第3話 花ちゃん、大暴走
花ちゃんワールドのカフェにて。
「おいしい〜」
わたしは、小さめサイズのホットケーキを食べていた。
上からハチミツがかかっていて、お皿の端にはバニラアイスも乗っかっている。
晴夜くんが本当におごってくれるなんて、ビックリだよ。
「……あのさぁ、疑問があるんだけど……。花ちゃんワールドなのに、お金いるの?」
晴夜くんが自分の財布を見ながら言う。
たしかに……よく考えたら、現実世界とは違うよね。
「花ちゃんのフトコロに入るよ!」
あっ、それはつまり、代金は必要なかったってことね。
ということは……。
「ぼ、僕のお金…………努力の結晶が……」
晴夜くんの声が震えている。
「冗談だよ。花ちゃんはお金とらないの」
「え、何それ。どの口が言ってるの? 僕のお金とったじゃん」
「とってないよ!」
花ちゃん、よーく思い出してみて。「お金ちょーだい」って言って、とったよね?
「僕の福沢諭吉が……」
晴夜くんは、お札の肖像画の人物名を言う。
いくらお金を取られたのか、金額を言わなくてもわかっちゃう。
「花ちゃん、フクザワさん知らない」
花ちゃんは、左右にフルフルと首をふる。
きゅるんっと可愛い目で晴夜くんを見上げているけれど、その可愛さに騙されてはいけない。
「あと、野口英世が二人」
「花ちゃん、ノグチさんたち知らない」
またもや、フルフル首をふる。
晴夜くんのお金が、花ちゃんのふところに……。
お財布に、たくさん入ってたのね。
とられたのは可哀想だけど、うらやましい。
「むぅ……。後で返してよ?」
晴夜くんが、ほっぺをふくらませて、むすーっとしてる。
「晴夜くん、ホットケーキ食べる?」
おごってくれたし。
……正確には、おごってくれたわけではないんだけどね。
「えっ、いいの!?」
晴夜くんはキラキラーッとした目をして、わたしを見る。
うん。いいよ。
晴夜くんは、ホットケーキが大好物なの。
実はものすごく食べたいのでは……と思った。
「はい、あーん」
わたしは、フォークでホットケーキを1切れとる。
それを、晴夜くんの口元に持っていった。
「――いやいやいやいや!?」
晴夜くんは一瞬嬉しそうにしたけれど、すぐにバッと離れた。
耳まで真っ赤だけど、どうしたのかな。
「いいよ、いらない! ゼロが1人で食べてっ」
「え? ええっ?」
晴夜くんたら、カフェから出て行っちゃった。
「目、キラキラしてたのに……」
わたしが落ち込んでいると、花ちゃんがわたしの真横に並んで、呆れたように言った。
「ゼロちゃん、銀髪くん(仮)は幼なじみだけど男の子だよ? あーんされるのは恥ずかしいよ。女の子みたいだけど、男の子なんだからぁ」
「それで出て行っちゃったの?」
そっか……わたしがなんとも思わないだけで、晴夜くんは気になるんだなぁ。
ていうか、女の子みたいだけどって言葉は余計じゃない?
「事実だもん」
「事実でも、言っていいことと悪いことがあるの」
わたしが言うと、花ちゃんは「わかった!」と元気にうなずいた。
「えらいね、花ちゃん。ホットケーキどうぞ」
わたしは、晴夜くんにあげようとしていたホットケーキを花ちゃんにあげた。
「んふふー、おいしい〜」
パクッとホットケーキを頬張った花ちゃんは、もちもちしていそうなほっぺたを両手で押さえた。
可愛い……!
「いいなあ、ホットケーキ。あたしも食べたい」
可愛い花ちゃんを見つめていると、誰かの声がした。
「あれ?
隣の席にやってきたのは、1年生のときに同じクラスだった
焦げ茶色の髪は肩までの長さで、髪と同じ色の目が綺麗。
いつも大人しい子で、独りぼっちで本を読んでいた記憶がある。
どうしてここに?
「あたしね、花子さんを呼び出したんだけど、連れてこられちゃったの」
ええ! 大変だ!
花ちゃん、帰してあげないの?
