第4話 花ちゃんのお願い

 花ちゃんワールドで色々あった、翌々日のことだ。

「やっと、昼休みだぁ〜」

 わたしは両手を上げて、うーんと大きく伸びをする。

 体育の後の理科は、眠たくてしょうがなかった。

 今日の体育はソフトボールだったんだけど、ボールは上手に投げることができないし、バットは重くてなかなか思い通りに振れないし……ものすごく疲れちゃった。

 体育で疲れると次の授業を面倒に思ってしまう。

 あと1時間だから頑張らないと! と自分を奮い立たせても、やっぱり眠気には負けそう。

 今日はギリギリ起きていられたけれど、次はどうだろう。

 晴夜くんに教えてあげなきゃいけないから、わたしが寝ちゃダメなんだけどな。

 数学と理科が苦手な晴夜くんは、今日の授業も楽しくなかったみたい。

 ずーっと、ノートに落書きしてた。

 チラッと見てみたら、文字をつらつら綴ってて。

 一体何を書いていたのかはわからないけれど、授業と関係ないのは確かだ。理科の授業ではプリントを使うからね。

 先生は晴夜くんを注意せずに知らんぷりしていた。

 何も言わないで成績を下げるタイプの先生だから、晴夜くんの成績が心配だよ。

 ……なんて、終わったことを考えてもしょうがないか。

 授業態度はあとで晴夜くんに直接言えばいいしね。

「晴夜くん、一緒にお弁当食べよう」

 わたしは、隣の席の晴夜くんに声をかける。

「うん……」

 返ってきたのは曖昧な返事。

 晴夜くんは真剣な表情で、さっき文字を書いていたノートとにらめっこしている。

 いったい何を考えているんだろう?

「せーいーやくん」

 わたしは、晴夜くんの顔をのぞき込んでみる。

「……ん? ――うわっ!?」

 晴夜くんはノートから顔を上げると、わたしを見てのけぞって椅子ごと後ろに倒れた。

 ガターン! と教室中に大きな音が響いた。

「きゃ、晴夜くん! ごめんね!?」

 晴夜くんが倒れた音で、雑談したりお弁当を食べたりしていたクラスメイト全員が晴夜くんを見た。

「相滝、大丈夫ー?」

「うん、大丈夫!」

 晴夜くんが元気に答えると、うなずいてもとどおりの行動に戻った。

 みんな、優しいね。わざわざ声をかけてくれるんだもん。

「いったぁ……」

 晴夜くんは、背中をさすりながら立ち上がる。

 さっきは、あんなに元気に返事をしていたのに、全然大丈夫そうじゃないよ……。

 驚いて倒れるほど、何を一生懸命に考えていたの?

「ああ、それは……花子さんのことだよ」

 晴夜くんはのろのろと椅子を起こしながら答えた。

「花ちゃんのこと?」

「ん」

 わたしが首をかしげると、晴夜くんはノートを見せつけてきた。

 端正な字で事細かに、イメージマップのように疑問が張り巡らされている。

 ……その意欲を勉強に向けたらいいのに。

「それで、これがどうしたの?」

「花子さんは本当にひとりぼっちだったのかな、と思って」

 晴夜くんのノートをよく見てみると、花ちゃんや七不思議のことが書かれていた。

「そんなに不思議なこと? 花ちゃんはひとりぼっちだったから、わたしたちを花ちゃんワールドに連れて行ったんでしょ? わたしはおかしくないと思うな」

「うん。それは、そうなんだけど……」

 晴夜くんはノートを閉じて、左手をあごにあてた。

「ひばり学園には、花子さんを代表とする七不思議があるでしょ。何十年も昔から、生徒たちによって語り継がれてきた噂話。それでなんとなく思ったんだよね。花子さんには七不思議の知り合いがいるんじゃないかって」

