第31話 ドラゴンを倒す確率・5
「ぐぁぁああ…。なんだ、これは」
ドラゴンの頭がぐわんと左に曲がった。
ぱっと見はあまりダメージが無いように見える。
だけど、アレは俺の相棒が放った一撃だ。
「この程度でワシがやられると思うたか…」
「思ってる…」
「なんだと?」
俺よりも色んなことを知っている。
俺よりも場数を踏んでいる。
そしてタリスマンに頼り切る俺よりも、ずっとずっと生き残る為にはって考えている。
「ここで無意味に高価な魔法具を使う奴じゃない‼」
そして俺はマニーに磨いてもらった短剣を握りしめて、思い切り飛び込んだ。
エメドラゴが首の位置を戻す瞬間を狙った。
なるべく視界に入らないようにした。
「人間風情が何を…、…ガッ‼‼‼」
飛び掛かって首に抱きつく形になった。
体が触れた部分のアーマードレスの布部分が容易く破れる。
全身が刃物になっているらしい。体のあちこちにも痛みが走った。
だけど、見えた。竜の鱗の一部がくすんでいた。
そこに逆手持ちした短剣を差し込む。
すると、驚くことに切っ先に触れた竜の鱗に罅が…、いや、多分だけど、微細な罅は既に入っていて、それが結晶体をくすませていた。
「やめ…ろ…。人間の子供…、ワシはまだ」
ザク…というより、ボロボロ…っと剣が入る。その奥も硬かったけど、鋼鉄よりは柔らかくて、一度引き抜いた後に今度は両腕で思い切り…
そう思った時、彼の声が再び聞こえた。
「命乞いしてんじゃねぇすよ。てめぇは十分に生きたんじゃあねぇの?」
「き…、貴様は…」
「セイン。思い切りいけ」
「うん‼」
俺もそう思っていた。
他のドラゴンと体格が違うのは、グレイボアのボスと同じ理由だ。
このドラゴン一匹だと、流石に気付かなかったけど、ハッキリ言って二回り小さいエメドラゴの方が、エメラルドが美しい。
なら、気にすることはない。
「待て。この臭い…、貴様は…やめ、ぐ…は」
「また、おいらの臭いの悪口っすか?…いや、今のは」
「何?」
「いい。きっちり止めを刺しとけ。…なんとなくだけど、そいつの為でもある気がする」
砕けた鱗の下に皮があり、その中に筋肉もある。その筋肉の間にはやっぱり神経と血管。
そこに切っ先が触れようとした瞬間。
「ぐ…、ただでは死な…」
「セイン。その短剣には神の文字がちゃんと彫ってある。気にせず、そのまま突っ込め」
「こざかしい…、やつ…め」
後から聞いた話だけど、ドラゴンの体液は大抵有害なものらしい。
酸だったり毒だったり。だから、マニーは俺が持っていた短剣に、吸血という属性を持たせていた。
勿論、アーマードレスにも解毒の効果を持たせていたって話だ。
ドラゴンと戦うことになるとは思ってなかったけど、万が一を考えてくれていた。
「ゴメンけど。このまま…」
この巨体に、理性を持つ頭の脳に血液を送るためだ。
とんでもない心臓を持っているのだろう。さながら小さな火山。
首の血管から夥しい緑色の血液が噴き出して、森の木々を血で濡らした。
緑色だから、グロテスクとは言えなかったけど、緑色のドラゴンは俺の体ごと力なく横たわった。
「…と。折角だから血液貰っとくぜ。もう聞いてないと思うけど。ドラゴンの爺さん」
相棒はちゃっかりしていて、そんなことを言う。
そんな中で俺は、自分自身に違和を感じていた。
言葉を交わせる相手だったドラゴン、本当に殺さなければならなかったのか…
という疑問を全く感じていなかった。
それが本当に不思議で堪らなかった。
□■□
ただ、それでもトルネの木は最外周の樹皮を僅かに散らせた程度だった。
ボス・エメドラゴの死が束の間かもしれないが、本来の森の形に戻してくれた。
マニーはなんとなく、そんな風に考えていた。
勿論、器用に手を動かしながら。
相棒の母が作ったと言われる配合のままの美味しそうな匂いの傷薬を、丁寧に相棒の火傷した部分に塗り込みながら、はぁと溜め息も吐く。
「だーかーらー。おいらが倒したわけじゃないっての。アレは純粋にセインの手柄。そう考えるっす」
