10:八月一〇日(土)/大柿谷/聴き取り(1)

 午後一時半を過ぎた頃、家の中にインターフォンのチャイムが鳴った。

 曽我さんが見立てていた通り、警察が聴き取り調査で来訪したのだ。


 担当者は、二人組だった。

 一人はいかめしい面立ちで、四〇代前半ぐらいの男性だ。日焼けした肌は浅黒く、双眸そうぼうが鋭い。

 もう一人は線の細い優男で、二〇代後半と思われた。同行の人物と対照的な風貌ふうぼうで、色白だ。

 それぞれ警察手帳を提示し、浅黒い一方は馬場ばば隆次りゅうじ、色白の一方は桂田かつらだ謙悟けんごと名乗った。


 しばしば刑事ドラマの中では、真逆なタイプの二人がコンビを組む設定の作品を見掛ける。

 馬場さんと桂田さんの取り合わせは、それと近い。オセロか碁石が並んでいるように見えた。

 私は、心の中で「現実で聞き込み捜査するコンビも、テレビドラマと同じ雰囲気の取り合わせなのだな」と、愚にも付かない感想を抱いた。ちなみに階級は、馬場さんが警部補で、桂田さんが巡査部長らしかった。



「大変不躾ぶしつけですが、ご友人の押尾聡さんが行方不明になっている件はご存知でしょうか」


 馬場警部補は、おもむろに低い声音で切り出してきた。

 淡々としているが、暗に圧力を感じさせる口振りだった。

 鋭い双眸は探るような視線を、私の顔に注いでいた。


 私は、ついさっき人伝ひとづてに聞いて知った、と正直に答えた。

 馬場警部補は、町内会長の曽我さんか、それとも藍大の石塚先生ですか、と問い重ねてくる。

 藍ヶ崎における私のせまい交友範囲は、すでにほとんど把握されてしまっているようだった。


「それで恐れ入りますが、押尾さんのことで少し話をうかがえませんかね。まだはっきりとしたことはわからないのですが、もしかしたらご友人が何某なにがしか事件に巻き込まれた可能性もあるとみて、我々警察は捜査をはじめています。どうか浅葉さんにもご協力をお願いしたい」


 馬場警部補は押尾の消息について、差し当たり「亡くなった」とは言わなかった。

 この時点では一応、白骨遺体の身元がはっきり特定できていなかったからだろう。

 当然のことであるが、さりとてそこに実務的な正しさと気休め以上の意味がないことは、私にもよくわかっていた。



 私は、警部補と刑事の二人を家へしょうじ入れ、ひとまず居間に案内した。


 聴き取り調査がはじまると、基本的にやり取りは桂田刑事が主導した。

 その口調はどちらかと言えば温和で、ここでも馬場警部補と正反対に感じられた。この二人がもし尋問係になったら、取り調べがあめむちで進行するだろうことを、ありありと想像できた。


 最初に問いただされたのは、私自身の素性に関することだ。

 文系私大生で、元来都内の出身であること、なぜ藍ヶ崎市に長期滞在しているのか、など。

 次に押尾と私の関係性、いつどのようにして知り合ったのか……という具合に質問は続いた。


 聴き取り前半の問い掛けは、おそらく警察にとって既知の情報と思われる内容が多かった。

 すでに曽我さんと接触しているから、その際に私のこともひと通り聞き出しているはずだ。

 この場では私以外から得た情報と、私の話に齟齬そごがないかを、確認する意味で質問したのだと思う。



「それにしても民俗学のフィールドワークで、地方都市に長期滞在ですかあ」


 桂田刑事は、どこか人懐ひとなつっこさを感じさせる物腰で、その後も聴き取りを続けた。


「いやあ、私も文系私大を出ていますが、法学部でしてね。私が在籍していた大学の学部じゃ、実地調査するためにどこかで逗留とうりゅうするなんてことはなかったなあ。キャンパス外へ勉強のために出向く機会なんてのは、裁判を傍聴したり、刑務所を見学したりするぐらいで。ハハハ……」


