第33話 玉座の前で・2
「えっと…、父さんと母さんが俺を魔物のエサにしようとしたって。そんなわけない‼何を言ってるんだ‼」
俺は激昂した。
父と母が国を捨てた裏切り者だと言われていた。
だから、その汚名を返上できるというから、今回の危険な任務に参加した。
一番危険な役回りだってした。
「次は子供殺しの罪?いい加減にしろ‼」
不敬とか、乱暴な言い方とか、全部吹っ飛んでいた。
だから、俺は多分、いや絶対にやってはいけないことをした。
大したことじゃない。ただ、王に向かって指を立てただけ。
いや、やっぱり大したことだったかも。
「貴様‼おい、こいつを取り押さえろ‼」
「お前が王になれたのは、父さんと母さんが盾になったからだろ‼その恩を忘れたのかよ‼」
そんなことを言ったら、王だって同じだ。
どれだけ、俺の父さんと母さんを貶めるのか‼と
「近衛‼その男を」
左右から槍が突き出され、ギャシンと金属同士がぶつかる。
今の冷静さを失ったセインは気付いていないが、数値は99。
王の前で無礼が許されるほど寛容な国ではない…のだが
「待て…。槍を引かせろ、アンリ」
「父上‼こいつは」
「いいから、引かせろ。且奴の言う通り、ケインとセイラはワシの盾だ…」
「兄上」
「分かっている。仕方ない」
セインの気迫に押されたか、セインの声が届いたか、王の一声でセインの四方に檻のように突き出された槍が、ザッ!と殆ど同時に騎士の側に収められた。
結局、王の背後にいた、セイン大嫌いな公爵様の独善的な行為…
「へ、陛下‼それじゃ…」
「あぁ。ワシの自慢の盾…、じゃったな」
「えっと…。はい。父さんと母さんは…、俺が八歳の時に俺を庇って」
…と少しだけセインは安堵した。
だが、彼はあの言葉を忘れている。この国は終わっているとすれば、
「当時は自慢の盾、そう思っとったが…。成程、子供を魔物に捧げておったか」
「ち、違います‼だって、俺は」
「分かっておる。お主に罪はない。そのことについて考える必要はない」
「考える必要って?そうじゃなくて‼」
「エステリ卿、トーチカの村民はなんと言っておった?」
やはり一番上から…か
そして、セインはこの国の首脳陣に言われた。考えるな。
「は…。セイラがしょっちゅう外に出るので、訝しんだ者も多いそうです。長老が調べたところ、魔物寄せの薬草がケインとセイラの家から見つかったと」
「ほう…」
「長老…?ウメ…さん?」
セインが知っている限り、長老は一人、老婆のウメだ。
一番長生きってだけだから、知らない誰かかもしれないけれど。
「そのウメが聞いたそうです。流石に聞かざるを得ないでしょう。カナリア地帯で魔物寄せとは物騒極まりないのですからな」
「して、なんと答えたのじゃ。あのセイラであろう?」
白髪の老爺が二人で話し合っている。
既に知っているのに、セインに聞かせるように態々初めて聞いたという顔で王は耳を傾けている。
その二人は自分の母を知っていて、ウメが母に聞いたという話も知っている。
トーチカ村の村人は全員が無事に避難が出来た。
アルベの街でしっかり見ている。あの後、ウメが話した可能性は大いにある。
「えぇえぇ。流石に不味いと思ったのか、セイラは調味料だと言ったようですが」
「そ、そうです。俺が苦いのが嫌いと言ったから…」
「カメラ。魔物寄せが調味料とな」
「なんてこと…。魔物寄せをずっと食べさせられていたなんて…、可哀そうに」
壮年の女は、きっと初めて聞いたのだろう。
憐みの目をセインに向ける。その表情にセインの心が凍り付いていく。
その目を知っていたから。
ウメさんと同じ目…、でも…
「お、俺が言ったからで…」
「そうであったな。では、大人になったお主にもしも我が子がいて、魔物寄せ料理を毎晩食べさせるというのじゃな」
「え…。いや、それは…」
「ヨシュア!」
「おっと、これは済まなんだな。お主は何も知らなかった。だから、代わりに考えてやる。ギード…」
