第32話 玉座の前で・1

「謁見…、謁見…」


 セインはグリッツ冒険者ギルドから借りてきた謁見用の服に着替えて、立ち竦んでいた。

 上等な服過ぎて、皺を作りたくない気持ちと、今からやらねばならない気持ちが、心から彼を石に変えていく。


 そんな心が石の青年の肩がパンと弾かれる。


「はい。大丈夫よ。ルテナスのどんな場所でも恥ずかしくないわ。それにしても」

「セインち。どうしたんすか?今回の依頼主は王家。で、セインちは大活躍。それに…」

「てめぇの父ちゃんと母ちゃんの為だろ。なーに震えてんだよ」

「あぁ。そういう契約だぜ。セイン、もっと胸をはれ」


 グリッツ冒険者ギルドに所属する面々も、城の控室に集まっていた。

 表向きはグリッツ冒険者ギルドへの依頼だった。

 そして、それだけでなく、ヒルダたちも別の依頼を受けていた。

 急遽、二つの騎士団がルテナスを出た。その間の治安維持という大事な任務だが、主役がセインであると皆、認めている。


「胸を張る…」


 10%…、なんで?いや、なんの?


 あの後、リーネリアは連れ戻された。

 セインとマニーは、渋々顔の騎士団と共に王都入りした。

 初めての高貴な街デビューのセインだったが、居心地の悪さしか味わえなかった。

 

「本当に、俺を騎士にしてくれるのかな…」

「ま、普通に考えりゃそうだろうよ。お前は王の盾の息子だ。アルト王国を裏切り逃亡したという嫌疑が晴れたことで、漸く息子を重用するつもりになったんだろう」

「ドラゴンスレイヤーの肩書きもあるわよ。それだけで十分。良かったわね」


 気持ちよく送り出してくれる。


 拾ってくれたのが、みんなで良かった。

 でもグリッツ冒険者ギルドを含む、アクアスの街ギルドは、王家の使いパシリ。

 いやいや、そんなの関係ない!


「ま、てめぇはこれで俺たちとは別の道だ。今後は贔屓にしてくれよ」

「そんな顔をするな。俺たちは俺たちで王の信頼を取り戻せた…、ん?なんだ?」


 スーチカが示す数値と、目の前の光景が一致しない。

 だから、気持ちが悪い。


「ハヤテさん。体長悪かったりします?」

「な、なんだ、急に。気持ち悪い」

「気持ち悪い?駄目ですよ、休んでなきゃ」


 数値が異様。なら、理由がある筈。

 体調不良なら…


「だから、違うって!お前が言うと」

「ちょ!待つっす。またタリスマンか。…セイン、何が見えてるんすか」


 ツンツン頭。毛根がしっかりしているのは、実はドワーフだったから、という彼が間に立った。

 タリスマンのことは、ここにいる全員が知っている。

 ただ、誰が見ても大した魔法具は見えないから、薄気味悪い。


「何って…」

「いいから正直に言うっす」


 とは言え、マニーは側で実感した。

 ソレについて、セインも理解していないことも理解していた。


「…うん。変なんだ。数値が──」


     □■□


 灰色の髪の男が毛足の長い絨毯が布かれた廊下を歩く。

 数m後ろに近衛兵がいて、その兵士に真っ直ぐ歩けと言われたから、ぎこちなく歩いている。


 グリッツ冒険者ギルドの皆のことは心配だ。…でも、マニーがいるからきっと大丈夫。ヒルダさんも色々考えてくれてるみたいだし


「グラムとグリムはどうした」


 そんなオドオドした青年に声を掛けたのは、銀色の髪の女。

 口元のほくろが艶やかに見える女、二児の母。イリス・サファーバーグだ。


「えっと…。俺が先に行くべきだって…、その」

「そうか。もっと背筋を伸ばせ。陛下がお待ちだ」


 マニーはついて来ていない。

 グラムとグリムは本来、一緒に歩く予定だったが、その予定は変更されている。

 ソレを突っ込まれると思っていた青年は、淑女を前にして両肩を跳ねた。


「何をしている。早く行け」

「す、すみません。えと、タイランさんは」

「お前が気にすることではない。さっさと行け」


 彼女の弟がいれば、もう少し違っただろうか。

 それにセインは彼女の怖い顔が苦手だった。

 あの時と同じでピリピリしている。というより、会った時は常にピリピリしている。


「…ん?」

「キョロキョロもするな。真っ直ぐ、前だけを見て進め」


 ここから先は甲冑を身に着けた兵士が、ズラっと並んでいた。

 顔も体も殆ど隠しているが、何となくだが独特の雰囲気が漂っている。


 この人たち、全員女?

 さっきの兵隊さんは男だったけど、イリス様から後ろ…、じゃなくて前?は皆女の人だ。

 これは王の趣味?女の人が好き…なのかな。でも…


 ここでドン‼と背中に衝撃が走った。

 同時に「早く行け」と先の淑女の声が耳元で囁かれた。


「はい…、すみません。…あれ」


 不思議なことに今の衝撃で、数値が少し上がった。

 そこで戸惑っていると、再び


「…しっかりしろ。お前は注目されている。だから気を引き締めていけ」


 ゾワッとする少し低めの声。

 でも、何となく。


 この人、良い人かも。何かに怒ってるのか、それとも何かあるのかも

 きっと、それが無ければこんな感じじゃ…

 お陰で、少し緊張がほぐれたかも。


「有難うございます…、多分大丈夫です」

「そうか」


 彼女は再び険しい顔に戻ってしまったが、青年の足は軽くなった。

 現状を気に入っていないか、変だと思っている人間がいるだけで、いざという時味方になってくれるかもと期待できるからだ。


 後は、失礼の内容に真っ直ぐ。…あれ?玉座には王様と王妃様が座ってるってアダムさんに聞いたけど…。王妃様は見当たらない?