 私は話の調子を合わせつつも、あくまで神妙な態度を崩さずに対応した。

 すぐかたわらを見れば、馬場警部補がずっとけわしい表情を浮かべていたからだ。

 あまり安易にくだけた反応を見せるのは、得策ではない気がした。



 やがて聴き取りは、私のアリバイに関係する話題におよんだ。

 藍ヶ崎市で長期滞在を開始して以後、遺体発見の前後まで、およそ二週間弱。

 自分がいつどこで何をしていたか、思い出せる限りのことを伝えねばならなかった。

 幸いにして、民俗調査のフィールドノートを毎日書いていたから、それが記憶を手繰たぐる助けになった。

 もっとも警察側が素直に信用してくれるかどうかは、また別の問題ではあったのだが……。


 桂田刑事の聴き取りに答えていると、馬場警部補が口をはさんできた。

 険しい面持ちはそのままで、ただす口調も幾分不愛想に感じられた。



「ところで浅葉さん。七月三一日と八月一日のことについて、改めておきしたいんですがね」


 にわかに馬場警部補の関心は、遺体が発見された日よりも以前――

 私が押尾と、最後に二人で過ごした二日間へ向けられたらしかった。


「今伺った話によれば、その二日間はいずれもほぼ半日、貴方と押尾さんはお二人で過ごした。午前中には新委住駅前の喫茶店で、フィ、フィールド……ええと、要するに専門分野の現地調査ですか、それを進めるために計画を打ち合わせしたと。次いで午後からは調査の下見を兼ねて、押尾さんの車で市内各所を案内された。それで間違いありませんね? ――とすると、浅葉さんは郷土史料館の所在地を確認した際、のちに事件現場になる山道付近にも通り掛かったわけだ。あの辺りの地理については、まだ覚えていますか」


 私は、馬場警部補の質問に対し、事実を率直に認め、おおむね覚えていると答えた。

 警察相手に虚言をろうするつもりにはなれなかったが、自分が間接的に土地勘の有無を問われていることには、すぐに気が付いた。



「これはあくまで、仮定の話ですがね。もし押尾さんが事件に巻き込まれ、被害者になっているとして」


 馬場警部補は、定型的に前置きしてから続けた。


「事件に加害者が存在するとしたら、そういった人間は何を考えて押尾さんに危害を及ぼそうとしたと思いますか。ここ数日ほど、浅葉さん以外にも押尾さんと面識のある方々から、彼の話を色々と聞かせてもらったんですがね。我々にはさっぱり見当が付かないのですよ。どうにも押尾さんは、他人の恨みを買うような青年じゃなかった印象がある。むしろ交友関係の中にいるのは、大なり小なり好感を持っていた人物ばかりです。もちろん我々は生前の彼を知っているわけではありませんし、どこかで何かとんだ見当違いをしている場合もあり得ますが」


 私は、やはり率直に全然わかりません、と答えた。


 押尾が他人に恨まれるような人間でないことには、たしかに私も賛同する。

 彼を殺害しようと企てる人間が存在するとしたら、犯行動機は突発的なものか、無差別加害の対象として偶然選んだか、いずれかではないかと思っていた。曽我さんも同様の意見だった。

 また一方では「押尾を加害することで、利益を得る者がいる」という可能性も、かなり薄い気がしていた。


 このとき聴き取りで少し意外に感じられたのは(素人考えではあるが)、逆に「まだ警察は、突発的な犯行以外の可能性を除外していないらしい」と、改めて察せられたことだ。

 だからこそ押尾の交友関係を洗っていて、私のところへもやって来たのだろう。



 その後の聴き取り調査では、さらに二、三の事実に関する確認があった。

 些細な点までひと頻り言及すると、最後に馬場警部補はもうひとつ質問を付け足した。


「そう言えば、浅葉さんや押尾さんが勉強しているという民俗学でしたか。浅葉さんは藍ヶ崎のような地方都市で、地域に根差した習俗や俗信を調査しているんでしたよね。すると押尾さんも同じような研究をしているわけですか」


 私は、いいえと即座に否定し、友人がたずさわる分野は現代怪異関連です、と答えた。

 ただそれが具体的にどういう問題を扱う研究かは、説明するのに少し骨が折れた。


 桂田刑事は、ときどき少年漫画を読むそうで、オカルト的な事柄に関しても、ある程度理解を得られたようだ。

 だが馬場警部補については、まずそうしたものが学術的な研究対象になり得るという部分からして、なかなか受け入れるのがむずかしい様子だったらしく思う。それでも丁寧に説明を続けると、ようやく納得した様子だった。


「なるほど。広く現代も流布している、怪談や都市伝説に関する研究ですか……」


 馬場警部補は腕組みしつつ、うなるようにつぶやいた。

 鋭い双眸がひととき、部屋の隅をじっとにらんでいた。

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