第41話

「はい。同じクラスの有馬秀です。今日は昌明君と勉強会をするという約束で……ええ。連絡が遅くなってすみません。いえ。とても助かっています。はい。ですから今日はうちに……はい。そうですね。分かりました。伝えておきます。いえ、ありがとうございます。はい。それでは」


 台所にいた孝徳が部屋に戻ると、秀が電話をしていた。普段と違い、丁寧にしようと心がけているのだろう口調。ただ、慣れていないわけではないのか、よどみはない。

 通話を終えた秀がワイフォンを耳から離した。とたんに机に突っ伏す。ワイフォンを取り落としている辺り、気が抜けている。

 孝徳は苦笑した。持ってきた盆を机、秀の頭の横に置く。

 突っ伏しているその頭に右手を乗せる。わしわしと動かせば、ぐらぐらと一緒にその頭が揺れた。


「昌明殿の親御さんとは連絡が取れたか」

「おー。一応。今日は泊まりオッケーだって」

「そうか」

「ナルからちらっと聞いてたケド、けっこー厳しい家みてーだから。長くは無理だな。明後日はフツーに学校あるし」

「心得た。早々に決着をつけるとしよう」


 ちらと後ろを振り返れば、一人なら横になれるソファー。そこに昌明は眠っている。足がややはみ出てしまうのはご愛嬌か。

 一緒に見ていた秀の表情が曇る。


「……オレが呼ばなきゃこんなことには……」

「秀殿らしくない。そもそも秀殿を呼び、さらに人を呼んでもいいと言ったのは私だ。責められるなら私しかあるまい」

「テンさん……」

「ただ、それもまずはやるべきことをやってからだな。このまま負けたままでいられるものか。昌明殿を取り返し、やおオンを救うぞ」

「……あっは。テンさんのそーゆうトコ、好きよ」


 ヘラリと笑った秀が、体を起こす。彼は隣に置かれていた盆に目を向けた。


「テンさん、これは?」

「うどんと酒だ。腹が減っては戦ができぬぞ。秀殿も食べるといい」

「うどんはともかく、酒はどうっすかね。つかオレ飲めねーし」

「私が酒を飲んだ方が覚醒するのでな。いわば気付けの酒だ」

「そういうもんっすか」


 息をついた秀が、うどんに手を伸ばす。孝徳も隣に座り、注いだ酒に口をつける。

 うどんはごぼうやにんじん、むかごも入った具だくさんだ。実は汁自体は昨日作って残しておいたものだが、その分さらに味がしみていて、我ながら悪くない。

 秀も最初は食欲がなさそうだった。だが、一口食べれば胃が刺激されたのだろう。すぐに次の一口を詰め込み始めた。

 そもそも、昼前からゲームをしていたのだ。身体は飢えていただろう。

 もぐもぐと頬張り、麦茶で流し込んだ秀が、口を開く。


「テンさん。とりあえずオレは妖怪の線で、情報収集しようと思うんだケド」

「そうだな。私はシキ殿自身についてもう少し情報がほしい。ゲーマー界ではちょっとした伝説扱いをされているしな……何かしら聞けるだろう。それからまたゲームで対戦という形になるなら、ゲームでのレベル上げ自体もしておきたいところだ」

「オレじゃ足手まといだもんなぁ」

「とりあえずレベル上げのみなら、経験値アイテムがある」

「へええ? そんな便利なモンがあんの?」


 孝徳はスリープモードになっていたパソコンを起動させた。出てくるゲーム画面。ログインし直し、アイテム欄を呼び出す。

 ひょっこりと秀も覗き込んできた。


「この桜餅を食べれば経験値が上がる。私はたくさん余らせているのでな。秀殿に渡そう。食えるだけ食え」

「理屈はわかんねーケド、スゲー腹が膨れそうっすね」

「確かに。絵面を想像するとシュールだな」


 孝徳は小さく笑った。秀も、軽口を叩けるようになったなら先ほどより前向きになれているのだろう。

 勢いをつけて、うどんと酒を掻き込む。


 ――さて。

 戦いだ。



***



 秀が机にノートを広げた。無地のものだ。雑多に使われているのか、隅に棒人間のようなゆるキャラの落書きがされているのが見える。

 それはさておき。

 孝徳はボールペンを手に取った。

 掲示板や組織のメンバーの話をまとめ、大ざっぱに書いていく。


「シキ殿については、やはりどのジャンルでも凄腕として名は通っているようだ。シューティングゲームやソシャゲですら上位に名前があることが多い。ただここ最近はやはり八百万界オンラインに入り浸っているようだな。このゲームを始めたのは恐らく二ヶ月ほど前だ」

