第13話 早平くんの痛み

「ただいま」


 俺――早平翔は、家に帰ってきた。

 外見は普通の一軒家。

 だけど、住んでいるのは祓い屋だ。

 玄関を開けると、じいちゃんが顔を出した。


「おかえり。今日の夕飯は、カレーじゃぞ」

「わかった」


 それだけ会話して、部屋に向かう。

 ひとりきりになって、大きなため息をついた。


「マジか……」


 あの話から、ずっと相滝のことを考えていた。

 小学生のころにいじめられていたなんて、初めて知った。

 そんなかんじ、まったくしなかったな……。

 いつも明るくて元気で、太陽みたいなやつだから。


「俺と似てるな」


 俺が誰にも言っていないこと。

 言えていないこと。

 それは、小学生のときに嫌がらせを受けていたということだ。

 神在月が「祓い屋だというのは、中二病みたいだ」と言っていたけれど、まさにそれが原因。


 小学校で妖怪――イタズラしたり、ひどい場合は人を喰ったり殺したりする化け物――が出たことがあって、俺が祓ったんだけど……みんなには、妖怪が見えないらしい。

 俺たち祓い屋は、妖怪を祓うときに札を使う。

 自分で作った札に霊力を込めて妖怪の魂を浄化するけど、妖怪が見えない人には、札がまとう光も見えない。

 だから、周りからすれば俺の行動は、何もないところにただの紙切れを投げているだけだったと思う。


 それからだ。

 もともと仲が良かったやつが、からかってくるようになったのは。

 俺は祓い屋だと伝えた、けど……。


「祓い屋って何? 中二病みたい」


 祓い屋ということに誇りを持っていたから、余計に胸が痛んだ。

 じいちゃんに話したら、お前は正しいことをしたんだよと言ってくれた。

 けど、その言葉で状況が変わるわけがなく。

 いつまであいつらのオモチャにされるのか、考えるだけでゾッとした。

 あの状況を抜け出すには、環境を変えるしかない。


 だからひばり学園に入学することにした。

 といっても、志願者数に対して募集定員がめちゃくちゃ少ない学校だから、試験で点が取れないと受からない。

 とにかく毎日勉強の日々。

 もともと勉強は好きじゃないから、まるで地獄のようだった。


 結果は合格。

 努力が報われるってこういうことなんだと実感した。

 同じクラスになった神在月と相滝と橋田に出会って、やっと学校が楽しい場所なんだと思えた。

 祓い屋だと言うと、やっぱり簡単には信じてもらえないけれど、小学生のころみたいにからかわれることはない。


 ――相滝も、似たようなものなんだろう。

 ただ、相滝が学校を楽しく感じているのかは、俺にはわからない。

 今日は、あいつの本性をほんの少し知ってしまった気がする。

 すごく冷たい、氷のような…………冷え切った目を思い出すだけで、身体に力が入ってしまう。

 でも神在月と話すときの相滝は、すごくあたたかい。

 あの温度差は一体なんなんだろう。

 1年のころからよくわからなかったけど、今日のことで余計にわからなくなってしまった。


「……そうだ」


 俺はスマホを取り出して、トークアプリを開いた。

 相滝とのトーク画面を開くと、メッセージを送る。


『日曜日遊べる?』


 しばらくすると、返信が来た。


『遊べる。』


 普段は明るいし元気だけど、メッセージは短文で淡々としている。

 はじめて見たときは、頭がハテナでいっぱいになったな。

 勝手に絵文字とか顔文字とか、感情を表す記号を使う人だと思ってた。


『昼からでいい?午前は用事があるから。』

『大丈夫』

『じゃあ、二時に丘の公園で。』

『わかった。またな』


 俺から誘ったのに、相滝が予定を決めてくれた。

 でも、これでよし。

 相滝を、もっと知りたい。

 これで、あいつのことを、もっとたくさん知ることができるはずだ。

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