第6話 結婚 / 早世

 フィオナが案内されたのは屋敷の外、庭の一角にあるパーゴラの下に用意されたテーブルだった。すっかり日が暮れて、半月が輝く空の下、四隅に置かれたランプとテーブルの上に置かれたロウソクが、幻想的な空間を演出している。パーゴラに絡みつく蔓バラは薄紅色の小さな花をつけて、そろそろ見頃を迎えていた。


「素敵だわ……」


 その光景は、読んだことのある小説の一場面を彷彿とさせる。


(そう、これは確か『名探偵セベット』第二巻、冒頭のシーンよ!)


 ある男がプロポーズするつもりで、彼女を連れてレストランに連れていくところから始まる。テラス席でロマンチックなムードが満載。そこで食事をしようとしたところ、男の目の前で彼女が毒殺されて、連続殺人事件が幕を開ける。


(……あら? この場合、わたしが殺される役になるのかしら?)


 ルシアンにイスを引いてもらって着席しながら、疑り深い目を向けてしまった。


(……なんて。殺すつもりなら、わざわざ拉致する必要はないわね)


「こちらの生活はどうですか? 何か不都合なことは?」


 食前酒が運ばれてきて、一口飲んでからルシアンが聞いてきた。


 冷やしたアカベリーのリキュールは、甘くて口当たりがよく、ゴクゴク飲んでしまいたくなるほどおいしい。


(お酒なんて、初めて飲むわ)


 いつの間にかお酒を飲んでいい十六歳になっていたことを、今更ながら思い出した。身体がほんわかと温かくなって、変に気分が高揚してくる。


「いえ、快適に過ごさせてもらっています。食事もおいしいですし、読みたい本もたくさんありますし」


「それならよかった」


 ルシアンは切れ長の目をほんのり細めて、うっとりと見とれるような甘い笑みを見せる。


「だからこそ、単刀直入に聞きます。わたしの趣味趣向を調べ尽くしてまで、喜ばせる目的はどこにあるのですか? ルシアン様はわたしに何をさせようとしていますの?」


 お酒の効果か、頭で考えたことがそのまま口から出てくる。あまりに直球すぎる質問だったのか、ルシアンは唖然としたようにしばらく固まってしまった。


「あの、フィオナ姫……食事の後に改めて言おうと思っていたのですが……」


「はい、何でしょう?」


 ルシアンのもじもじとした様子は、フィオナが想定していたものとは違う。てっきり胡散臭い笑顔で嘘を並べ立ててくるものとばかり思っていたのだが――


 ルシアンは大きく息をついたかと思うと、突然席を立ってフィオナの傍らに片膝をついた。


「フィオナ姫、僕と結婚してください」


 凛とした目を向けられ、フィオナは束の間頭が真っ白になっていた。


(……あら? このシーンもどこか既視感があるような……)


 フィオナの一番好きな恋愛小説、『虐げられた王女と氷の騎士』のクライマックス。二人が苦難を乗り越えてようやく訪れたハッピーエンドに感動したものだ。


(王女がうれし涙を浮かべて、『はい』って返事をして終わるのよね。……て、『はい』? わたしもそう答える場面なの? いえいえいえ、違うって!)


「ちょ、ちょっとお待ちください! ルシアン様がそういうつもりで、わたしをここに連れてきたのは理解していますので!」


 とにかく、ルシアンを席に戻してから、フィオナはコホンと咳払いをした。


「わたしが聞きたかったのは、ルシアン様がわたしと結婚しようとする目的です」


「目的も何も、結婚は愛しているからするものではないですか?」


 ルシアンは不思議そうに目を丸くして小首を傾げる。


「それでは納得できないから、聞いているのです。六年も前に数日会っただけで、今まで何の接触もなかったのですよ。いきなり『愛している』などと言われて、簡単に信じられると思いますか?」


「確かに、フィオナ姫には僕のことをまず知ってもらわなければいけませんでしたね。では、食べながらゆっくりお話ししましょうか」


 運ばれてきた前菜は、白身魚のマリネだった。燻製してあるとシェフが説明してくれたが、半透明の身はほとんど生のように見える。一口食べてみると、魚特有の臭みが酢で中和されていて、舌の上でとろけるようだった。


「……おいしい。こんなお魚、アングレシアでは食べたことがなかったわ」


「お口に合ったようでよかったです。このウルフェルトにも鉄道が敷かれて、海の魚が手に入るようになったのですよ」


「鉄道ですか……」と、フィオナの口からほうっと感嘆の息が漏れる。


 馬車の荷台がいくつも連なっていて、人だけでなく荷物も大量に運べるという。馬の代わりに石炭を燃やして動力にしているとか。本の中にしか出てこない乗り物で、フィオナはまだ写真でしか見たことがなかった。


「フィオナ姫にはまず栄養のあるものをたっぷり食べて、身体の健康を取り戻してもらわないと」


「別にやせているからといって、病気があるわけではないのですが?」


「一日中部屋にこもって身体を動かすこともなく、陽にも当たらない生活。明らかに栄養の足りていない質素な食事。このままでは早死にしてしまいますよ」


「そ、それは……わたしが好んでやっていることでもありますし……」


「僕から見れば、アングレシアでのあなたの扱いは、合法的な殺人と同じです。あなたを衰弱死させようとしているようにしか思えません」


 ルシアンに射貫くように見つめられて、フィオナは視線をそらすように黙々と目の前の前菜を食べ終えた。


「わたしのことを調べたルシアン様なら、知っているでしょう。どうして幽閉されているのかも」

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