第36話 彼女のためにできること・1

「う…、こっちは不味い。あっちも」


 逃げ道を探す度に、数値が大きく振れる。

 身体検査の時に、奪われなくて良かったと心から思う。

 タリスマンの力がなければ、あっという間に見つかって襲われる。


 昔からそうだったわけじゃない。

 当時は父さんが持ち歩いていたから、ずっと持ち歩いていたわけじゃない。


「父さん、母さん。教えて。右に出る?左に出る?それとも戻る?」


 リーネリアが部屋の奥に引っ込んでしまったから、彼女が放った炎の精霊という守り神はいなくなった。

 とは言っても、セインはその存在に気付いていなかった。

 だから、どうして生存率の数値が下がっているか、分からない。


「やっぱり出口は固められてるな。迂回するしか…」


 外観からはどの壁も城の一部にしか見えない。

 確か南側が正面だったかな、と曖昧な記憶で壁の北側に一歩進んだ。

 その時


「居たぞ!伏兵は何をやっていた!」


 側面なら大きな声が、聞こえて居場所がバレたことを知った。

 セインは両肩を竦めて、さっき居た場所に逃げようとするが


「こっちに行った、だと?馬鹿者、何をやっている!」


 そこでセインの足が止まる。

 伏兵も炎の精霊を恐れていたが、正規兵の登場に仕方なくとセインめがけて走ってくる。


 あれ、挟まれた。っていうか、本当に俺を殺す気かよ…

 そう言えば、あの髭のオッサンの依頼はいつもそんなだった。

 俺が生きて帰ったことで、帝国にバレただろうって?そんなの俺が知るかって…


「居たぞ‼囲めぇぇえええええ‼」


 ん?そういえば、サルファ宮から南東の森で森の奥から矢を射た奴がいたっけ。

 アレが帝国人?…でも、姿が見えなかった。うまく隠れてた…から?


