古い店

@ny6

第1話

ピピピピ__ピピピピ__。

朝六時。いつも通り起きて、いつも通り準備して、いつも通りに登校する。高校二年生の優斗は、容姿や成績、運動神経など特別良い訳ではないし、これと言った趣味や特技もない。いたって普通の高校生だが、はっきり言ってこんな毎日や自分に飽きていた。そんな日の帰り道、彼はふと目に入った古い店が気になった。「今までこんな店あったっけ」と思い、近寄ってみると、店は薄暗く、不思議な雰囲気が漂っていた。


店に入って中を見渡すと、そこには見た事のない不思議な道具やいつ書かれたのかも分からない古い本が並んでいた。たくさんの中から優斗はカウンターに置いてあった、「魔法の薬」と書かれた小さな瓶を手に取った。よく見ると「これを1日1粒飲むと、あなたの理想の姿に変身することが出来ます」と書かれている。これを読んだ優斗は、好奇心から生まれた、「今の自分から変わりたい」という欲に逆らえず、購入した。一緒に書いてあった「注意」に気づかずに。


家に帰った優斗はすぐにこの薬を試すことにした。鏡の前に立ち、瓶を開けると、小さなラムネのような可愛らしい薬が入っていた。甘い香りが部屋と彼の心を満たし、薬を口にいれた。本当に自分が変身するのかと疑っていたが、突然、眩しい光が彼を包んだ。


鏡に映っていたのは、それまでとは全く違う姿の自分だった。生まれ変わったのかと思うほどの綺麗なビジュアルで、新しい自分に出会えたような気がして一気に自信が湧いてきた。次の日今まで通り学校に行くと、別人のようになった自分は注目された。今までとは違い充実した日々が続く中、優斗は薄々気づいていた事があった。仲良かった友達たちがどんどん遠ざかっていくのだ。友達たちは優斗の変わり果てた姿に戸惑っていたのだ。


孤独感が膨らんでいく一方、優斗はこの薬に依存するようになっていた。薬を飲むことで出会えた新しい自分を手放したくないという思いが、彼を徐々に薬へと導いていった。と同時に彼は薬を飲んでいない本当の自分が受け入れられないという事態に陥っていた。

そんなある朝、優斗が身支度のために初めて変身したときの鏡の前に立った瞬間、鏡の奥から声がした。

「お前はもう、純粋な心を持った人間ではない。お前の中には本当の自分の心だけではなく欲が芽生えている。どちらを優先して生きていくんだ?」

優斗は改めて自分のした行動が合っていたのかそうではないのかを考えた。ただの普通の高校生だった頃の友達を思い浮かべ、彼らと過ごしていた日々や何よりその自分が恋しくなった。しかし、次の日もまた薬を飲んでしまった。もう元には戻れない後悔とともに同じ朝を繰り返した。


度重なる変身により、優斗はだんだん自我が崩壊していった。姿だけではなく心まで変わり果てていることに彼は気付かなかった。周りの人たちは、彼が純粋な人間ではなくなっていく様子を見て恐怖を感じていた。それを見て耐えられなくなったクラスメイトの一人、梨花は優斗のことを心配して、

「優斗は何か変わっちゃった!!元の優斗に戻って!今の優斗は私たちの友達じゃない!」

と優斗に向かって思い切り叫んだ。

その瞬間、優斗は激しい怒りを感じ、無意識のうちに梨花に手を上げてしまった。彼の中で何かが爆発した。ついに第二の自分が本当の自分に勝ってしまったのだ。


その後、優斗は学校をやめた。姿は相変わらず綺麗だったが、彼の心は闇に支配されていた。人間関係を絶ち、優斗はただただ薬に依存する生活を送った。


ついに薬が無くなりそうになったとき変身しないときの自分が怖くてまた薬を飲もうとするが、最後の最後に心のどこかで

「元に 戻りたい」

と叫んでいた。しかしこの声は心の奥の奥にしまわれ、代わりに第二の自分の笑い声に乗っ取られてしまった。そして、


彼は最後の1粒を飲んだ。


彼の心は完全に闇になり、誰も彼に近寄ることは無く、彼も人を見下しながら人生を歩んでいった__。


そんな人生も知らずに、あの店の店主は今も笑みを浮かべながら新たな薬を作っている。「次はどんなお客さんが来てくれるかな」と考えながら。

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