第6話 休日の2人 その1

 相滝の暴露から数日が過ぎた、日曜日。

 俺は相滝との待ち合わせ場所にいた。

 学校の近くにある、小高い丘の公園だ。

 小さな公園だから、遊べるものは砂場とすべり台くらいしかない。

 それでも小学生の楽しそうな笑い声は絶えない。

 ここは、いつ来ても風が心地良い。

 ベンチに腰を下ろして、空を見上げる。

 淡い水色で、少し霞んでいる。

 まだ少しだけ肌寒い。春だなぁ。

 そんな空気の中に、男子にしては高めの声が響いた。

「悪霊退散くん、おはよう……じゃなくて、こんにちは!」

「よう。五分前集合お疲れさま」

「なにそれ。こんにちはって挨拶した僕が馬鹿みたいじゃん」

 だれも馬鹿だとは思わないぞ。

 友だち相手にもちゃんと挨拶して偉いな。

「そう? てゆーか、来るの早いね」

「家出る時間、間違えただけだ。楽しみにしてたわけじゃないからな」

「いや、楽しみにしてるんだーみたいなこと、一度も言ってないよ……?」

 この銀髪ボブカットクソダサメガネ男子が相滝だ。

 実は整った顔立ちをしているし、名前を聞けば誰もが知っている超天才子役の木瀬彩本人だが、クソダサメガネのせいで平凡もしくはそれ以下の印象を受ける。

 メガネをはずしたら、人気者になるか赤い目のせいで避けられるかの二択だという。

「ところで、制服じゃない僕はどう? 悪霊退散くん」

 そう言ってポーズをとる相滝に、お前はカレシとデートに来た女子か? とツッコみたくなる。

 今日の相滝は、くすんだ青色のパーカーに、明るめの灰色のズボンを合わせていた。

 それと頭にはなぜか、ネコ耳がついた黒い帽子。

 よし、あの帽子には触れないでおこう。

「あー……うーん、どうだろうな」

 正直イメージと違う……と思いながら見ていると、相滝は首をかしげて不安そうに眉を下げた。

「服汚れてる? それともコーディネートおかしい? もしかしてダサい!?」

「いや。汚れてないし、おかしくないし、ダサくもない。パーカー着るんだなって思った」

 正直に――帽子については無視して――言うと、相滝は苦笑した。

「そりゃそうでしょ。僕だってこーゆー格好するよ。そもそも僕のパーカー姿を見るの、今日が初めてじゃないよね?」

「いや、そうなんだけどな。お前けっこういい家だろ。パーカーみたいなのじゃなくて、襟がついた服を着るものだってイメージがある。あ、あと和服」

「まあ、うん。そのとおり。でもそこまで堅苦しくはないよ。服装は自由だし。弟なんて1年中パーカーだからね」

「へー」

 けっこういい家……というのも、実は相滝家は由緒正しい、この町で一番偉い家だ。

 古くから町のことを色々しているらしい。

 昔は、今よりもずっと強い権力を持っていたそうだ。

 相滝家の主人を〝当主〟と言って、お爺さんやお婆さんの世代の人たちは、相滝家の主人――相滝の父親を「当主様」と呼んでいる。俺のじいちゃんもその1人だ。

 ちなみに、祓い屋のリーダー的存在でもある。

 相滝家が祓い屋というわけではなく、あくまで町の権力者として祓い屋を部下にしているといった感じらしい。

 この町での生活は、危険な妖怪と隣合わせだ。

 妖怪をどうにかできるのは祓い屋しかいないため、相滝家は祓い屋を重宝しているとのこと。

「相滝ってさ、当主様になるために色々勉強とかしてんの?」

 なんとなく聞いてみると、相滝は嫌そうに顔をしかめた。

「んー、まあね……。同世代に聞かれたの初めて。そっか、祓い屋だから家のこと知ってるのか」

「ああ。小さい頃から、じいちゃんにめちゃくちゃ聞かされた。相滝家の言うことは絶対とも言われたよ」

「ふーん。じゃあ、僕が命令したら聞くんだね」

 相滝が当主になったら、相滝に命令されるかもしれないのか……。

「あ、嫌そう。安心してよ。友だちに命令なんてしないから」

 本当か? と思ったけど、友だちが言うのだから信じてみよう。

「……あのさ」

 ニコニコしていた相滝は、少し表情を暗くした。

 声のトーンも低くなる。

「風習のことも聞いた?」

「それは……少しだけ聞いた」

 俺はためらいながらうなずく。

 そのとき、頭に神在月がよぎった。

