第6話 大人の階段

――――祥子の家。


(カフェでばったり出くわした優香は自分たちのことを棚に上げて私たちのことを非難してきたけど、私は負けなかった。それはそうよね、私は啓一くんと優香が寄りを戻せるように努力してたんだから。デートもあくまで優香と上手くやれるように練習のつもりで……)


♪ ピンポーン。

(インターホンの音)


「は~い」


♪ タッタッタッ。

(スリッパで廊下を走る音)


 モニターで啓一の姿を確認した祥子は弾んだ様子で応対に出る。


「あら~、どうしたの? 良かったらお茶でも飲んでいく? えっ? 優香と別れることに決めたから、もう赤の他人? だから優しくしないでいい?」


 啓一は祥子にそれだけを告げに来たようで、そのまま帰ろうとするが祥子は呼び止める。


「あのね、私がキミに優しくするのはただ優香の彼氏だったからじゃないの。純粋にキミのことが気になったから。むしろ私はうれしいかも。だって優香に気兼ねなくキミの部屋に行けるんだもの、うふふ」


 自宅の鍵を閉めると祥子は半ば強引に啓一の部屋に上がり込んでしまう。


♪ パサッ。

(エプロンを外しソファーの背もたれに掛ける音)


 更に祥子は髪止めを外し、艶のあるロングヘアを啓一に見せていた。部屋にはシャンプーの良い香りが漂い、大人の女性の見せる仕草に啓一は思わず息を飲んだ。


「それに優香だって気の迷いってこともあるでしよ? もしかしたら浮気相手のことが気に入らなくてキミの下に帰ってくるかもしれない。だからいくつもの選択肢を用意しておくの。もちろん、キミが私のことが嫌いならすぐに出ていくけどね。どうする?」


 啓一は首を横に振って、祥子に返事する。そのとき……。


♪ ピンポーン。

(インターホンの音)


 啓一の部屋のインターホンが鳴るが確認に行った啓一はすぐに祥子の下へ戻ってくる。


 来客が誰だったのかを祥子に告げる啓一。


「ええっ!? 優香が寄りを戻したいって訪ねてきた!? うん、うん、なるほど……優香……遊ばれてたみたいね。どうする? 私は優香とキミが寄りを戻してくれても構わないわ。前に選択肢って言ったけど、その選択肢をちゃんと決めるか、決めないかそこだけは見誤らないでね」


 啓一ははっきり答える。


「私を部屋に上げ、優香を追い返したことで決心がついた? えっと……何の決心かな~?」


 いたずらっぽく祥子は啓一に訊ねる。祥子が啓一に促され、ソファーに座っていたが啓一は祥子の隣に腰掛けると目にうっすらと涙を浮かべていた。


「やっぱり辛かったのね。うん、でももう大丈夫だから」


 啓一の頭を抱き寄せ、祥子は大事そうに胸で抱えていた。


「私みたいなおばさんで良ければ、いっぱい甘えていいよ。キミはいっぱい努力したんだから私が誉めてあげるね」


 啓一は祥子の胸のなかで声にならない声で泣いていた。



――――食後。


♪ ヴー、ヴー、ヴー。

(啓一のスマホの振動音)


 啓一はひっきりなしに鳴るスマホを手に取り、素早く操作し終えると祥子に告げた。


「優香をブロックしちゃった……? そうね、そうされてもおかしくないことを優香はしちゃったものね……。ごめんなさいとか、やり直したいとか……キミのことを何も考えていない都合良すぎる提案ね……」



 シャワーを浴びたあと、啓一は食事がまったく喉を通らないかと思ったが、祥子の手料理が出てくるとせっかく作ってくれたことといい香りにつられ、すべて平らげてしまう。


 食事を終えると啓一は疲れからかうとうとしてしまい、祥子に導かれるままベッドで横になっていた。


 はっとして目が覚めると祥子が覗き込んでおり、じっと見詰められた啓一は恥ずかしくなり目線を落とすと祥子の姿に驚いた。


 さっきまでエプロンをしていた祥子が肌が透けてしまうようなネグリジェ姿だったからだ。


「失恋してしまったキミのことが心配だから、今日は家に帰らずにいるからね。ほら早くおいで」


 時計を見るとすでに23時……。


「ベッドがひとつしかない? ええ、だから添い寝しましょって言っているの。ああ! ごめんなさい。やっぱり私と添い寝なんて嫌よね……」


 啓一はベッドから出ようとするが祥子が慌てて啓一を呼び止め、布団の中へ入ってきた。


「いま着ているのが勝負下着って言ったら、驚くかしら? ふふっ、冗談よ。でも今晩は私はキミの監視役だからね。キミがちゃんと眠るまで見張ってる」


 これは寝ないと叱られるパターンだと悟った啓一は祥子という大人の女性が添い寝しているシチュエーションに緊張を覚えながらも、時に母のように、時に彼女のように心身ともに支えてくれた彼女に身を委ねることにした。


 祥子は啓一を子ども扱いしている訳ではないが、横寝で啓一のお腹をポンポンしながら童謡の『赤とんぼ』を歌う。


 心身が披露していた啓一にはてきめんですぐに穏やかな寝息を立てて眠りについてしまう。


「もう眠っちゃった? ホントはね、キミが命を絶っちゃうんじゃないかって心配よりもキミのことが好きになって手離せなくなっちゃった……。年甲斐もないのに優香にキミのこと……返したくなくて……そんなどうしようもない私なのに一緒にいてくれるキミのことが好きなの……」


 祥子は安らかに寝息を立てる啓一の唇に口付けする。


「これは内緒だから……。私だけの秘密、ふふ」



 啓一は朝、目覚めると隣には祥子がおり、「おはよう」と互いに挨拶を交わすと……。


「私の夫? 知りたい? う~んと子供には教えられないなぁ……そうだ、だったら私で大人になってみる? うふふっ♡」

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【ASMR】彼女に内緒で、お母さんと…… 東夷 @touikai

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