「つまり……晴夜くんは、七不思議が友だち同士っていう想像をしているんだね。その想像が正解なら、花ちゃんはひとりぼっちじゃないかも」

 でもそれだと、花ちゃんがわたしたちを花ちゃんワールドに連れていって、暴走して殺そうとした理由がわからなくなっちゃうよ。

「6人じゃ満たされなかったのかも」

 晴夜くんは、ポツリと独り言のようにつぶやく。

 直後、口角を上げてニッコリした。

「さ、お弁当食べよう!」

 晴夜くんは、ノートを机に押し込んだ。

「うん、そうだね」

 わたしは、晴夜くんの明るい言葉にうなずく。

 それから、わたしはガサゴソとカバンを漁ってお弁当を取り出した。

「見てみて、じゃーん!」

 晴夜くんに、フタを開けて中身を見せる。

 今日のお弁当は、彩り豊か。

 卵焼き、ウインナー、ブロッコリー、トマトなどなど、色々詰めてきた。

「おいしそう! 今日もゼロが作ったの?」

「うん!」

「僕はまったく料理ができないから、うらやましいよ。僕が作ると、どうしてか炭ができるんだよね……食べられたもんじゃないや」

 晴夜くんが感心したように言う。

 後半の内容に耳を疑ったよ。

 まさか、晴夜くんの料理でできるあの物体を食べたの……?

 というのは、晴夜くんに聞かない。

「わたし、毎朝早起きして、ちゃんと作ってるの。えらいでしょ」

「うん、えらいえらい。かわいい」

 わたしが胸をそらすと、晴夜くんはクスクスと笑った。

 さらっと言いのけた言葉に、顔がブワッと熱くなる。

「かっ……かわいい!?」

 そ、そんなのうそっ! わたしは別にかわいくないよっ!

