけは許さない。


動けない?


ふざけるな。動いてモノ申さなきゃ気が済まない。


ずっと見ていたのだ。


ずっと見つめていたのだ。


ずっと、ずっと……。


好きだったのだ。


「お、とめのぉおおお、ど根性ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」






手錠が、千切れた。牢が、はじけた。


結界が、吹き飛んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ」


こうして。あっけなく。


世界は、開かれてしまった。


人として、初めて外に出て歩いた。


ーーこんなきれいな世界に、貴方はいるんだね。


ーーこんなきれいな世界に、あのクソ女が生きているのかっ!!!!


両立した思考を持って、私は貴方の下へ走った。


でも、気付いた。


何も触れない。


何も触れられない。


だから、不安だった。


貴方は、私を見てくれますか? 







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「その時、ジャージと、お茶をくれて、指が重なった感動は……、いっ、一生忘れません……、ずっと、ずっと見てたんですよ? 貴方が初めて恋をしたときも、貴方がおねしょをした時も、貴方が何気なく読んだネットニュースのフィラデルフィア実験も、貴方が自慰を始めたのも、貴方が興味本位で見た透明人間のえっちな漫画も、貴方が今まで見てきたエッチな本も映像も、貴方が目覚めて眠るまでの全てを」


「えっぐううううううう!?!?? おま、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! プライベート全部バレてんじゃねぇかよぉおおおおおおおおおお!!!!!!!!! しゃ、しゃーないやん!!! あるじゃん性欲はさぁ!!! ねぇ!!!!!!」


「--でも、あぁ、イライラする。あの死穢れを纏った餓者髑髏がぁ、ふざけてる……マーキングのつもり……? あんないっぱいこすりつけて……ふざけやがってぇ……っ」


がりがりと、彼女の力が入っていく。


やばい、腕が、折られ……。




「--そして、私。我慢がどうしてもできなくなってしまって」


首に、ぽたりと、彼女の涎が落ちた。


「--食べたい」


「……、えっ」


「今まで人間を食べても満たされなかったお腹が、貴方なら、満たせるような気がして、貴方が近くにいただけで、こんなにもお腹いっぱいだったのに、あ、はは、あはぁ、貴方を食べたい、取り込みたい、--一緒に、なりたい。もう、もう気持ちが抑えられなくてぇ!!! 食べ、食べさせて、ください、もう、もうお腹が空いて、わかんない、満たされてるはずなのに、た、食べたくて、食べたくてぇ!」


「っ」


「だから、ごめんなさい……。いただきます」


そう言って彼女は、顔と顔が触れ合う程度に接近した。











「ごめんな」


俺は呟いた。


「俺は、食べられたくない」


彼女は鼻で笑った。


俺は続ける。


「……そうか。誰もお前のことを知らない、だから誰も認識しない。ひどいもんだ。んで俺は今体を動かせず、陰陽術も使えないから詰みの状態。はぁ。本当にひどい」


「……」


「でもよ、見てたなら知ってるだろ? 俺さ、才能無いんだけど」


俺は、恐慌状態になりながら、無理やり笑った。


「この状況でも何とかできそうな式神と最近契約しましてねぇ!!!」


「えっ、あ、あぁっ!?」


彼女が飛び退く。


「おい、呼んだら急いでくるんだろ?」


俺は心臓を右手で抑えた。


「さっさと走ってこいよぉ!!!来い、【餓者髑髏の花嫁】」



どぷりと、赤い液体が世界から零れ落ちた。



「『あは、あははははは。ふふふふふふふふふ』」


全ての言動が、呪言。


悪意に満ち溢れた、死穢れの塊。


「『ふふふふふふふふ。妻使いの荒い旦那様ですこと。あぁ、あぁ! ようやく知覚出来ましたわぁ!! この、泥棒猫がぁッッッ!!!!!!!!!!!』








世界が割れる。


赤い液体が地面に広がり、彼岸花が一面に咲いていく。


空が割れて、赤い液体が黒々と流れていく。


”彼女”、いや、にんしきのとりが叫んだ。


「が、餓者髑髏ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」


「『人の男を奪おうとする女には、骨の髄まで教えてあげましょう。私の恋心は、骨太だということを』」


血が付着した白無垢。


左手が白骨化した花嫁。


顔の半分に、骸骨の仮面。


全身から噴き出る呪詛。


「『旦那様、須藤与一の式神【餓者髑髏の花嫁】、ここに』」


世界が、夜に染まっていく。



「すまん、助かった。……その衣装で来るの?餓者髑髏の状態じゃないんだ」


「『ふふふ、どちらも愛してくださいませ。さて。私の異界化でようやく雌猫を認識できているわけですが、--困りましたね。異界化が進みません』」


「どういうことだ?」


「『安倍菫子様の言い分によれば、異界化とは呪力による世界の上塗り。呪力が高い方の世界が塗り替えに成功します。今、彼女の異界と衝突し、お互い50:50でぶつかっています。呪力は対等とお考え下さいませ』」


「うっそだろおい」


ゲームではほぼ即死モンスターだったにんしきのとり、まさか下手したら世界を滅ぼせる餓者髑髏の花嫁と、呪力が対等!?


