第10話

「うぉ、おおおお……」

 たーちゃんは奇妙な声で目を覚ました。眠い目をゆっくりと開けると、すぐ前に大きく目を見開いた乳児の顔があった。

「たーちゃん、おはよう。なっちゃんはね、そうやってずっとたーちゃんが起きるのを待っていたのよ」

 はなは台所で洗い物をしながら、たーちゃんに声をかけた。

 きれいに片付けられたテーブルの上、居間にはまだ微かに焼き鮭と炊き立てご飯の香りが漂っていた。キョロキョロとたーちゃんが部屋を見回していると、なっちゃんが「おうおうおぅ、キャキャ……」と言いながら、たーちゃんの顔をペタペタと触った。たーちゃんはくすぐったくてくしゃみをした。それを見て、なっちゃんはキャッキャと喜んだ。たーちゃんも楽しくなって両手をパタパタと動かしてキュルルと笑い声を上げた。

「パパさんは?」

 たーちゃんは洗い物を終えて手ををタオルで拭いているはなにたずねた。

「みんなを迎えに行ったよ」

「みんなって?」

「おとーさんとおかあさんと女将さん。あとからシズさんとその旦那さんも来るよ」

「なんでみんな来るの?」

「たーちゃん、忘れたの? 今日はたーちゃんの30年目の誕生日だよ。みんなたーちゃんをお祝いしに来るんだよ」

「ウヒャヒャヒャ!」とたーちゃんは喜んだ。でも、気になることが1つあった。

「はなちゃん、アキちゃんは来るの?」

「そうねぇ……」

 はなはちょっと困った顔で答えた。

「来れたらいいね」


 時計の針が正午を告げた。玄関のチャイムが鳴って、タツヤとはる、そして女将さんがはなの夫に案内されて家に入ってきた。みんなの手には大きな花束が抱えられていた。そしてそのすぐ後、シズも夫と車椅子ではなの家に迎え入れられた。

「たーちゃん、お誕生日おめでとう!」

「あっという間の30年だったね」

「部屋が狭いからみんな適応に座って。今、出前のお寿司が届くからみんなで食べようね」と言っている間に「お待ちどうさま、梅寿司です! ご注文通りサーモン多めにしたっす!」と大きな寿司桶を手に出前のお兄さんが玄関のチャイムを鳴らした。

「うわぁ、おいしそう!」

「いただきます!」

 みんな割り箸をパキパキと割り、次々と寿司に手を伸ばした。そして、あの時、たーちゃんがこうしたああしたと、たーちゃんの思い出話に華が咲いた。

 たーちゃんは自分の名前が出る度にウキャウキャと喜んだ。そして、みんなのスマホのアプリにハートマークがポンポンと咲き乱れた。

「そろそろバースデーケーキに火を灯そうよ」

 タツヤの提案にバースデーケーキがテーブルにセットされた。30本のローソクに火が灯されると、「ハッピーバースデー、たーちゃん!」の歌が流れた。それが歌い終わり、30本のローソクがパッと消された瞬間だった。

「ただいま!」

 玄関から元気な声が響いた。

「お帰りなさい!」

 みんなが一斉に玄関へと向かった。

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はなちゃんとロボットと鮭ごはんの夜3 @yamato_b

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