「『超カワイイ』のほうがよかった?」

 晴夜くんは、ニヤリと笑う。

「そういうわけじゃ……!」

 わたしが真っ赤になって固まっているのに、晴夜くんはカバンからお弁当を取り出している。

「いただきます」

 わたしなんて目に入っていないように、晴夜くんはお弁当を一口ぱくり。

 すると、ほんの少し表情がとろける。

 その表情で、お弁当がとってもおいしいんだということがよく伝わってきた。

 晴夜くんのお弁当は、みどりさんが作っているんだ。

 翠さんは晴夜くんのお母さんで、すっごく綺麗な人。

 肌と真っ黒な髪が綺麗でとても素敵なんだ。

 おっとりしていて、優しいの。

 晴夜くんは、お母さんとよく似てる。顔とか、特にね。

「わたしも、食べようっと。いただきます」

 それからは、まったく話さなかった。

 2人一緒にいるだけで幸せな気持ちになれるの。

「ごちそうさまでした」

 晴夜くんの声が聞こえて目を向けた。

 わたしと目があうと、晴夜くんはコテンと首をかしげた。

「何?」

「ううん。速いなぁと思って」

 もう食べ終わったなんて珍しい。

 普段はもう少しゆっくりだったと思うんだけど。

「もしかして、急いで食べた?」

 晴夜くんは普段わたしより食べ終わるのが遅い。

 一口が小さくて、食べるペースがゆっくりだから。

「まあ、うん……当たりだよ」

 晴夜くんは空になったお弁当箱をナフキンで包みながら言う。

「ゼロさぁ、僕が食べるの遅くて暇だからって、いつも観察してくるじゃん」

「え? あ、それは……ごめんね。観察してるつもりはなかったの。晴夜くん、言葉にはしないけどとってもおいしそうに食べるから、つい見ちゃうんだ」

 わたしが言うと、晴夜くんは手を止めた。

「おいしそうに……? 全然自覚なかった」

「そうなんだ。晴夜くん、いつもにこにこして食べてるよ」

「あ、そう……」

 あれっ、黙っちゃった。

 嫌な気持ちにするつもりはなかったんだけど、どうしよう。

「悪い意味で言ったんじゃないよっ」

 ご飯を作る人からすると、無表情で食べるよりおいしそうに食べてくれる方が嬉しいよね。

「僕も悪い意味には捉えてないから」

 わたしが慌てて言ったからか、晴夜くんはふはっと吹き出した。

 不機嫌でも怒ってもいないようで、ホッと安心する。

 そのときだ。

「喧嘩してんのか?」

 背後から男の子の声がして、わたしたちは飛び跳ねた。

 わたしたちの後ろにある扉を見ると、早平はやひらしょうくんが教室をのぞき込んでいた。

 早平くんは、オレンジに近い色の赤毛がピンピンはねているツリ目の男の子だ。

 わたしと晴夜くんが顔を見合わせてそろって首をかしげると、早平くんはホッと息をはいた。

「喧嘩ではなさそうだな。よかった」

「へぇー。喧嘩してて心配! とでも思ったの?」

 晴夜くんが早平くんに言う。

「心配したわけじゃない。いつも仲良い2人が喧嘩っぽいことしてて、ちょっと気になっただけだ」

 こんなふうにツンとした態度をとる早平くんは、1年生のときに同じクラスだった友だちで、自称祓い屋というちょっと不思議な子。

 お化けを祓ってるところは見たことがないから本当かどうかはわからないけど、嘘をつくような子じゃないの。

 晴夜くんとカンナちゃん、それからわたしとよく一緒にいた。

 1人だけクラスが離れちゃったけど、疎遠にはなってない。

 この間も4人で大きな公園に行って、バレーをして遊んだんだ。

「早平くん、今日はどうしたの?」

「そうだよ、2組に来るなんて珍しいね。悪霊退散あくりょうたいさんくん」

「翔だ」

 悪霊退散くん、と言う晴夜くんに早平くんはムッとした。

 晴夜くんは、すぐあだ名をつけるの。

 わたしは「ゼロ」と呼ばれるのを気にしてないんだけど、早平くんは「悪霊退散くん」と呼ばれるのが好きじゃないみたい。

「え〜。でも、名前を覚えるのって難しいし……」

「早平翔。リズムで覚えたらいいんじゃないか?」

「は……はや…………なんだっけ?」

 晴夜くんは、コテッと首をかしげた。

「はいはい、わかった。頑張って名前を覚えなくてもいいよ」

 早平くんは、ため息をついた。

「橋田の名前は言えるのにな……」

「あの子はあだ名みたいなもんでしょ?」

「いや、名前だよ。何を見てそういう判断してんだ」

 きょとんとしながら言う晴夜くんに、早平くんは半眼を向けた。

 うんうん、そうだよね。

 晴夜くんは顔と名前を覚えるのが苦手だから、友だちにあだ名をつけて呼んでいるんだよ。

 けれどカンナちゃんは例外。

 初めて名前を聞いたときから、今まで一度もカンナちゃんの名前を忘れたり間違えたりしたことがない。

 どうしてカンナちゃんだけなんだろう?

「余計なことは考えないのー」

「わかったよ」

 晴夜くん、あんまり深掘りされたくないみたい。

 わたしが苦笑していると、早平くんがわたしを見た。

「なあ神在月。一緒に中庭に行かないか」

「どうかしたの?」

 わたしは、首をかしげる。

 早平くんから誘ってくれるなんて、初めてじゃない?

「神在月が知らなそうな噂話があって。知りたいなら教える」

「ええー! 聞きたい! ありがとう、早平くん!」

「別に神在月のためじゃねぇから、そこは勘違いするなよ」

 早平くんは、ふいっとそっぽを向く。

 わたしは、クスッと笑い声をもらした。

「悪霊退散くんは、ツンデレだね。ねっ、ゼロ」

「そのへんの定義は、よくわからないなぁ」

「俺はツンデレじゃねぇ。行くぞ」

 早平くんは、ムッとしながらスタスタ廊下を進んでいく。

「あっ、待って待って」

「ゼロ行っちゃうの? じゃあ僕も行くー!」

 わたしたちは、早平くんを追いかけた。



 早平くんとわたしは、中庭にやってきた。

 後ろには、もちろん晴夜くんがいる。

「ここで女の子の泣き声がするの?」

「ああ。『雨が降ったあと』っていうのが条件だ。今日は午前中に降ってたから一応条件通りなんだけど、体育が中止にならない程度の雨だったから聞こえるかわからねぇな……」