 いや、関係ない。たまたま名字が同じだけだ、きっと……。

「そっか」

 相滝には聞きたいことが山ほどあるけど、それを聞いてしまうと俺たちの間にヒビが入りそうだ。

 たぶん、すべては今年の夏に明かされる。

 それまで、変に詮索するのはやめておこう。

「ねえ、どうして誘ってくれたの?」

 相滝は話を変えた。

 それ、気になってたんだな。

 別にお前のことを知りたいわけじゃないから、勘違いするなよ。

「へえ、僕のことを知りたいと思ってくれたんだ。ありがと!」

 相滝はニパッと笑う。

 俺に見える表情は、眉と口だけだけど。

「そうは言ってない」

「言ってるようなもんだって。悪霊退散くんは、わかりやすいからなぁ。このツンデレ〜!」

 そう言いながら、俺を肘でつつく。

 ツンデレじゃないし、お前の性格はどうなってるんだよ。

 それがデフォルト?

 この間の、言ってみれば『闇相滝』みたいなのは、いったいなんなんだ。

「えー、聞きたいのー? 聞いちゃうー?」

「あ、やっぱり聞かないでいいや」

 なんとなくイラッとした気がするから。

「どゆこと!? ひどくない!?」

 相滝は眉を逆ハの字にして、頬に空気をためこみ俺を見上げる。

「女子みてぇ……」

 ボソッとつぶやいてしまったことが、相滝に聞こえてしまったようだ。

「違う」

 相滝が、表情をスンとさせて言った。

 声に抑揚がなくて、いつもより低い。

 この前の相滝みたい……というよりもっと、一瞬で凍りつくような冷たさ。

 しかし直後には、それを一切感じさせない明るさに戻っていた。

「さて、どこに行く? 近くに遊べそうな場所なんてないよね。かといって、公園で遊ぶもの――たとえばボールとか――もないし。あと僕、人目につく場所って好きじゃないんだよね」

 うーん……さっきの冷たい相滝を見たら、この抑揚の付け方が不自然に思えてしまう。

 とりあえず相滝の態度の変化への動揺は隠して、いつも通りを装いながら会話を続けておこう。

「外は駄目そうか。どっちかの家に行くってのも、家の都合があるよな。それに、家に行ってできることないし」

 ……正直相滝の家に行くのは気が引ける、とは相滝に言わない。

 というのも、すげーでかいらしい。

 家もでかいし、庭も広くて池まであるそうだ。

 じいちゃんから聞いた話だけど、門から玄関まで少し距離があるとか……。

「……都合とか別にいいけど、僕の家には来ないほうがいいよ」

 相滝の声が暗くなる。

 さっきの冷たいものとはまた違って――見せたくないものがあるみたいな……。

「悪霊退散くんは見た感じ、まだ染まってないみたいだから」 「あ、ああ……わかった」

 なんで急にそんなことを? 染まるって、何に……?

 疑問ばかり浮かんでくるけど、聞かないほうがいい気がしたから、うなずくだけにした。

「それより、いい場所があるんだ! 花ちゃんワールドっていうんだけど」

 は? なんだそれ。近くにそんな場所ないぞ。

「そりゃそうだ。トイレの花子さんの遊園地だよ。町にあるわけないじゃん」

 相滝が説明してくれるけど、俺の頭はハテナでいっぱいになってしまった。

 何を言っているのか、まったくわからない。

 トイレの花子さんの遊園地って、どういうことだ?

「まあ、見たらわかるよ。僕、この間ゼロと一緒に強制送還されたんだ」

 神在月と……遊園地?

 それってつまり、デートしたってことか!?

「花子さんも一緒だったから、デートじゃないよ。そもそもただの幼馴染だからね」

 な、なんだ……よかった。

 ただの幼馴染って言うけど、周りからしたら距離感が付き合ってる人並みに近いんだってことに、そろそろ気づいたほうがいいと思うぞ、俺は。

「そう? 昔からあんな感じだけどなぁ」

 だったら、昔から距離がバグってるってことだな。

「おもにゼロがね」

 人のせいにするなっ。

「花子さんは遊ぶのが好きっぽいから、嫌がられはしないと思う」

 無理やり話を戻したな。

「……わかった。行ってみるか」

「りょーかい! ひばり学園の正門に、制服で集合ね!」

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