 横は城の壁、前後左右からはアルト王国兵で絶体絶命。


「漸く、観念したか?」

「裏切り者の息子め。やっと諦めたか」


 そんな中で、考え事。しかも今と全く関係ない前のことを思い出しているのは、彼が諦めたからではない。


 それにしても、99.9%ってなんだろ…。そんな極端な


「絶対に逃がすなよ。ここで仕留めるんだ」

「大丈夫ですよぉ。逃げ場なんて何処にも…」


 前と左右で合計三十人ほどの騎士たち。剣を持つ者、槍を持つ者、魔法用の杖を持つ者、その後ろに騎兵が数機と歩兵が十人程度。

 辛うじて歩兵から逃げ延びても、馬上からハルバートで首を飛ばされるか、ランスで胴を貫かれるか。

 ルテナス城では「灰色の髪の男を僅かな時間で殺す」という命令が王より下ったのだから、殆どの兵士がここに集まっている。


 どこに行っても、0.1未満。

 だけど、ここは何故か、助かる。

 その時、セインの頭上でパンと何かが弾けた。


「な…」


 セインの声だけど、他の男たちも同じ意味の奇声を発した。

 直後、暗闇に包まれて、全員があっという間に混乱に陥った。


「サミュエル‼こんなもの、魔法で吹き飛ばせ‼」


 暗闇に包まれたのはセインと、彼を包囲する騎士団だけ。

 少し離れた場所に居た騎兵隊は、元々の視野の高さもあって脅威には映らなかった。

 ただ、煙幕が張られただけ。だったら吹き飛ばせばよい、そう思ったのだろう。だが。


「ま、ま、待ってくだせい‼」

「なんだ?サミュエル、今すぐ」

「これ変です。火薬のような臭いがします。なぁ、おい‼」

「そ、そう言えば、そうかも。ちょっと焦げ臭いような」


 その言葉が聞こえた瞬間。騎士たちの動きが止まった。

 煙幕の中だから外からは分からないけれど。

 分からないから、彼らの隊長は命令を再び下す。


「なら、火薬ごと吹き飛ばすまでだ。早くし…」

「メロール様‼それは出来ません」

「なんでだ。私も早く戻らねばならない。高が煙幕に…」

「無理です。この黒煙が火薬だった場合、兵の剣が触れた瞬間に爆発するかもしれません」


 サファーバーグ侯爵嫡男、メロールは顔を顰めた。

 今回の事情は知っているから、世界の為を思うなら命なんて軽い…


「いや、軽いものか。騎士団は傷つけられぬ。…そうだ!だったら水だ。水魔法なら…」

「サミュエル様!俺たち、じっとしていますから、中くらいの風を起こしてください!」

「そ、そうですか。それなら」


 サファーバーグ領はサロンをはじめとして魔法師が生まれやすい。

 メロールもサミュエルの事はよく知っている。

 危ないことはやりたくない、大人しい性格の男だから、はぁとため息をついて、目でやれと命令した。


「分かりました…。風神の使徒オーフェン様、その翼を優しく羽ばたかせてください…」


 すると少し強めの心地の良い風が吹いた。

 近くにいる兵士の鎧に武器が当たらないように、踏ん張れるくらいの風。


 そこで


「ちょ、危ないだろ」

「済まない。ちょっと飛ばされそうになった」

「気を付けろ‼」


 ちょっとした事故が起きそうになったが、その程度。

 馬上で見守るメロールの目にも心地よく映る。

 真っ黒な煙がサミュエルのお陰で綺麗に流れていく光景が美しい。

 かなりきめ細かな粒子だったらしく、中風でも綺麗に流れていく。


「ふむ。これだけ甲冑兵が揃うと美しいな。これだけの甲冑兵がいたなら…」


 メタリックな光沢を放つ精鋭部隊が露わになる。

 そして、その殆ど全員が煙から解放された時、彼は思わず叫んでいた。


 即ち。


「アイツはどこだ‼」

「あ…、いや、ここに…、…あれ?」

「クソ‼あの煙だ‼文字通り煙に紛れて逃げているぞ‼」


     □■□


 セインは暫く呆けていたが、誰かに担がれている感覚に意識を取り戻していった。

 かなり広い背中。多分、…じゃなくてグラムの背中だ。


「あ、そっか」


 という言葉と同時に、ポンと赤毛のお姉さんがセインの肩を叩いた。


「よく辛抱したわね。あそこで抵抗したら何もかも終わりだったわよ」

「って、そんなの考えてるわけないじゃないすか」


 安心する環境。

 これが待っていたから、99という高得点が出ていた。

 ただ、マニーの言うように意味は分かっていない。


「あぁぁああ。今でも震えるぜ。いくら変装の達人、ハヤテ様でも王城のど真ん中は二度とごめんだぜ」

「馬鹿野郎。フルフェイスで大声出すだけだ。誰でもできる。俺の方がずっとヒヤヒヤだぜ。こいつを抱えてこなきゃなんねぇからな」


 やはり、仲間たちに助けられた。

 でも、最初にセインが思ったのは


「グラムさん‼この粉には火薬が入ってるから、あんまり走ると危な…」

「入ってねぇっすよ。匂いだけ。しかも燃えカスだけっす。さっきのヒルダさんの話聞いてたっすか?]

「覚えてるよ。あんな人数居たんだし、戦ったら勝てない」


 するとパン‼とヒルダがセインの背中を叩いた。しかも今度は強く。


「やっぱり全然分かってないじゃない。怪我人を出したら、私たち全員が言い逃れの出来ない謀反人にされてしまうわ。だから、誰も傷つけずにアンタを回収する必要があったの」

「謀反人…?っていうか、それじゃ俺を回収したら、みんなも謀反人ってことになっちゃうけど」

「あぁ…、その件に関しちゃ悪いと思ってる。まさか、ここまでセインを根に持っているとは思わなかった。まぁ、でも。俺達にゃ拒否権つーもんがねぇんだ、許せ」

「…いいえ。俺も何が何だか。それに…、王まで俺の父さんと母さんを貶めるとは思っていませんでした」

「ちょっと待って。あの王は四十年前の活躍で王になったのよ。王の盾に守ってもらわないと今はないんだから、酷すぎない?」

「…今度は…コレを言われた…、って!取り上げられたままだ…」


 コレ、がなければ説明が出来ない、のと、

 大切なものを取られたままだったことに、ガックリと落ち込む青年。


「ん?突然どうしたのよ」

「いや、そういえば玉座の間で剥ぎ取られて」

「ま、想像はつくっす」


 ただ、腰のあたりを触った時点で、マニーは直ぐに合点していた。


「あぁ…、そっか」

「やっぱ、おいらが言わなくても、十年以上も繰り返してたらそうなるっすよ」

「何のことだよ、マニー。俺達が知らない事か?いままでの依頼の時の話か」

「そうじゃないっすよ。セイン、話していい?」


 ただ、あまりにも過激なモノだから、マニーも気を使う。

 そもそも、マニーだって一緒に行動していなければ、王家と同じ結論に辿り着いていた。


「…うん。どっちみち、公表されるんだろうし。俺が持っていたのを何人も見てるし」

「セイン」


 話せば話すほど、ヤバい代物に聞こえるなぁ、とマニーは相棒の話を止めた。

 そして、


「これはセインの両親の子育て方法の話っす。だから、今のおいらは違う考えを持ってるっす。それを踏まえて、みんな聞いて欲しいっす。いつもセインが持ち歩いていた傷薬、あれは——」


 ありのままを話していった。

 グラムもグリムもハヤテもヒルダも、何度も顔を顰めそうになった。

 その度にセインの落ち込んだ顔を見て、ソレをどうにか呑み込んだ。


 どう考えてもその教育方針はおかしい。


 だが、成程とも思えることもあった。


「王の盾と呼ばれた二人の子育てか。もしかすると、生まれながらにして試練を与えるってのが、森での英才教育だったのかもしれねぇな」

「最近の無茶な囮役を生き延びたのが物語っている…かも?今だって、ちゃんと生きてるみたいだしね」


 物心がつく頃には、その傷薬を持たされていた彼だからこそ、魔物に襲われ慣れている。

 その為に塗りつけていたのかもしれない。

 だけど、両親はいないから正解は分からない。


「と、とにかくおいらは肯定的に考えることに決めたっす。だから、そんな顔をするな、セイン」

「…うん。あ、そういえば…、…助けてくれてありがとうございます。まさか、あんな方法とは思わなかったけど」


 ん。そういえば…、と灰色狼と同じ色の髪の毛の青年は顔をあげた。


「ってそうだ。なんで助けちゃったんですか‼俺と一緒だと殺されますよ‼」

「あの時だって、おいらたちの数値は低かったって言ったろ?」

「それは…、確かに。だったら…」


 呼ばれたこと自体が罠。だとしたら、同行者もタダでは済まない。

 なら、一緒に居ても離れていても数値は低い。

 一緒に居ると低かったのは、客室という空間に閉じ込められていたから。

 グラムは色々とセインに説明して、トンと青年を地面に降ろした。

 そして、その巨躯を屈めて、小柄とは言えない青年と視線を合わせた。


「そんなことよりよぉ。なぁ、今俺達の生存率はどのくらいなんだ?」


 ここはアルト王国の王が住む城のど真ん中。

 ちょっとやそっとじゃ、脱出は出来ない。

 ましてや、はなから罠だったんだから、その為の準備は怠っていないだろう。


 正直言って、既に詰んでいる。それでも…


「98…です。よほどのことがない限り、逃げ切れると思います」

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