第7話 休日の2人 その2

「あっ! 悪霊退散くん!」

「早いな」

 正門には、すでに相滝がいた。

 いつもどおり、白いブレザーに青いベストを合わせている。

 俺を見つけると、小型犬のように駆け寄ってきた。

「行こう!」

「ああ。めちゃくちゃ元気だな」

「うるさい?」

 なんでそう受け取るんだよ?

 褒めただけだ。

「よかったぁ。悪霊退散くんが、僕の明るさにあてられちゃったのかと思った」

 そんなことを話しながら靴箱で上靴に履き替えて、北校舎3階の女子トイレへ向かう。

「はーなこさんと、悪霊退散くんとー、ゆっうえっんち〜」

「なんだその歌」

「なんだろ? 気分キラキラ最高潮〜! って歌!」

 階段を上りながら、相滝が謎の歌を歌っている。

 幼い子どもみたいにはしゃいで……。

 言葉選びも子どもっぽく……って、それはいつもか。

「悪霊退散くん、花子さんとちゃんと話したことないんだっけ?」

「ああ。中庭に行ったとき、ちょっと知り合いに近づいたくらいで、その前も後もしっかり関わったことはない」

 小学生くらいの、トイレの花子さんらしい格好をしている女の子だったけど、妖怪だからな……本当の年齢はいくつなんだか。

 意外と休日は校内をウロウロしているかもしれない。

「あ。悪霊退散くん、僕、気づいちゃった」

 踊り場で、相滝は足を止めて困り眉で俺を見上げた。

「トイレの花子さん呼び出せないよ。女の子いないから」

 グラウンドが見える窓から、隙間風が吹いた。

 ……そういえば、そうだった。

 女子がいないんじゃ、花子さんを呼び出すことはできないに決まっている。

 あーあ、何やってんだよ俺ら……。

「ねー、そんな顔しないでよ〜!」

 そんな顔……って俺、変な顔してた?

「してた! お前何やってんだよって顔! どうしよう。女子トイレに向かって大声で花子さんを呼ぶなんて、いくら演技でもさすがに無理……」

「お前何やってんだよとは思ってねーよ。……それより演技ってなんだ?」

「え? ええっとね…………女子トイレに向けて叫ぶ変人になるのは、超天才って言われるくらい演技派の僕でも無理ってこと。そーゆーイメージがついたら嫌でしょ?」

 なるほどな。俺も嫌だ。

「でも、方法がないなぁ。……やっぱり、ふたりで叫んでみる? 痛みも2分の1って言うじゃん?」

 嫌だよ。痛みは2倍だよ。

「困ったな」

「そうだねぇ、どうしよっかぁ」

 とつぜん、上から声が降ってきた。

 踊り場から3階へ続く階段の上に、誰かがいる。

 黒髪のおかっぱ、赤いスカート。くりっと大きな目は、俺たちを見つめている。

「悪霊退散くん、高い声出さないでよ。頭に響く」

 はぁ……とため息をつかれたから、少しイラッとする。

 どうやったら女の子の声と俺の声を間違えるんだ。

「俺じゃねーよ。花子さんだ。上見ろ」

 相滝は俺が言った通り上を見て、口をあんぐり。

「あ、あんなところに花子さんが……! そっかぁ、花子さんの声だったんだ。ごめんね、悪霊退散くん」

 まあ、いいけど……。

「ネコちゃん、やっほー! 祓い屋くんもいるねっ!」

 花子さんは満面の笑みで、俺たちの目の前に高速で飛んでくる。

 うわっ!? 攻撃するつもりか!?

