早平くんと相滝くん

第12話 晴夜くんの過去

「おはようっ、ゼロ!」

「晴夜くん、おはよう」


 晴夜くんとトークアプリで会話をした翌朝、お互いの家の間で合流した。

 晴夜くんはよく学校に遅刻してくるから、一緒に登校することがなかなかできないんだ。

 今日は昨日と同様、晴夜くんの用事がないから一緒に登校できる。今日のような日が、毎日だったらいいのに。

 わたしたちは歩幅をそろえて学校へ向かう。

 その途中、晴夜くんが空を見上げた。

 つられて顔を上に向けると、雲ひとつない晴天が広がっていた。

 わたしの今の気分みたいだな。


「ねえ、ゼロ。昨日の番組、どうだった?」

「うーん、そうだなぁ」


 昨日の番組って、わたしが見たやつだよね。

 晴夜くんにメッセージを送った、あの番組。


「とっても面白かったよ! 晴夜くんは本当にすごいね。みーんな、笑顔にしちゃうんだもん」


 わたしは顔いっぱいに笑顔をうかべて言った。

 すると晴夜くんはきょとんとしたあと、エヘと笑って頬をかいた。


「そ、そう?」


 目を逸らして、両手で顔を覆う。


「面と向かって褒められると、照れちゃうなぁ……」


 晴夜くんが「どうだった?」って聞いたのに?

 わたし、質問に答えただけだよ。


「番組の感想を言うと思ってたから。まさか、自分のことを褒められるなんて、想像つかないよ」


 晴夜くんは顔を覆っていた手を頭の後ろにおいて、恥ずかしそうにはにかむ。

 そ、そっか……! 晴夜くんが聞いたのは、番組そのもののことだったんだ。わたし、てっきり晴夜くんのことだと勘違いしちゃった。


「ま、まあ、そんなことは別にいいんだよ。早く行こう!」

「え? ちょ、ちょっと晴夜くん」


 晴夜くんは、わたしの手をとって繋ぐ。太陽のような笑顔をわたしに向けると、軽く地面を蹴って走り出した。

 急がなくても、始業時間には十分間に合うよ!?

 運動がそんなに得意ではないわたしは、晴夜くんに引っ張られて、こけそうになりながらついていったのでした。


 ❀


「あれ? おかしいな……」


 2時間目のあとのこと。

 次の授業でおこなわれる漢字の小テストの勉強をしていると、となりの席から物音がした。見てみると、晴夜くんが通学カバンをゴソゴソとあさっているところだった。

 通学カバンの次は、制服のポケットに手を突っ込む。

 あの様子、かなり慌ててるよね。


「どうしたの?」


 きいてみると、晴夜くんは勢いよくわたしを見た。

 何も言わずに、しばらく硬直する。

 えーっと……大丈夫、かな……。


「…………あのね、手帳がないんだ。教室は探したんだけど……」


 ようやく出た言葉に、首をかしげる。

 手帳? 手帳かぁ……。使い方といえば、少しメモするくらいだよね?

 そんなに慌てなくても、職員室前の落とし物ボックスに入っているかもしれないよ。他の生徒が拾ってくれた可能性もある。

 今は落ち着いて、漢字テストの勉強をしない?

 成績にも関係してくるし、他のみんなより授業に出る回数が少ない晴夜くんが成績を保つには、こういうところで頑張るのが大事だと思うよ。


「いや、まあ、そうなんだけどそうじゃなくて。いつものメモ用じゃなくて、スケジュールを書いてる手帳がないんだよ。だいぶ細かく書いてるから、中身を見られたら……」


 晴夜くんの顔は青ざめて、頭を抱えて小刻みに震えた。


「スケジュール……? ――うっ、嘘でしょ!?」

 わたしは、大きな音を立てて立ち上がった。

 クラスメイトに驚いた顔を向けられたけど、今はそれを気にしている場合じゃない。


「そっちを失くしちゃったの!?」


 あの手帳は、他の人に見られちゃいけないもの。

 晴夜くんがみんなに内緒にしていることと深く関係しているから。


「どこかで落としたのかも」


 晴夜くんは、教室を出ようとする。

 ちょっと待って。もうチャイムが鳴っちゃうよ。

 それに、どこへ行くの?

