第60話

『炎上してたシュウのアカウント消えたって本当?』

『ひどかったから凍結されたんじゃない?』

『なんか乗っ取りだったらしいよ』

『マジ?』

『他の人も被害に遭ってるって。サッキーとか』


『サッキーちゃん大丈夫!?』

『急にキャラ変わっちゃって何事かと思ったー! 乗っ取りだったんだね! かわいそう!』

『ひどいことする奴がいるな』

『許せない』

『サッキーは早く取り戻せて良かったよね。サッキーが見れなくなったら人生つまんなくなるところだったよ』

『そういえばサッキーって最近荒れてたシュウと交流あったらしいよ』

『もしかしてあっちも乗っ取りだったん?』

『フォロワー多い奴狙ってるっぽいし、そうなんじゃん?』

『うわあ、かわいそ』

『何が面白いんだろ。信じらんない』

『乗っ取り犯もそんなことでしか満たされないかわいそうな奴なんだろww』


『でも乗っ取られた側も自衛が足りないんじゃねー?』

『どう自衛すんのよ』

『アカウントはともかく、逆ギレして女の子襲ったとか噂なかったっけ』

『マジで? それはクソだわ』

『でも乗っ取られてたならそれもデマじゃね?』

『女の方も満更でもなかったんじゃねーの』

『そういう発言、二次レイプだからやめて』

『何で襲われた方がひどいこと言われなきゃなんないの!?』

『今回のって、痴漢冤罪みたいなもんじゃね』

『そもそも痴漢がいるから痴漢冤罪が発生するのであって、憎むべきは痴漢でしょ』

『論点ズレすぎ』


『実は私、シュウ君に相談に乗ってもらったことある……』

『そうなん? いつの間に?』

『そんな大袈裟な話じゃないんだけどさ。だから最近の発言は信じられなかったんだよね。乗っ取りなら納得いく』

『実は俺も』

『私もおかしいと思ってたんだー』

『なんか特定して凸った奴もいたんでしょ』

『うわ、頭おかしい。シュウ君大丈夫だったの?』


『シュウってやおおんでプレイしてるやつ?』

『そうそう。俺フレンドだわ』

『ゲームでしか話したことないけど、多分悪い奴じゃないよ』

『今回の炎上、おかしいと思ってたんだよね……』

『わかる。あまりに燃えてたから言い出せなかったけど』

『正直ツブヤイッターとかどうでもいい。またゲームできればそれでいいや』

『それな』

『あいつ割と装備ザルだけどなwww』

『いや前回見たときレア装備だったぞ』

『シキが徹底的に鍛え始めてたからなー』

『マジかようらやま!』

『何それ気になる。インしてくんねぇかな』

『そういやシキもアカウントが一個乗っ取られたってブチ切れてたぞ』

『同一犯? やばくね?』

『我らのシキ様乗っ取るとか絶許』

『うわ出たシキ宗教』




「……」


 裕樹はツブヤイッターを閉じた。別のアプリを起動。ポケットへ突っ込む。

 準備期間として設けたのは、たった一日。


 火消婆の読み通りだ。ネットの情報は速い。サッキーやシキが乗っ取られたことを演じてから、次々と情報が更新されていく。そこから派生して、秀の炎上についても議論が広がっていく。疑念が広がっていく。