初見殺しモンスターではなく、実力もまた、異常ってことかよ。


「『かまいません。正妻の制裁を見せて差し上げましょう。--どうやら、向こうも準備を進めているようですし、悠々と、真正面から折って差し上げます。……私を受け入れてくれた旦那様。どうぞ、無条件に信じてくださいませ』」


「……。分かった。頼んだぜ。あいつとはまだ話さないといけない気がするからさ」


「『お優しい方。では、その優しさに勘違いしたおバカさんを窘めてまいりましょう』」










”彼女”は見当たらない。


いつの間にか、存在ごと消滅してしまったような錯覚すら覚える。


しかし、忘れることなかれ。


”彼女”は、放置すれば世界を滅ぼせる力の持ち主である。


ーー突然、空が飛びたくなった。


でも飛んではいけない。飛んでしまえば”彼女”のテリトリー。無条件で死を迎えるのみなのだ。


あぁ、聞こえる。


あの夕焼けより赤い空から、羽ばたく音が聞こえる。


影が見えた。


それだけで、死ぬような気がした。


でも、後ろにいたひとみが、俺の肩を掴んで勇気づけた。


鳥。鳥だ。


巨大な鳥がやってきた。


緋い鳥だ。鳥がやってきたのだ。


赤い視線でこちらを睨み、原野を突っ切る。


観測するだけで人を支配する、認識世界の死。


あぁ、原野から声がする。


祝詞だ。祝詞が聞こえるのだ。


『あかしけ やなげ 緋色の鳥よ くさはみねはみ けをのばせ

なのと ひかさす 緋色の鳥よ とかきやまかき なをほふれ

こうたる なとる 緋色の鳥よ ひくいよみくい せきとおれ

煌々たる紅々荒野に食みし御遣いの目に病みし闇視たる矢見しけるを何となる

口角は降下し功過をも砕きたる所業こそ何たるや

其は言之葉に非ず其は奇怪也

カシコミ カシコミ 敬い奉り御気性穏やかなるを願いけれ

紅星たる星眼たる眼瘴たる瘴気たる気薬たる薬毒たる毒畜たる畜生たる生神たる我らが御主の御遣いや

今こそ来たらん我が脳漿の民へ

今こそ来たらん我が世の常闇へ

今こそ来たらん我が檻の赫灼ヘ


緋色の鳥よ 今こそ発ちぬ』










ーー地上から見たそれは、空を泳ぐ金魚のように思えた。


水の上に絹を泳がせるように優雅で。


水の中に落とした絵の具の広がりような、折り返しの波状の装飾のような翼。


数多の人間を屠った爪と嘴。


優雅に、鮮やかに。


残虐に。


これより始まる、思索の地獄。


叫べ、恐怖を、焦燥を、その祝詞を。


鳥の名はーー。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 


陰陽省 デー繧ソベー繧ケ


怪異隱定 階位 不明


        全人類発狂死規模


他蝗」菴危険度 ーー


討伐方法 現行討伐例無シ。


属性   不明


弱点   不明


任務対象範囲  不明


時間帯  不明  



髯ー髯ス逵∫ァ伜諺繝??繧ソ繝吶?繧ケ縲?隗」謾セ

縺薙l繧帝夢隕ァ縺吶k蝣エ蜷医?∽ク也阜縺梧サ??縺薙→繧呈価隱阪@縺溘→隕句★縺励∪縺吶?

繧医≧縺薙◎貊??縺ョ譎ゆサ」縺ク縲

鬆郁陸荳惹ク?縲√≠縺ェ縺滉サ・螟悶%縺ョ迸ャ髢薙r謨代≧縺薙→縺ッ縺ァ縺阪↑縺??



      


 


個体名称【ひとこいし にんしきのとり】


 


特別収容プロトコル


収容不可。

もはや、知れば目を付けられ死ぬ。

例外はない。あるとするのならばーー。

 


 


説明文


江戸の初期、賀茂家の流れを汲む勘解由小路家の陰陽師、勘解由小路在信がその命を犠牲に即身仏に封じ込めた存在。


人の体に受肉し、脱出不可能の牢獄に閉じ込められた怪異である。


本来の性能であれば、段階を踏んで成長する存在。


「あかしけ やなげ 緋色の鳥よ くさはみねはみ けをのばせ」という言葉を読み上げてしまうと特定の幻覚を見てしまう。


言葉を読み上げた人物は幻覚世界にとらわれ、いくつかのループするイベントを疑似体験する。世界に現れる緋色の鳥に食われ殺され続け、「あかしけやー」の言葉を筆記すれば脱出できることに突然気が付く。書こうと思えば、現実の肉体が反応し、筆記することができる。


