第37話 彼女のためにできること・2
「98だとぉぉぉぉおお!?何をどうやったらそうなるんだよ!」
セインの口から飛び出した二桁の数字に、グラムとグリムが雄叫びを上げた。
「しっ!叫んでどうするのよ!!ここはもう危険だわ。えっと…」
「あっちです。ヒルダさん」
「あっち!?あっちは確かに城門だけど、騎士団が集結してるのよ!」
危うくヒルダも叫びそうになった。
マニーには、その気持ちが痛いほど理解できる。
だが、自分たちが助かるにはセインのその力に縋るしかない。
マニー以外のグリッツ組は、その為にセインを助けるルートを取った。
「セインち。理由は…、って分かんないんすよね」
敵陣に突っ込むのは容易い。
でも、その後の行動が分からなければ、98%助かると言われても足が竦む。
ただ、何度も言うがセインは──
「なんと…なく?…なら…」
「はぁぁぁああ!?聞いてた話と違うっすよ!」
「マニー、駄目だよ。叫んじゃ。…数字の意味は分からないけど、玉座の前で感じたことがあるんだ」
「何?その感じたことって。アンタ、そんなに人の心が読めたっけ?」
ヒルダがセインを揶揄う、というかハッキリと信用できなかった。
それが分かるなら、村人無視で森に引きこもったりしない。
でも、今回は別なのだ。
だから、セインは首を横に振りつつ別腹の理由を語った。
「王様達もリーネリア様を巡って、一丸って感じじゃなかった。…っていうか、俺。ずっと男達の顔を観察してて」
「あ、そうか!セインはエルフ娘に執心だったな!一人ひとりを嫉妬の目で見てたわけだ。痛っ、何すんだよヒルダ」
「揶揄ってる場合じゃないでしょ。でも、第一王子がエルフ娘の相手なんでしょ?普通に考えて、それが…」
「…そうでもない…ってことっす」
「そっか、そうよね。どうして気付かなかったのかしら!」
とは言え、これはとある発言を元に推測されることだ。
それに因れば、セインの両親の行動理由を中央政府が決定した理由も繋がる。
「神の民の力を使って、帝国は不老の体を手にした。今までの話だとそう考えるのが一番納得っす」
「王が死なないんじゃ、後継者の価値がなくなるなぁ」
「マニー。エルフは不老でも殺せば死ぬんでしょ?」
「なんでおいらに聞くっすか…。ま、そういう風においらも聞いてるっす。今までのセインちの囮もそれ前提の作戦だし?」
今までのセインの囮作戦こそが、王家もエルフは殺せば死ぬと考えている証明である。
であれば、不老を手にしても死ぬ。
「セインの両親は子殺しの罪を負わせられた。セインが否定している以上、普通は考えられねぇが…。身内が一番怖いって前提があるからかよ。…って、悪い。また、嫌なこと言っちまったな」
「いえ…。俺は…」
セインの顔は不機嫌そのもので、上司のグラムは胸を痛めた。
ただそれは、痛め損。青年は両親のことは考えていない。
そもそも、今まで考えないようにしていただけだし、考えたことがないわけではない。
だから、彼らの言い分は分かるし、赤の他人の出来事なら斯様な決めつけでも、そういうものかもと思ったかもしれない。
ってことで、今考えていることはリーネリア様のことだ。
「リーネリア様を守りたい…と思って。ちゃんと幸せにしてくれる人と一緒になって欲しい。だから…」
「セイン。言いたいことは分かってる。…けど、ここから逃げ出すのが先よ」
「うん…。だから、このまま走ります」
「セインち。相手は魔物じゃないっすよ」
「大丈夫。思い当たることが一つあるんだ」
今まで話しながらもセインはそこへ向かっているが、マニー以外は捕まりに行っているようにしか見えなかった。
だから、自然とセインが先頭になる。
城門で待ち構える鎧兵と騎兵も、既に気付いていて隊を整えている。
「思い当たること?」
「うん。次は涅槃の湖ってとこに行くらしい」
「ね、涅槃の湖⁉」
「え?マニー、知ってるの?」
「あ…、いや、知らないっす。変な名前だなって思っただけっすよ」
「うん。俺もそう思った。それが不帰の森の何処かにあるらしいんだ」
「…そっか。確かにその森ならセインが適任だ。もしかして」
「え…、もしかして?」
「あ…、と。ほら、セインと言えば不帰の森だし?」
「俺はなんやかんやいつもギリギリだし、森の専門家ってわけじゃないぞ」
事実、セインは森で縦横無尽に戦えるわけではない。
それでも、流石にこれはセインが適任。
もしかしたら、王は同じ手を使おうとしていたのかも、とマニーは考えていた。
今回も報酬は両親の罪の取り消し。その為に呼び出したのかも。
だけど、計算が狂ったんだ。まぁ、おいらの目にもあのエルフはセインを贔屓してるように映ってるし。王家にとってセインは危険人物に違いないんだよなぁ…
