いつか終わるかもしれないけど
惣山沙樹
いつか終わるかもしれないけど
ヤニカスで貧乏な僕には勿体ないほど顔も性格もよくて金も持っている彼氏ができた。奴は僕と付き合えたことがそれはそれは嬉しかったようで毎日甘やかしてきておりそんな生活も悪くないと思っていた頃だった。
「……花火大会?」
「そっ! 浴衣着て行こうなぁ!」
蒼士はスマホを見せつけてきた。電車で少し行ったところに大きな花火大会の会場があるらしく出店もあって何より喫煙所があるらしい。ここ大事。
「せやかて蒼士、僕浴衣持ってないで」
「俺のお下がり貸したるわ。多分着れると思うねん」
僕の身長は百六十五センチ、蒼士は百八十センチ以上。奴の身長が伸びる前のやつなら確かに着れるだろう。
僕は母親がクソだったのと父親が誰だかわからないのとで家族で花火大会なんぞ行ったことがなく、蒼士の申し出は魅力的だったし浴衣にも興味がなくはなかったので乗ることにした。
「ふぅん。蒼士にしては地味やんこの浴衣」
「中学の時やからなぁ」
蒼士は私服がけばけばしくあのツラだから似合っているものの相当変てこりんな部類に入る。なので差し出された紺一色の浴衣は蒼士のイメージとはかけ離れていた。
「で、蒼士の浴衣は?」
「これ! 新調した!」
「うわぁ」
ヒョウ柄だった。いや、柄ではない。ヒョウ自体が何匹かいた。
「まずは美月に着せたるわ。はい、脱ぎ脱ぎしてー」
「全部?」
「パンツは履いとって」
着せ替え人形状態になり布をくるくる巻かれた。洗面所で見てみるとそれなりに仕上がっており伸び切った金髪はまとめておいた方がいいかと思い低い位置でちょんと結んだ。その間に蒼士は自分も着替えており準備万端。
浴衣というのは想像よりも涼しい、ぬるく湿った風が袖の隙間を通り抜けていく。足元はいつものサンダルでいいと言われてそうしたので歩くのも楽だ。
「美月ぃ、何でも好きなもん買ったるからな。遠慮せんでええんやで」
「……うん」
蒼士がそう言うのは生い立ちをぶちまけてしまったからだろう、僕が「こういうこと」をしたことがないと奴は知っている。蒼士は僕とは同い年で誕生日でいうと四ヶ月しか差がないがどこか父親のように感じてしまうのは奴が意識してそう振る舞っているからなのかどうなのか。
「わっ……電車えらい人やな」
「美月、俺にくっついとき。はぐれんようにせなあかんな」
身長が低いとこういう時に困る、電車内の酸素が薄い。僕は蒼士の帯をつり革代わりに握ってひたすら目的地に着くのを待っていた。
たどり着いたのは海辺の駅で改札を出ると花火大会会場はこちらの看板が立っていた。ガードマンが交通整理をしておりその誘導通りに歩くと開けたところに出てそこに出店が並んでいた。
「蒼士っ、蒼士っ、綿あめ!」
「ええで。買おかぁ」
自分の顔よりもデカい綿あめを買ってもらった。僕が持って二人でつまみながら歩く。どこもかしこも浮かれた人ばかりで僕のテンションもどんどん上がってきた。
「蒼士っ、あれ何?」
「射的やな。俺自信あるで。やったろか?」
「うん!」
蒼士は出店のおっちゃんからショットガンみたいな形のやつを受け取り浴衣の裾をまくった。
「美月ぃ、どれ欲しい?」
「……あのネコ」
僕は流行りが二巡くらい過ぎたネコのキャラクターの置物を指さした。未だに好きなのだ。
「よっしゃ。必ず仕留める」
どうやら当たっただけではダメで完全に倒れないと手に入らないと書いているのだが大丈夫か? そんな心配は無用だった。
「……よし!」
ネコは一発で倒れた。
「凄っ! 蒼士、凄っ!」
「彼氏の前やもんそら気合い入るて」
それから目についたたこ焼きやら焼きそばやらフランクフルトやらを全部買ってもらって食べてタバコ。とにもかくにもタバコ。腹も膨れたし大満足なのだが本番はこれからである。
「美月、そろそろ場所取りしに行こか。まあ遠くからでもよう見えると思うけど」
「あんまり喫煙所から離れたくない」
「ほなどうしようかな……」
前の方は既に人でいっぱいだったので少し離れた石段に腰をおろした。僕がぽけぇと夜空を見上げていると蒼士が僕の手の甲に手を重ねてきた。
「……何やねん」
「ええやん付き合ってるねんし」
「外ですんのはバカップル丸出しやないか?」
「バカップル上等」
もう蒼士の好きにさせることにして始まるのを待った。三十分ほどしてアナウンスが流れて開会宣言。
空に、火花が舞った。
「わぁっ……」
知識として打ち上げ花火というのはこういうもんだというのはあったが実際目にして音を聞いて感じるのは胸に迫るものがあった。色とりどりの花が咲き乱れて消えてまた次のが咲いて。僕は夢中で閃光の軌跡を追い続けた。
どれくらい時間が経ったのかは知らない。もっと見たい、まだ見たい、という時に終了のアナウンスが鳴った。蒼士がくいっと僕の手を引っ張った。
「電車混むで。はよ帰ろう」
「うん……」
蒼士に手を引かれたまま僕は立って歩き出し、何度も何度も夜空を振り返った。あれだけきらびやかだったステージはもう跡形もなく静まり返っており、蒼士の態度も相まって僕は不安に駆られた。
「……蒼士」
「んっ」
「花火、終わってもた」
「せやなぁ」
「僕らもいつか終わるんかな」
蒼士は立ち止まって僕の顔を見つめてきた。
「美月。一本タバコ吸うか?」
「うん……」
僕は別に蒼士を困らせたいわけじゃないし面倒な男だとも思われたくはないけれど勝手に口をついて出てきたのがそういう言葉なんだから仕方がない。喫煙所は僕たち二人きりだった。
「美月、寂しくなってしもた?」
「せやな……」
「今年の花火は確かにこれでおしまいや。でもまた来年あるて。来年も見に行こう。その次も。その次も。美月が死ぬまで」
「僕のことなんて嫌になったら捨てたらええねんで」
「……もう。絶対ならへんから」
くしゃり、と頭を撫でられた。
「俺はこれからもずっと美月と生きたいの。まだしてへんこと色々あるしさ。俺の側におって、なっ?」
「ほんまに……ほんまに僕でいいの?」
「美月がいいの」
タバコを吸い終えた後は蒼士に守ってもらいながら電車に乗り部屋に帰った。僕は射的で取ってもらったネコを灰皿の隣に置いた。
「蒼士、今日のお礼……身体でしか払われへんから……」
僕は背伸びをして蒼士にキスをした。
「別に払ってもらわんでもええのに」
「したくないん?」
「あっ、うん……することはしたい」
「ほら」
蒼士がいつか心変わりをしてこの日のことを忘れてしまったとしても、僕はしつこく思い起こすだろう。初めての花火の思い出をありがとう、蒼士。
いつか終わるかもしれないけど 惣山沙樹 @saki-souyama
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