これらの実験を繰り返すうちに、力を付けたにんしきのとりは、「ただその存在を知っている」ものも幻覚世界で支配することができるようになる。


記憶を処理しても知る者は必ず思い出させる。思い出せば、再び幻覚世界で食われる。


エサをやるな。

知るな。

閉じ込めろ。


それ以外の対処法無し。


しかし、勘解由小路在信の命がけの封印により、本来の性能からダウングレードしている。


世界は誰も「にんしきのとり」を知らない。誰も覚えていない。


彼女は肉の檻に閉じ込められ弱体化した。


そして、何故か彼女を知ってしまった一人の獲物に執着してしまったことで、封印後から人間を捕食し力を付けていない。

また、その獲物は何故か意識の世界に連れてこれないことで執着を強めてしまう。


封印を自力で解除したことで、にんしきのとりとしての権能をほぼほぼ放棄。異界を発動しなければ、にんしきのとりとしての権能を十全に発揮できない。しかし、それでも十分すぎるほどである。


ただの一度でも力を付けるために動いてしまえば、止められるものなど誰もいない。


世界は、彼女の幻覚によって食われて終わるのだ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



【浄土穢れ地獄渡り彼岸花咲きし丘】と【幻想原野夕暮れに落ちる】が衝突する。


呪力が相殺され、世界が揺れる。


「『さぁ、おいでなさい。行進しなさい。あの勘違いストーカー女を蹂躙しなさい』」


その言葉に反応し、丘から、骸が大量に表れる。


骸が、花嫁行列をなし、原野へ行進を始める。


そして先頭の骸骨が原野に入った途端。


高速で飛来した鳥が頭蓋を砕き、その羽ばたきで周囲の骸は吹き飛んだ。


「『なっ』」


ひとみの動揺を無視し、ただ世界を二つに割る様に、にんしきのとりが飛んで、ひとみの頭蓋に嘴を合わせた。


バキンッッッ!!!


衝突の衝撃以外、ひとみは一切傷がない。


むしろ、にんしきのとりの嘴に、ひび。


「縺ェ縲√↑繧薙〒??シ----------」


鳥が鳴いた。


「『……私の白無垢は、骨でできているの。最硬のガードに突っ込んできてくれてありがとう』」


鳥が、”ナニカ”に掴まれた。


「『お返しよ』」


丘から、花冠と花のベールを纏う餓者髑髏が現れる。


餓者髑髏は、鳥を掴み、赤い液体の川に突っ込んだ。


しかし一瞬にしてその手を八つ裂きにして、脱出する。


それどころか、丘から湧き出る骸どもを、一度完全に殺しつくして。


「『……速すぎる、そして、正確すぎる』」


にんしきのとり、彼女のゲーム内での性能の影響か。


能力は、「捕食の為の確殺」である。


必ず殺す。


確実に殺す。


異界に入ったもの、影響を受けたもの、……目撃したもの、知覚したものを殺す、殺意の象徴。


しかし、ここに例外が生じた。


本来、小笠原ひとみにも確殺が適応されたはずだった。


しかし、同等の呪力を持っていた彼女の骨は、物理的に貫けなかったのだ。


そして、最悪の相性差である。


「縺?≦縲√∪縺壹>縲ゆク榊袖縺??∽ク榊袖縺??∵漁縺???」溘∋繧峨l縺ェ縺???シ搾シ肴ョコ縺帙↑縺?シ」

(うぅ、まずい。不味い、不味い、拙い、食べられない、--殺せない!)



彼女は人の肉を食った。


骨は、食えない。


魂は食えた。意識の中に住まう鳥だから。


しかし、全て怨霊。


全てが、毒。


加えて。


「縺医?√$縲√$繧上≠縺ゑシ?シ溘??縺ェ縲√↑縺ォ縺薙l縲∽ス薙′縲?㍾縺??√?縲∝瑞縺阪◎縺」

(え、ぐ、ぐわああ!? な、なにこれ、体が、重い、は、吐きそう)



