第35話 玉座の前で・4

 人間とは醜い生き物。

 言葉を覚えて二番目に覚えた言葉。

 因みに、一番最初の言葉は、何故お前は生まれたのか。

 そんなこと自分に言われても、と私は首を傾げた。


「人間の王。これはどういうこと?」

「リーネリア殿。これが人間の社会なのです。どうかご理解を…」


 人間のことは分からない。

 それに引き換え、彼らはエルフのことを良く知っている。

 私達の王。ブライ様から私が聞いたのは僅かな事しかない。

 人間に力を与えること、それが私の使命。それ以上のことを言ってはくださらなかった。


「分かりました。それじゃ、サロン。部屋に戻りましょう」

「はい。…ですが、その前に。エルフの巣作りについて、お教えいただければと思います」


 サロンという人間にしてはモノを知っている女。

 彼女が言うには、エルフと人間との子は半神半人の力を持つらしい。

 それが私の王、ブライ様の言ったことだと、彼女は言った。

 若いエルフにしか、子供は出来ないらしいから、そうに違いないと私も思う。

 勿論、なんで私が。という思いはある。でも、ブライ様には逆らえない。


「…はぁ。分かりました。人間の王、良く聞いてください。神樹の西の森。不帰の森の中に涅槃の湖というものがあります。そこに先日持ち帰ったトルネの枝葉で結界を張ります」


 三百年の間に自然と身についた知識だった。

 父らしきヒトと母らしきヒトから聞いたものではない。

 だから、私はつい最近、と言っても人間の時間では十年前のことだけど、本当にそんな場所があるのか、この目で確認に行った。


 そこで私は奇妙な人間の子供に出会った。

 魔物を寄せ付ける香りを漂わせた子供に、私は少し興味を持った。

 何より、見たことも聞いたこともない力を封じたお守り。

 あれは一体なんだったのか。それはまだ分かっていないけど。


「また森…、本当にそこでなければダメなのですか?」

「涅槃の湖は年中日の光が差し込みます。その水は光を蓄えて、夜は湖自体が発光します。ここの粗末な結界よりもずっと信頼できますから」

「陛下。エルフと人間の子はなかなか出来ないと、先日申した筈ですよ。しかも!その間、リーネリア様は力を失ってしまいます」

「やはり、ここの結界では不十分…ですか」


 そして、奇妙な子供はあっという間に成長していた。

 人間とは刹那を生きる。余りにも寿命が短いから、本当の世界が始まる前に死んでしまう。 


「ええ、そうです。サロン、急がせて。私は急いで子を産み、エルヴィンへ戻りたいの。こんなことをしている時間も惜しいんだけど」


 理解したくもない人間の気持ち。

 だが、この一点は共通しているし、魔物はこの一点が違いっている。


 ——人間もエルフも生にしがみ付くのは同じ


 長寿であろうと、死という概念は存在する。長く生きるほど、感情や記憶は薄れていく。

 その中でただ一つ、薄れず、いやより一層に強くなっていく感情がある。


 当たり前のように生きているから?何故か皆、死を恐れる。

 恐れないのであれば、不帰の森が開拓されて、生命の危機がやってきても何もしなかっただろう。

 でも、実際に私は人間の国に行けと言われた。

 私という存在が人間に力を与えて、その人間が不死の力を持ったとされる帝国を打ち破る。


 ううん。あちらもエルフの力を手にしたと言うのなら、共倒れになってくれる筈。


「では、もう暫くの間。リーネリア様の為に用意した離宮で過ごしましょう。私たちの王は、リーネリア様の要求通り動きますので」

「そ。なら、急いでもらって。私は早くエルハロウに戻りたいの」


     □■□


 エルハロウは大樹の上にある国。

 神の民であるエルフにしか入ることが出来ない場所に在る。

 そこでの暮らしに良い思い出があったかはさておき、下界は余りにも臭すぎる。


「承知しております。…それにしても、リーネリア様は彼を依怙贔屓していません?さっき飛び出して行った彼です」


 サロンは少し前に駆け付けていた。

 リーネリアの侍女のように振る舞うこともあれば、人間社会を教える教師のように振る舞うこともある。

 アルト王国が誇る魔法師であり、同性であるから、彼女しか適任がいなかった。


 が、流石に今の発言は王の血筋を持つ彼らには不評であった。


「サロン‼今、何と言った‼」

「あら。それはわたくしへの抗議ですか?見たままです。リーネリア様はお越しになられた時と、サルファ宮の時、それからトルネの枝葉の採取の時。そして、つい先ほど。四回も彼を守られています。」