 手帳の場所に心当たりはないんじゃない?


「だから探すんだよ。誰かに見られる前に、自分で見つけなきゃ」


 晴夜くんは、急ぎ足で教室を出ていく。

 すれ違った先生に何も言わないまま、どこかへ行ってしまった。


 ――それから昼休みになっても戻ってこなかった。

 授業は手帳を探しに行ったまま欠席してしまって。

 さすがに「失くしものを探しに行きました」なんて言えないから「腹痛でお手洗いに行ったんじゃないでしょうか」と伝えた。

 仮に保健室に行ったと伝えたら、あとで先生が様子を見に行くかもしれないもの。

 わたしは存在感0で先生になかなか気づいてもらえないから、カンナちゃんに代わりに言ってもらった。

 晴夜くんには申しわけないな。あれからずーっと、お腹が痛くてトイレにこもっているっていうことになっちゃってるよね。

 みんなが事情を察してくれたらいいんだけど、そううまくいかないだろうし。

 これを聞いたら、晴夜くんいじけちゃいそう。


「そろそろ見つけにいかなきゃ……」


 ううー、お腹すいたなぁ……。

 けど、心配だからさがしにいこう。

 決心して席を立とうとしたとき、カンナちゃんがやってきた。


「レイちゃん、一緒にお弁当食べよう?」


 うっ、すごく食べたい……。

 お腹すいたし、お昼休みの時間は決まっているから、今食べなきゃお弁当が食べれないかも。

 けれど、今のわたしにお弁当を食べて過ごす時間はない。


「誘ってくれて嬉しいよ。でも、ごめんね。晴夜くんをさがしにいかなくちゃ。また今度一緒に食べよう」

「そっかぁ、わかった。1人でのんびり食べることにするね」


 誘いを断ると、カンナちゃんは優しくほほ笑んでくれた。

 心優しい親友を持って、本当によかった。カンナちゃんに感謝しなくっちゃ。


「それじゃあ、わたしは晴夜くんをさがしに行ってくるね。またあとで」

「うん。いってらっしゃい」


 わたしは、カンナちゃんに手を振って教室を出る。

 直後、廊下を歩いていた人とぶつかりそうになって、わたしは反射的に足を止めた。


「わっ、ごめんなさいっ!」


 ぶつからなくてよかった……。

 相手の人が止まってくれなかったら、ふたりとも怪我しちゃうところだった。

 それにしても、存在感0のわたしが見える人なんて、めずらしいなぁ。

 そう思っていたら、頭上から声が降ってきた。


「びっくりした……神在月か」


 この聞き覚えのある声は、早平くん!

 上を向くと、頭1個分くらい上の位置に、早平くんの顔があった。

 早平くんだから、わたしが見えたんだね。


「こんにちは早平くん」


 バッタリ廊下で会うなんて、珍しい。

 早平くん、いつもは教室にいるよね。

 ……じゃなくって!


「ねえ、早平くん。晴夜くんを見てない? 2時間目からずっと戻らなくて」

「2時間目から?」


 わたしは経緯を説明した。

 晴夜くんの手帳が失くなってしまったこと。

 とっても大切な手帳だから、探しに出ていったこと。

 それから今まで1度も戻ってきていないこと。

 できるかぎり簡潔に話したけれど、伝わったかな。


「悪いけど見てない。そんなことになっていたのも全然知らなかった」


 早平くんは首を横に振る。

 残念ながら、早平くんは何も知らないみたい。


「そっか……」


 今まで授業だったし、さすがに知らないよね……。

 あからさまに落ち込みすぎたのか、早平くんが言った。


「さがす時間なら、たくさんある」

「本当!? ありがとう、早平くん!」


 わたしは早平くんに笑顔を向ける。


「……別に、いいけど。はやく行くぞ」


 小さくうなずく早平くんの目の下が、ちょっぴり赤くなった気がした。

 それから晴夜くんを探すこと十数分、意外な場所で見つかった。

 晴夜くんは、屋上でボーッとグラウンドを見下ろしていたの。

 珍しく、メガネをかけていなかった。メガネは制服の胸ポケットに引っ掛けていて、失くしたわけではないみたい。

 晴夜くんの顔は普段半分は隠れていて、あまりよく見ることができない。

 中性的な顔立ち、長いまつ毛にぱっちりした赤い瞳。

 いい意味で、男の子っぽくない。

 銀髪が風に吹かれて、サラリと揺れる。

 それはまるで、映画のワンシーンのように様になっていた。

 今はメガネがないおかげで表情がよくわかるのだけど、今までに見たことがない虚ろな目をしている。

 魂をどこかに忘れてきちゃったみたいに。


「晴夜くん。こんなところにいたんだね」


 わたしは、晴夜くんに声をかけた。

 驚かせないように、なるべく優しい声で。


「あ……ゼロ」


 晴夜くんは、わたしを見て笑顔になった。

 けれどわたしの後ろに気がつくと、それはあっという間に消え失せた。


「なんでいるの?」


 感情をうつさない目で早平くんを見つめる。


「お前が失踪して神在月がさがしてたから、手伝っただけ」


 晴夜くんは、明らかに嫌そうな顔になる。

 いなくていいのに……と思っていることが、たやすく読み取れた。

 早平くんは晴夜くんを見たりグラウンドに目を向けたりしていたけれど、意を決したらしく晴夜くんに聞いた。


「……ずっと思ってたんだけど。やっぱり相滝って、テレビに出てる木瀬彩だよな?」


 わたしも晴夜くんも、突然の言葉に何も言えなかった。

 少しの時間、わたしたちから音が消える。


「……メガネ、かけとけばよかった」


 沈黙を破って、晴夜くんは大きくため息をついた。

 長いまつ毛が、瞳に影を落とす。


「そうだよ。僕が超天才子役の木瀬彩です」


 そう言って、テレビで見せる笑顔と同じくパッとはじけるように笑った。


「いつ、どうして気づいたの? ずっと思ってたってことは、僕の素顔を見たから気がついたわけじゃないよね?」


 晴夜くんは笑顔のまま早平くんに聞いた。

 このことは中学校3年間、隠しとおすつもりだったらしい。

『超天才子役の木瀬彩くん』だと知られてしまったのは、晴夜くんにとってすごく悪いこと。


「1年のとき、同じクラスだっただろ。いつも遅刻とか早退とかしてた。なんでか聞いたら用事があるからって言うだけだったけど、話せない理由があったんだよな?」


 早平くんはいつもどおりの様子で理由を述べる。

 聞かれたことに答えているだけだけど、晴夜くんの表情が不機嫌そうに変わっていく。


「髪は銀色でボブで、しかも声が高くて性格は明るい。なんというか、ぜんぶ木瀬彩みたいだったよ。実際そのとおりだったけど」


 晴夜くんは自分の髪の毛先をつまむと、じっと見た。


「マジかぁ……」


 髪でバレるのは、簡単に想像できることだったね。

 どうして隠せてるの? って聞きたいくらいだよ。

 メガネひとつで、そこまで変わるのかって。

 でも、今までバレたことがなかった……というか、誰にも「木瀬彩ですか?」と聞かれたことがなかった。

 晴夜くんの隠し方が上手だったってことなのか、みんなが気づかないふりをしてくれているのか。

 前者であってほしいよ……!


「あと俺、人のオーラが見えるんだ。人によって変わって、双子でも全然違う。けど、お前と木瀬彩は一緒だった。だから、同じ人なんじゃないかって」


 早平くんの言うオーラが見えるのは、祓い屋だからかな……?

 今日はじめて聞いた言葉だよ。そんなものがあるんだね。

 わたしのような普通の人には見えないから、早平くんだけが晴夜くんの秘密に気づいたのは不思議じゃない。


「そうなんだ。周りに言わないでくれたら、それでいいや。知ってるのは、ゼロと君だけだし」


 晴夜くん、ダルそうにしてる。

 会話が続かなくなると、重い空気を吹き飛ばすように早平くんが言った。


「どうしてメガネをかけていたんだ? 木瀬彩だから?」

「そういう理由もあるよ。プライベートは自分で守らないといけないし。もし僕がメガネをはずしたら、みんなは木瀬彩だーってビックリしてくれるかも。サインとか求められちゃったりして」


 晴夜くんは冗談を言うみたいに笑ったけど、すぐに表情を暗くした。


「でも、それだけじゃない。僕がメガネをかけているのには、別の理由がある」


 優しい口調で、早平くんに言い聞かせるように言った。


「昔、言われたことがあるんだ。僕の外見は、銀髪と赤い目で……それが気持ち悪いって。とくに、この目。明るい色の髪は祖父母で見慣れているからいいけど、赤い目はおかしいらしい。みんな普通の色をしているのに、僕だけこうなのは変だってさ」


 晴夜くんは目を伏せる。

 それでも、いつもどおり口元はほほ笑んでいる。

 いつもと違う印象を受けるのは、伏せられた目に冷たさを感じるからだろうと思う。


「……俺はそう思わない。いい個性じゃないか」


 早平くんは言葉のとおり思っているように見える。

 ここで、晴夜くんが早平くんの言葉を受け入れることができたら良かったのかもしれない。

 でもそんなことができるほど、晴夜くんの傷は浅くなかった。


「それは君にとってでしょ」


 ささやくように、つぶやくように。

 わたしたちにハッキリと聞こえる声で言った。

 声音は背中がゾッとしてしまうほど冷たい。


「ちょうどいい機会だ。教えてあげる」


 なんでもないことを話すときみたいに軽くつぶやいたことに、晴夜くんがどうかしてしまったのではないかと思ってしまった。


「小学生のとき、いじめられていたんだ。見た目が気持ち悪いからいじめるなんて、本当ひどいよね。ま、もう過去のことだし道徳なんて頭にない小学生同士のトラブルだし、未然に防ぐのは難しいことだっただろうから、今さらあれこれ言ったってしかたないんだけど」


 笑顔のまま語り続ける。

 早平くんが呆気にとられているのを、しっかり無視して。

 ――小学生同士のトラブルなんかじゃない。

 あれは犯罪なんだよ。

 いじめなんて生ぬるい言葉で、むごさを隠しているだけなの。

 そのことは晴夜くんが一番よくわかっているでしょ。

 ……そう言いたくなったのに、声にならない。


「中学生になってもいじめられるなんて絶対嫌でしょ? だからひばり学園を受験したんだ。他にも何人も受験する子がいたけど、そう簡単に受かるわけないよね。ざまあみろって思ったなぁ。いじめなんてするから、神様から天罰が下ったんだ。ゼロもそう思うよね?」

「あ……うん。そうかもね」


 晴夜くんが受験するって言い出したときは驚いた。

 言っちゃ悪いけど、晴夜くんの学力はひばり学園に受かるには微妙なところだった。

 お仕事の関係で学校を欠席したり早退したりするから、勉強と両立しきれていない感じだったんだ。

 それは今でも変わらない。

 わたしはつい「大丈夫なの?」なんて聞いてしまったけど、晴夜くんは笑いながら「そこまでバカじゃないよ。勉強すれば平気」と答えたんだ。

「それより、ゼロがひとりぼっちになっちゃうけど、ダイジョーブ?」とも……。

 いやいや、大丈夫なわけないじゃない。

 わたしは晴夜くんがいないと、ひとりぼっちになってしまう。

 だから一緒に受験することにした。

 ふたりとも無事に受かったのは、もちろん勉強を頑張ったからだと思っている。


 そして、晴夜くんをいじめた子は誰もいなかった。

 晴夜くんはいじめから逃げることができたの。

 ……まさか、ざまあみろとか神様から天罰が下ったとか、そういうことを思っていたとは知らなかった。


「卒業してすぐだったかな。髪はどうにもできないけど、目ならなんとかなる。それで目を隠そうと思った。いくら校則がゆるいからって、さすがにカラコンはできないから、特注品のメガネを買ってもらったんだ。入学すると同時に身につけてみたら、みんな僕が木瀬彩だとわからなくて驚いたよ」


 笑顔の晴夜くんは、光を感じない真っ暗な目をしている。

 瞳の奥底に、触れると凍ってしまいそうなほど冷たい何かが見えた。


「赤い目が見えなくなったら、いじめられなくなったんだ」


 晴夜くんが何度も言っている通り、いじめられていたのは、赤い目のせい。

 みんな、どうしても好きになれなかったらしい。

 晴夜くんの見た目はおかしい。赤い目は怖い。

 同じクラスだった女の子たちがそう話していたのを、ハッキリ覚えている。


「メガネのおかげで、みんなが僕をひどく避けることもなくなったし、自分から積極的に関わってくることもなくなった。あ、例外もいるけどね」


 今でも小学校の同級生とすれ違うことがあるけれど、誰も晴夜くんにひどいことを言わないし、顔を見て目をそらすことも少ない。

 普通に挨拶してくれるくらいにはなった。

 中学生になって精神的に成長したのかもしれないと、わたしは思ってる。

 小学生のころは挨拶すらなくて、晴夜くんはわたしがいないとひとりぼっちだった。

 例外というのは、きっと早平くんとカンナちゃん、そしてわたしのことだと思う。


「それでね、いつからか『いじめられていたのは木瀬彩で、相滝晴夜じゃない』って考えるようになった。僕の記憶じゃなくて、木瀬彩の記憶だから関係ない。可哀そうなのは木瀬彩。僕は普通。そう考えなきゃ、いつまでも苦しいままだもん」


 言いながら、屋上の柵に寄りかかる。

 ギシ……と、柵が歪な音を立てた。


「せ、晴夜くん、危ないよ……!」


 わたしが言うと、クスクス笑い声を上げた。


「心配しすぎだよ。ゼロは心配性だなぁ」


 わたしを見る目には、冷たい〝何か〟なんて見えない。

 いつもの優しい晴夜くんだ。

 けれど早平くんを見るときには、やっぱり温かさは消え失せてしまった。


「で、何か言いたそうだけど……。さっさと言ってくれない?」


 早平くんは黙っていたけど、何か決意したように表情を変えた。


「……わかった」


 ゆっくり、晴夜くんに近づいていく。


「たしかに、つらい記憶を忘れられないのは苦しい。けどさ、お前はお前だろ。木瀬彩と相滝が別人って、そんなこと考えるな。いじめられた過去も記憶も消えないけど、それでもお前だけは味方でいてやらないと駄目だろ」


 冷静な声音で、晴夜くんの胸に人差し指を突きつけた。

 声音と違って、表情は険しい。


「お前は、お前らしくいろよ」

「え……」


 晴夜くんは目を丸くして、早平くんを見つめた。


「俺はお前と、ちゃんと友だちになりたい。なんでも話せる仲になりたい」

「……ははっ。馬鹿みたい。僕と友だちなんて」


 晴夜くんは、引きつった笑顔をうかべた。

 首を横に振ると、早平くんをにらんだ。


「冗談言わないで」

「お前だろ。冗談言ってんのは」


 シーン……と、屋上が静まり返った。

 晴夜くんは、「は……ははは……え?」と、目を白黒させている。

 早平くんなんて、わけがわかっていないようで、心配そうに「どうした?」と……。

 晴夜くんから離れると、右手を差し出した。


「これから、よろしくな」


 晴夜くんは、差し出された手を生気を感じない目で、じっと見つめていた。

 早平くんと手を交互に見て、唇を噛んだ。

 赤い瞳が揺らぐ。


「本当にいいの?」

「ああ」


 早平くんの目は、変わらなかった。

 それを見て、晴夜くんは口元を緩ませる。

 目元を制服の袖でゴシゴシこすって、不器用にほほ笑んだ。


「……よろしく」


 早平くんの手を握ると、恥ずかしそうに顔をそらした。 


「ところで、手帳は見つかったのか?」

「踊り場に落ちてた。触られた感じはなかったよ」

「そうか」


 そうなんだ。

 悪いことをされていないみたいで、良かった。

 晴夜くんと早平くん、ちゃんとした友だちになったみたいだし。

 なんだか、とっても安心した。

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