「夕ちゃんはね、花ちゃんと仲良くしてくれるの! だから、まだ帰したくない。でも、ちゃんと帰すから安心してね」
よかった。ちゃんと帰すって言ってくれて、ちょっと安心。
でも雛姫さん、今すぐ帰りたいとは思わないのかな。
わたしの顔を見て、わたしが考えたことがわかったのか雛姫さんが言った。
「大丈夫よ。帰ったって楽しくないもん」
はあ、とため息をつく。
「平日は毎日学校でしょ。授業を受けて、部活して、帰ったら宿題をして……もう疲れた! でも、ここは楽しくて、いつも遊べる。こんないい場所、他にないわ」
わたしはなんて言えばいいのか、わからなくなってしまった。
雛姫さんの言うことは、わからないこともない。
学校は大変だし、疲れる。勉強は難しくなってくるし、宿題も多い。
逃げられる場所、欲しくなっちゃうよね。
わたしも、そんなときがあるよ。
「あたし、ずーっとここで暮らすの」
雛姫さんは、楽しそうに笑った。
やめたほうがいい、と言いたい。
だって、お家では家族が帰りを待ってくれていて、学校にはクラスメイトや先生がいる。
雛姫さんが帰らなかったら、みんなが心配するよ。
でも、雛姫さんの気持ちが少しわかる分、声かけがしづらい。
「……そうなんだ」
結局、それしか言えなかった。
シーン……と静かになってしまう。
不気味なほど音がしない。
「――夕ちゃん、死にたいの?」
静かな空間に、花ちゃんの冷たい声がした。
ゾワッと寒気がして、心臓の鼓動が速くなった。
わたしは花ちゃんを見て、すぐに訂正しようと思った。
「は、花ちゃん……、違うよ。雛姫さんは、花ちゃんワールドが居心地良くて言ってるんだよ。死にたいんじゃないと思う」
「う、うん……あたし、死にたいわけじゃ……」
わたしの言葉に、雛姫さんはコクコク繰り返しうなずいた。
けれど、花ちゃんの冷たい声はもとに戻らなかった。
「わかってる? ここは花ちゃんワールドなの。霊的エネルギーが大きいの。普通の人間は、ここにずっといたら死んじゃうよ?」
そう言う花ちゃんの目は、お化け屋敷のお化けよりも怖い。
首をかしげて無表情でわたしたちを見つめる様子は、この世のものとは思えない、背筋が凍ってしまいそうな恐ろしさを感じる。
ううん。そもそも、この世のものじゃない――花ちゃんは、お化けなんだ。
忘れていたことが蘇る。
とっても可愛くて無邪気だったから、わたしは人間の子どもに接するように花ちゃんと接したけれど、この子はトイレの花子さんだ。
――帰ってこなかった子は、どこへ行ってしまったんだろうね。
カンナちゃんとした噂話の、最後の言葉が思い出された。
帰ってこなかった子は…………花子さんに殺されてしまったの?
だから、帰ってこなかったの……?
もしそれが事実だったら――
「でも、それでもここにいたいって言うなら……」
花ちゃんの声で、現実に戻ってきた。
花ちゃんは、両手を組み合わせて握りしめていた。
まるで、神様にお願いするときみたいに。
「夕ちゃん。花ちゃんと一緒に、ずうっとここで暮らそうよ。そうだ、ゼロちゃんと銀髪くん(仮)も一緒に!」
花ちゃんは、にこっと笑った。
でも、目が笑っていない。
わたしと雛姫さんは、ヒュッと息をのんだ。
「だから、今ここで死んでね」
花ちゃんがそう言った瞬間、背後で風切り音がした。
「「!?」」
わたしと雛姫さんは、ハッとして振り返る。
壁に突き立っていたのは、緑色の植物の……ツル?
