第34話 玉座の前で・3

「確か、こっちの方から悲鳴が…」


 なんて独り言を呟くと、再び数値が明滅した。

 そもそも、ゴブリンがここにいるとは思えない。

 だって、アレは俺を狙った矢だ。そもそも、俺を殺す為に呼び出した。

 なんで呼び出す必要があったかは分からないけど


「今も俺を狙ってる。でも、手を出せないって感じ…かな」


 …セイン、工夫がないけど、また精霊の加護をつけてあげる。


 それを知っているから、様子を伺っているのかもしれない。


 命を狙われているなら、危険地帯。

 でも、あの場に残る方がもっと危険だった、…精神の健康上だけど。


「風の精霊さんだっけ。俺を守ってくれてる。それにしても…」


 ゾッとするのは、グリッツ冒険者ギルドの仲間がいたらどうなっていたか。

 マニーは大丈夫。そもそも、マニーの数値は高いままだったし。

 やっぱり、皆の話していて良かった。


 …なんてことは考えていない。


「…今日は…褒めてくれた。それだけで…いい。あのヒトはあの時から全然変わってない。変わってないのは…エルフ?だから…らしいけど」


 ずっと彼女のことを考えている。

 そして、ついやってしまう。いや、思ってしまう。


 …0.00001%


 やはりこの数字。一千万分の一の確率だそうだ。


「はぁぁあああ。だって、あんな金とか銀とかの装飾があって、絨毯だってふかふかだし、女性限定でもあんな沢山の兵士を抱えてるし、王子様二人も背が高くてカッコよかったし。俺みたいに光を反射しない暗い暗い灰色の髪じゃないし」


 また、勝手に振られてしまった。

 セインは遅れてきた思春期の扱い方が分からなかった。

 なんならいっそ死んでしまいたい、という極論に走りそうになるのは、今も同じ。


 ただ…


「って、全然矢が来ないじゃん。俺を狙ってんだろ。さっきから俺の生存率は90代なんだけど?」


 相手がゴブリンでないことは、セインにも分かっている。

 あのエステリ卿ギードの仕業だと知っている。

 いや、王も王子もグルだった気がするから、あの辺一帯の手下だとなんとなく思っている。


 ってことは、人間。


「…あ、そか。リーネリア様は見えていない射手を焼いたんだった。伝わってるから、様子を見ている。…なんちゃって。そんなのある筈ないか」


 ガックリ肩を落とし、とぼとぼ帰る青年。

 彼の背中側上方に留まる朱色の粒を、落ち込んで歩く彼が気付く筈もない。


「このまま帰っていい…か」


 炎の精霊魔法に守られているから、暗殺者は手を出せない。

 そうとは気付かず、セインはぐるーっと遠回しながらルテナス城の出口を探した。


 そういえば、俺。なんで呼ばれたんだろ。

 リーネリア様の登場は予期してなかったとして、俺の両親に子殺し未遂の罪を追加する為?

 俺の…、あ‼母さんの傷薬が持ってかれたままだ…

 どうしよう。最近はマニーが作ってくれてたから、マニーの傷薬でもあるんだけど、…って‼


「あ!マニー‼それに、みんなは…」


     □■□


 グリッツ冒険者ギルドの仲間たちは、ルテナス城の客室で青い顔をしていた。

 セインが行かないと全員の数値が下がる。セイン一人で行くと、数値が少し上がる。

 セインについて行くと、全員の数値がやはり下がる。


「これがセインの言った、一番高い生存率って話よね。マニー、どうだった?」

「駄目っス。完全防備って感じっすね」


 小柄な体と、ずば抜けた開錠スキルを活かして、偵察に出ていたマニーが丁度戻ってきたところで、彼は直ぐに肩を竦めた。


「っていうか、何なんだよ‼俺達は依頼を完了の報告に来ただけだぜ!そもそも、王の方から事務所に来るべきなんだ!」

「私たちだけで勝手な行動は出来ないわよ。アクアスの街の結界魔法具を管理しているのは王族なんだから」

「分かってるよ‼じゃあ、なんで包囲されてんだ!」

「ハヤテ、落ち着け」

「兄貴もだ。俺達は何も悪いことしてねぇよな‼」


 王からの依頼を受けた者しか、ここにいない。

 先ほど、一人で行った青年も依頼をこなしただけ。


 だが、その中心にいたのは


「一つ心当たりがあるっすよ。セインちを拾ったこと」

「そうね。王家はセインのことを毛嫌いしているわ。でも、その可能性があるからって、セインは一人で行ったのよね。ついて行ったら危ないって出てたみたいだし、援護できない方、つまり出口まで塞ぐ意味はないわけだけど」


 つまりセインを目の敵にしているエステリ卿の企みだけではない。

 他にも原因が、となると


「マニー。お前は気付いてんだろ」


 弟の方、グリムがマニーを軽く睨みつけた。

 マニーを拾ってきたのは、実はこっち側だった。


「そうなのか、マニー。ってことは、グリム。お前も心当たりがあんのか?弟の分際で俺に見えないところで盗みでも働いたか?」

「ち、違うっすよ。帝国の開拓計画が分かった時に、おいらはグリム兄貴に聞いただけっすよ」

「あぁ、そうだったな。ってか、兄貴も知ってる筈だぜ。神の民と人間の寓話。半神半人の英雄伝説くらいな」


 するとグリムの兄グラムではなく、赤髪ヒルダが目を剥いた。


「ちょっと‼半神半人の英雄神話って、私たち人間がこの島に流れ着く前、滅びた世界から残っている神話でしょ?」

「ヒルダの言う通りだ。あの文明は終わったんだろ。そして新たな歴史が神の島で始まった。エルフはこの島の神の民だ。関係…な、いや、…ないとは言えねぇのか」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、旦那。俺は知らないぞ。なんだよ、その半神半人の英雄伝説ってのは」


 冒険者ギルドには様々な情報が入って来る。

 それでもハヤテのように知らない人間がいるくらいの情報。


 そもそも…


「大体、神の民ってのは何なんだ…」


 大多数がこの程度。神の民がなんであるかを知らない。

 そういう神話があるよ、程度の知識しかない。


「不帰の森に住むと言う、不老不死の妖精のようなものだ。神の民と何故呼ばれているのかは諸説ある。ま、神の樹の上に住んでいたからとか、神の子供の子孫だからとかが有名だな」

「そ、その神の民が関わってんのか?俺は聞いてねぇぞ。それにだからどうしたんだ。半神半人の英雄は?」


 過ぎ去りし過去、この島に辿り着く前の物語は細々と語られ、残り続けている。

 そして、その中の英雄列伝の一説。


「そのままだ。神と人間の子は長命となり、世界の王として君臨する。そして、半神半人の子の親もまた、同じ力を与えられる。…だが、そこに出てくる神がエルフと決まったわけじゃあねぇ」

「でも、王家と上級貴族は、それを前提に動いている…。ねぇ、マニー。神の民はどんなヤツだったの?セインに女の格好をさせてたってことは…」

「女神のような美貌を持つ女エルフ…、だったっすよ」


 この時、玉座の前でセインとリーネリアが再会したところ。

 セインが、彼女の運命を知り、自暴自棄に陥りかけている頃。

 こちらでも、この国が終わる理由に辿り着く。


「女神のような美貌…か」

「ふーん。女エルフ…。それで男女で温度が違っていたのね。ま、男エルフなら単に逆転していただけでしょうけど。…どうやら正解みたいね」

「ついでに言うと、老若での温度差もそういうことか。爺になるほど、若さが愛おしくなるってもんだ。確かに魅力的な話だ」

「マジかよ。美人…、絶世の美女ってことだよな?なんで早く教えてくれねぇんだよ」

「あんたらみたいなのが出てくるから、秘密にしていたよ」


 ヒルダは半眼で男たちを睨みつける。

 玉座の間には女騎士が居て、こっち側には男騎士が警備をしている。

 その女騎士のトップに君臨するイリスの機嫌が悪かったのは、彼女の夫も同じような反応を示したからかもしれない。

 不老不死を手にしたという帝国と対抗するには、半神半人の力を手にする必要がある。

 それは分かるが、その力を手に出来るのは男限定。


「じゃあ、どうしてセインとマニーに依頼したんだよ‼」

「ゴブリンの巣に女を放り込むわけにはいかないからでしょ?」


 確かにその通り。ゴブリンの数が増えて、手に負えなくなるかもしれない。

 そして、当時は帝国に気付かれないようにする作戦だったから、アルフレッドの提案でセインが囮役に抜擢された。

 もしも神の民が遣わしたエルフが、男であればそんな事をしなくて済んだのだが、残念ながらやって来たのはエルフの娘で、十年前に分かっていたことだ。


「マニーに関しては、まぁ…」

「なんでだよ。マニーだって」

「ハヤテ、ちょっと落ち着け。…マニー」

「はぁあああ。いいっすよ。おいらが捕まった時にバレてたってのは何となく分かってるっすから。ハヤテっち。おいら、こう見えてドワーフっす」

「はぁぁああ?どう見えてドワーフなんだよ。ドワーフってのはもっとこんなで…、髭がぼわーって…、ん?でも、確かにマニーはドワーフかよ!って思うくらい裁縫もモノづくりも…。マジ…?」

「マジっすよ。どのドワーフが父親かは言わないっすけどね」


 エルフとドワーフはそりが合わない。

 それは伽話にも登場する一説。それだけで、マニーの説明が完了するくらいの説得力を持つ。


 だが、もう一人は。


「成程。全身脱毛に痩身魔法…。そんなことがあったとはな。…でも、セインについてはどうなんだ。アイツは…」

「セインが言った数値を忘れたっすか?セインと一緒にいると数値が減る。つまり…」


 その瞬間、ハヤテは踏み込んでマニーの胸倉を掴んだ。

 流石は中堅冒険者といった身のこなし。


「てめぇ‼セインが殺されるって分かってて一人で行かせたのか‼」

「…そうっすよ。セインだって数値は見えてた筈っす。今までのセインの行動を見ても、アイツがそういう男って知ってる筈っすよね」

「く…。それはそうだが…」


 王の盾の息子でありたいから、自らを囮にしようとする。

 今までだってそう。出会った時だって、村人の為に生家を差し出したほど。


「…ハヤテ、落ち着きなさい」

「落ち着けって言われてもなぁ」

「セインはあの森で生き続けたのよ。問題は私たち」

「問題って、後はマニーだろ?だったら」

「馬鹿か、お前。エルフの話を聞いたお前の最初のリアクションを忘れたのかよ」

「グラムも人のこと言えないけどね」

「そりゃ、男なら誰しも…、…な?ちょっと待てよ。それってつまり…」


 そう。これがセインがいなくなっても数値が落ちなかった理由。

 そして、既にマニーにとっては頼りになる存在のセインは居ない。


「セインちがいないから、今の状況が分からないっす。こうなったら、無理やりにでも窓から…」


 そこで無毛ドワーフは固まった。


「無駄よ。外にも兵士がいるって、アンタが言ったのよ…、ってどうしたの?」

「セイン…す。あれって、どうみてもセインすよね。なんか赤い球に追いかけられてるっすけど」

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