チゲスープの誉

@Sousiyou

チゲスープの誉

 休日の日曜日、午後七時になってようやく活動する気力が起きた私は、家の近くの古本屋まで散歩がてら行こうと思い立った。私の住んでいる住宅地はかなり込み入っているにも拘わらず、本来なら晴れ晴れと胸を張って道を照らしてしかるべき街頭達が揃って灯台下暗しという諺の拡大解釈にかかっているようで端的に言うと暗くて、少しばかり怖かった。なので突然しっとりと濡れた何かが後ろから伸びてきて私の肩に触れたときは本当にもう筆舌に尽くしがたい恐怖を味わった。味わっただけでなくアウトプットした。つまりは奇声を発して飛び上がった。


「わあ、僕だよ僕!」というやや間抜けな声がしたのでおや?と思って後ろを振り返ってみると、そこでは可愛らしいチゲスープがもじもじとニラを伸ばして立っていた。

だが私には思い返す限りチゲスープの知人などいやしない。


「僕だよ、マサキだよ、覚えてない?」と、私が明らかに不信の眼で見ていることに気付いたのかチゲスープが名を明かした。


 知るか、と一言残して遁走しかけたが知r、くらいまで言いかけて思い当たった。


「え、あのマサキなのか?……」


「うん、覚えててくれてたかー 三年ぶりかな?ずいぶん久しぶりだねー」と、急に嬉しそうに湯気なんかも立て始めたチゲスープをよそに、私は驚きを隠せなかった。なぜならこの汁物の言う事が正しければ、3年前の小学校の卒業式にて、「俺、チゲスープになる!」と高らかに宣言して以後音信不通の私の旧友は、今ここで美味しそうにしているチゲスープという事になる。あんまりではないか。


 私の隠せていない驚きを酌めなかったのか、チゲスープもといマサキは「もう遅いのになにしてるの?」聞き、答える隙を与えずに、「そうだ、お腹空いてない?」と聞いた。


 如何にも私は昼にのそのそ布団から這い出して来た直後にトーストした食パンを一枚食べたばかりであり、腹が減っていた。


「そうか、じゃあ僕を食べると良いよ。」とマサキは言うと、白い椀ごと私の手の中に飛び込んできた。


 十分予測されたであろうマサキの返答に戸惑う私に対して、マサキはゆらゆら汁を揺らしながら言った。


「僕も三年ばかりチゲスープやってきたけどさ、やっぱり一番はお腹が空いてる人に食べてもらう事なんだよね。なんて言うかそれがチゲスープの誉れみたいなものなんだよね。だからここで君に食べて欲しいな。もしお腹が空いてるならだけどさ。」


 私は手の中で話すマサキを見つめた。もし彼が言うように空腹の人間に食われるのがチゲスープとしての誉れなら、私は彼を食べるべきではなかろうか。だが彼は紛れもない私の旧友のマサキであり食べるなど私の道徳的規範に背く。いや、彼はもうかつてのマサキにあらず。こんな立派なチゲスープとしての考えを持っているなら、人間のエゴを押しつけず、食ってやった方が私もマサキもウィンウィンなのではないか。


 数秒ほど思案した結果、食べることにした。「頂きます。」と言って頭を下げて、椀に口を付けてふうふう息を吹いて冷ましてから一気に飲んだ。うまかった。

汁を飲み干して椀にへばりついているニラと卵を舌でなめ、「ご馳走様。」と言った。

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