それを上へと目で追っていく。
たどり着いたその先に、大きな大きな花の化け物がいた。
「あれ……ツルハナナス?」
たしか、晴夜くんが言ってた。
可愛らしい白い花がついている植物だ。
また、ツルが飛んできた。
「「キャー!!」」
わたしたちは2人揃って悲鳴を上げて、逃げ出した。
後ろで、お皿が割れる音がする。
たぶん、わたしが食べていたホットケーキが落ちた音だ。
カフェの外に出ると、晴夜くんが壁にもたれかかっていた。
「どうしたの、ゼロ? なんで慌ててるの?」
晴夜くんはわたしたちを見て首をかしげて、緑色のツルを見る。今度は、眉をひそめた。
「なんだこれ? ツルみたいだな……」
その視線を上へ向けて、驚愕した。
「は!?」
晴夜くんにも、あの大きな花の化け物が見えたんだろう。
「ねえ、銀髪くん(仮)も花ちゃんと一緒に暮らそう? 死のうよ。花ちゃんとおそろいだよ」
花ちゃんはいつの間にか、ツルハナナスの化け物の上に乗っていて、晴夜くんにも同じことを言う。
「死んで一緒に暮らそ? そしたら、新しいあだ名考えたげるよ」
「やだ! ゼロと、えっと――とにかくそこの女子、走って逃げるよ!」
晴夜くんは首を横に振ると、わたしと雛姫さんに言った。
わたしたちは、全速力で花ちゃんから逃げる。
恐怖のあまり、足がうまく動かない。
わたしは、つまずいて転んでしまった。
「痛っ……」
すぐに立ち上がろうとしたけれど、足をくじいたのか痛みが走った。
ツルハナナスが、グングン近づいてくる。
「あの馬鹿っ」
ダッと晴夜くんが走ってきた。
そして、わたしを横抱きに抱えあげると、そのまま走り出す。
「どうして逃げるの? 花ちゃんを、ひとりにしないで!」
花ちゃんの感情の高ぶりとともに、化け物の動きが激しくなっていく。
ツルをあちこちに飛ばして、アトラクションをバキバキと壊す。破片があちこちに飛んでいって、わたしたちの方にも飛んでくる。わたしたちには運良く当たらずに、逃げ続けることができた。
アトラクションで遊んでいた人たちは、遊園地の端っこの方で肩を寄せあって震えている。
「ああもうっ、何がしたいんだよ!」
晴夜くんはイラついたように声を荒らげると、わたしを雛姫さんに押しつけた。
「ちょっとよろしく!」
「え、ええっ?」
困惑する雛姫さんの声が、頭上からする。
晴夜くんはツルハナナスの化け物の前に立って、両腕を広げた。
「聞いて、花子さん!」
「なあに? 死んでくれるの?」
花ちゃんは、うれしそうにほほ笑む。
その瞳に、今までの輝きはない。
「花子さんと今日限りでサヨナラしないよ! これからも会いに来るから、もうやめて!」
「……君は、ウソつきじゃない?」
「ウソなんて、つかないよ!」
「……。わかった」
花ちゃんは晴夜くんを冷たい目でにらんだ。
でも、信じてくれたみたい。
花ちゃんが化け物の白い花をなでると、ツルハナナスの化け物がただの可愛い花になった。
花ちゃんは地面に降りて、その花を拾って握りつぶした。
「え、なんでつぶすの……?」
「このお花、もともと枯れてたの。かわいそうだったから、花ちゃんがここにつれてきてあげたの」
引きつった顔の雛姫さんに、花ちゃんは無表情で言う。
「……ひとりは怖いよね」
静かな声で晴夜くんが言った。
花ちゃんは、さっきと変わらない冷たさで晴夜くんを見る。
「でも周りを巻き込んだら駄目。どんなに怖くても、ひとりでこらえなきゃ」
「……」
花ちゃんは黙り込んだ。
そんなになかったはずなのに、時間がずいぶんと長く感じられた。
ゆっくりと、口を開く。
「花ちゃんね……ずっと、ひとりぼっちだったの。寂しかった」
泣きそうな顔で、わたしたちを見る。
やっと表情が変わって、安心した。
「みんな、花ちゃんとお友だちになってくれる?」
わたしたちは、顔を見合わせた。
うなずきあうと、花ちゃんに笑いかける。
「もちろん!」
「しょうがないわね」
「ゼロがなるなら、僕も」
「わあ……! フフッ、ありがとぉ!」
花ちゃんは、顔いっぱいに笑顔をうかべる。
「ところで、花子さん」
「なあに?」
晴夜くんが、花ちゃんに手を差し出した。
「僕の福沢諭吉と野口英世を2人、返して?」
「ええ……。もー、しょうがないなあ。ネコちゃん、お金好きなんだね」
「好きじゃないけど、ないと困るんだよ」
ネコちゃんって、晴夜くんの新しいあだ名かな?
もしかして、ネコみたいだから? それとも、カバンにネコのキーホルダーがついてるから?
晴夜くんのキーホルダーは、わたしが小学生の頃にプレゼントしたもの。
だいぶ汚れちゃってるけど、大切にしてくれているんだよね。
……なんてわたしが考えている間に、花ちゃんは小さな手をパンパン鳴らしていた。
空中にあらわれたお金を、花ちゃんがつかむ。
「あ、僕の!」
晴夜くんは、うれしそうに手を伸ばす。
けれど、花ちゃんはそれを避けた。
「……!?」
笑顔だった晴夜くんが、ガーンとショックを受ける。
「それ、僕の努力の結晶だよ!?」
「高い高いして」
「え?」
「高い高いして。そしたら返したげる」
わあ、すごく子どもらしいお願い……。
晴夜くんなんて、驚くを通り越して「はぁ?」と呆れちゃっている。
「しょーがないな……。ほら、おいで」
花ちゃんは手にお金を持ったまま、晴夜くんの前に立った。
「たかいたかーい」
「うわぁい」
なんだか、とってもほほえましい。
わたしは、自然と笑顔になる。
となりにいる雛姫さんも、クスリと笑っていた。
「たかいたかーい――キッツ……」
晴夜くんは花ちゃんを下ろして、頭をなでた。
「おしまい。頭なでるから我慢して」
「ええ〜。わかったぁ」
「それじゃ、お金ちょーだい」
「はあい。どーぞ」
「どうも」
小学生と中学生の、お金のやり取り……ほほえましさの欠片もない。
「今日はすっごく楽しかったよ! みんな、元の世界に帰してあげるね!」
花ちゃんが、満足そうに言う。
さっき化け物に乗ってわたしたちを追いかけたことは、楽しかったことに入っているのかな?
「ゼロちゃん、夕ちゃん、ネコちゃん、ありがとう! これからも、お友だちだよ! またね!」
花ちゃんが花の杖を振った。
すると、花ちゃんワールドに来たときと同じように、温かな光に包み込まれた。
――目が覚めると、トイレ前の廊下で寝転んでいた。
「あっ、レイちゃん、起きた?」
わたしに膝枕をしていたのは、カンナちゃんだ。
「あれ、カンナちゃん?」
わたしは、ゆっくり起き上がる。
周りを見ると、晴夜くんと雛姫さんがぐったりしている。
わたしは、2人に声をかけた。
「晴夜くん、雛姫さん、起きて」
「ん……。あれ……」
晴夜くんが起きた。
身体を起こすと、周りをキョロキョロ。
カバンから時計を取り出して、時間を確認する。
「あ、時間……」
晴夜くんは、サァ……と青ざめた。
そういえば、今は何時だろう。
「6時半。学校が終わって、2時間経ってるよ」
ええっ!?
ハッとして、窓の外を見る。
うわ……暗くなってる……。
「ねえ、晴夜くん。暗いし、一緒に帰ろう――」
って、もういないし。
ということは、わたしは1人で帰らなきゃいけない……。
そうだ、雛姫さんはどうしよう。
起きないと、帰れないよね。
「大丈夫だよ。カンナが見とくから、レイちゃんは帰っていいよ」
「本当に? ありがとう、カンナちゃん」
わたしがそばにいても、雛姫さんは存在感0のわたしが見えないかもしれないから、カンナちゃんがいてくれたら助かるよ。
「じゃあ、わたし帰るね」
カバンを持って、立ち上がる。
「バイバイ。気をつけてね」
「うん。また明日」
わたしは、靴箱へ向かった。
そして、帰り道にいるかもしれない晴夜くんに追いつくために、急ぎ足で帰ったのでした。
❀
寂しくなった、花ちゃんワールド。
青い空は、いつの間にか黒く染まっていた。
お化け屋敷や、その他のアトラクションは、跡形もなく崩れている。
そんな世界で、ポツンとひとりぼっちの女の子がいた。
つまらなそうな顔をして、花子さんはつぶやいた。
「みんな、帰っちゃったあ……」
花ちゃんワールドで遊んでいた人々は、すっかり姿を消してしまっていた。
皆、花子さんによって花ちゃんワールドに連れてこられた幽霊だった。
誰もが、自分たちがいるべき場所へ帰ったのだが……花子さんにとって、それは寂しい世界の始まりだ。
「でもでも、おもしろいこと、できちゃったなあ」
花子さんは、クスリと笑い声をもらす。
つまらなそうな顔から一転、瞳が輝き出す。
「まさか、ゼロちゃんに出会えるなんて……。それに、ネコちゃんも」
花子さんは思い出す。
黒と紫の髪を持つ、紫の瞳の女の子を。
銀髪でメガネをかけた、明るい男の子を。
そして、ずーっと昔の大切な友だちを。
「……ちーちゃん。ちーちゃんのお願い、きっと叶えるよ。待っててね」
花子さんはそう言うと、墨で塗りつぶされたような空を見上げて、ほほ笑んだ。
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