第59話

 朝六時。まだいつもの裕樹なら寝ている時間。

 あくびをかみ殺していると、目の前のドアが開いた。

 出てきた秀が――目を丸くする。


「え、と……?」

「おはよう、有馬君」

「え、……え?」


 困惑する秀に、みんながワッと近寄った。

 ぎゅっと手を握ったのは口裂け女のサッキーだ。


「シュウ君! 何もできなくてゴメンね! 今からでも力になるよ!」

「サッキーさん? 何でここに」

「こんなこととっとと済ませて、またゲームやるよ」

「同感だ」

「シキとテンさんまで……」

「口裂け女! どさくさに紛れて気軽に触れるんじゃないのだわ!」

「きゃっ」

「百々目鬼までいんの?」

「ドドちゃんって呼ぶといいのだわ! そもそもアカウントの乗っ取りなんて盗み同然なのだわ! ドドちゃんの目はごまかせないのだわ!」


 座敷童のシキ、天狗の孝徳、百々目鬼のドド。


「私たちもいるよ!」

「僭越ながらな」

「うす」

「紗希に、浅葱さんに……え!? ナル!? ウソだあ!?」

「俺にだけ随分な反応じゃねえか、ああ? つーかこんな早くから家出るとか、やっぱ朝練来る気だったのかテメェ」

「あだだだ、やめ、ぶは、頭を鷲掴みはおやめになって」


 乱暴に扱われているのにケタケタ笑う。ある意味いつも通りだ。困惑しながらも、切り替えは早いらしい。知っていたけれど。


「石井の坊やに声かけられてね。みんな集まったってわけさ」

「コン姉……」

「あたしの方からもちょっと声かけてみたら、火消婆と煙々羅も来るって言ってたさね」

「呼んだかい?」

「うわっ」


 ――裕樹の背後からぬっと姿を現した老婆。しわくちゃでちんまりとしている。唐突でビビった。心臓に悪い。

 だが、どこか憎めない顔をしている。改めて見るとどこにでもいそうな近所のおばあちゃんだ。


「ばあちゃん」

「ヒヒヒ。久しぶりだねぇ」

「……あの、火消婆さんとは、どういうご関係で?」


 火消婆。

 説明してくれた珠美の話によると、家の提灯や行灯などの火を吹き消すという妖怪らしい。

 とはいえ、現代では提灯などは見かけない。そこで何を思ったかこの老婆は――「火がダメなら電気を消せばいいじゃない」と電気を消しまくっているという。とんだマリー・アントワネットである。


「今のワシの夢は『節電婆』と呼ばれることよ」

「いいのそんなんで!?」

「ただのぅ、調子に乗って消しまくっていたら熱中症になってしもうて」


 熱中症。妖怪が。熱中症。


「そこを有馬の坊やに助けてもらったことがあるのさ」

「あはー。懐かしいっすね。節電も程々にっすよ」

「ヒヒヒ。肝に銘じとる」


 ニタリと不気味に笑った火消婆は、腕をまくった。細めていた目をギラつかせる。


「今回は坊やの炎上、だろう? ――久々にでっかい火を消してやろうかのぉ」


 カッコイイ。無駄に。

 ともかく、こうして味方が増えたのだ。それもこれも、秀を助けたいという一心で。

 そこに損得も何もない。そのことが、裕樹には自分のことのように頼もしい。


「ね、有馬君。これだけ味方がいるんだ。きっと今の状況も打破できるよ。だから……」

「や、でも……オレのことでこんなに大袈裟にっつーのは、恐れ多いっつーか、気が引けるっつーか……や、気持ちはありがたいんすケド……」


 なおも困惑が抜けないのか。秀はあいまいに笑った。

 まだ届かないのか。彼の心を動かすには、これでも。

 裕樹が歯噛みしていると――。


「あーあ」

「……ナル?」

「このままじゃ石井もお先真っ暗だな」

「――何?」


 頭の後ろで手を組んだ昌明がこともなげに言う。秀が怪訝そうに眉をひそめた。

 裕樹も瞬く。何を言う気なのか。


「だってよ、石井の奴、お前のこと庇って奈良たちに狙われてるもんよ。石井はシュウより弱そうだもんな。もっとひでー目に遭うかも。残念だったな石井。ま、頑張って生きろよ」

「え、いや、そりゃ僕が勝手にやったことだから……頑張るしかないけど……」

「――……へえ?」

「……あ、有馬君?」


 秀から発せられた声は、底冷えしていた。

 こんな声聞いたことがない。

 目の色だって、変わっている。据わっているような。


「オレ、関わんなって言ったよな」

「う。し、仕方ないだろ……気づいたらやっちゃってたんだから……」

「……はあ」


 溜息を深く深くついた彼は、自身の両の頬を打った。パチンと軽く音がする。


「っし。ちょっと妖怪組こっち集まってほしいんすケド。作戦会議!」

「任せるのだわー!」

「あ、でも今回ドドちゃんにはあんまお願いすることないかもなぁ……」

「そんななのだわー!?」


 ワイワイと何やら盛り上がり始める。裕樹は呆然とその様子を見ていた。怖かった。何が、かは分からないが。


「……スイッチが入ったようだな」


 隣で眺めていた友香が笑う。みたいね、と紗希も肩をすくめた。


「あれくらい元気な方が、秀君らしくていいわ」

「そ、そうだね……? でも何で急に……」

「そりゃお前のためだろ」

「うえ!?」

「あいつ自分のことは割とどうでもいい感じだけど、それで他人に害がいくのは許せないんだろ。きっと。だから生真面目なイイコちゃんなんだよ。うぜーけど」

「それが分かってたから、ああやって煽ったんだな」


 友香が感心したように呟く。昌明はつまらなさそうに舌打ちした。照れ隠しかもしれない。


「……鳴瀬君が味方になってくれたのは頼もしいね。意外ではあったけど」

「だから何なんだよお前らは」

「いやあ……正直、ほら、女の子の味方しそうだったし……」

「何言ってんだ?」

「や、失礼だよね! ただやっぱ女の子が好きなイメージが強くて」

「だから何言ってんだ?」

「――え?」

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