第38話

 この世界のフィールドは、ざっくりと時代ごとに分けられる。

 その中でも人気なのは、孝徳たちが今いる、平安だ。戦国や江戸も次いで人気が高い。特に平安と戦国はエネミーの数も多く、その分、経験値が溜まりやすいのだ。得られるアイテムも悪くない。レベル上げにはうってつけだった。

 平安フィールドは季節が春に設定されている。周りには咲き誇った桜の花。立っているだけでも風に吹かれ、チラチラと舞い落ちてくる。

 屋根の上にエネミーが湧いた。

 鬼の仮面をかぶった異形たち。ギャアアと響く耳障りな鳴き声。

 昌明が背後に忍び寄る。彼から突き出されるクナイ。

 エネミーを屋根の下へと叩き落す。待ち構えていた秀が札を放る。

 札が爆発し、エネミーが消えた。

 テレレン! と軽妙な音が流れる。


「お、レベル上がった」

「二人ともやはり飲み込みが早いな。秀殿はもう少し上がれば式紙が召還できるようになるぞ」

「マジっすか! 何それ楽しそう! がんばる!」

「俺のキャラは?」

「衣装の露出が上がる」

「マジかよやべぇな。つーかこれ作った奴って変態だな。動くたびにすげー無駄に乳が揺れるわ」

「ナルにしちゃ積極的に動くじゃんと思ったら……」

「いいだろ、遊ぶ動機なんて何でも」

「お前のファンの前で同じこと言ってみ?」

「馬鹿だなシュウ。女の子が一緒にいるならゲームなんてしてねーよ。ふつうに女の子と楽しく喋るわ」

「オレとも! 喋って! ちゃんと遊んで!」

「構ってちゃん、うっぜ」

「ひでぇ!」


 喋り合いながらも手を止めず、バタバタと敵を倒しているのはさすがなのかもしれなかった。とはいえ、ここはエネミーのレベルも初心者向けの低いところだ。ある程度慣れてしまえば、やられてしまうこともないだろう。

 最終面、ボスの手前で、昌明は煎餅を頬張った。厚焼きだ。ばりぼりと音がすごい。醤油の匂いが孝徳のところにまで届いてくる。――後で自分も食べるとしよう。


「なあなあ。レベル上がったらナルも組織に入るん?」

「あ? あー……どうだかな。俺んち、気軽にゲームできるような環境じゃねーし」


 煎餅を豪快に噛み砕きながら、昌明は顔をしかめた。押し込むように、ずず、とお茶を飲み下す。


「それにさっきの空気もなんかなー……。なあ。あんたんとこの組織って、仲悪かったりすんの」

「いや……すまない。先ほどは見苦しいところを見せたな」

「オレは気にしてないっすよー。まあ、人がたくさんいたら、そりゃ色々あるってもんでしょ」


 ついでとばかりに、秀も煎餅に手を伸ばす。ざらめだ。頬張り、咀嚼、頬を緩ませて飲み込み、ほうと一息。案外彼は美味しそうに物を食べる。

 孝徳はお茶を啜った。思ったより冷めてはいない。ほっ、と息が漏れる。


「別に仲が悪いわけではない。ただ、私の所属している組織はこのゲームの中でもかなり規模が大きい方でな。一枚岩ではないとでも言うか。特にリーダーは、いわゆるガチ勢……課金額ややり込みもすごいのだ。それを他の者にまで強要するとまでは言わないが……課金していない者を下に見るような態度があって、それに反発する者や逆に煽る者がいたり……まあ、難しいところだ」

「ふぅん。面倒くせ。俺はやっぱ、たまにダラダラ遊べりゃそれでいいわ」

「それでも良い。パソコンはいつでも貸すぞ」


 おやつタイムに一区切りついたのを確認し、孝徳は再びパソコンに顔を向けた。キーを押せば、データの読み込みが始まる。

 読み込み終わった先は、最終面。

 強大な鬼が金棒を振り回し、桜の木を薙ぎ倒す演出が自動で流れ出す。

 ――とはいえ、力が強い分、動きは単調だ。

 戦闘開始。

 鬼が直線で突っ込んでくる!

 秀も昌明も避けられなかった。もろに金棒がぶち当たる。


「ああ!? いって! おい死ぬんだけど!?」

「こわっ。こっわ! ちょいナルどこ行くんだよ回復できねーだろ!」

「逃げ回んなきゃ当たって死ぬだろうが!」

「だから回復かけてやるってば!」

「てめーがこっち来い!」

「んぇぇぇぇムリっすわ!」


 ――慣れたものだと孝徳は思っていたが、案外、初心者には脅威らしい。新鮮な反応だった。

 孝徳はバタバタと逃げ回る二人の前に立った。刀を構える。


「テンさん!」

「普天間さん?」


 鬼が向かってくる。金棒を振り上げる。

 振り下ろされる直前、刀でガード。ガードされた鬼は反動でよろめいた。ほんの一瞬の停止。その隙に鬼の金棒を踏み台にし、飛び越え、鬼の背後へ。

 力を溜め、さらに溜め、刀が強く光を帯びる。

 鬼が振り返り、金棒で突いてこようと走り出す。

 迫りぶつかる直前、孝徳は刀を薙ぎ払った。

 光が衝撃波のように放たれ、鬼を吹き飛ばす。

 壁にぶつかり、倒れ伏す鬼。

 ――テレレン!


「お、俺のレベル上がった。経験値入ったのか」

「テンさん相変わらずスゲー!」

「いや……そもそもここの敵と私ではレベルが違うのだ。ある意味当然で、特にすごいことではない」

「でも動きがシュババって! ドバーって! タイミング神じゃん!」

「シュウって割と言動がバカだよな」

「にゃにおぅ!」


 相変わらず二人が言い合っている間に、報酬としてのアイテムを回収。そして三人はホームに転送された。

 ほう、と昌明が息を漏らした。彼は頬杖をつく。


「つーか、さっきから遊んでるだけじゃね。何とかって奴に会わなくていいのかよ?」

「シキさんだっけ? そもそもどういう奴なんすか?」


 二人の問いに、孝徳は表情を曇らせた。正直なところ、何から話せばいいものか整理がついていない。


「……シキ殿は、ネトゲの中ではそれなりに名の知れたプレイヤーでな。様々なネトゲを渡り歩いているが、どこでも大体トップになるのだ。シキ殿のプレイするゲームは人気になり盛り上がるというジンクスがあるほどだ」

「へえ~。スゲー人なんすね」

「一方で、シキ殿がログインしなくなると一気にそのゲームが廃れる傾向もあって……中には、ある種の荒らしではないかと言う者もいる」


 その真実は、分からない。ただの妬みから来る噂だという話もある。

 ただ、それだけなら、特に問題などなかった。

 ゲーム界の伝説として、孝徳も感嘆するに留めていただろう。

 だが――。


「……組織の者も言っていただろう。シキ殿の被害に遭った者がいる、やめていく者がいると」

「言ってたなそんなこと」

「でも、そんなことできるんすか?」

「……分からない。ただ、私は一度だけ会ったことがある。凪太殿と一緒に組んでいたときに」

「凪太……って、さっき話に出てた?」


 頷き、孝徳はキーを叩いた。新たなクエストを受注。パーティーを組んでいた秀と昌明の画面にもクエストが表示される。


「圧倒的だった。我々はシキ殿に襲われ、徹底的に打ち負かされた。その腕の凄さを目の当たりにし、凪太殿は戦意喪失したほどだった」

「なんだ。負けてゲームすんのが嫌になっただけの腰抜けじゃねぇか」

「このゲームにPvP要素はない」

「ぴーぶ……あんだって?」

「プレイヤー・バーサス・プレイヤー。プレイヤー同士の戦いだ。このゲームは基本が協力プレイとなる。昌明殿も先ほどプレイしてわかっていると思うが、自分の攻撃は他の仲間に向けたところで当たらないだろう?」

「そういや、オレがナルごと敵に札を投げてもナルはピンピンしてたもんな」

「そう。……だから、シキ殿が我々を直接叩きのめした、そのことが本来ならあり得ないのだ」


 プレイヤーの攻撃は、他のプレイヤーに当たらない。当たるのはエネミーに対してのみ。それが何故か覆された。そうして、やられた者は、続々とゲームをやめている。


「シキ殿は何者なのか。なぜプレイヤー狩り紛いのことを行うのか。……私は、ゲームが好きだ。今こうして楽しんでいるゲームも、いたずらに廃れさせられるのは我慢ならない。だからこそシキ殿に会い、確認し、できることなら蛮行をやめさせたいのだ」


 孝徳たちのキャラクターが転送され、装備などを整える画面に移動する。

 ここで整えたら、次の画面からクエスト開始だ。


「テンさんの気持ちはわかったケド……それで何でオレが呼ばれたんすかね? オレ、ゲームはど素人だし。あんま役に立てるとは思わないんすケド。まあね? 愛しのテンさんのためなら? 何でもがんばっちゃいますケド?」

「……シキ殿がよく出没するのは、黒の領域というところだ」

「スルーつらぁ」

「シュウざまあ」

「うっせ! 黒の領域って?」

「同じクエストを周回していると、稀に本来とは違う場所に飛ばされる、ランダムイベントが発生する。そこに常駐しているらしいという噂もあるほど、シキ殿との遭遇率はそこが高い」

「でもランダムなんだろ? そんなん会えるかなんてわかんなくね」

「そこで秀殿だ」

「へ?」


 装備を確認し、決定キーを押す。他の二人はそもそも整えるほどの装備がないのでそのまま決定したようだった。

 読み込み画面が始まる――。

 ザッ、と画面にノイズが走った。

 ガタガタと画面の中が揺れる。キャラクターたちも慌てふためいた動作をしている。


「!? えっ、なに、ホラー!?」

「いやまさかだろ。故障か?」

「……秀殿は、悪運が強い」


 孝徳はぼそりと呟いた。

 昔ながらの付き合いで、知っている。彼は多くのものを引き寄せる。いいものもあれば、悪いものまで。悪いものまで引き寄せるのだから、決して「運がいい」とは言えない。

 妖怪、、と共に、、、いる、、、その時点で、それは知れている。

 だから、悪運。

 そして孝徳は、彼のその持った悪運を、奇妙なほどに信頼していた。

 ――とはいえ、ここまで早いとは思わなかったが。

 彼は本当に「持って」いる。


「シキ殿に会いに行くぞ」


 ふつりと。画面が白く塗り潰された。


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