「なんにもしないよぉぉ! お札しまって!」

「なんだ、びっくりした。すまん」

 反射的に取り出した札をしまうと、花子さんはほっと息を吐いた。

「ちょうど暇だったの! 遊ぼ!」

 本当に怪異か疑う明るい笑顔を見せて、相滝と俺の手を取る。

「キラキラ・ヒラヒラ・お花さん、花ちゃんワールドに連れてって!」

 目の前が眩しい光に包まれた。

 思わず、強く目を閉じた。

 眩しさはすぐになくなって、ゆっくり目を開く。

 そこは、階段の踊り場ではなかった。

 大きな大きな遊園地。

 けれど、人の声はしない。

 廃園寸前の遊園地、という表現がピッタリ。

「この前来たときは、声がたくさん聞こえたけど……変だな」

 相滝が首をかしげる。

「みんな帰っちゃったの。花ちゃんが暴走しちゃってから、ここに来るのが怖いって言い始めて……。花ちゃん、あれから一人ぼっちだよぉ」

「ま、そうなるよね。でっかい怪物に乗って走り回って、アトラクションや建物ぶっ壊して、花ちゃんワールドをめちゃくちゃにしたんだもん。そんな危険な場所……ねぇ?」

「ネコちゃんまで、そんなこと! んー、でも……そのとおりなんだよねぇ」

 花子さんは肩を落とした。

 事情は知らないけど、可哀想だ。

「それより、2人はどうして学校に? 今日は日曜日だよ?」

「この町、遊べる場所がないんだよ。少しブラブラできるだけでいいのに。でも、学校になら1つあるでしょ?」

「なるほどぉ。花ちゃんワールドはピッタリだね! だぁれもいないし、たーっくん遊べるし!」

「そうそう」

 これは、少しブラブラとはならないな……。

 思いっきり遊びまくることになる気がする。

 だって、遊園地だし。

「悪霊退散くんったら、そこは気にしなくていいじゃん。せっかく花子さんが遊んでくれるっていうんだから」

 さっきはかなり強制的に、ここに送られたぞ。

「さて、花子さん。何して遊ぶ?」

 流れるように無視された。

 たまーに、こういうところがあるんだよなぁ……。

 話を聞いていないのか、故意に無視しているのか。

「はいはーいっ、メリーゴーラウンド!」

「いいね。あそこにあるやつか」

「そう! 楽しいよ」

 メリーゴーラウンド……?

 それって、あれだよな?

 馬とか馬車に乗るやつ。

 実際に乗ったことはないけど、男子中学生向きではないんじゃないか。

「ねーえー、グダグダ言わないで、早く乗ろうよ〜!」

 花子さんが俺と相滝の手を引っ張って、無理やりメリーゴーラウンドに乗せた。

 相滝は黒い馬に、俺は白い馬に。花子さんはカボチャの馬車に乗り、いつの間にかドレスを着ていて、シンデレラのように見える。

「スタートっ!」

 花子さんの声を合図に、キラキラした可愛らしいBGMが流れ出し、アトラクションが動く。

 馬は上下するだけで、正直に言うとつまらない。

 これはどう考えても子ども向けだ。

 中学生が乗るものではない。

 そう思いながら相滝を見ると、なんと顔を強張らせていた。

「相滝、どうした? メリーゴーラウンド苦手?」

「そんなわけないでしょ。そうじゃなくて、スピード速くなってない……?」

 スピード?

 言われてみれば、たしかに……。

 さっきよりも風景の動きが速くなった。

 よく気づいたな。俺は全然わからなかったよ。

「祓い屋のくせに、なんで気づかないの――わあああああ!?」

 相滝がボソボソと何か言いかけるけど、メリーゴーラウンドの速さが尋常じゃなくなり、それどころではなくなってしまった。

 まるで、ジェットコースターだ。

 風景はぐるぐると円を描いてかき混ぜたみたい。

「待った待った待った!! 速すぎないか!?」

「ええー、これくらいが楽しいよ〜!」

 俺は花子さんに訴えかけた。

 でも花子さんはキャッキャとはしゃぐばかりで、スピードを落とすつもりはないらしい。

「あああ、振り落とされるぅぅぅぅ」

 相滝なんて、馬から身体が浮いている。

 馬の首に両腕を回して、なんとか身体を支えているけど……。

 落ちないように耐えてくれ、相滝……!

 などと言う俺も、今にも身体が宙を舞いそうだ。

 必死に馬にしがみついて、吹き飛ばそうとする力に逆らう。

「花子さん、頼むから止めてくれ!」

「ゆっくり、少しずつ速度落としてえー! 急に止めたら、今度こそ飛んでっちゃうよおおお」

「きゃはははっ! ふたりとも、おもしろ〜い!」

「「花子さん!!」」

 俺と相滝の悲鳴のような声が重なって、ようやく状況を理解したらしい花子さんが、

「キラキラ・ヒラヒラ・お花さん、メリーゴーラウンドを止めて! ゆっくりね〜」

 と、花の杖を一振りした。

 それまで、グルングルンと激しく回転していた馬たちは、だんだん減速して、最終的には静止した。

 相滝の身体は馬の背中にボトリと落ちた。痛そう。

「はあぁぁ……」

「なんで僕がこんなことに……」

 俺と相滝は2人そろって大きく息を吐いた。

 花子さんだけは、相変わらずピンピンしている。

「えへへ、ごめんねぇ」

「ごめんで済むなら、警察はいらない」

 ま、まあまあ、落ち着けって相滝。

 そこまで言わなくてもいいだろ?

 下手したら吹き飛ばされてたお前の気持ちは理解できるけど。

「あそこのカフェで休もう。休憩しないと、やってられない」

「だな。俺もそんな気分」

「そっかあ。じゃあ、そうしよっか!」

 花子さんは先頭を空中浮遊で進んでいった。

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