第43話
意識が急激に引っ張り上げられた。それは目眩がするほどで、孝徳は思わず額を押さえた。
周りは、一面の紅葉模様。薄暗い空は不気味に見えたが、荒れ果てた本丸と比べると、随分と平和に見える。
それでも空気は、肌を突き刺すように冷たい。
目を細めて周囲に向けると、少し離れたところに秀の姿を見つけた。駆け寄る。
「秀殿!」
「テンさん!」
「良かった、無事だな……!」
「ゲームの中にいるのが無事って言えんなら、まあ、無事っすよ」
相変わらず軽い笑みだった。それでも、それが彼なりの強がりであることを、孝徳は知っている。
「それにしたって、どうして急に秀殿が……」
「ちらっと画面に見えたケド、シキさんがいきなり近くに現れたんすよ。あ、と思ったらもうここに連れてこられてた」
「むちゃくちゃだな……」
違うフィールドにいる相手を引きずりこむだなんて。どんどん妖力が増している証拠だろうか。
ふいに、影が落ちてきた。
とっさに見上げる。大きく、悠々と開かれた黒い翼が近づいてくる。
「おや。お侍さんも来たんだね」
「シキ殿……!」
孝徳は秀を背後へ追いやった。シキと対峙する。
地に足を着けたシキは、不敵そうに笑うだけだ。余裕。態度だけでそれがひしひしと伝わってくる。
だが、負けてはいられない。意地をかけてでも。
「シキ殿。なぜこちらの居場所が分かった? なぜ私ではなく秀……シュウ殿を狙った!」
「そりゃ、君を狙うよりシュウを狙う方が手っ取り早かったしね」
「見損なったぞ。シュウ殿の方がレベルが低いからといって、そんな下劣な……!」
「いや、そういう狙いやすさじゃなくて。だってボク、シュウとフレンドだもん」
……。
……?
「秀殿ー!?」
「え? あれ? オレ?」
ヘラ、と笑みが浮かぶ。強がりのソレではない。恐らく、単なる場つなぎのための。
「記憶にねーんだケド……」
「ボクがフレンドになったときは今とは違うキャラだったと思うよ。だから記憶に残ってないのかもね」
「へ、へぇぇ……?」
分かっていなさそうな秀に頭を抱える。そもそも彼はフレンドリストがパンクしそうになっていた。どのみち覚えていたかは怪しいだろう。
勢いをつけてシキが突っ込んできた。突き出された扇。刀で受け止める。本来ならありえないであろう、相当重い音が響く。
ニィ、とシキが笑った。
彼は跳び、孝徳の頭上を超える。背後の秀へ迫る。
とっさに秀が札を投げた。
シキが扇で薙ぎ払う。払われた札が爆発する。
爆風で髪をなびかせながら、彼は肩をすくめた。
「少しはレベルが上がったみたいだけど、それだけか」
「くっ……」
「でもそれだけじゃボクは倒せない。学習するべきだね」
広げられた扇が、風を巻き起こす。
「秀殿! 逃げろ!」
「合点!」
「逃がさないよ」
「うわっ……あああ!?」
シキからの連撃。さすがに秀も、いなすことも、防ぐこともできない。暴力的なほどの風の塊を食らい、後方へ吹き飛ばされる。その勢いで大仏を模した像に叩きつけられた。ずるずると崩れ落ちる。
「秀殿!」
ふん、と笑ったシキが孝徳を振り返った。
「さて。君とはじっくりやってみたかったんだ」
「……シキ殿、貴様……!」
「君も随分とやり込んでるよね」
シキが向かってくる。孝徳は刀を返した。ガード。カウンターの勢いで切り返す。だがシキは、身軽に避けてしまう。
「やり込んでいるとも。ゲームは生き甲斐だからな」
「でも、空しくはならないかい」
「何だと?」
「長くゲームをしているとね、思うんだ。ゲームの中でしかイキっていられないような奴らがうじゃうじゃいる。自分が気持ち良くなれればそれでいい。周りのことなんてお構いなし。そんな奴らばかりだ」
「だからといって、そいつらを排除すれば済む問題でもなかろう!」
「どうして?」
どうしてと。
シキは、とても不思議そうに首を傾げた。まるで無垢な子供のように。
「悪いのは、マナーを犯した奴だろう?」
「善も悪も、判断するのは運営だろう。我々が口を出していい領域ではない。シキ殿がやっていることは明らかに過干渉だ」
ふん、とシキはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
彼はふわりと飛ぶ。
「もしかしたら君とは分かり合えるんじゃないかと思ったんだけどね。残念だ」
「くっ」
刀を構える。
だが――分かる。ここからでは、距離が足りない。届かない。
「無駄だよ。君とボクとじゃ相性が悪い。君のキャラは空中戦にとことん弱い」
「……ならば!」
孝徳が叫ぶと、目の前にマシュマロボディの子犬たちが降ってきた。いや猫かもしれない。耳は立っているが、尻尾はハンパに短い。身体はふわふわと膨らんでいて、柔らかさが見てとれる。胴体に対して手足は短めだ。瞳は丸く、色はピンクや水色のパステルカラー。存在がファンシーと言ってもいいかもしれない。それがワァワァ、キャァキャァと高めの声を上げてシキへ群がっていく。
「な……何だ!?」
「もふもふ、召、還!」
「!?」
シキの後方から声が聞こえた。シキはつられて振り返る。
秀が、立っていた。吹き飛ばされた後、彼はずっと詠唱していた。そして孝徳は、それを知っていた。
孝徳は刀を構え直す。走り出す。
次から次へと秀の式紙が召還される。増えていく。
それらをはねのけながら、シキが叫んだ。
「何だよ! 鬱陶しいな! 無駄なことをするな! 君のレベルじゃ、ボクには痛くもかゆくも……!」
「知ってんよ」
「何っ!?」
「左様。式紙の目的は、攻撃にあらず」
孝徳は、踏み出した。
式紙の背の上を。
駆け上がる!