「そこまで長くはないんすね」

「ああ。それでいてあのレベルだからな。やはりやり込み具合が違うのだろう。……初めの一ヶ月くらいはふつうに遊んでいたらしい」

「ふつうって?」

「他の者とパーティーを組んでクエストをこなしたり、レベル上げをしたり、だ。少なくとも黒の領域にずっといるようなことはしていなかった」

「じゃあ一緒に遊んでる奴もいたんすね」

「それも野良でやっていたようだ。だから『あのシキ殿とパーティーを組めるなんて』と興奮した者もそこかしこにいたらしい」

「野良?」

「ああ……固定メンバーではなく、一般に広く募集して集まったメンバーでパーティーを組む形で……」

「つまり一期一会的な!」

「……まあ、そんな感じだ。秀殿も私がインしていないときは、そうやって遊んでみたこともあるだろう?」

「あるある。怖ぇから低いレベルのとこでしか遊んでないケド」

「秀殿は意外と慎重だな」

「意外とって何すか」


 ふざけた調子で秀が頬を膨らませる。

 とはいえ、孝徳としても悪意あっての言葉ではない。しかしそれはそれとして、それでよくフレンドがリスト上限まで増えたものだ。

 コホンと咳払い。また書き込んでいく。


「シキ殿がPvPを仕掛けだしたのは、恐らくここ一ヶ月ほどだ」

「テンさんと凪太さんがシキさんに会ったのは?」

「二週間ほど前だったか。……ただ、その頃はまだ、そこまで目立たなかったと思う。シキ殿にやられるという噂はあったが……『被害者が出た』だの『今までふつうに遊んでいたのに、シキに出会って以降ログインする者が激減した』などと言われるようになったのは、ここ一週間ほどかもしれんな」

「……悪化してる?」

「かもしれない」

「あのさテンさん。ちょっと不思議だったんすケド。他にいねーの? オレらみたいな体験をした奴」

「む?」

「ゲームの中に入り込んだみたいなさ」

「いなかった。少なくとも調べた範囲ではな」


 それは、つまり。

 もしかすると、相手が当初よりも力をつけてきた証拠なのかもしれない。もしくは、シキにやられ、みんな昌明のようになってしまっているか。


「ちなみにシキ殿はどこの組織にも属していない。属していれば、その仲間からもう少し情報を聞き出せたかもしれないが……」

「そっか」


 悔しがる孝徳の背中を、秀が軽く叩く。励ますように。

 それから彼はパソコンを引っ張り寄せた。開いているのはツブヤイッターの画面だ。


「オレも一応、ツブヤイッターとかで妖怪には聞いてみたんすケド……」



『そのゲームなら私もやってるよー! 面白いよね!』

『いやいや待て待て、そのゲームが好きならこっちもオススメだから! リンク先見て!』

『シキでしょ? 噂は知ってる。なんかすごいんでしょ』

『シキが妖怪ってマジ?』

『ずっと家にひきこもってネトゲしてるってこと? そんな妖怪いる?』

『妖怪ってそんな暇じゃないんですけど~』

『そういえば最近流行ってる漫喫あるじゃん? なんかニュースでも取り上げられてて、そこでそのゲームも紹介されてた気がする。シキってのは知らないけど』

『その漫喫、今は潰れそうだってよ』

『諸行無常(笑)』

『シュウもやってんのか! フレンドなろうぜ!』

『匿名だしそれだけで特定はちょっとねえ……今時ネトゲやってる妖怪なんてそこら中にいるだろうし』

『アバター見たことあるけど天狗だったな。じゃあ天狗なんじゃん?』

『自分の知り合いにネトゲ廃な天狗いるわwww』

『天狗って自己顕示欲強そう』

『シキ? 俺だよ』

『いいや私だ』

『拙者拙者』



「……カオスだな」

「そうなんす」


 秀が肩を落とした。彼のコミュニティの広さには目をみはるものがあるが、その分、情報の混沌具合が強い。秀宛てではなく、妖怪同士のやりとりも広がっていき、脱線も多い。しっちゃかめっちゃかだ。


「天狗って言ってる奴もいるケド」

「さすがに安直すぎやしないか」


 それならば、もしかすると、話は早いのかもしれないが……。

 秀も同じ考えなのだろうか。彼はゆるりと苦笑した。


「そうっすね。ゲームの中の職業なんていくらでも変えられるんだし。とりあえず、これから調べてくれるって言ってる妖怪も多いぜ。あと興味持ったからプレイしてみるって奴もいるし……何かわかれば後でまた情報が増えるかも」

「ふむ。ありがたい。では引き続き頼む。私もシキ殿の討伐に協力してくれる者がいないか募ってみよう」

了解ラジャ

 ちらと窓の外を見る。遠く広がる闇色。夜は刻々と更けていた。


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