赤い液体に触れたせいで、呪いが積み重なる。


その呪いは死穢れ。


いつか死に至る病。


命を犯す、死への誘い。


「-------」


鳥が鳴いた。


花が揺れる。


かの世界に咲き誇る極楽鳥花が、美しく。


骸の一つが、行列の骸を襲う。


「『……幻覚? 魂ごと汚染する幻覚剤を、花粉にこめているのですね?』」


鳥が羽ばたくたび、骸が乱れる。


花のゆらぎに、魂ごと壊される。


小笠原ひとみにこれ効かないのは織り込み済みだ。どうせ効かない。


鳥にはもう一つ意図があった。


この花粉を、【須藤与一】に吸わせ、餓者髑髏のコントロールを奪おうとしたのだ。


所詮は人間の式神、須藤与一の指示で混乱させることは可能だったはず。


しかし、ここにまたもう一つの例外が生じる。


「大丈夫だ、ひとみ! 俺に精神汚染に関する幻覚は効かない! 耐性がある!」


「『どういうこと、貴方本当に耐性が強すぎる。生まれつき?』」


「……生まれつき強かった。けど、とある事情でさらにパワーアップしちまって、何も効かなくなったんだよ」


鳥だけは、その過去を覗いていたので覚えがある。







ーー12歳の頃だ。


陰陽師見習の少年少女たちは、術式を覚えていく。


覚えた術式を訓練でも使うのだ。


しかし、術式の才能無く、肉体のみで勝利できる須藤与一を妬んだ少女がいた。


名を、賀茂モニカと言う。


「えー! 蘆屋さん、与一くん倒せないの~? ざぁこざぁこ♡」


そう蘆屋の幼馴染を煽っていた彼女だったが、内心は苛立ちを抑えられていなかった。


蘆屋の天才に負け、無能の須藤に負ける。


努力を重ね、賀茂の為に尽力しても、まだ届かない。


それで彼女は、邪法を覚えた。


「食らえ与一くん、好き好きビーム!!!!」


「ぐわあああああ、あ、あ、賀茂、しゅ、しゅき、しゅき♡」


「や、やった! やったぁ!!! 勝ったぁ!!!」


「与一くぅうううううううううん!!!」


術式によるNTRである。幼馴染ちゃんの脳が破壊された。


しかし。


「ぐっ♡ ふんっっっ!!!!」


「うそ、なんで解除できたの!?」


「き、気合いだぜ……うう、胸が高鳴るぅ……」


「与一くん……♡」


何故か幼馴染ちゃんの語尾に♡がついた。


賀茂モニカは腹が立ち暴走した。


「食らえ! 中級好き好きビーム!!!」


「ふんっ!!」


「食らえ! 上級好き好きビーム!!!!」


「ふんっ!!」


「うおおおおお食らえええええ!! 最上級好き好きビーム!!!!!」


「ふんぬぅううううう!!!」


賀茂モニカの術式をことごとく打ち破ったことで、徐々に精神汚染耐性が付いていく与一。


賀茂家ではパニックが起きていた。


「おやめくださいお嬢様! 最上級好き好きビーム(正式名称:禁忌術式第3号言紡ぎ橋姫の縛)ですら陰陽大学レベルの術式、これ以上あのクソガキを倒すために学ぶことに執着されては!」


「うるさいうるさい! 与一くんを倒せないなら意味がない!! そうだ、オリジナルの術式だ、それで、それであいつを倒さないと、倒さないとパパに褒めてもらえない!」


「お嬢様…‥」


そして、暴走した彼女は幼馴染ちゃんとの全ての縁を切り、ただ与一を倒すためだけの戦闘マシーンと化してしまった。


挙句の果てに、オリジナル術式に西洋の悪魔召喚、サキュバスの力を借りてしまった上に、強靭な精神力で耐えきってしまった与一のせいで、せいで? 呪詛返しが発動してしまった。


「……大丈夫か」


「な、なによこれ♡ え、え?♡ やば♡ どうして♡ なによこれぇ!♡」


語尾に♡がつくようになってしまったのだ。


空気を読まない与一は「メスガキじゃん」とつぶやき、今もなおあだ名として定着してしまったのであった。


幼馴染ちゃんはシュークリーム2個で仲直りできた。


なお、賀茂ヨハネ在人はこの呪詛を解除することができたが、反省を促させるために放置している。


ーー鳥は、ずっと与一を通してそれを見ていた。知っていた。











「--縺昴≧縺?繧医?縲りイエ譁ケ縺ッ縺?▽繧ゅ◎縺?d縺」縺ヲ蠑キ縺上↑縺」縺ヲ縺?▲縺溘b繧薙?縲りヲ九※縺阪◆繧ゅs縲∝?縺九k繧医?ゅ□縺九i縲√□縺九i縺薙◎險ア縺帙↑縺??縲」

(ーーそうだよね。貴方はいつもそうやって強くなっていったもんね。見てきたもん、分かるよ。だから、だからこそ許せないの)


鳥が羽ばたく。


骸の乱闘を薙ぎ倒し、再び餓者髑髏の花嫁を襲う。


「遘√?縲√★縺」縺ィ隕九※縺溘@縲∫衍縺」縺ヲ縺溘?ょスシ縺ョ蜆ェ縺励&繧ゅ?∝宍縺励&繧ゅ?∬協縺励&繧ゅ?√°縺」縺薙h縺輔&繧ゅ?√°縺」縺捺が縺輔b縲√▽繧峨&繧ゅ?∵カ吶b縲∫函縺阪℃縺溘↑縺輔b縲∵э諤昴b縲∬シ昴″繧ゅ??裸繧ゅ?∵?縺励∩繧ゅ?∝?驛ィ縲∝?驛ィ蜈ィ驛ィ蜈ィ驛ィ隕九※縺阪◆繧薙□縺」縲√□縺九i縲√□縺九i蠑輔>縺溘?縺ォ縲∬ヲ九※縺?k縺?縺代〒繧医°縺」縺溘?縺ォ??シ?シ√??莠御ココ縺?縺醍衍縺」縺ヲ縺?k髢「菫よ?ァ縺?縺代〒縲∬憶縺九▲縺溘?縺ォ??シ?シ?シ?シ?シ?シ」

