14:八月一八日(日)/Web/資料(4)

■匿名ブログ記事■



 二〇二×年八月一八日、国内大手ブログサービスに匿名エントリが投稿された。

 ただし現在当該ページは削除済みで、すでに第三者が閲覧可能な状態にない。

 下記資料は、当時公開されていた記事がネット上の各所で転載されたものである。



     ○  ○  ○




【 最近子供が通う塾や小学校で、怖い夢の噂が広まっているらしい 202X.08.18 】



うちの息子が少し前から、ちょくちょくけったいな夢をみるらしく、怖がっている。


息子は小学校の五年生。一般的には高学年と呼ばれる年次である。

私自身の子供時代を振り返ってみると、まあホラー映画をみた日の夜中に、語感が過敏になって眠れなくなるとか、トイレに行くのが怖くなるとか、そういうことがあってもまだおかしくない年頃だと思う。あくまで個人的な記憶と経験に即した話だから、他の人がどうかは知らんけど。


それで息子がたまに朝、眠そうな目で子供部屋から起きてきて、昨日の夜は怖い夢をみた、などとボヤいていても、へぇそうかい寝る前にお化けが出てくる漫画でも読んだんじゃないのか、とからかったりして適当にあしらっていた。

息子はそんなことしていないと不平そうにわめいていたが、嘘かマコトかどっちにしたって些事さじにすぎないと思い込み、やっぱりその都度真面目に取り合ってこなかったように思う。



さて、そんなある朝に丁度、たまたまタブレット端末でネットのニュースサイトを眺めていて、気になる見出しの記事が目に留まった。このエントリを書いている時点からさかぼれば、一〇日ほど前のことだ。

地元のS県藍ヶ崎市新委住で、白骨死体が発見されたという内容のものだった。


[ 藍ヶ崎市新委住の山道付近で、成人男性の白骨遺体を発見 ]

※)元記事には、当該記事ページのURLにリンクが貼られている


市内でも新委住と言えば、我が家からそれほど遠くない場所である。

そんなところで白骨死体が見付かって、被害者は他殺されていたのかもしれない? 

この付近もずいぶん物騒になったなあ、と思ったことを覚えている。



一方、息子はその後も何度か、夜中に夢でうなされていたようだ。

しかし鈍感な私は事態の異様さをただちに察することができず、何かおかしいとわかったのは、妻から相談を受けたときが最初だった。妻はいち早く様子が変だと気が付いたらしく、どうやら息子は悪夢が原因でノイローゼ気味になっているみたいだ、と私に伝えてきた。


しかもどういうわけだか、息子が悪い夢をみたあとには、部屋の床がうっすら湿しめっていることがあるという。

とはいえ断じて息子は夜尿症などではなく、起床時に寝具やパジャマが濡れていたこともない。


それで私もやっと、自分の子供が妙な状況になっていることを把握しはじめ、本人に詳しく話をいてみることにした。

身体の調子はどうなのか、学校や塾に通っていて辛くはないか、そもそも怖い夢はどういう中身のものなのか、などなど質問し、妻も交えて息子の話に耳を傾けてみた。

息子は、子供特有のたどたどしいしゃべり方に加えて、悪夢に対する恐怖感や不安に怯えていたせいもあり、自分の状況を上手く伝えられずにいたように思う。つっかえ、つっかえ話しては、合間にもどかし気な様子で感情をたかぶらせ、涙声になることもあった。

それでもよく頑張って、私と妻の理解を得ようと話してくれたと言えるだろう。



息子が語ったところによれば、彼がうなされる夢には、いつも大きな目玉が出てくるという。

その際の状況はまちまちで、住宅街、学校の体育館裏、近所の公園といった場所が舞台になっているらしいのだが、夢の中でも時間帯は必ず夜間だそうだ。


そうして、目玉は暗闇を浮遊しており、じっと息子のことを睨んでいるんだとか。

またその目玉は息子に向かって、暗がりの中から何かを打て(撃て?)だの、割る(悪?)だの語り掛けてくるようなのだが、どういう意味があるのかはわからない。そもそも私からすると、浮かんだ目玉がどうやってしゃべっているのかもわからないのだが、まあそこはそれ夢というのはそんなものだろう。

もっとも息子は、その目玉が浮かぶ暗闇の奥には、何かデカい肉の塊みたいなものが動いていたのを見た気もする……とか何とか言っていたから、夢の中に出てきたお化けにも本体があったのかもしれない。



ただ何にしても息子の話を聞いていて、私が一番驚いたのは、実のところ夢の内容そのものではない。

何でも息子と同じような夢を、彼が通う塾や小学校の同級生もみることがあって、どうやら近頃みんなで噂しているらしいということだ。そんなことがあり得るのだろうか。


もし事実なら、何らかの集団幻覚をみているか、何者かに集団催眠を掛けられているか、あるいは洗脳をほどこされたせいじゃないかと勘繰かんぐってしまう。

例えば、息子が通う学習塾に悪意ある催眠術の使い手が潜入していて、子供たちの幾人かに暗示を掛けている、とか。どういう意図や目的があるかは想像も付かないが、世の中には常人の理解できない理屈で不法行為に手を出す人間が存在すると思う。


とはいえさすがに無根拠だし、我ながら荒唐無稽こうとうむけいであまりに突飛な思い付きだ。学習塾からしてみれば、モンスターペアレンツからの悪質な言い掛かり以外のなにものでもないだろう。

