第11話 馬鹿げた話 / 真実
辺りが茜色に色づき始める空の下、馬車は並足で進んでいく。フィオナは窓に頭を持たせかけて、バーナムの街が見えなくなるまで、その光景を目に焼き付けていた。そこにルシアンがいないのはわかっているものの、彼との短い思い出はそこに凝縮していた。
(ルシアン様、必ず助けが来るわ。だから、どうかそれまで命をつないでいて)
今願うのは、ただそれだけだ。生きていたら、きっともう一度会えると信じられるから。
フィオナは窓の外の流れる風景をぼんやりと見つめていたが、ふとおかしいことに気づいた。
アングレシアから来た時と、道が違う。西の空に沈み始める夕日が進行方向に見える。アングレシアに帰るのなら、北の山手に向かうはずだ。
「兄様、どこへ向かっているの? アングレシアとは方向が違うようだけど」
フィオナは隣に座るディオンを振り返った。
「アングレシアには戻らない。向かうのは俺の国、リヴォルティアだ」
ディオンは腕を組んで不遜な笑みを向けてくる。
「兄様の国? どういうこと?」
フィオナの頭は状況についていけず、そのまま問い返していた。
「なあ、フルーラ、考えたことはないか? 精霊使いは精霊神から授かった特別な力を持つ、選ばれた人間だろう? 強い力は他の人間を圧倒し、支配することができる。なのに、そんな力を持つアングレシアは、いつまでも古臭い風習にとらわれて、時代から取り残されている」
「それがアングレシアで、だからこそ精霊たちの恩恵を受けられるのでしょう。変わる必要はないし、この先も変えてはならないと思うわ」
ディオンが何の話をしたいのかわからず、フィオナは首を傾げたまま思った通りのことを口にした。
「フルーラ、俺は気づいたんだ。アングレシアの民が疑いもなくそう考えるのは、精霊神がそう思い込ませているってことに。つまり、あの地にいる者たちは皆、洗脳されているんだ」
『信仰』とは違う『洗脳』という嫌な言葉の響きに、フィオナは眉をひそめた。
「何を根拠に、そんなことを言うの?」
「精霊使いとして外に出ると、いろいろな誘いを受ける。爵位を与えるから臣下にならないか、とか。アングレシアを通さないで雇われた方が、報酬を全部受け取れる、とか。精霊の力は人外の力だからな。どこの国でも手中に置きたいと思うものなんだ」
「そんな話、聞いたことがなかったわ。兄様からだって、旅の話の中に出てこなかったわよね?」
「そう、おかしな話だろう? すべては精霊神の力、『迷いの霧』の中で悪感情が浄化されてしまうからなんだ。外に出ていた精霊使いも、アングレシアの地に足を踏み入れる頃には、精霊神に従順な下僕に戻っているというわけさ」
(それが本当だったら、わたしは拉致されていないわ。『迷いの霧』は迷信だって、身をもって知ったはずでしょう?)
馬鹿げた話だと一笑に付そうとしたが、フィオナの胸はじんわりと熱を帯びた気がした。
(もしも兄様の言っていることが、事実だったとしたら……?)
ルシアンには、フィオナの力を利用しようとする邪念がなかったことになる。ただ約束を守ろうと、純粋な愛情から迎えに来てくれた。
(疑ってごめんなさい)
今度顔を合わせたら、真っ先に伝えたい。しかし、もう遅いのかもしれないと思うと、一度熱くなった胸は、襲ってくる後悔で凍りつくようだった。
「……兄様、そんなことを言うってことは、兄様は洗脳されていないの? アングレシアには帰っていないってこと?」
「六年前ほど前に国を出て、それっきりだ。以前からボラッテスの国王とは懇意にしていてさ、俺に公爵位を与えて、領土の一部を譲ってくれた。それがリヴォルティア公国」
異なことを聞いたような気がして、フィオナは右手を上げて、「ちょっと待って」とさえぎった。
「兄様は父様に命じられて、わたしを迎えに来たのではないの!?」
「騙して悪かったな。お前を迎えに行ったのは、俺の一存だ」
ディオンは飄々としていて、罪悪感のかけらも見えない。フィオナはそんな兄に対して腹を立てる前に、胸がかすかに高鳴るのを感じた。
「なら、土石流の件も作り話? ルシアン様は無事でいるの?」
「それは残念ながら、本当の話だ」
「そう……」
一瞬でも希望を持ってしまったせいで、フィオナは余計に気分が暗くなるのを感じた。
「それで? 兄様はわたしをリヴォルティアに連れて行ってどうするの?」
「今、精霊使いを集めている。古臭いアングレシアを離れたいっていう民も結構いて、積極的に移住者を受け入れているところだ。お前にもぜひ国づくりに協力してほしい」
「国づくり……?」
フィオナは嫌な予感がして、顔が強張った。
「やっていることは、アングレシアと同じさ。いろいろな国の依頼を引き受けて、収入にする。今のところ、傭兵仕事が多いな」
嫌な予感が当たって、フィオナは急に息苦しくなった気がした。吸っても吸っても空気が入ってこない。胸が押しつぶされたように痛い。
「……兄様、ボラッテス王国と懇意にしていると言っていたわね? 精霊使いたちは、西側連合軍に雇われているっていうこと? 戦争に精霊の力を使っているの?」
「へえ、そこまで気づいていたとは」
ディオンは意外そうに、しかし面白そうに目を光らせた。引きこもりのわりによく知っている、と言いたげだ。実際、フィオナも新聞を読むまでは、知らないことばかりだった。
西側連合軍にばかり有利な『天災』は、やはり精霊の力によるものだった。ルシアンを襲った土石流もきっと――。
「でも、どうして……!? そんな力の使い方、精霊たちが許すはずがないわ。どうやって可能にしたの!?」
いくら精霊神の力の及ばない地で
フィオナにはまったく理解ができなかった。
「大きな理由の一つは、フルーラ、お前だと俺は思っている」
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