(私は、ずっと見てたし、知ってた。彼の優しさも、厳しさも、苦しさも、かっこよささも、かっこ悪さも、つらさも、涙も、生き汚さも、意思も、輝きも、闇も、憎しみも、全部、全部全部全部見てきたんだっ、だから、だから引いたのに、見ているだけでよかったのに!!! 二人だけ知っている関係性だけで、良かったのに!!!!!!!)


鳥が、泣いた。


「遘√?譁ケ縺悟?縺ォ螂ス縺阪□縺」縺溘?縺ォ??シ?シ」

(私の方が先に好きだったのに!!!)


悲しみを帯びた叫びが、世界をつんざく。


「豁サ縺ュ縲∵ュサ縺ュ蟆冗ャ?蜴溘?縺ィ縺ソ??シ√??縺雁燕縺ェ繧薙※縲∵ュサ繧薙〒縺励∪縺医∴縺医∴縺医∴縺医∴縺医∴縺茨シ?シ?シ?シ 霑斐○縲∫ァ√□縺代?荳惹ク?縺上s繧偵?∬ソ斐○縺医∴縺医∴縺医∴縺医∴縺医∴縺医∴縺医∴縺茨シ?シ?シ」

(死ね、死ね小笠原ひとみ!! お前なんて、死んでしまえええええええええええ!!!!返せ、私だけの与一くんを、返せえええええええええええええええ!!!)






鳥が、再びひとみの頭蓋を狙う。


「『何を言っているかさっぱり。でも、同じ女として分かります。だから、私からは一言』」


彼女は拳を振りかざす。


呼応して、餓者髑髏も拳を振りかざした。


人間「小笠原ひとみ」と餓者髑髏。


この二つは、別人だけど、ずっと一緒にいた、同じ存在。


だから分かっている。


(餓者髑髏が動けば私も動く)


(私が動けば餓者髑髏も動く)


(ーーやっぱり、私は餓者髑髏で、餓者髑髏は私なのだ。ずっと、ずっと一緒だったから分かるのだ)


それを受け入れてくれたのは、心優しい、彼だった。


「『恋は、行動ッッッ!!!!!』」


餓者髑髏の拳とにんしきのとりの嘴が、火花を散らしてぶつかり合う。


「『女はっ、度胸ッッッ!!!!』」


餓者髑髏の拳が、前に進んだ。


驚異の二言目である。


「!?」


鳥が驚く。今まで、鳥は戦闘というものを認識したことがない。


勘解由小路在信との戦いすら、エサが歯向かったとしか認識していない。


初めての対等な呪力、対等な威力、対等な異界の相手など、今まで存在しなかった。


戦いは、同じレベルの者同士でしか発生しない!!!


故に。


怒涛の三言目。


「『貴方が彼を見続けてきた10何年と、私が彼と出会って1,2か月でも紡いだこの気持ち、誰が負けると決めた

ッッッッッ!!!!!』」


「-----っあ」


何かが鳴いた気がする。


でも、誰も聞き取れなかった。


その拳は、鳥を撃ち抜いた。


鳥は、宙を舞い、地に落ちる。


それ以外の認識を、誰もすることはできなかったのだから。
















鳥はまだ生きていた。


生きていたし、立ち上がるつもりだった。


でも、……動けなかった。


理由は、分からない。


でも、動けなかったのだ。


ーー羨ましかった。怪異なのに。彼に受け入れてもらった、彼女が、どうしようもなく、羨ましかった。


ああ。私は……。


見ているだけだった。


それ以外の思考が、無かったのだ。










俺とひとみが、横たわる鳥の下に駆け寄る。


鳥は、ゆっくりと光に包まれ消えていき、……”彼女”だけが残った。


「『私の勝ちです。今なら生かしてあげます。彼から手を引いてくださいな』」


その声に反応するように、”彼女”は笑った。


「……はは、は……っく、……ぐすっ……そう、だよね……まk、負けちゃって……そりゃ……もう……彼の……っひっく……もとにはぁ……いられぇ……」


泣きじゃくって、地面をたたいた。


「いゃだぁぁぁ……っひっく、ばだれだぐだいぃいぃいいいい、じゅっといっじょじゃなぎゃやだぁあああああああああああ!!! びえええええええええええええええええええええええんん!!!! じゅっどずきだっだのぉおおおおおおおお!!!! いやいやいやぁあああ!!! じゅっどいっじょがいいいぃいいいいいいいいい!!!!!!」