だが一応言い訳するなら、私がそういった発想を持ってしまったことにも、まったく理由がないわけではない。


というのはこれまた先日のこと、思いも寄らないニュースと接してしまったからだ。



[ 星澄市雛番の住宅街で、二〇代女性の変死体を発見 塾講師か ]

※)元記事には、当該記事ページのURLにリンクが貼られている


この「変死体で発見された二〇代女性」の勤務先というのが、まさしく息子が通っている学習塾なのだ。本社は隣町の星澄市にあるものの、今年度から藍ヶ崎市にも進出してきた教育支援企業グループ……と言えば、地元民は大抵知っている塾なんじゃなかろうか。大柿谷には立派な保養施設も所有していて、本来なら今頃中高生の塾生がそこで勉強合宿するはずだった。まあ今年はこの記事にある事件の影響もあってか、急遽中止ということになったみたいだが。


それで息子は、先月下旬から小学生対象の夏期講習に参加しているのだが、この報道が出る四、五日前まで、亡くなった女性講師の授業を受けていた。現在は代役講師が星澄市にある本社から派遣されていて、授業の穴を埋めているようだけれども。


さらにそれだけじゃない。

その点に私が引っ掛かりを感じるのは、どうやら亡くなった女性講師は教壇に立っていたとき、子供たちの前で「最近は悪い夢をみるから寝不足だ」と、愚痴をこぼすことがあったらしいということである。

つまり、実はみんな同じ悪夢をみているという噂は、子供たちに限った話ではなく、少なくとも学習塾に関わる大人にも当て嵌まる件だったようなのだ(!)。



またそこにはもうひとつ、なおさら私の不安を助長する話がある。

当エントリ前半部分で、私は白骨死体の事件に触れた。そうして、女性講師の記事が報道された翌日のこと、白骨死体の身元が藍ヶ崎大学に通う大学生だと判明した旨の報道があった。


[ 藍ヶ崎市新委住の男性白骨遺体、身元が判明 ]

※)元記事には、当該記事ページのURLにリンクが貼られている


それで死亡した大学生、なんと彼も同じ塾でアルバイト講師だったという噂がある(※1)。

おまけにうちの息子が友達から聞いた限りだと、この藍大生も女性講師同様、例の悪夢をみたと子供たちに話していたらしいのだ。



これらは全部、単なる偶然の出来事なのだろうか? 

正直に個人的な感想を言えば、それぞれの事案に因果関係があるような気がしてならない。

でも短絡的に都市伝説とか、オカルティズムに走る気にもなれないから、この件にはやっぱり(そりゃ繰り返すが何も具体的な証拠はないんだけど)何かしら常軌を逸した目的を持つ犯人がいるんじゃないだろうか。どういう手段かもわからないけど、息子が通う塾に潜入し、子供たちや講師の大人に催眠術を掛けて、集団幻覚をみんなにみせて喜んでいるような、催眠術師の悪者とかが。たぶん。


でもまあこんなことを公の場でのたまうと、陰謀論みたいなものに取りかれた頭のおかしい人だって叩かれるんだろうし、自分も仮に他人事だったら自分を白い目で見ていると思う。

警察に駆け込んで思うところを説明したとしても、可哀そうな人か迷惑な市民だと思われて、雑に追い返されて終了になることも、明らかに目に見えている。

いや私自身だって今、自分が相当おかしなことを考えはじめていて、もうどうにかなりつつあるんじゃないかという疑念は消えない。辛い。


だから人前じゃ堂々と言えない思い付きを、そう考えるに至った経緯まで含めて、ここへ匿名で書き散らかすことにしたわけです。つれぇーなあー。





【追記】


予想外にSNSとかでこのエントリが拡散されているみたいで、びっくりしています。


真剣に全文読んでくれた人、話題にしてくれた人、息子のことを心配してくれた人、みんな本当にありがとう。

批判的な見解を述べてきた人、投稿者(私)の頭がどうかしていると罵倒してきた人、学習塾に対する風評被害を生む記事だと指摘してくれた人なども、それぞれご意見ご感想はちゃんと受け止めさせてもらいます。


息子のことに関して付け加えると、今はもう学習塾を辞めさせました。

それでもうすっかり悪い夢をみなくなったかどうかは、まだ退塾してから数日と経っていないのでわかりません。

今日は念のため、星澄市にあるメンタルクリニックに子供を連れていって、受診してきました(※2)。幸い、まだ子供の神経症としては症状が軽く、心配するほどではなさそうです。


なお当然のことですが、このエントリで私は息子が辞めた学習塾様を糾弾しようとしているわけではありませんし、悪評を立てるつもりも一切ありません。

むしろ従業員にご不幸があり、また子供たちがここに書いたような噂で動揺しているとしたら、当該学習塾様もある意味で被害者だと思っています。




     ○  ○  ○




△注釈△


※1)ただし押尾聡(文中の「白骨遺体で発見された大学生」)は当該学習塾のアルバイトで、小学生ではなく、中学生の指導を担当していた。


※2)メンタルクリニックでも、小児心療科がある病院はそれほど多くないという。少なくとも藍ヶ崎市内には一件もないらしく、このエントリ投稿者の自宅から受診しようとした場合だと、おそらく星澄市のクリニックが一番近かったのだろう。

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