「止まれ。そこで膝を付け」


 そこで王の近くに居た兵士、しかも男の声で命令された。

 彼と右側の兵士だけは男。目の前の王も男。

 王の本当の髪色は分からないけれど、左右の男は、セインの灰色と質感が違う。

 アレを白銀色と言うのなら、二人は王子様。


 確か名前は兄がアンリで弟がルーイだっけ。王様は…、不味い。聞きそびれた…


 なんて顔を青くしながら、青年は膝をついた。

 そこでふと気づく。王の後ろにもう一人男がいて、その男を自分は知っていると。


 しかも、嫌な覚え方。自分のことが嫌いで嫌いで仕方ないオジサン。


「小僧。王の御前だ。先ずは名を名乗るのが筋だろう」

「え、えっと」


 確かに、指示があるまで余計なことはするなとヒルダさんに言われてたけど、言い方がなんか…。ま、いっか…


「…セイン…です。この度はお招きいただき…」

「待て。ルーイ。この者の身体検査は抜かりないな?」

「え…、さっき」

「勝手にしゃべるな。ワシはルーイに聞いている」


 王は一言の話していない。

 跪いた時に、後ろから飛び出してきたセイン嫌いの男ばかりが話す。


「叔父様。ここに来るまでに、何度も確認をしているかと」

「…それで足りる訳がなかろう。さぁ、今すぐ身体検査じゃ」

「な…」

「ちょっと待ってください。この男は武器も防具も携帯していません」

「なれば、魔法具を持っているかもしれない。二人でみぐるみを剥がせ‼」

「チッ。仕方ない。ルーイ、やるぞ」

「え?ちょっと待ってください。俺…えっと、ボク?私?は…父と母の…」


 自分より頭一つは背が高く、しかも逞しい王子様に羽交い絞めにされたら、抵抗なんて出来ない。

 それに疚しいことは一つもないのだから、セインはとあるものだけを庇って、されるがままにしていた。


 ただ、その仕草で先ずは…


「持っているモノを出せ。…これは?」

「兄上、私に…、…ん?いえ、特別なものは何も…」


 守っていたタリスマンを取り上げられたが、やはり何もなくポイと床に投げられた。


 はぁ…。良かった。バレてもいいとは思うけど、やっぱり…あれは。何のために頑張ったか分からないし…


 一番大切なモノが無視されたから、今度こそ為すがまま為されるがままに服を脱いだり、鞄を差し出したり。途中で、そう言えばこの四人以外女の人だったと思い出して、顔を赤らめたりした。


 でも、何も出ないに決まってる。…あ、でも。ここで仕組まれたら…。

 うーん。だけど、王子様二人も意味が分かって無さそうだし…


 なんて、少し落ち着いて来たところで、ソレはやって来た。


 もしもここにマニーが居たら、勘付いたに違いない。


「アンリ!それじゃ。それを持ってこい‼なはははは。持ち歩いていたとはな。これでしらばっくれることは出来ないぞ」

「え…?これ…ですか?」

「公爵殿。傷薬を探す為に俺達王子二人を使ってたのかよ。ってか、それが何なんだよ」


 数値が激しく変わる。点滅か明滅か。とにかく凄まじい。


 この傷薬という言葉に、セインの心臓は大きく脈打った。

 誰かから…、確かマニーと…それから


「陛下‼間違いありませぬ‼これです。トーチカの村人からの情報とも一致しますぞ。噂は本当だったのです」


 こんなもので何を言いたいのか、結局セインには分からないのだけれど

 1分でも時間が惜しいのか、エステリ公爵は王様のところに傷薬を早足で持っていった。

 そして、王もうんうんと頷く。王子二人が首を傾げているのとは反対。

 ここにも、数値に現れる何かがある。手から離れても明滅は変わらない。

 急いでタリスマンを拾って、確認してもやはり変わらない。


 でも、大きな分岐路だったことは間違いなかった。


「…なるほどのお。これは判断に苦しむ。セイン、とやら。お主は父親と母親に、妙な薬を塗られていた…とか」

「それは…、ぼ、ぼくが子供の頃に薬が苦いって言ったからで…、特に意味は」

「あのケインとセイラが態々そうした。…のう、カメラ。母親の立場からどう考える?」


 そこで今日か、今までも含めてか、初めて聞いた名前。

 で、一番王の近くに居た甲冑兵の一人が兜を脱いだ。


「はぁ?どうして私がそこで出てくるのです。私は別に」

「カメラ様。ワシが持っていきます。嗅げば直ぐに分かりますから」

「そんな簡単に…、…ん?セイン君。本当にこんなものをあのセイラ様が?」

「え…、母さんを御存じなんです…か」

「当たり前でしょ。これでも当時の第二王子ヨシュアの許嫁ですから。王の盾については知ってるわ。それよりこっちから質問よ。さっきの話は本当?」

「ほ、本当です!母さん、凄く優しくて、俺の為に態々、美味しい薬草を取って来てくれて」

「そっちじゃない…、ううん。それより態々ですって?」


 セインは慌てて口に手をやった。

 この話で何度もマニーとあのヒトは怪訝な顔をした。


 ということは…


「…セイン君。君には悪いし、残念だけど、君の両親は君を魔物の手で殺させたかった。何があったかは知らないけどね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る