5章 ぬらりひょん

第46話

 有馬秀とは、どういう人間か。

 石井裕樹はいまひとつその答えがつかめないでいる。

 同じ学校、同じクラスで、知人というには奇妙な世界を共に知っていて、友人というにはどこか気恥ずかしさを感じる。

 彼の話題はどこにいてもよく耳にする。



「面白いよね」

「いつでも明るいなぁあいつは」

「うるせー」

「なんか知らんけど楽しそう」

「若いっていうか?」

「あれは子供っぽいって言うんだよ」

「あはは言えてる!」

「けっこー優しいとこあるよね。こないだ掃除手伝ってもらったよ」

「すげーお調子者」

「バスケしてるのカッコイイよ!」

「声でけえ」

「良く言えば賑やか?」

「悩みなさそう」

「人生エンジョイしすぎっしょ」



 エトセトラ、エトセトラ。

 クラスメイトや部活仲間、または先輩や先生など――基本的には肯定的な意見が多い。悪口めいている言葉もあるが、不思議とトゲトゲしくはなかった。

 一方で、例えば彼の悪友とも言うべきなのか、鳴瀬昌明はこう答えた。


「シュウがどんな奴か? 生真面目のイイコちゃん。バスケバカ」


 バスケはともかく、生真面目――それはどこか裕樹の持つイメージとはズレた姿だった。

 また、より客観的に見ていそうな少女、浅葱友香はこう答えた。


「案外世話好きなのではないか? 部活中もよく同輩の面倒を見て動いているように見える」


 はたまた、クラスのアイドル的存在である姫川紗希はこう答えた。


「秀君? 優しいんだから! 分け隔てなく接してくれるっていうのかな。でも……誰にでも、なんだよね」


 どこか憂いのある表情を見せた紗希だったが、


「だからこそ落とし甲斐があるってもんよね!」


 ――切り替えは早いようだった。


 そんなわけで。

 周りに聞けば聞くほど、裕樹は秀のことがよく分からない。

 どれもウソではないと思う。矛盾しているわけでも、ないと思う。

 それなのになぜか、裕樹はすっきりしないのだ。

 裕樹一人で考えたところで答えが出る問題でもないのだが……。

 ぼんやり思考を巡らせながら、ドアに手をかける。

 ドアの向こうでは、また秀が輪の中心になって騒いでいるのだろう。学校に来ればお馴染みの光景。裕樹はそれを疑っていなかった。

 だが。


「あれ?」


 途中でつかえそうになったドアを開けきると、そこに秀の姿はなかった。

 そのせいか、クラスの話し声は比較的おとなしい。一方で、空気が妙に張りつめている。ざわざわ、ぴりぴり、裕樹の肌に突き刺さってくる。


「お、おはよう」


 勇気を出して近くの男子生徒に声をかけてみる。相手は目を丸くした。裕樹が突然湧いてきたように思えたのだろう。何せ裕樹は存在が地味なのだ。

 とはいえ、互いに慣れたことだ。その証拠に相手はすぐに身を乗り出してきた。


「おい、石井、見たかよ」

「何が?」

「シュウのツブヤイッターだよ」

「有馬君の……?」


 ツブヤイッター。

 秀はフォロワー数が異様に多く、ちょっとした有名人だ。裕樹も一応フォローはしている。だがSNSの使い方を反省して以来、チェックする頻度は減っていた。昨日はゲームをしていて確認できていない。

 裕樹の反応をもどかしそうにした相手が、声を張り上げる。


「すごいぜ。あいつ、今、炎上してんだよ!」

「――え?」

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