「魔素」と書いて「マナ」と読む。元ネタは旧約聖書なのかと思っていたら違ったようでござる。

平井敦史

第1話

 異世界を舞台としたハイファンタジー、あるいは現実社会準拠のローファンタジーにおいて、魔法が使える理由の説明によく用いられるのが「魔素」という架空の元素(?)です。

 作中の世界には「魔素」というものが満ち溢れていて、それが魔法という現象を起こさせるもととなる、という設定です。


 もちろん、作品ごとに魔法の設定というのは千差万別ではあるのですが、魔法が使える理屈として多く見られるのは、


A.魔法使いはその体に「魔力」を発生・蓄積させることができ、それを使って魔法を発動させる。


B.「魔力」は人体の中で発生するわけではなく、外部から取り込んで蓄積させる。


 大雑把に言ってこの二種類かと思います。

 そして、Bのケースで、「魔力」を生み出す根源となる元素(的なもの)として、「魔素」なるものが設定されている場合が多いです。


 まあ、「精霊」の力を借りて、的な設定も多いですが、それはさておいて。


 この「魔素」にしばしば「マナ」というルビが振られていますね。

 最初に目にしたのがどの作品だったのかは、もはやわからないのですが、おそらく読者の皆様も、思い当たる作品はいくつかおありなのではないかと思います。


 私自身も、拙作『ベルトラム王国物語』および『鏑矢の鳴る頃に』において「魔素マナ」という設定を借用しています。


 さて、この「魔素マナ」という設定に関しまして、元ネタは旧約聖書なんだとずっと思っていたわけです。

 ほら、ユダヤ人たちを連れてエジプトから脱出したモーゼが神に祈ると、神は「マナ」を降らせ給うた、っていうあれですよ。


 いや、冷静に考えたら、こっちの「マナ」は食べ物だし、何でそれが魔力のみなもとなんだよ、というかんじではあるのですが……。まあ何だ。「神の恵み」的なサムシングで。


 が、ふと思い立って調べてみたところ、元ネタは聖書とは全く関係なかったようですね。

 Wikipediaの「マナ」の項目によると、元々、太平洋の島嶼とうしょ地域で見られる原始的な宗教において、神秘的な力の源とされた概念なのだそうです。メラネシア語で「力」を意味する言葉に由来し、漢字表記だと、「瑪那」と書くのだそうです。


 マナ信仰によると、マナとは神聖な力の源で、これ自体は実体や人格を持たず、物品や人間に宿ることにより、超常的な力をもたらす、と考えられていたようです。

 今日こんにちのファンタジーにおける概念ほぼそのまんまですね。


 この概念は、英国の宣教師・人類学者のロバート=ヘンリー=コドリントン(1830~1922)という人物により、西洋社会に紹介されました。


 先ほども書いたように、この「マナ」というものは人格を持たず、疑似的な人格を持つ(場合が多い)精霊や妖怪など区別されます。


 では、この「マナ」をファンタジー作品に持ち込んだ最初の作家は、というと、アメリカの作家・ラリー=ニーヴン(1938~)という人だそうです。『魔法の国が消えていく』という短編集に収められた「終末は遠くない」という作品が最初なのだとか。


 そして、それ以降、ファンタジー小説やロールプレイングゲームに、「マナ」という概念が普及していったというわけです。



 といったわけで、「マナ」とは何ぞやというのを見てきましたが、今度は旧約聖書における「マナ」について見ていきましょう。


 旧約聖書の『出エジプト記』第16章において、エジプトを逃れ出たイスラエルの民がシンの荒野(シナイ半島南西部あたりと推定)で飢えた時、モーゼが神に祈ると、神は天から食べ物を降らせました。

 それは夜露が乾いた後に地面を覆う白いもので、甘みがあり、保存がきかないものであると、聖書には記されています。

 人々が口々に「これは何だろう」と言ったことから、ヘブライ語で「これは何だろう」という意味の「マナ」という名で呼ばれることとなりました。


 この「マナ」の正体については、キノコの一種だとか、ある種の穀物だとか、いや果物の一種だとか、諸説あるのですが、最もインパクトのある説はやはりこれでしょう。

 カイガラムシのたぐいが分泌(というか排泄)する甘露かんろである、との説です。


 カメムシもくに属するアブラムシやカイガラムシなどが植物の汁を吸った際に、過剰な糖分を排泄したものが「甘露」です。

 アブラムシなどは、これをエサにアリを呼び寄せ、天敵のテントウムシなどから守ってもらう、という話をご存じの方も多いでしょう。


 西アジアの乾燥地帯では、この甘露がたちまち乾燥して糖分が堆積する、ということがあり、実際に、これを採取して食用にする民族もいるようです。


 さらに話を広げると、ミツバチの中にはこの甘露を集めて「甘露蜂蜜」を作るものもいます。

 日本でも、小笠原諸島独特の「島蜂蜜」は、甘露蜂蜜であると言われています。


 魔力の源とは全く関係ない話になってしまいましたが、これも異世界物のネタとして活用できる余地がありそうなので、ご参考になりましたら。

 虫の排泄物を食べるとか絶対無理、とおっしゃる方はごめんなさい^^;

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「魔素」と書いて「マナ」と読む。元ネタは旧約聖書なのかと思っていたら違ったようでござる。 平井敦史 @Hirai_Atsushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