第30話 ドラゴンを倒す確率・4

 エメドラゴはエルフに従う。

 その理由は、実は現在最も高齢であるリーネリアさえ知らない。


 ただ、その一端を彼らは先に目の当たりにした。


 いや、目の当たりにしたと言うより


 プシュルルル…、グルルルル…、ギャギャッ‼ドサッ‼


「痛っ‼こんなところで振り落とされた。振り落とさなくたって…って、アレ?エメドラゴって一匹じゃないの?」

「誰も一匹なんて言ってないっすよ。そんなことより、おいらも仲間ってアピールを」


 エルフの言うことは聞く、ってことはドワーフは敵視しているかもしれない。

 だから、おいら達は仲間だぜアピールのつもりで肩を組みに行った。

 そこで、ドン‼


「ちょ、なにするんすか、セイ…」


 バリバリバリバリバリバリ…

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…


「せ、セイン‼」


 マニーの目の前には緑の壁。それは個体ではなく液体でもない。

 気体とも違う何か、きっとプラズマ。正確には緑色の炎。

 先頭に居たきっと中堅どころだろう緑色の竜は、いきなり二人に向かって炎を吐いた、ように見えた。


「大丈夫?こっちは大丈夫。それより…、早く逃げて」

「え、どういう」

「いいから‼」


 緑のプラズマの向こうから、相棒の声が聞こえる。

 どうやら彼は無事。だったら、あの炎は


「おいらを狙った…、クソッ!あのエルフ、肝心な事を教えてねぇじゃん‼」


 エルフの言うことは聞く。だけど、エルフ以外は敵視する。

 それか…


「臭いものが苦手…。って、おいらは臭くないし‼」


 どちらか分からないが、エルフ以外の生物にとって、アレは脅威と言うこと。

 そもそも、魔物は大体臭い。だから、エメドラゴ達にとってこの状況は


「汚物の焼却のチャンスだって?汚物を舐めんなっす‼」


 そんなマニーの号令があったかはさておき、魔物たちの様子に変化が現れる。

 一対一では絶対に敵わないドラゴン。その大きさと力強さは、薙ぎ倒してきたトルネの木が物語っている。

 だが、ボスグレイボア率いるイノシシ魔物軍団と、ボスゴブリン率いるゴブリン軍団と、ボスコボルト率いるコボルト軍団の方が数は圧倒的。


「っていうか、こいつら…」


 ハイカラドワーフの顔が引き攣る。

 さっきまで『ボクの肉の為に争わないで』状態だった三つの種族が、森の主エメドラゴに向かってそれぞれのやり方で威嚇を始めたのだ。


「そうか。おいらたちとは別の問題。森の主が邪魔で邪魔で仕方なかったから…」


 小物の魔物は日頃から、エメドラゴが鬱陶しくて堪らなかった。

 だが普段はそれぞれが牽制し合っているから、こんな機会はやってこない。


「この中心に居るのは、エメドラゴが何故か懐いているエルフ…に化けたセイン。エメドラゴも退くわけにはいかない。だから、ぶつかる。…これがスーチカの力っすか」


 彼を女エルフに化けさせたのは、マニー自身。

 だが、こんな演出をする予定は微塵もない。これを引き起こした張本人もそれは同じ。

 魔物を操れるという帝国の皇帝ならば可能だろうけれど、残念ながらセインは魔法が使えない。

 ただ、在り得なくはなかった。

 でも机上の空論、ただの偶然、舞い降りた奇跡。

 数えきれない思考実験の先で、魔物同士のぶつかり合いが起きるかもしれないと考える程度。

 導き出せたとしても、実行には移さないだろう。

 だって、


「こんなの引き起こしても意味ないけど」


 魔物が徒党を組み、ドラゴンと戦うなんて、マニーどころか殆どのドワーフは見たことがないだろう。

 こっそり竜の巣の東側に回り、竜を連れ出す。確かにこれも難しかっただろう。

 でも、きっと他にも方法はあった筈だ。

 例えば…


「あれ…。例えば…?…そもそも、これはセインを無き者にする作戦に違いないっす。おいらだって、危なくなればセインちを放っておいて…」


 マニーにソレが出来たかはさておき、ゴォォォォォォォォォォと口から吐き出す炎と、ガキンッ!とゴブリン矢を通さない鱗を持つドラゴンが数の暴力に負けるかは分からない。


「ってか。セインちは…」


 突き飛ばされてから、姿が見えない。

 緑の炎の先に今も立っているのか。それとも


「違うっす。エメドラゴはエルフの言うことを聞く。だったら安全に違いない…。安全に…」


 元々、エルフに化けたセインがドラゴンを誘き出す計画だ。

 だから、その筈。そうでなければ、この作戦は重大な欠陥を持っていたことになる。


「…あ」


 ここで、思い出す。あのエルフの表情は、セインをエルフに見せる為に仕方なく何度も何度も観察した。


 …エメドラゴはエルフの味方で、エルフの言う事は聞いてくれるし


「これが嘘…かも。…いや、そういう感じじゃなくて」


 問題は別にある。彼女の話し方だ。


 ほうら。やっぱり‼ドワーフはお金の為だったら何でもする。私が言った通りじゃない‼


 感情を表に出し過ぎている。勿論、そんなエルフもいるかもしれないけど、彼女の場合は違う理由も考えられる。

 自分よりも十倍以上は年上のエルフ女。だけど、彼女は信用にならない。

 そもそも、全部人間の言う通りに行動している可能性だってある。


「エルフにしては若い…。もしかすると、これって。チッ!…おいら、死ぬのはゴメンなんすよ‼」