エルフと人間の恋物語なんて、いくらでもあるんだし、王家と宮廷魔法師が把握してない筈がないし。あの森を熟知してるとはいえ、ここでセインを殺しておく方が…
「マニー?」
「なんでもないっす。っていうか、やっぱり色々考えると危険な気が」
その結果を踏まえての低い生存確率ではなかったのか。
そんな疑問が浮かぶ。セインはその瞬間の確率しか分からないと言っていたし、今の生存率はかなり高いと言っているけど、そもそも原理が分からない。
あのエルフは「スーチカ」と呼んでいたけれど。
こんなとこで死ねない。おいらは
その時だった。
「皆、今だよ!グリッツ冒険者ギルドの方々をお守りするんだ!」
前方から男の声。
同時に横一列に並んでいた隊列が、左右に分かれていく。
その奥には白馬に乗る銀髪の男。
「ルーイ殿下⁉」
最初に反応したのはヒルダだった。
セインは今日初めて見知ったが、他の面々は第二王子だけあって知っている。
「信用できないのは分かってる。それでも‼僕を信用してこちらへ来て欲しい‼兄上の騎士団が追い付く前に‼」
兜を外し、両手に何も持っていないアピールをして、白銀の貴公子が呼んでいる。
今日起きたことの表面をおさらいすると、間違いなく罠。
だけど
「行こう。先のことは分からないけど、今は安全っぽい」
こちらにはタリスマンを握りしめるセインがいる。
マニー以外は、目の当たりにしていないが、マニーはその目ではっきり見ている。
それほど、東の森で起きたことは衝撃的だった。
「仕方ないっすね。どっちみち、出口はあそこだけだし。鬼が出るか蛇が出るか…、セインを信じるっす」
□■□
セイン、マニー、ヒルダ、ハヤテ、グラムとグリム。
城に呼ばれていたのはこの六人で、六人ともが目を剥いている。
「セイン殿。先ほどは失礼しました。あの場ではそう振舞うしかなかったのです」
馬上からではなく同じ目線で、しかも艶やかで長い銀髪を前方向に垂らしている。
第二とはいえ、王子が平民を前にやるべきことではない。
因みに、この国の慣習として二番目の男児が軍を預かる。
だから、城門に群がっていた兵士は皆、彼の部下だった。
「ユーリ様…。顔をあげてください。それに…」
「いや。そうはいかない。君の父上と母上の名誉まで傷つけてしまったんだ。僕の気が収まらない。…と、そうだね。早く城外に出ようか」
顔をあげた彼の表情は、玉座の前で見たものと全然違っていた。
涼しげで優しそうな顔が、とても申し訳なさそうにしている。
「セインち。油断しちゃ駄目っすよ。全部罠かもしれない」
「マニー!」
「そうだね。弁明のしようがない。でも、信じて欲しい。ほら、みんなも道を空けるんだ」
あの時とは別人、あの時は併せただけと行動で示す為に、彼は部下に指示を出した。
整った顔立ち、凛とした面持ちで、彼なら国民からも指示されるに違いないと思える。
そして、実際に騎士団が道を空ける。しかも、見えないように後ろに壁を作りながら。
「…へぇ。本当に道を空けてくれるのね。それで?私たちはこの後どうしたらいいの?」
本当に安全に城塞の外に出ることが出来た。
でも、現状は王族の殆どが納得していないに違いない。
城の外にも騎士団が駐留しているだろう。
「済まないがここまでしか護衛できない。僕はここに残って父上と兄上を説得してみる」
ただ、ルーイはそこで立ち止まった。
最後まで護衛はしてくれないらしい。というより、向かうべき場所は
「でも、王はキレてんだろ?アクアスに帰ったら迷惑なんじゃねぇか?」
そう。アクアスの市議会が迎え入れてくれるかは分からない。
王領、直轄地の結界は全てがそうなっている。
アクアスの結界魔法具は王族の力にしか反応しないから逆らえない。
「…それもそうだね」
それを聞き、第二王子ルーイは少しだけ考える。
その様子をマニーだけは半眼で見ていたけれど、殿下はハッとしてうんうんと頷いた。
「アルベフォセなら…。うん。アルフレッドは知っているよね」
それは勿論。
でも、マニーの半眼は変わらない。
「僕とアルフレッドは知己の友なんだ。ほら、次男同士だし、合同演習もあるからね。彼なら、匿ってくれる筈だ。これを持っていくと良い。少ないが路銀と僕の名義の通行手形だ」
「アルベフォセ…。またあそこに戻るのね」
「それと…、マニー君だったかな。君ならバレないように変装も出来るよね」
と、睨んでいたマニーに話が飛んだので、ドワーフ君は慌てて両肩を跳ねた。
「そ、それはまぁ…」
「だったら安心だ。この辺りは流れの馬車も多いから、それを乗り継いでいくといい。僕も少し時間をおいて、アルベフォセに行くから、そこでまた打ち合わせをしよう」
俺は息を呑むほど美しいエルフと距離を詰めたい! 綿木絹 @Lotus_on_Lotus
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