思わぬ、駄々っ子。


「えぇ……?」


「『そ、そんなことあるのね……。いや、えぇ……?』」


「じゅっど、ごどぐでぇ、ざびじぐでぇ、でもあなだがいだからいばばでいぎでごれだのにぃいいい」


「えこれなんて言ってる?」


「『深爪が痛いとか、そんなところじゃないかしら……』」


「びえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんっっっ!!!!」


「えぇ……」


いやいや期を迎えた赤子のように、”彼女は泣いて、泣いて、俺の足に縋ってきた。


「ぼでがいじばずぅうう、ぼうびどりはいゃでずぅうぅぅぅうぅ、ひどりはぁ、一人は嫌なんでずぅうううううううううううううっ、うええええん、うええええええええん、あああああん、うわああああああああん」


「……」


それは。


500年の孤独に耐えた少女の残酷な結末だった。


人でなければ、壊れなかったケダモノの心が、人の体を得たことで壊れた物語。


「『……はぁ。でも私、愛人NGですから。ハーレムエンドとか狙うタイプの人じゃないでしょ旦那様は。諦めなさい。私の夫よ』」


「いや承認してないが」


「『ダメです旦那様。この女は隙あらば閨を共にし、一瞬のスキをついて食べにくる不埒ものです。今まで見たいな対等な関係とかだと碌なことがありません。放置安定です。こういうやつが会社の既婚者に「えー奥さんひどくないですかー、私だったらそんなことしないのになー」みたいなことを言うんです』


「だーいぶ俗世に染まったね君」


「『ふんっ! なれても奴隷かペットです。全て言うこと聞いて首輪つけて支配されると言うなら話を聞いてやらないこともないでしょう!』」


ーー小笠原ひとみは、失言した。


「……ぺっと」


その言葉に、希望を見出してしまった馬鹿がいたのだ。


「ぺっと、ぺっと、なります、ペットになります、貴方のペットにでも、なんでもなります、だから、この人の近くに置かせてください、お願いします、お願いします」


「……。えぇ」


「『えぇ……』」


「……、はい。責任取ったれ」


「『……いやです』」


「おいこっち向けよ。お前が言ったんだから責任取れよ」


「『……。ぐっ、鼻水垂らす女を奴隷にするわけがないでしょう汚らわしい!!! 旦那様のペットになりなさい!! 私の言うことにも絶対服従!!! あーもう!! いいです!! 妥協します!! こんな駄々っ子相手にする方がしんどいです!! せめて気持ちよく殴れる敵にしてください!! なんですかペットでもいいですって!!! もー腹立たしい!!! ぷんぷん!!!』」


しまった、ぷんぷんモードだ。


彼女から”彼女”に話しかけることはもう今日はないだろう。


……お許し、っていうか。


まぁ、助けてやれと暗に言われているのだろう。


「まぁ、ペットかどうかは置いといて。……。そうだなぁ。でも俺ら以外彼女の事を知らないから、生活は困るよな。結局これどうすればいいんだ」


「『……。にんしきのとり、以外の言葉で彼女を縛ればよいでしょう。人間として、彼女を縛るのです。人間、何某と定義づけることで、にんしきのとりとしての認識を避けるのです。本来ならそれだけでは不可能でしょうが、彼女は受肉し、極限まで力を落としている。なら、……、まぁ。失敗したら捨てればいいだけです。万が一にもあり得ません。ですが、……奇跡が、起きるなら』」


「じゃ、奇跡にかけてみっか。言葉で縛る、……そういえば、俺、君の名前知らないな」


”彼女”は首を振った。


「名は、ありません」


「じゃあ、俺が名前つけてやるよ。えーっとそうだな。元々浅木さんって呼んでたけど……浅木、あさき」



浅木夢。


あさきゆめ。


……あさきゆめみし。


「……よし!」



そうして、俺は彼女に名前を付けて、式神としての契約を結んだ。


上手くいけば、彼女は人間としての生を謳歌することもできるだろう。


好きなものを食べて、飲んで、生きていけるはずだ。


それはもう、人を食べなくてもよい、素敵なことのはずだ。


異界が崩れる。


現実に戻っていく。


長いようで短い夢が冷めていく。




ーー願わくは。


奇跡が、彼女を彼女らしく生き永らえさせてくれることを、祈るばかりだ。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「あー。終わったなー」