「はい。あのケインが間違えた剣の使い方を教え、あのセイラが可愛い我が子に魔物寄せの薬草を持たせた、と。あぁ、剣技の方はアルベフォセのアルフレッドが申しておりました。剣技はまるで出来ていなかったと」
また、あの初老の男。名前をギードというらしい。
そして、それに関しても文句は言える。
「違います!俺に才能がなかっただけです。そもそも俺は一年くらいしか」
「成程。アルフレッドがそう言ったのなら間違いない。なんて親だ」
「あぁ。父上と母上とは大違いだ」
また、この目。
村人からの憐みの目と同じ。
「剣も教えておらんとは。…武芸や魔法は得意でも、我が子を愛する気持ちは持っていなかったようじゃな」
可哀そうだからと食べ物を恵んでくれた大人たちと同じ目。
彼らも同じように考えていたのだろうか。
そんなわけない…のに…
「そんなわけない。だって、俺は…」
覚えている。父の差し出した手が焼きついている。
母の優しい笑顔だって、ちゃんと心に刻みつけている。
アレが嘘だなんて思えない。だって
セインは必死に考えた。どう言えば、愛されていたと信じてくれるだろうかと。
どの場面を説明すれば、子供想いだったと伝わるだろうかと。
だから、一陣の風を感じる暇がなかった。
甘い香りを嗅げなかった。
「ふーん。その状況で君は生き残ったわけよね」
「そ、そうだ。俺は生きている。これこそ、父さんと母さんが俺を大事にしていた証明だ」
自分の声が壁で跳ね返ってくる理由にも気付けなかった。
何故、静まり返っているのか分からなかった。
そして、皆が無視して自分の後ろに向かって怒鳴り始める。
「リーネリア姫‼どうして、ここに」
「イリス‼ここに通しては駄目だと言っただろう‼」
「何の為に女騎士団で固めたと思っている!」
女で固めていた理由は、王の好みではなくて別にあったらしい。
二児の母にして女騎士イリスが後ろにいる。そして彼女も
「は。そのように聞いていましたが、リーネリア様の言うことも聞くようにと言われています」
「そこをうまくやるのがお前らの仕事だろう」
「はぁ…。うまく、ですか?私は別に構わぬだろうと考えたのですが?」
セインの熱くなった心では、侯爵夫人程度が何という不敬な言葉遣いかの判断が出来ない。
ただ、何となく彼女も怒っていることは、感じ取れていた。
そんな銀美貴と言う名で、主に女性からの人気が高いイリスはまだ続ける。
「ここにいる男は陛下一人と殿下が三名。そして…、王の盾の子のみ。小僧の動向にさえ気を付ければ、問題ない…そうは思いませんか、カメラ様」
「そうね。私も構わないと思うけれど、ヨシュアもギードも貴方達も…、何が気に入らないのです?」
ここで王妃も参戦。最初から不機嫌そうな顔、不服そうな喋り方だったが、やはり怒っているのだろう。
なんで?と、流石にセインの頭の血も下がってくるが、余りにも情報がない。
強いて言えば。
90…、なんの数字?
「カメラ。そんな目くじらを立てるな。まだ気に入らないのか。大体…」
「陛下‼」
「うお…、そうじゃった」
そして男性陣はというと、何処かバツが悪そう。
男たちは顔を落とし、女たちがその姿を見下すとしたら、間違いなく女関係。
え…、俺はどうしたら
なんてことを彼が思いつく筈もなく、目を泳がせていると答えの方が彼に食らいついた。
彼の心という、釣り餌の方に
「隠す必要なんてないでしょ。エルフと子を為せば、子供が成長する間、不老不死で居られる。だから、リーネリア様に気に入られたいのよね‼」
「…え」
セインの心臓がボロ雑巾のように引き絞られる。
どうしてこんな場面に出くわしたのだろう。
なんで、こんな話を聞かなければならないのだろう。
そんなの聞きたくない。手に届かない高根の花って知ってるから、そんなのは崖の上で話し合って欲しい。
その崖の上に来てしまったから、聞く羽目になったのだけれど、呼び出されただけ。
もしかして、この話を聞かされるから、数値が明滅していた…とか?
