49:事後処理(3)

 だが当時の私も村瀬さんのことを、呑気のんきに他人事として傍観ぼうかんするだけではいられなかった。

 警察から事情聴取を求められている点に関しては同じだったのだから、それも当然だろう。


 医師の許可が出て退院すると、日を置かずに藍ヶ崎署で担当官からの取り調べを受け、執拗しつような聴き取りに辟易へきえきさせられることになった。私は当初、ありのまま事実を伝えようとしたものの、やがて断念した経緯に関しては、すでに本稿冒頭の「はじめに」でも述べた通りだ。

 聴取の途中からは、星峰館グループの七峰社長が優秀な弁護士を手配してくれたので、専門家のアドバイスを愚直に信じて従うことにした。


 尚、私は以前より警察から少なからず嫌疑を掛けられていたわけだが、松井さんの件では崖下から自転車が発見されたことで立場を悪くしていた。自転車は回収されたその日のうちに、曽我さんが私に貸与していたものだと特定されたらしい。

 ただし取り調べは、あくまでも任意捜査の範囲に留まり、逮捕勾留には至らなかった。だからもちろん、重要参考人から容疑者となることもなかった。


 こうした成り行きの裏側には、またしても七峰社長の助力があったようだ。

 何しろ捌芽祭りの夜に車両事故を起こした件も、いつの間にか私ではなく、星峰館グループの従業員が運転手だったこととして処理されていた。しかも私は、あのとき同グループの他の車に乗って、大柿谷の商店街まで送ってもらったことになっていた。

 また燦藍ヴィレッジの事件現場やその近辺には、たぶん私の傷口から垂れた血液や毛髪、被服の繊維などが残留していたとしてもおかしくないはずなのだ。ところが警察の科学捜査班はそうした手掛かりを、これまで一切採取していないことになっている。


 かくいう事態はいずれも、七峰社長が隠然いんぜんたる影響力を振るった結果だろう。

 地方都市のいち教育支援事業者がなぜ、それほどのちからを持っているのだろうかと、疑問を抱かれるかもしれない。正直な所感としては、私もかなり不可解に思う部分がある。


 しかし少なくとも、社長は私と最初に接触を図った際も、市議会議員を介して声を掛けてきたのだから、公権力を持つ人物との人脈を持っている。同議員は地方選挙で所属政党の公認候補者だったらしいが、地域の教育改革を公約として掲げ、日頃の活動に文部科学省とのパイプを活用しているそうだ。

 現在の文部科学大臣は、過去にK県で小学生児童によるいじめ問題が発覚したとき、警察組織へ介入し、学校側を守るために不祥事の隠蔽いんぺいを手助けしたとも噂される人物だ。

 そうして星峰館グループは以前から、当該政党へ定期的にまとまった額の政治献金を継続しているという……。


 このような背景を踏まえると、七峰社長は私一人の身柄をどうこうする程度なら、いくらでも可能だったと考えて不自然はないのかもしれない。




     〇  〇  〇




 真相がどのようなものであるにしろ「泥の死」事件においては、私や村瀬さん、このあと他に幾人か浮上した重要参考人たちは皆、同様に容疑者足り得なかったか、容疑者として逮捕されても不起訴処分になった。

 その結果今日に至るまで、未解決事件として捜査に進展がないことは、誰もが知る通りだ。


 さらに以下では、この事件に関わることになってしまった人々について、私が捌芽祭り以降の消息を把握している限りのことを記しておこう。



 当時何度となく行動を共にした皆月初花は、捌芽祭りの夜を雨柳神社で無事に乗り越えた。

 ただし、あのとき私とのスマートフォンの通話を切ったあと、午前一時までに三度、雨泣き岩周辺で怪異の眷属けんぞくと化した人物から襲撃されたという。

 一度につき一人ずつ、合計三名に襲われ、全員が皆月の見知った相手だったそうだ。いずれも学習ボランティアで接点があった人物で、一人目は教え子の母親、二人目は公民館の清掃員で、三人目は在籍する大学が異なるボランティア講師だった。遭遇した際には、すぐに怪異によって操られていると察知したそうだが、面識のある相手ばかりだったから、さすがに多少ショックを受けていた。


 それでも不幸中の幸いというべきなのか、死の危機まで至らずに済んだのは、眷属化した人々の攻撃目標としていた対象が皆月個人ではなかったおかげらしい。

 やはり怪異は、自らの眷属と化した人々を使役し、何をいても雨泣き岩を制圧しようとしていたようだ。これはまさしく紫之嶋が見立てていた通りで、かの司霊者が立てた方策の正しさを、改めて認めざるを得なかった。


 また眷属化した人々を撃退するに当たり、紫之嶋の霊符が有効だったことは言うまでもない。

 彼らが出現する都度、雨泣き岩に関心を引き付けておいて、背後から霊符を相手に貼り付ける――

 といったような方法で、皆月は繰り返し脅威をしのいだという。


 ……尚、事件のあとも皆月と私は、三年余り親交を継続してきた。

 だが現在はこちらから連絡を絶ったため、すでに以前までの関係が失われている。

 私と接点を持ち続ければ、彼女に害が及びかねないから、仕方のない判断だった。


 すでにお察しの方も少なくないと思うが、本稿の冒頭で実名使用に言及した企業と代表取締役というのは、七峰晃太朗と「星峰館」グループのことである。

 と同時にここまでお読み頂けたのなら、私が真相を書きつづってきたことは彼らに対する裏切り行為であり、かつまたある種の告発性を有する点も、ご理解頂けるだろう。不特定多数の方々が閲覧可能なインターネット上で、こうしたテキストを公開することにより、私がいかなる立場に置かれるかは、げんたない。

 七峰社長は少なくとも、警察権力にすら介入しかねない人物なのだ。そのような相手を向こうに回す以上、誰のことも私の側の状況に巻き込みたくはない。



 実は同じような理由で、大柿谷町内会の曽我さんや青年団の韮沢さんとも、もう連絡を取っていない。無論フィールドワークで訪ねた土地の人々に対し、かくいう不義理を働いていることははなはだ不本意ではある。

 とはいえ、どちらも地域行事を通じ、市議会関係者とそれなりに接点を持つ立場だ。しからば、七峰社長とも微妙な距離感にあるはずで、私と交流を回復するのは、かえって迷惑になるとしか思えない。


 それから、梶木さんや村瀬さんを含む、怪異の眷属と化して私や皆月を襲った人々は皆、あの一夜が明けた頃には精神操作から解放されていたらしい。

 ただし眷属化した人々のうち、三割程度は心神喪失状態におちいり、やはり入院を余儀なくされたようだ。残る七割に関しては、せいぜい心神耗弱状態で、重篤じゅうとくな精神疾患の症状がみられる者はいないと聞いている。

 もっとも正常な意識を保てているか否かにかかわらず、捌芽祭りの夜の出来事自体については、眷属化の経験を有する全員の記憶が曖昧あいまいらしい。

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