「ちょっと、サロン。それは違うよわ」

「そうでした。トルネの枝葉の時はリーネリア様のその習性を利用して、あの青年をエメドラゴにぶつけたんでした。ですよね、エステリ公爵様」


 紫の魔女は、麗しのエルフの半眼を涼しい顔で受け流す。

 とは言え、三度も助け船を出しているのは間違いない。


「そ、そうだったかん?それにしてもリーネリア様はお優しい。そもそも、それらの作戦では死傷者自体が少ないですし…、危なくなったのはあの男くらいですし」


 白髭親父こと、エステリ卿が「はて、何のことだったか?」と首を傾げる。

 アルト王家には作戦があり、彼の順番は最後の方。その優先順位を上げるためにも、リーネリアから嫌われてはならない。

 ということでサロンも、作戦の殆どがギード・エステリの計画だったと、リーネリアに打ち明けていない。


「…でも、あまりにも偏っているな。リーネリア様、十年前の神の民との約束では…」

「…エルフはアルト王家に力を貸す。その筈です。その…」


 第一候補は、第一王子のアンリ。第二候補は、第二王子のルーイ。

 その二人が表向きは心配そうな顔で、お伺いをする。


 二人が話した内容には脅しの要素も含まれているが、それでもにこやかに、爽やかに。


 裏で何を考えていたとしても、顔には出さない。

 それくらいは弁えている、この国の次代を担う若者だ。


「はぁ…。それくらいは分かっています。アルト王家に力を授ける為に来たんですから。…それにサロン。私が違うと言ったのは、エメドラゴの巣の件じゃないわ」

「あら、そうでしたの?それでは…」


 エルフの表情はずっと半眼の呆れ顔。

 それでも美しい顔で、たおやかな手先を自身の胸元に当てた。


「私はセインがこれくらい…、ん-、もっと小さかったかもしれないけど、十年前に一度、森の中で出会ってるの。そこで何度か助けたから、何度目か覚えてないの」

「あら!それは初耳です!それはただならぬ縁ですね!贔屓しちゃうわけです!」


 ギリギリ、ぐぬぬぬ、わなわなと、色んな擬音とおのまとめが聞こえそう。

 ただ、実のところ。リーネリアは何も考えていない。そもそも、何を期待しているのかも分かっていない。


「贔屓…ね。単に、小さかった彼が、うまくやっているか見てるだけよ。私の教えをちゃんと守ってるか気になるしね」

「なるほど!…ってことは、弟を見てるみたいな感じですね」

「え…、おとうと…」

「弟が分からないのですか?えっと、俺で言うルーイだ。同じとは限らないが、父と母から生まれた順番だ。上が兄や姉、下が弟や妹で」

「後から生まれた存在…」


 そこで再びリーネリアは立ち止まった。

 後に生まれたエルフはいない。尤も、前に生まれたのが誰かも分からないのだけれど。

 そんな悩ましい顔を悟ったのは、白銀の髪の一番若い人間の男だった。


「兄上。…リーネリア様はどのように生まれたのか分からない…と。…でも、そっか。リーネリア様のお弟子さん、だからなのですね。少し複雑ですが、納得です」

「…そうです。私はブライ様の命令で来ただけです。アルト王家に力を貸せと言われました。その約束は果たします」

「その約束、間違いありませんな?」


 なんとも言えない空気が漂う。

 そして実はこの空気こそ、セインの両親が子殺しをしようとしたかも、という理由にも繋がっている。

 それはさておき。

 使命は果たす、と心に決めているリーネリアが頷こうとしたとき、玉座の間をこんな雰囲気にした張本人が場を締めた。


「セイン君は弟‼弟なら問題ありませんよ、陛下。さて、リーネリア様。そろそろおやつの時間です。お部屋に戻りましょう」

「おやつ?…それじゃ、戻ろうかしら」


 男たちの心を引っ掻き回した後、悪びれる様子もなく魔女はエルフを連れて行った。

 その女二人の気配が消えるのを待って、男たちは一斉に溜め息を吐く。


「あの魔女め。何を考えておる!」

「…ですが、リーネリア様が一番気を許しているのは、アレを置いて他におりません」

「そんなことは分かっておる。…だが、これで」

「クソ‼なんであんな奴が‼約束と違うではないですか、父上‼」

「で、どうするんですか?こうなる前に殺した方が良かったのでは?」


 男たちが喚く。

 彼らにとって痛いのは、セインという男がリーネリアにとって弟に近い存在と定義づけたことだ。

 そのせいで、簡単には処刑できない。


「待ってくだされ。ワシの計画は間違っていなかったということですじゃ。その時から知っているのなら、ここに来る前に殺してしまった方が問題だったやも知れませぬ」

「あぁ、十年前に出会ってたとはな。そういえば、涅槃の森はトーチカ村の近くだったか」

「…あ、そういえば。今、彼女の中では、アイツは城に現れたゴブリン軍団を追いかけていることになっているんじゃ」

「確かにな。父上、今が絶好の機会です。彼奴が城を出る前に始末しましょう」

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