 膨大な数の疑念が、今まで秀を責めていた声を覆していく。

 完全にとは言えないが、彼の立場は加害者から被害者へ変わりつつあった。

 とはいえ、根本的な解決にはなっていない。

 だから、ここからは裕樹の踏ん張り所だ。


「石井君。こんなところに呼び出して、何の用?」


 資料室。

 特に警戒もなく入ってきた奈良莉央を、裕樹は睨みつけた。

 莉央は後ろ手にドアを閉める。

 朝とはいえ、大量の資料が積まれたこの部屋は薄暗い。吸い込んだ空気は埃っぽかった。


「先生に、一時間目の準備を手伝ってほしいって言われてて……奈良さんにもお願いしたくて」

「ふぅん」


 本当は裕樹の方から先生にお願いしたのだが。

 とにかく莉央と二人きりで話をする機会がほしかったのだ。


「昨日はシュウ君と一度も話してなかったね。シュウ君は完全に孤立してたみたい」

「……」

「だからてっきり、石井君も心を入れ替えて私に謝ってくれるのかと」

「……謝るようなこと、僕はしてないよ」


 ポケットに突っ込んだ手を、ぎゅっと握る。ワイフォンの感触を確かめる。

 怖じ気付いたらダメだ。


「僕は何もしてない」

「それを言うために呼んだの?」

「僕はただ……奈良さんに聞きたくて……」

「何を?」

「その……」

「はっきり言ってくれなきゃ、分からないよ」

「だから、その……何で……何で奈良さんが有馬君を貶めるようなことをするのか……」

「ねえ」


 ツカツカと莉央が歩み寄ってきた。裕樹は一歩身体を引く。しかし相手の方が早い。勢いよく腕をつかまれる。


「ああ、やっぱり」


 裕樹のポケットから腕を引き抜いた莉央は、小さく笑った。握っていたワイフォンを取り上げる。


「あっ」

「怖いなー。石井君。勝手に録音するなんて犯罪だよ」

「……っ」


 起動していた録音アプリが落とされた。そのまま手近な棚にワイフォンを置かれてしまう。裕樹にはすぐは届かない。


「これで私に色々白状させようとしたんだ? でもあからさますぎたね。残念」


 相手に浮かぶのは余裕の笑み。

 対して裕樹は、歯噛みするしかない。ぶるぶると肩が震えた。


「教えてくれよ。奈良さんは何でこんなことするんだ……」

「何でって……」


 莉央は可愛らしく小首を傾げた。


「理由なんてないよ」

「そんな……」

「強いて言うなら――面白くなかったから?」


 言って、自分で「うん、そうかも」と莉央はうなずいた。フッと口元に笑みが浮かぶ。


「みんな薄情だよねぇ。予想外に上手くいっちゃってビックリ。それともみんな、心の底では元からシュウ君のこと気に入らなかったのかな」

「そんなこと……!」


 カッとなりかけ、踏みとどまる。飲まれるな。

 スゥ、と深呼吸。


「君がやったのは有馬君を濡れ衣で貶めるだけじゃなくて……ツブヤイッターの炎上だって君の仕業なんだろ」

「何で私が? 私はワイフォンも持ってないのに」

「君は――ぬらりひょんなんだろ」

「……へえ」


 莉央の目が細められた。

 ざわざわと空気が揺れる。肌で感じる。痛いくらいの圧を。


「そんなことまで、知ってたんだ」

「確証があったわけじゃないよ。でも、それなら納得いくと思って。君はネットとか……技術の発展っていうのかな、そういうのが嫌だった。だからワイフォンも持たないし、有馬君がネットを介して色んな交流を持ってるのも気にくわなかったんじゃないか?」


 パチ、パチ、パチ。

 乾いた空気に味気ない拍手が響く。

 そうだね、と莉央はあっさりと首肯した。


「有名人って怖いよね。ちょっと火種が蒔かれただけで、あることないこと。それも昔だったら、そこまで大きく燃え広がらなかったでしょうに。だから思い知らせてあげたの。いいことなんてないぞってね。まあ、直接やったのは私じゃないけど……今って色んなことを請け負ってくれるところがあるんだねえ。ほんと、怖い世の中になっちゃったよ」


 あははと笑う声は軽い。


「……認めたね」

「え?」


 ぶわりと部屋に煙が広がった。白かったそれはやがて黒い塊になっていく。そこに現れたのは――長身のライダースーツの男。身長は天狗の孝徳とそう変わらないかもしれないが、彼よりも細身だろう。落ち着いた風貌からは成人男性に見える。黒い髪が風にたなびくような形をしているのが特徴的だ。

 莉央が睨みつける。

「あんたは……煙々羅えんえんらね」

「どうも」


 煙々羅。

 煙の妖怪、または煙に宿った精霊だと裕樹は聞かされている。煙のため様々な姿や形でさまようことができるのだそうだ。だから一見密室のようなこの部屋にだって煙になって忍び込むことができるし――。


「何であんたがここに……」

「ま、言うだろう。火のないところに煙は立たない、ってな」

「はあ? あんたもシュウ君の味方につくってわけ?」

「ああ。そして話は聞かせてもらった」

「別にあんた一人が聞いていたところで……」

「そこの坊主のワイフォンを取り上げて油断したんだろうが。録っているものが一つとは限らないぜ」

「なっ……」


 煙々羅が掲げたものに、莉央が青ざめた。

 ビデオカメラ。それも小型の最新機器だ。


「ついでに言うなら、絶賛生放送中だ。今は便利だな。スイッチ一つで配信できる。教室で多くの生徒が見ているだろうよ」

「何ですって……!?」


 レンズがじっと莉央を覗き込む。奪い取ろうと伸ばした莉央の手はひょいとかわされた。

 ギロリと莉央が裕樹を睨む。


「ウソよ! こんなの、私を陥れるための罠だわ!」

「そうは言ってもな。ベラベラと白状したのはお前さんだろうに」

「煙々羅には言ってない!」

「あ、あの……」

「大体ウソツキだってお前さんだろ」

「ウソよウソよ! 大の男がよってたかってか弱い女の子を追いつめるなんて、この悪趣味!」

「だから。ウソツキはお前さんだし……そもそもお前さんがか弱い女の子だということ自体がウソじゃねえか」


 言うなり、ひょいと近づいた煙々羅は――莉央の制服をめくり上げた。

 肌着ごとめぐり上げたのだろう。シミ一つない肌が露わになる。肉付きの薄い、見事に平らな胸がレンズに映る。


「――! キャアアアアアアアアア!?」

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