第11話 花ちゃんのお願い

「どうしてここに……?」


 わたしがきくと花ちゃんはグスグス泣きながら、うるうるとした目で空を見上げた。


「雨が降ったら、花ちゃん寂しくなっちゃうの……」

「そっか……」


 寂しくて泣いている花ちゃんの泣き声が、ここを通った子に聞こえちゃったんだね。

 それにしても雨が降ったら悲しくなるって、雨に嫌な思い出でもあるのかな?


「悪霊退散したほうがいいよな? いや、でも神在月が普通に話しているし……」


 ブツブツと早平くんの独り言が聞こえてきて、わたしは早平くんを見た。

 いつどこから取り出したのか、手には難解な文字が書いてある御札を持っている。

 そんな早平くんに晴夜くんが近づいて肩に手をかけた。

 右耳にコソコソと耳打ちする。


「祓わないの? 祓い屋の仕事は妖怪を祓うことでしょ? 迷ってるようじゃ、祓い屋は務まらないよ」


 今度は左耳に顔を寄せると、また耳打ちした。


「祓ったらゼロが悲しむかも……。花子さんは悪い妖怪じゃないから、祓ったら可哀そうだよ」


 あれは、いったい何をしているんだろう。

 見た感じ、天使と悪魔のささやきみたいだけど……。

 早平くんには通じなかったようで、晴夜くんは両手を拘束されておでこに御札を貼り付けられてしまった。


「ちょっと静かにしろ」

「え、うん、わかった……でもなんで御札貼ったの?」

「なんとなく」


 仲良くないようで仲良く見える2人を見て、わたしと花ちゃんは顔を見合わせた。

 花ちゃんは呆れて半眼になっている。


「なあに、あれ」

「さあ?」


 わたしにもわからない。

 2人ともなんだかんだ楽しそうだし、邪魔しないように放っておこう。


「ねえ花ちゃん」


 わたしは花ちゃんに話しかける。

 目の高さを合わせるために、姿勢を低くした。


「なあに?」


 わたしの目を見てきょとんとする花ちゃんは、お化けとは思えないくらい可愛い。


「これからは寂しくないよ。わたしたちがいるから」

「あ……ちーちゃん……」


 花ちゃんは誰かの名前を呟いて、大きく目を見開いた。

 それから、瞳が揺らいでうつむく。

 けれど顔を上げて嬉しそうに笑った。


「ありがと、ゼロちゃん!」


 わたしは花ちゃんの笑顔につられて、自然と笑顔になった。

 お化けと笑い合っているなんて感じはしない。

 年の離れた妹と接しているような気がする。


「あれれー、解決したみたいだね。僕たちがふざけてる間に」


 晴夜くんの声で、わたしたちは放っていた2人に目を向けた。

 いつの間にか、晴夜くんのおでこに貼られていた御札はなくなっている。

 1人で笑う晴夜くんを見て、早平くんは半眼になった。


「『あれれー』じゃねぇから。それより花子さんと知り合いなのか?」

「うん、おととい知り合ったばっかり。てゆーか、よく花子さんだってわかったね?」

「あの見た目は誰だって花子さんだと思うだろ」

「わあ、祓い屋くん、とーってもおもしろいねっ!」


 花ちゃんはキャッキャと笑い声を上げた。

 それからフゥ……と息をはいて真剣な表情をすると、わたしの手をギュッと握った。


「ゼロちゃん、1つお願いしていい?」


 お願い?

 どんな内容かわからないけれど、友だちのお願いはできるだけ聞きたい。


「うん。どんなお願いなの?」

「あのね、ゼロちゃんには、花ちゃん以外の七不思議が持つ【力の源】を奪ってほしいの。【力の源】は、七不思議に強大な力を与えてくれるお守りのようなものだよ」


 【力の源】を奪う?

 それって、どういうこと? 盗みをするってこと……?