 声を荒げて、ドラゴンに向き直り、彼は大切なリュックサックをドサッと茂みに投げた。


 そして——


     □■□


「うわ…」


 セインはマニーを突き飛ばした。

 そうするのが、最も生存率が高かったからだ。

 その反動で、自らの体も炎から逃れる。

 ドラゴンはエルフの味方と、あのヒトは言ったし、あの炎はマニーのみを狙ったものだったから、やはり問題なく遂行できた。


 ただ…


「30…40…20…35…15…」


 次第に数値が小さくなった。

 理由は考えるまでもなかった。


「エルフの変装が…溶けていく…、解けていくの方?」


 あくまで後付けだが、セインは自分のやるべきことを理解していた。

 下手な隠密行動なんて、森の中で暮らす魔物にバレるに決まっている。

 だから、この変身を利用して、周囲に潜む魔物を引き出す。

 その為に必要なのは、生きたまま連れ帰りたいゴブリンの存在だった。

 そして、それはとても上手く行った。

 得体のしれない数値を示す、グレイボアを見つけられたのも大きい。


「あの子はどっか行っちゃったし、どうにかバレないようにしないと」


 後は魔物をドラゴンに掃討してもらうだけ。

 クエスト内容にも即しているし、自分自身も生き残れる素晴らしい計画だ。

 この計画の大前提は、セインの考え方の変化だった。


 あのヒトは今、とても困っているから、こんなところで死ぬわけにはいかない。


 アルト王国の王族に迎えられる予定の彼女と、自分とでは境遇が違い過ぎる。

 だから、殆ど0%になってしまうのも頷ける。

 そして、父と母は王家を守ったのだ。誰が何と言おうとそうなのだ。


 俺は彼女を守る騎士になりたい‼


「その為に、今できること…」


 前に出る…。駄目だ。当たり前だけど、ドラゴンの炎って熱すぎるだろ…。マニーのメイクがもうボロボロ。匂いに至っては…、多分、燃え尽きてる。だったら…


「痛…」


 そう考えている時、背中に鈍い痛みが走った。

 ただ、それは体を掠めただけであの時の森のように突き刺さってはいない。

 これが矢を避ける加護。


 流石にあのヒトの精霊魔法には及ばない…けど


「駄目だ。後ろには下がれない。魔物たちはまだ、俺が人間、しかも男って気付いてない…。だったら、どうして…」


 眼前には四体の竜の姿。そのうち、三体は他の魔物を威嚇しているのか、近くにはいない。

 とは言え、目の前の一体は小さな山のように見える巨大竜。

 後ろの魔物が動けないのは、さっきの炎で怯んでいるからだ。

 もしかしたら、数体どころではなく巻き添えを喰らったかもしれない。


「幸い、そのお陰とマニーの装備のお陰で背中は安心だけど、このドラゴンの行動が読めない。あの尻尾で横薙ぎされたら絶対に助からないけど、…それは多分大丈夫。あの巨体なら木と仲間がいるから。…ん?ってことはそれなりに知能が高い?」


 だから、数値が不安定なのかもしれない。

 このドラゴンはもしかしたら迷っているのかも?


 ——なんて考えはそもそも無駄だった。


 魔物の心を推し量るまでもなく、この巨大なエメドラゴは


「き…さ…ま…」


 なんと「きさま」と、人間の言葉のようなものを喋った。


「え…、今…。なんて…」

「…何者だ。先ほどまでエルフと思っていたが…、この臭いはまるで」


 いやいや。お腹まで響くほどの重低音だが、完全に人語を喋っていた。


「ドラゴンが喋る⁉そんなの聞いたこと…」

「貴様ぁぁああ‼この煩わしい雑音は間違いなく人間‼しかも男‼…よくもワシを騙してぇぇええええ」


 逆鱗に触れるまでもなく、ドラゴンは怒り狂っていた。

 そして、騙しての部分で口から緑色の炎を吐く。


「げっ!声だけでそんなことまで分かるのか?」

「ゴアアアアアア…。な…。人間の癖に勘が良いヤツ。だが、ワシを騙したことは許せぬこと…。弱い弱い…よわーいお前にワシは絶対に倒せぬ‼」


 倒す?そんなの考えてないけど⁉そもそも、ドラゴンって倒せるものなの?

 あの鱗…。マニーには悪いけど、絶対に通らないって‼エメドラゴって、やっぱ名前の通り、エメラルドの鱗ってことだよ…な。駄目だ。0.1…。絶対にじゃないけど、やっぱり通らな…


「先ずは貴様を喰らって、エルフの娘を頂くとしよう…」


 …い、なんて言ってられない。こいつ、本当にエルフの味方なのか?

 なんて言うか…、絶対に…


「お前なんかを近づかせない‼」

「たかが人間が偉そうに‼」


 ドラゴンの鱗はその辺の爬虫類の鱗とは一線を画す。

 どうして鱗が硬いのか。皮歯と呼ばれる歯と同じ結晶構造を持っているから。

 その硬度は鋼鉄を優に超える。


「少しでも長く‼お前をここに引き留める‼」

「その言い方…。やはりエルフの女が近くにいるのだな。だからワシは」

「しまった…。って、もう破れかぶれだ‼」


 とは言え、走り出した時は0.1。だから無謀に突っ込んだだけ。


 でも、この瞬間 


 …80


 同時にドラゴンの巨大な頭の側頭部に


 パン‼と何かが弾けた。


 その衝撃音の遥か先から相棒の声がして、


「セイン‼」

「マニー‼」

「おいらの特別サービスっす‼弾けた部分にそのまま」

「うん‼」


 数値はついに99を示した。

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