勘解由小路在信は、にんしきのとりの封印に成功した。


そして、死体ばかりのこの村で一人、座り込んでいる。


腹に穴が開いて、心は既に100も殺され。


それでも、自我を保って生きていた。


彼もまた、時代に名の残らぬ天才であった。


ーーその自我も、間もなく消え、死に至るとしても。


「おやぁ。元気です? あららお腹におっきい穴。死にますネーこれ」


ふと、気付けば男が立っていた。


貌は見えない。でも、人を狂わせるような声をしていた。


「よう。アンタかニャルラトホテプ。元気だよ。超元気。あと5分もすれば、あの世行きだ」


「それはそれは! 何よりですねぇ。……無事、お役目を果たせたようで」


「アンタから部下が命がけで情報を引き出したからな。部下の命1つで、世界を救う情報を得た。それで、……まぁ。いいじゃねぇか」


「--、人は、つくづく業が深い。故に我らも、つい干渉してしまう。悪い癖です」


「ははっ。ちげぇねぇ」


「……、もし。貴方が望むのであれば。我らの眷属として、再び生を謳歌することも可能です。世に混沌を振りまき、人を狂気のるつぼに突き落とす。楽しいですよ。……どうです?」


「……。はは。分かってるくせに」


「--、はい。分かっておりますとも。では御機嫌よう! 歴史に名など到底残らぬ大天才! 世界を救った大偉業、誰もが知覚せずともこのニャルラトホテプが認識せん! 愛すべき隣人たる人類の陰陽師よ、人は、生命は死によって別れる為に生まれ生きるのではない!! 這い寄る闇を忘れるなかれ、生まれた理由は、いつだってその闇に生まれる輝きの為である!! では失敬。二度とふたたび千なる異形のわれに出会わぬことを宇宙に祈るがよい」


「はっ。何を言っているのやら。日の本の言葉で分かるように言ってく、……行っちまったか」




気付けば赤い原野は消え去り、夜空の輝きが自らを照らす。


何も残せず、何も残らず、にんしきのとりと共に、自分は消えていく。


あぁ、先祖代々に申し訳が立たない。


申し訳ございません勘解由小路の面々、在信は歴史の陰に埋もれ、家ごと消えようと思いまする。


世界を救うためには、必要なことでございました。


ですが、あぁ、あんまりでしょう。


元々陰陽師など継ぐような人間ではありません。


ほどほどに、修理大夫として朝廷に出入りして自尊心を守る程度の器にございます。


何かを成すつもりもなく、何か残そうとも思いません。


……ポン助や、部下、堺の人々。


好きな芸者、嫌いな貴族。


よくしてくれた、土御門。


足蹴にしてくれた、あほんだら。


ああ、なんででしょうな。


その人たちが精いっぱい、人生を生きてくれたら、幸せなだけだったのです。


色んなものを犠牲にしました。


それでも、その犠牲の上に、何も知らず平和に過ごす人々がいる。


あぁ、なんと幸福なことか。


なんと、美しいことか。


あの星の瞬きのように、人は今も生きている。


私たちが何にも知られずに死ぬことで、あの輝きが守られた。


その事実だけで、私は救われてしまったのです。


星が見える。


星の動きが、見える。


あぁ、そうか。


未来が見えた。


死の間際になって、我が予言は完成した。


ーーにんしきのとりよ、お前は人になり、救われるのだな。


転生は成功し、救われたのだな。


転生、そうか。


私は転生するのだろうか。


浄土宗の説法、もう少し耳を傾けるべきだったか。


……いや。転生などすまい。


人はひとたび生きればそれでよい。


思い残すことはあるだろうが、それでいいのだ。


転生などして、どうすればいい?


思い付きなどしないさ。






ーー鳥よ。


にんしきのとりよ。


緋色の鳥よ。


お前は救われる。


救われる未来が見える。


であれば、ゆめ忘れるな。


お前は人を殺した怪物だ。


決してその罪からは逃れられぬ。


しかし、お前が、人として、人の理に混ざるというのならば、学べ。


人を、法を、規範を学べ。


生きとし生けるものすべてが、お前を学ばせるであろう。


学んだ先に、お前が素直な気持ちで罪を償おうとするのであれば。



ーー我ら勘解由小路一同、お前の罪を赦そう。


全て赦そう。


神仏が赦さずとも、例え神が赦さずとも。


私たちは赦そう。


そう教えられたのだ。


父から、キリシタンとなり教えを学んだ父から私は教わったのだ。


怒りを捨て、耐え忍び、そして赦そう。


決して水には流さない。


しかし、赦すのだ。


父ならば、そうしたから……。


はは。ははは。


「いや全く! 我が人生に一片の悔いなし。親父殿ぉ!!! いい土産話があるため、今そちらに馳せ参じましょうぞ!!! 我が名は勘解由小路修理大夫在信!!! 凡に生き、凡に死ぬ最後の勘解由小路の陰陽師である!!! わっはっは! わーはっはっは!!! わーっはっはっはっはっはっはっはっは!!!」








勘解由小路在信。


史実に置いて、彼の資料は非常に少ない。


それはおそらくーー。


いや、知る由もない。


歴史とは、埋もれてきた人の思いすら隠すほど膨大なもの。


それでも歴史とは、彼のように一生懸命生きた人の、頑張り物語なのだから。










~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「えー。学校祭も終わり、突然現れたぽっと出の転校生を紹介する。どうぞ」