「でも、水晶鱗に亀裂を入れたのはマニーだし。俺はそこに短剣を突き立てただけ…」
「その前においらを助けてくれたっす。アレがないとそれもなかったっすよ」
この部分に関しては、マニーも軽くツンツン頭を抱えていた。
助けようとして助けたのか、それとも結果として今に繋がるとタリスマンが言ったから助けたのか。
「アレは当然の行為だろ。エルフの味方って言い方だったから、それ以外は敵と見做すって考えるのは。だから…」
「それならおいらも、セインが危ないと思ったからっす」
「だったら」
ただ、セインは数値の意味を理解していない。
漠然と数字が浮かぶとしか言ってないし、嘘をついているようにも見えない。
だったら考えるだけ時間の無駄──
「だったらも何もないっす。おいらがドワーフっのを伏せてるって話したばかりっす。絶対に秘密っすよ」
「それは分かってる」
「分かってるなら、自分が倒したって言っとけばいいんすよ」
「ん?」
いや、そもそもこの話が時間の無駄かもしれない。
こんな男が、数値を並べて望んだ未来を掴み取れるとは思えない。
「ん?…じゃないっすよ!目立つじゃないっすか!おいらの努力を無駄にするつもりっすか!」
「あ…。うん、それはそうかも?だけど、なんて言えば…。ドラゴンの気を引くだけって言われて、襲ってきたから倒したって言って通じるかな?」
魔物は巨大竜の毒血で退散。
そして残りのドラゴンは、実は少し前に姿を消していた。
こっちに居たのがエルフではなかったからと、マニーは考えている。
ってことは、任務失敗と言われかねない。
だから、マニーは自分のリュックの上に、新鮮なドラゴンの頭の一部を乗せた。
ちゃんと仕事はしたぞアピールと、帰り道の魔物避けも兼ねて。
「そこは上手く話すっす。おいらは荷物持ち。ドラゴンスレイヤーとして担がれるのはまっぴらっす」
「ド、ドラゴンスレイヤー!?そんな大層な事じゃないよ!!元々、老いていた竜なんだし。でも…、あのままだとあのヒトの方に行きそうだったから」
「はぁ…。そんなにいいもんすかね。おいらには分からないっす。ドワーフの言い伝えってのも」
「言い伝え…?」
「な、なんでもないっす。さ、もっと胸を張るっす!セインはドラゴンスレイヤーデビューしたんすから」
あちらは竜の巣の一部を入手するだけだ。
朗らかな男たちの歌声が聞こえてくる。
竜の巣の主戦力が暫く魔物とぶつかってたのだから、時間はタップリあった。
だから、特に被害も出ずに作戦を成功させたのだろう。
そして、やはり帰りを待っていた。
だから二人が森を出た瞬間、讃歌か讃美歌かが突然止まった。
「あらあら。おかえりなさいませ」
「そっちは終わってんだろ。その時点で作戦成功。だったら、とっとと帰って良かったのでは?」
出迎えたのも、やはりあの魔女。
ほんの少し嬉しそうに見える顔が、マニーには尺に障った。
だから、最初から睨み合いスタートだった。
「マニー!せっかく待ってて下さったんだから、そんな睨まなくても」
「そうですよ。私がどれほど心配したことか…」
サロンは泣きそうな、そして不服そうな顔をした。
その直後、ペロっと舌の先を出す。
「なーんて、意地悪しなくてもいいですね。セイン君、もう少し考えて下さい」
「え?もう少しって…」
「ったく。セインち。あっちにいる騎士様の顔を見るっすよ。アルフレッド以外、全員が睨んでるっす」
「そう。君が考えているのと反対の意味です」
「反対…、それってつまり俺が」
「君が死ぬことを私たちは首をながーくして待っていたのです。因みに私個人としては、早々に戻ってきたエメドラゴの意味を知りたかったから、ですけどね」
セインは彼女達が自分の安否の否を期待していたことを、ここで知る。
だが、その意味を理解は分かっていない。
彼に思いついたのは精々、この程度だった。
「やっぱり俺の両親を裏切り者ってことにしたい…から」