「止めぬか‼こんな小僧に聞かせる話ではない‼イリス‼リーネリア様を…」
「何故ですか、陛下。そもそも、小僧を呼んだのは陛下ではありませんか。しかも、リーネリア様からの要望でもあると、サロンが言っておりましたが?」
あのヒトが…?だって、お姫様になるって言ってたし。俺に将来の夫を見せつけるために呼んだ?
高根の花には棘もあったのだろう。
そもそも、王にはセインの両親を認める気が無かったのだから、ここに呼び出された理由が一つもない。
いや、数値の不安定さを考えると殺すつもりだったのかもしれない。
だったら、俺が知る前に殺してくれよ‼
自分の両親の名誉を傷つけられ、在ろうことか子殺しの罪まで着させられる。
リーネリアのその後まで、と言ってもこれは想像に難くない話だったが、本人を目の前にしてそれを聞かされる。
セインの十年間を支えていたモノが、玉座の前でバラバラに打ち砕かれるが、ここで、…1‼
「く…」
とても低い生存率。体が勝手に反応し、何処からか放たれた矢を避けてしまう。
直ぐにクソッと何処かから聞こえた。
それに当たれば良かったのかもという思いで、自分が言ったのかもとセインが考えた時
「こんなとこまで魔の手が‼…炎の精霊、害をもたらす夷狄を断罪して‼」
金色の森の妖精の周囲が朱色に染まる。
そこから発生した炎の粒が、とある方向に向かって飛び、見えない場所から叫び声が聞こえた。
直後、高貴な人間を含めて、その場にいた全員が凍り付いた。
改めて、エルフが神の民と言われる意味を知る。
「セイン、良い反応だったわよ」
ただ、彼女の一言で、セインだけが変わった。
さっきまでの憐みの目とは違う。優しい瞳。
彼の鈍色の瞳が輝きが戻って来る。
「有難うございます。以前に教わった通り、横に避けました。状況的に矢だと思ったので」
「あの時もゴブリンが矢を放ってたしね。人間の王様、ここにもゴブリンが現れたみたいです。帝国の攻撃かもしれません。警戒を」
「も、勿論だ。イリス!今すぐ」
「お言葉ですが、陛下。ゴブリンに対して、女は向かわせられません。男だけで対処してください」
「ほんと、どうしたんですか、ヨシュア。女が攫われたら、ゴブリンは数十倍に増える。これは常識ですが?」
カナリア地帯に住んでいたら、嫌でも頭に入る常識。
王が知らないわけ…。っていうか、なんか居心地が…悪い…かも
なんか…、ここに来た時よりも重い。冷たい…感じ。逃げたい。
いや、今なら
「お、俺が行きます。その方が」
「セイン‼一人では危険よ」
「それは…大丈夫です」
「だったら私も」
セインが立ち上がり、悲鳴があった方向に一歩進むと、麗しのあのヒトがそう言った。
ただ、流石にそれは止められた。
「リーネリア様。…ゴブリンの対処は男がやるとアルト王国では決まっていますので」
イリスが割って入って、彼女は少しだけ寂しそうな顔をした。
勿論、セインの目は後ろについていないから、それには気付かず、もう一歩踏み出した。
「じゃ、俺。行ってきます」
「そ、そうじゃな。この中ではお前が適任じゃ。今までの任務もワシは高く評価しておるぞ。其方の両親の件も、もう一度考えておこう」
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