 早平くんは、中庭を見渡した。

 中庭に移動している間に早平くんから聞いた最近流行っている噂話は、雨が関係している。

 雨が降ったあと中庭に行くと、女の子の泣き声が聞こえるんだって。

 噂自体はずっと昔からあったそうだけれど、七不思議ほど有名じゃないせいかあまり聞かない。

「やっぱ何も聞こえないな。声を聞いたって生徒はちらほらいるけど、今日の話じゃねーし……。せめて姿が見えたらなぁ」

「えっ!? 早平くん、もしかしてお化けが見えるの!?」

 わたしは、早平くんの独り言に驚いた。

 だって早平くんは『自称』祓い屋だよ? 実際に祓い屋をやっているところを見たわけじゃないから、信じきれない。 

「見えるぞ。1年間同じクラスだったのに信じてなかったのか」

「うーん……。正直言うと、厨二病みたいだというか……」

 こんなこと言って、早平くんでもさすがに怒るよね……。

 今まで早平くんが怒ったところを見たことがないけど、怒りの感情がないわけがないもん。

 けれどわたしの想像と違って、意外にも落ち着いていた。

「そんなんだろうと思った。みんなそう言うんだよな」

「ドンマイ悪霊退散くん」

 晴夜くんが、早平くんに笑いかけた。

 眉毛と口しか見えないから、文字通り笑っているのか、それとも本当になぐさめようとしているのかわからない。

「ドンマイって言ってほしいって、一言も言ってねぇけど」

 早平くんもわたしと同じことを思ったのか、言葉の意味には触れなかった。

 笑っているんだったら、こっちがショックを受けるからね。

 それにしても、言葉選びがツンツンしてるよ。

「うわぁ、ハリセンボンみたい。言葉も態度もチクチクしてるね」

「俺はハリセンボンじゃない」

「直喩ですー。『まるでなんとかのようだ』ってゆう表現技法ですぅ」

「そりゃ悪かったな」

 晴夜くんったら、早平くんがこたえるたびに「あはは」と笑ってる。

 早平くんの表情が険しくなってきたよ。

 大丈夫なの? 喧嘩したりしないでね。

「悪霊退散くん、いちいち真面目に受け取りすぎだよ。こーゆーのは軽く流すのがいいんだって。そしたら相手はかまってもらえなくて何も言わなくなるからさ」

「ふーん。相滝は友だちを減らしたいのか?」

 晴夜くんはカラカラ笑っていたけれど、早平くんに言われて黙ってしまった。

 早平くんの目は曇りひとつなくて、純粋に疑問に思ったみたい。

「友だち、は……」

 晴夜くんが答えかけたときだ。

「ひっく、ひっく……」

 あたり一帯にかすかに、けれどハッキリ聞こえる泣き声がした。

「聞こえたか?」

「うん……」

「女の子の声だね」

 早平くんの言葉に、わたしと晴夜くんはうなずいた。

 でも、姿が見えないよ。

 グルリと周りを見渡しても、わたしたち以外見当たらない。

「ねえ今さらだけどどうして誰もいないんだろう? いつもなら、中庭でお弁当を食べている子もいるよね?」

「例の噂のせいじゃないかな。怖い場所には近づきたくないじゃん? 僕なら避けるよ」

 わたしの疑問に晴夜くんが答えてくれた。

 隣に立つ早平くんも、うんうんと繰り返しうなずいている。

「それにしても、この声……」

 晴夜くんは、あごに手を当てて何かを考える。

「どうした?」

 早平くんが聞くと、晴夜くんはにっこり笑った。

「ううん。いいこと思いついちゃった」

 いいこと?

 わたしは、早平くんと顔を見合わせると一緒に首をかしげた。

「いいことってなあに?」

 わたしが言うと、晴夜くんは「シーッ」っと口に人差し指を当てた。

 ニヤッと口角を上げた――と思ったら。

「はーなこさん、遊びましょう!」

 晴夜くんの声だけが、クリーンに聞こえた。

 ここはトイレじゃないから、花ちゃんは出てこないんじゃ――。

「はーあーいー! ……うえええぇぇぇん!」

 わたしの予想を裏切って、花ちゃんが姿を現した。

 元気なお返事……かと思ったら、泣き出してしまった。

「はっ、花ちゃん!? どうしてここに……?」

 わたしがきくと花ちゃんはグスグス泣きながら、うるうるとした目で空を見上げた。

「雨が降ったら、花ちゃん寂しくなっちゃうの……」

「そっか……」

 寂しくて泣いている花ちゃんの泣き声が、ここを通った子に聞こえちゃったんだね。

 それにしても雨が降ったら悲しくなるって、雨に嫌な思い出でもあるのかな?