「それも一つですね。今は…、そう考えていてください。もしも君が死ねば、あの話を無かったことに出来るのですし?」
そもそも、両親の汚名を返上する為のミッションだったから、これも間違いではない。
だが、それだけではない。マニーは薄々気付いているが、相棒に教えようとはしない。
「でも、おかしいっすよね。果報は寝て待てってのは今回は当てはまらない。死んだら帰って来れな…」
「君なら帰って来るでしょ。マニー君はそういう人物って聞いてますし」
「あ、そっか。マニーは…」
セインも頷いてしまう言葉だった。
グリッツ冒険者ギルドでもそうだし、彼の口からも「死にたくない」と何度も聞いている。
あの時、炎から遠ざけなくとも、彼ならどうにかしていた筈。
あの時は考えていなかったけど、今考えると余計なお世話だったかも、と思えた。
ただ、今回のマニーは違った。
あの時逃げる選択もあった筈だが、彼は逃げるどころか初めての共闘を選んだ。
「セインちもそっか!…じゃないっす!」
「ふーん。私はどちらでも良いので、全然オッケーですよ。帰ってきて下さって良かったと思っています。でないと、セイン君が死んだかどうか、騎士団を投入せずに済ましたし」
「俺が死んだかどうか…って?なんで…」
一個人が死んだか確認する為に騎士団を森に向かわせる。
どう考えても、セインを殺す為の作戦。
信じられないくらい回りくどい方法。
でも、実際に騎士団が待機しているのだから、嘘ではなさそう。
意味が分からない…
というセインの顔も仕方がない。
そして、この複雑な理由とも言える風、野を分ける程の突風が吹く。
「げ」
「何がげ、よ。本当に失礼なやつ…。ま、いいわ。ほらほら、私の言った通りでしょ。ちゃーんとセインは生き残ったわ」
ちゃんと理由はある。
エルフの娘リーネリアが一枚噛んでいた。
「リーネリア様、どうしてここに!」
「どうして、って。別にいいでしょ。私がモデルになったから、セインはエメラルドを操れて…。って、あれ?セイン、変装は…。まるで戦って…」
そしてリーネリアは目を剥く。
同時に、魔女サロンはスッと視線を逸らした。
「サロン、これはどういうこと?」
「はぁ…。見たままです。冒険者ギルドで雇った二人組が、エメドラゴを誘き出しま…」
「違うわよ!ドラゴンと戦うなんて、私は聞いてない!」
「言っておりませんが…。でも、誘き出すと必然的にそうなるのでは?確かに、リーネリア様が仰ったように、彼らは帰ってきましたけれど」
あぁあと言いたげな興ざめドワーフを前にしても、耳長少女の表情は色鮮やかに変わっていく。
伝説のエルフにそぐわない行動を前にしても、千切れ千切れの衣服を纏う人間の青年は、ただ頬を染める。
そして、目を逸らしているが笑っている魔女を前にして、美しき少女は眉を吊り上げて言い放った。
「…分かりました。やっぱり人間は信用できない。だったら…」
セインに言わせると、可能性は殆どゼロ。
だけど、距離は残酷なまでに近づく運命でもあった。
つまり…
「…彼を私の護衛にして下さい!」
つけ髪も取れて、灰色に戻った髪の奥の目が剥かれる。
あのヒトに指差されて、心臓を刺されたと錯覚する中、魔女は紫の髪の毛を横に靡かせた。
「リーネリア様、それは…」
「私の護衛だもん。私が決めていい筈です。それに彼はドラゴンスレイヤー。彼はアルト王国にとって貴重な存在です!」
王家が裏で進めている計画に勘付いているから、サロンは彼女を止めようとする。
でも、エルフは百面相で捲したてた。
「じゃないと、私、帰ります…」
そして、これが決め手。今までもずっと決め手だった。
だから、竜の巣から木枝を取った時点で、ルテナスに戻ってもらう計画だったのだか。
「リーネリア様が帰られる…。それは困りますね。分かりました。でも、私には…。うん、これは一番偉い人に決めて頂いた方が早いですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます