【短編】人生急行

竹輪剛志

本編:人生急行

  人生急行

                                竹輪 剛志


 過ぎる時が速く感じる、なんて言葉を吐くにはまだ若すぎると思うが、思った以上は仕方が無いだろう。それ程までに、ここ一、二年の経過は速く感じられた。

 大学四年、冬休み。学問に興味の無い俺は院進などせず就職することを早々に決意。夏休みまでにはそれなりの企業から内定を得て、卒業の見込みも取れている今、かつて想像した以上にウィニングランだ。

 在学中ずっと続けていたアルバイトも就職を理由に辞め、今は残った貯金を切り崩しながら遊び惚けている。女、酒、賭博。それなりの遊びを過去三年のうちに経験した結果、俺がこの冬休みに求めたのは旅行だった。

 先週までは海外にいた。西欧の街並みに感嘆しつつも、料理の味に落胆し、文化の違いに嫌気が差すなど、まあそれなりの体験をした。

 それから帰国し、しばしの小休止を経て、今しがた第二の旅に出発したのである。

「パパ~ 電車まだ?」

 無邪気な子供の声が聞こえる。

 最寄り駅のホーム、新幹線に乗り換える駅への電車を、備え付けの小さな椅子に座って待っていた。気持ちがはやったのか、到着よりもだいぶ早く駅に来てしまったのだ。

「あと、十分ぐらいじゃないかなぁ」

 それに次いで、父親の声が聞こえる。スマートフォンを起動して、液晶の時計を確認すると、どうやらあの家族と俺が乗る列車は同じらしい。

 その家族は、父母と子供が一人。母親は傍で静かに見守り、男児は父親との交流に夢中である。駅のホームを元気よく駆けまわり、しばし後に母親に軽く叱責されて大人しくなった。

 そんな家族の方を怪しまれない程度に見ていると、何となく感傷的な気分になってくる。

 自分にもかつて、あんな日々があったのかと思う。そして少年の頃を思い出そうとすると、意外と出来事が思い当たることに驚く。それと同時に、ここ数年で挙がる出来事の少なさにも驚く。

 自分では人並みに充実した大学生活を過ごしたと胸を張って言えるけど、何だか日々が流れていった様な感覚がする。昔はもっと、日々が定期的に止まっていた気がする。今は滅多に駅に止まらない列車、快速に乗っている感覚。昔は普通だったのに。

 そう思うと、俺が旅行を求めた理由にも合点がゆく。俺は停車したくて、無意識的に旅という停車駅を作り出したのだろう。

「まもなく二番線に普通列車、―――行きが十両編成で参ります」

 アナウンスが鳴り、別の列車が駅を訪れて過ぎ去った。

 あの子供は今、普通列車に乗っている。鬱陶しいとくらいに駅に止まり、流れない日々を過ごしている。

 叶うなら、ずっとあのままでいたかった。

 もしかしたら、今はまだ快速ではなく準急ぐらいで、将来に本当の快速列車が待っているのかもしれない。

 大人になるのが怖い。大人に憧れていた頃に戻りたい。思い出に残るような日々を過ごしていたい。責任も負いたくない。キチンと恋をしたり、家族をつくったり、人間としての営みが出来るかも不安だ。人の為に生きることは出来るのか、誰かの為の人生を送れるのだろうか。

 あの家族を見て、あらゆる未来に対する不安と、昔に対する憧憬が思い浮かぶ。そして、その二つは自然に天秤へと載せられ、その結果不安の方に傾く。

 目当ての列車が来るまで残り数分、次の電車がそれだろう。気を紛らわせる為にスマートフォンを取り出し、雑多な記事に目を通す。しかし、いまいち中身が入ってこないのが事実であった。

 結局、そのうち液晶は自動的に暗くなる。

 ふと気になって、家族の方を見てみる。彼らは既に乗車口の所に立っていた。

 そのとき、無邪気に辺りを見渡す子供と目が合った。それで居心地が悪くなって、立ち上がる。すると、目線の高さが子供から大人になる。今まで大して気にしていなかった両親の顔が見える。

 その二人は、楽しそうに子供の相手をしていた。笑顔だった。

 踵を返して端の乗車口へと歩き出す。奥には柵と、横には奥へと続く線路が見える。メロディーが鳴る。うっすらと、電車が見える。

「まもなく一番線に急行、―――行きが十両編成で参ります」

 決して、認識が変わったとか、素晴らしい気付きをしたワケでは無い。けれどあの両親の顔を見て、ちょっとだけ不安が和らいだ気がした。

 今の尺度で将来を測っているから嫌に思えるだけで、十年、二十年と経った視点で見たそのときは、きっと今想像している程では無いのかもしれない。

 それに、いつだって未来は不安だった。中学校に上がる時、どんな生活が待っているか怖かったのを思い出した。

 初めて電車に一人で乗ろうという時も、どこか知らない場所に飛ばされてしまうのではないかという不安があった。

 つまるところ、今感じてる不安も、同じ様にいずれ忘れられるものなのだろう。その時はその時で、また別の不安に襲われているのかもしれない。

 結局のところ、どうせこの気持ちからは逃れられない。

 不安は何時だって傍にいるし、未来だって何もしなくても勝手にやって来る。だからこそ、今を全力で生きるのが良いと思うことができた。

 電車が大きな音を立ててやってくる。最後に、ちらっと家族の方を見て、扉が開く音がした。

 そうして俺は、遠い場所へと行く急行列車に乗りこんだ。



(あとがき)

説教臭い話ですみませんでした。多分十八歳のこの年に、少しだけ考えをまとめておきたかったのでしょう。

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