「悪霊退散したほうがいいよな? いや、でも神在月が普通に話しているし……」

 ブツブツと早平くんの独り言が聞こえてきて、わたしは早平くんを見た。

 いつどこから取り出したのか、手には難解な文字が書いてある御札を持っている。

 そんな早平くんに晴夜くんが近づいて肩に手をかけた。

 右耳にコソコソと耳打ちする。

「祓わないの? 祓い屋の仕事は妖怪を祓うことでしょ? 迷ってるようじゃ、祓い屋は務まらないよ」

 今度は左耳に顔を寄せると、また耳打ちした。

「祓ったらゼロが悲しむかも……。花子さんは悪い妖怪じゃないから、祓ったら可哀そうだよ」

 あれは、いったい何をしているんだろう。

 見た感じ、天使と悪魔のささやきみたいだけど……。

 早平くんには通じなかったようで、晴夜くんは両手を拘束されておでこに御札を貼り付けられてしまった。

「ちょっと静かにしろ」

「え、うん、わかった……でもなんで御札貼ったの?」

「なんとなく」

 仲良くないようで仲良く見える2人を見て、わたしと花ちゃんは顔を見合わせた。

 花ちゃんは呆れて半眼になっている。

「なあに、あれ」

「さあ?」

 わたしにもわからない。

 2人ともなんだかんだ楽しそうだし、邪魔しないように放っておこう。

「ねえ花ちゃん」

 わたしは花ちゃんに話しかける。

 目の高さを合わせるために、姿勢を低くした。

「なあに?」

 わたしの目を見てきょとんとする花ちゃんは、お化けとは思えないくらい可愛い。

「これからは寂しくないよ。わたしたちがいるから」

「あ……ちーちゃん……」

 花ちゃんは誰かの名前を呟いて、大きく目を見開いた。

 それから、瞳が揺らいでうつむく。

 けれど顔を上げて嬉しそうに笑った。

「ありがと、ゼロちゃん!」

 わたしは花ちゃんの笑顔につられて、自然と笑顔になった。

 お化けと笑い合っているなんて感じはしない。

 年の離れた妹と接しているような気がする。

「あれれー、解決したみたいだね。僕たちがふざけてる間に」

 晴夜くんの声で、わたしたちは放っていた2人に目を向けた。

 いつの間にか、晴夜くんのおでこに貼られていた御札はなくなっている。

 1人で笑う晴夜くんを見て、早平くんは半眼になった。

「『あれれー』じゃねぇから。それより花子さんと知り合いなのか?」

「うん、おととい知り合ったばっかり。てゆーか、よく花子さんだってわかったね?」

「あの見た目は誰だって花子さんだと思うだろ」

「わあ、祓い屋くん、とーってもおもしろいねっ!」

 花ちゃんはキャッキャと笑い声を上げた。

 それからフゥ……と息をはいて真剣な表情をすると、わたしの手をギュッと握った。

「ゼロちゃん、1つお願いしていい?」

 お願い?

 どんな内容かわからないけれど、友だちのお願いはできるだけ聞きたい。

「うん。どんなお願いなの?」

「あのね、ゼロちゃんには、花ちゃん以外の七不思議が持つ【力の源】を奪ってほしいの。【力の源】は、七不思議に強大な力を与えてくれるお守りのようなものだよ」

 【力の源】を奪う?

 それって、どういうこと? 盗みをするってこと……?