「えっと……どうして?」


 花ちゃんの言葉の本当の意味を知らないことには、なんとも言えない。


「……これは、ゼロちゃんの役目なの。ゼロちゃんがやらなきゃいけないことなんだよ」


 花ちゃんは悲しそうに目を伏せて、そう言った。

 わたしの役目って、急にそんなことを言われても困るんだけど……。


「詳しく教えてくれない?」

「ううん。今はだめ。【力の源】が6つ全部集まったら教えてあげる」


 花ちゃんがあまりにも悲しそうな顔で言うものだから、わたしはそれ以上何も言えなくなってしまった。


「……わかった。【力の源】はどういう見た目で、どこにあるの?」


 本当は奪うなんてひどいことはしたくないけれど、友だちのお願いは聞こう。

 それに、わたしの役目だ……って、よくわからないけど本当にそうなら引き受けなきゃいけないよね。


「ありがとう、ゼロちゃん! 【力の源】は、七不思議がそれぞれ持つ領域テリトリーっていう空間の中心にあるんだよ。例外もあるけど、それはそのときになんとかしてね」


 花ちゃんは嬉しそうに目を細めると、わたしの手を上下に振った。

 領域テリトリー? 言葉から考えて、七不思議のナワバリかな……。

 花ちゃんに聞こうかと思ったけど、タイミングがつかめない。


「あとは見た目だけど……【力の源】はゼロちゃんの髪飾りと同じ、白くて丸いものなの」


 花ちゃんが、わたしの髪飾りを指さした。

 髪飾りは、わたしの頭の左右に2つずつついている。

 2つで1つのセットなんだ。

 髪飾りの中心に空いた穴に紐が通してあるの。


「これに似ているってこと?」

「ううん。似てるんじゃなくて同じもの。だから、見たらわかると思うよ」


 同じものって、どうしてわかるんだろう。

 もしかしたら大きさが違ったり、色が少し違ったりするかもしれないのに。


「ゼロちゃんの髪飾り、いつ誰にもらったの?」


 花ちゃんはわたしの髪飾りを見て、首をコテンとかしげた。


「小学生のとき、晴夜くんが誕生日プレゼントでくれたの。肌身はなさず持っててねって言われたっけ」


 2年生の大晦日だったかな。

 まだ友だちになって少ししか経っていなかったけれど、わたしが晴夜くんの誕生日にクロネコのキーホルダーをプレゼントしたら、お返しにくれたんだ。

 あのとき、晴夜くんとの距離がちょこっと縮まった気がしたな。


「そうなんだぁ。よーくわかったよ!」


 花ちゃんははじけるような笑顔を見せて、うなずいた。


「【力の源】をよろしくね、ゼロちゃん。じゃあ、花ちゃんは帰るね! バイバーイ」


 そう言うと、花ちゃんはフワリと姿を消してしまった。


「あっ、待って……」


 領域テリトリーのことを聞こうと思っていたのに……。

 最後までタイミングをつかめないままだったな。

 それにしても大変なことを引き受けちゃったような気がする。

 わたしはこれから七不思議と関わっていくことになるんだよね。

 花ちゃんワールドのときみたいに、七不思議が暴走でもしたら……考えるだけで恐ろしい。


「ゼロ、ダイジョーブなの?」

「わっ!? びっくりさせないでよ……」


 後ろからヌッと肩越しに顔を出した晴夜くんに、わたしは驚きを隠せなかった。

 晴夜くんは、わたしの言葉をしっかり無視して「妖怪なんかと約束しちゃうなんて」と、眉をひそめた。

 そこへ、今度は早平くんが口を出した。


「七不思議の頼み事なんて、きいてよかったのか?」

「うん……」


 どうして、左右から話しかけるかなぁ。


「そこにゼロがいるから」

「距離感ミスっただけだ」


 晴夜くんはその場から動かないのに、早平くんはズザザーッと離れていく。

 気のせいか、顔が赤いように見えた。


「顔赤い――むぐ」


 早平くんに言おうとして、後ろから口を塞がれた。

 晴夜くんは、横からヒョッコリ顔を見せる。

 晴夜くん何するの? と視線で伝えた。


「言っちゃいけません」


 わかったよ。とりあえず、手を離してほしい。

 じーっと見ていると、言葉にはしていないのに晴夜くんが手を離してくれた。


「視線だけで何言いたいかわかるなんて、僕って天才」

「幼馴染なだけでーす」


 わたしは、そっぽを向く。

 けれど不思議な笑いに耐えられず、クスッと笑い声を上げた。


「どうしたの?」

「こちょこちょされてんのか?」


 2人の不思議そうな表情が、これまたおかしく思えてしまって、わたしの笑い声は止まらなくなったのでした。


 ❀


 花ちゃんと約束した日の夜のこと。

 わたしは、ひとり寂しく家でテレビを見ていた。

 色々な芸能人が出演する有名なバラエティ番組だ。

 わたしは、芸能人にそこまで興味がない。

 顔を見ても「この人誰?」という状態になるほど。

 けれど、ある男の子は見ていてキラキラするものがある。


『みなさん、こんばんは! 木瀬きせあやです』


 スタジオが歓声と拍手に包まれる。

 わたしは、テレビに釘付けになった。

 わたしの目に映るのは、大勢いる芸能人の中でひとりだけ。

 ぱっちりした赤い目、明るさと元気のみなぎる笑顔、サラサラの銀髪ボブ――。

 普段は見ることのできない〝彼〟は、わたしに希望を与えてくれる。


「今日も素敵だなぁ」


 わたしは、スマホのトークアプリを開く。

 晴夜くんとのトーク画面に、こうメッセージを送った。


『テレビ見てるよ!』


 すぐに既読がつく。

 そして返ってきた言葉は、


『見ないでって、言うつもりだったのにな。』


 文面から晴夜くんが苦笑いしている様子が見えて、わたしはほほ笑んだ。

 そこへ、続けてメッセージが届いた。


『見てくれてありがとう。』


 胸がキュッとなって、自然とニヤけてしまう。


「ありがとう、か……。えへへ」


 やっぱり、トークアプリじゃ話し足りない。

 また明日、もっとたくさん晴夜くんとお話しよう。

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