「は、はじっ、初めまして……! 須藤いろはです! よろしくお願いします!」


クラスメイトが俺を睨む。


隣に座るひとみは、素知らぬ顔でつんとした表情を浮かべている。


まだ気に食わないのか、苗字渡したこと。


しゃーないやん。戸籍そうするしかないやん。


まぁ親父とか「えぇ!?お父さんの知らない娘が!?」とか叫ぶし、お母さんは「生んだ覚えのない娘が!?」とオーバーなリアクションをしていたが。


許してくれよぉ……それ以外どうしようもなくてぇ。


「あっ、あのぉ!! すいません!須藤いろはさんは!! もしや、与一と関係が!?」


勇気あるクラスメイトが勢いよく手を伸ばし、質問をぶつける。


少し照れた様子で、須藤いろはを名乗る少女は、制服を少しずらし、首のチョーカーを見せた。


「--ペット、です♪」


俺は早退すると決めた。












彼女には、いろはという名前を付けた。


500年も封印されていた彼女は、俺の見てきたものしか現代を理解できていない。


だからこれから知っていけばいいと思ったのだ。


俺以外の人の事も。


人のルールも。


プライバシーとか。


人前でペットとか言わないこととか。


そう願って、いろは。


人のいろはを学んでいけばいいと思って、いろは。


似合うと思うんだ。


今後の彼女の未来を願ってつけた名前だから。




学校からいろはと一緒に部屋に入る。


彼女は部屋が決まるまで、俺の部屋に住んでもらうことになっている。


自立した生活が送れるまで、洗濯とか、調理とか、練習させているのだ。


「あのなぁ。人前でペットとか言うなよマジで。すごい目で見られたじゃねぇか」


「ふ、ふえ、ご、ごめんなさ、えへ、えへへ」


彼女は怒られても喜ぶ。


俺からリアクションをされることが、とてもうれしいらしい。


最悪ひとみ呼んでしばくので問題なし。


「それにしても、受肉したことで通常の食事で事足りるようになるなんてなぁ。人喰わなくてもいいのありがたいけど」


そうそう、彼女の空腹は通常の食事で満たされるようになった。


まぁ、にんしきのとりとしての存在がある意味で希薄になりつつあるということなんだろうけど。


没個性化していくんだろうな、それ。


でもいいじゃん、彼女が幸せを感じながら生きていけるなら。


「はい。……また、食べてみたいです。たこ焼き。あと、お米。……、また、あーんって、してくれますか……?」


「はは。自分でやんな」


「むー……」


こうして日常が過ぎていく。


そして、彼女は……。


突如制服を脱いで下着姿になった。


「え、お、ちょおまっ!」


「……実は、やってみたいことがあって」


「え、えぇええ?!」


「……おっ、おなっ、お名前、呼んでも、いっ、良いですか……」


「おなっ、まえね!!!! あー良かったお名前ね!? あーイイヨ全然!!!全然オッケー!!!」


クッソ焦った。


とんでもないこと言いだすのかとばかり。


「……ふふ、やったぁ、--与一、さん」


それは、呼び慣れたように声に出ていて。


幸せにあふれた声だった。


そして彼女は、俺に抱き着いた。


首につながったチョーカーが、俺の首をこする。


「ちょ、待ていろは! おい!」


「--大好きです、与一さん。……食べちゃいたいくらい」


「ヒュッ」











俺の命と貞操の危機を迎えながら……。


滅びかねない世界の危機は救われたのであった。


こうして【ひとこいし にんしきのとり】事件は、人知れず幕を下ろすのである。


めでたしめでたし。



















「ぎゃあああああ!! 俺の制服を、剥ぐなああああああ!!!」


「ちょっとだけ、ちょっとだけなので!!!!!」


「『こぉぉおおおおおおおおのクソ鳥がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』」


「うわ馬鹿お前こんなところで」


「ちゅんちゅん、あそれ、ちゅんちゅん」


「ぎゃあああああああ耳があああああああ耳が溶けりゅうううううううううううガチ恋になっちゃうううううううううう」


「『浮気撲滅正妻パァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンチ!!!!!!!』」


「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ」」









め、めでたしめでたし……?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



引用


タイトル: SCP-444-JP - █████[アクセス不許可]

作者: locker

ソース: http://scp-jp.wikidot.com/scp-444-jp

作成年: 2014

ライセンス: CC BY-SA 3.0


タイトル: 緋色の鳥よ

作者: locker

ソース: http://scp-jp.wikidot.com/locker-s-tales-red-scarlet-crimson

作成年: 2014

ライセンス: CC BY-SA 3.0


タイトル: 日本生類創研 ハブ

作者: kumer1090

ソース: http://scp-jp.wikidot.com/joicl-hub

作成年: 2019

ライセンス: CC BY-SA 3.0

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チート無しで鬱すぎる現代和風同人ギャルゲーの世界にモブ転生しちまったと思うんだけど、どうすればいい? 茶鹿 秀太 @sherlockshooter00

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