「えっと……どうして?」

 花ちゃんの言葉の本当の意味を知らないことには、なんとも言えない。

「……これは、ゼロちゃんの役目なの。ゼロちゃんがやらなきゃいけないことなんだよ」

 花ちゃんは悲しそうに目を伏せて、そう言った。

 わたしの役目って、急にそんなことを言われても困るんだけど……。

「詳しく教えてくれない?」

「ううん。今はだめ。【力の源】が6つ全部集まったら教えてあげる」

 花ちゃんがあまりにも悲しそうな顔で言うものだから、わたしはそれ以上何も言えなくなってしまった。

「……わかった。【力の源】はどういう見た目で、どこにあるの?」

 本当は奪うなんてひどいことはしたくないけれど、友だちのお願いは聞こう。

 それに、わたしの役目だ……って、よくわからないけど本当にそうなら引き受けなきゃいけないよね。

「ありがとう、ゼロちゃん! 【力の源】は、七不思議がそれぞれ持つ領域テリトリーっていう空間の中心にあるんだよ。例外もあるけど、それはそのときになんとかしてね」

 花ちゃんは嬉しそうに目を細めると、わたしの手を上下に振った。

 領域テリトリー? 言葉から考えて、七不思議のナワバリかな……。

 花ちゃんに聞こうかと思ったけど、タイミングがつかめない。

「あとは見た目だけど……【力の源】はゼロちゃんの髪飾りと同じ、白くて丸いものなの」

 花ちゃんが、わたしの髪飾りを指さした。

 髪飾りは、わたしの頭の左右に2つずつついている。

 2つで1つのセットなんだ。

 髪飾りの中心に空いた穴に紐が通してあるの。

「これに似ているってこと?」

「ううん。似てるんじゃなくて同じもの。だから、見たらわかると思うよ」

 同じものって、どうしてわかるんだろう。

 もしかしたら大きさが違ったり、色が少し違ったりするかもしれないのに。

「ゼロちゃんの髪飾り、いつ誰にもらったの?」

 花ちゃんはわたしの髪飾りを見て、首をコテンとかしげた。

「小学生のとき、晴夜くんが誕生日プレゼントでくれたの。肌身はなさず持っててねって言われたっけ」

 2年生の大晦日だったかな。

 まだ友だちになって少ししか経っていなかったけれど、わたしが晴夜くんの誕生日にクロネコのキーホルダーをプレゼントしたら、お返しにくれたんだ。

 あのとき、晴夜くんとの距離がちょこっと縮まった気がしたな。

「そうなんだぁ。よーくわかったよ!」

 花ちゃんははじけるような笑顔を見せて、うなずいた。

「【力の源】をよろしくね、ゼロちゃん。じゃあ、花ちゃんは帰るね! バイバーイ」

 そう言うと、花ちゃんはフワリと姿を消してしまった。

「あっ、待って……」

 領域テリトリーのことを聞こうと思っていたのに……。

 最後までタイミングをつかめないままだったな。

 それにしても大変なことを引き受けちゃったような気がする。

 わたしはこれから七不思議と関わっていくことになるんだよね。

 花ちゃんワールドのときみたいに、七不思議が暴走でもしたら……考えるだけで恐ろしい。

「ゼロ、ダイジョーブなの?」

「わっ!? びっくりさせないでよ……」

 後ろからヌッと肩越しに顔を出した晴夜くんに、わたしは驚きを隠せなかった。

 晴夜くんは、わたしの言葉をしっかり無視して「妖怪なんかと約束しちゃうなんて」と、眉をひそめた。

 そこへ、今度は早平くんが口を出した。

「七不思議の頼み事なんて、きいてよかったのか?」

「うん……」

 どうして、左右から話しかけるかなぁ。

「そこにゼロがいるから」

「距離感ミスっただけだ」

 晴夜くんはその場から動かないのに、早平くんはズザザーッと離れていく。

 気のせいか、顔が赤いように見えた。

「顔赤い――むぐ」

 早平くんに言おうとして、後ろから口を塞がれた。

 晴夜くんは、横からヒョッコリ顔を見せる。

 晴夜くん何するの? と視線で伝えた。

「言っちゃいけません」

 わかったよ。とりあえず、手を離してほしい。

 じーっと見ていると、言葉にはしていないのに晴夜くんが手を離してくれた。

「視線だけで何言いたいかわかるなんて、僕って天才」

「幼馴染なだけでーす」

 わたしは、そっぽを向く。

 けれど不思議な笑いに耐えられず、クスッと笑い声を上げた。

「どうしたの?」

「こちょこちょされてんのか?」

 2人の不思議そうな表情が、これまたおかしく思えてしまって、わたしの笑い声は止まらなくなったのでした。


 ❀


 花ちゃんと約束した日の夜のこと。

 わたしは、ひとり寂しく家でテレビを見ていた。

 色々な芸能人が出演する有名なバラエティ番組だ。

 わたしは、芸能人にそこまで興味がない。

 顔を見ても「この人誰?」という状態になるほど。

 けれど、ある男の子は見ていてキラキラするものがある。

『みなさん、こんばんは! 木瀬きせあやです』

 スタジオが歓声と拍手に包まれる。

 わたしは、テレビに釘付けになった。

 わたしの目に映るのは、大勢いる芸能人の中でひとりだけ。

 ぱっちりした赤い目、明るさと元気のみなぎる笑顔、サラサラの銀髪ボブ――。

 普段は見ることのできない〝彼〟は、わたしに希望を与えてくれる。

「今日も素敵だなぁ」

 わたしは、スマホのトークアプリを開く。

 晴夜くんとのトーク画面に、こうメッセージを送った。


『テレビ見てるよ!』


 すぐに既読がつく。

 そして返ってきた言葉は、


『見ないでって、言うつもりだったのにな。』


 文面から晴夜くんが苦笑いしている様子が見えて、わたしはほほ笑んだ。

 そこへ、続けてメッセージが届いた。


『見てくれてありがとう。』


 胸がキュッとなって、自然とニヤけてしまう。

「ありがとう、か……。えへへ」

 やっぱり、トークアプリじゃ話し足りない。

 また明日、もっとたくさん晴夜くんとお話しよう。



***


 花子さん編はここまでです。

 続きを読みたいという声が多かったら投稿再開します(_ _)

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