「式紙を、足場に……!?」
「シキ殿がPvPができるよう改竄したからな。おかげでこんなこともできるようになった」
「待て……! いくらレベルが違うったって、式紙も攻撃は攻撃だ! ダメージを食らえば吹き飛んで、足場どころじゃ……!」
「秀殿に防具を借りた。吹き飛び防止の優れものだ。前より防御力は落ちるが、やむを得んな」
シキが目を見開く。ぐんぐんと距離が縮まっていく。
その距離が零になる間際、孝徳は神経を研ぎ澄ませた。
刀が光を帯びる。
「お覚悟」
斬撃を――繰り出す!
動揺も、あったのだろう。空中においては、防御に隙ができやすいせいもあったろう。シキは、見事に孝徳の攻撃を食らった。吹き飛び、重力に逆らえず地に落ちる。
「テンさん、さっすが!」
「待て、まだだ!」
手応えが、やや、浅かった。足場が不安定なせいもあっただろうか。仕留めきれなかった。
シキが、ふらつきながら立ち上がる。
彼は歯を食いしばり、その牙を近くの秀へ向けた。
秀が新たな式紙を召還しようと構える。
だが直後、彼は膝をついた。息が荒い。今までいた式紙も消えていく。
しまった。
MP切れだ。
「秀殿!」
シキの扇から火の塊が吹き上がり――瞬間、二人に割り込むように、大量の矢が降り注いだ。
とっさにシキが離れる。
「何だ……!?」
【金平糖喰い:おーい! テンがシュウ探してるって聞いたけど!】
【花梨:シュウくん、大丈夫?】
【何だ何だ? シキがいたのか?】
【黒の領域じゃん、久しぶりだわ~】
【シュウー、捜索依頼出されてたぞーww】
【インしてたなら俺にも声かけろよ!】
【エネミーかと思って弓撃ったけど、あれってもしかしてシキ?】
【マジじゃん。何事?】
【金平糖喰い:つーか、こんなに人が来るならわざわざ自分が来なくても良かったな】
【花梨:テンさんたちの様子が心配だから、って周りにも声を掛けたのは金平糖喰いさんでしょう?】
【金平糖喰い:ちょ】
【花梨:さっきはああ言ったけど、やっぱり仲間が減るのは嫌だ、みんなと遊びたい……って】
【金平糖喰い:何の話だ!】
【金平糖喰い:ちがうぞ! 俺はただ暇だったから!】
【ツンデレwww】
【ツンデレかよ】
【金平糖喰い:うるせええええ】
チャット、だろう。次から次へと人がこのフィールドに入ってくる。チャットの文字は頭の中に流れてくるようで、不思議な感覚だった。
「うぇっ? お? おお?」
「何で、こんなに……! くそ、引き込むには妖力が追いつかない……!」
「……私がチャットも使ってシュウ殿を探し回ったからな。それに掲示板でシキ殿を打倒しようと呼びかけも行っていた。それもあって、気づいた者たちが集まってくれたのだろう」
「どうやって! ここには基本、ランダムでしか来れないはずだ!」
「シュウ殿はフレンドリストが上限いっぱいだった。それだけの人数が、シュウ殿を介して同じブロックに飛んできたのだと思う」
信じられなさそうに、シキが秀を見る。秀は瞬き、「いやあ」とでもいうように笑った。
シキが舌打ちし、顔を歪める。
「これ以上は、ボクが、もたない……!」
そうして。
また、意識が、遠のいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます