第37話

 画面の中は明るい。演出として、上から太陽の光が降り注いでいるからだろう。

 孝徳たちが今いるのは、大きな城で、本丸――城郭で中心をなす、城主の居所を模している。庭に面した部屋で、他のプレイヤーもたくさんいる。いわゆるゲーム内での「ロビー」となる場所だ。室内なのにキャラクターが靴を履いたままなのはご愛嬌だろう。友人同士で話したり、踊ったり、クエストを受注したりと思い思いに過ごしている。

 実際の季節とリンクし、眼前に広がる庭は木々が瑞々しく生い茂っている。ここからでは見えないが、池の中では立派な鯉が泳いでいるのを孝徳は知っている。池の近くに設置された灯籠も風情があるというものだ。

 チュートリアルをさくっと終えた昌明が真っ先に着いたのもここだ。


「お! ナルいた! こっちこっち!」


 言いながら、秀のキャラクターがぴょんぴょんと飛び跳ねる。陰陽師というだけあって服装は狩衣を連想させる着物だ。跳ぶたびにそのヒラヒラした部分がバッサバサと動いている。


「お前はゲームの中でもやかましいのかよ。つか、結構人がいんのな」

「当初はそこまで注目されていたわけでもないんだがな。最近はどんどんプレイヤーが増えているのだ。それに応じてアップデートも増え、運営の努力には頭が上がらない。欲を言うなら職が多くなったのでいささか戦闘バランスに差がついてしまっているためスキル等での……」

「テンさん、テンさーん。どうどう。ハイおせんべ」

「すまぬ。熱くなってしまったな」


 しまった。ゲームの話になると、つい思いの丈を語ってしまいたくなる。だが昌明は――ついでに言うなら秀も、自分のような根っからのゲーマーではない。自制しなければ。

 秀から渡された煎餅を素直に受け取り、お茶を一口。話している間に少し温くなってしまった液体が喉を滑っていく。ふう、と知れず肩から力が抜けた。


「さて。遊ぶ前に、一つ。フレンド登録をしておこう」

「フレンド登録ぅ?」

「ユーザー同士で登録し合えば、お互いのオンライン状態が確認できたり、別の場所にいてもすぐ近くに飛んでくることができるのだ。一緒に遊ぶなら何かと便利だからな。私と秀殿も登録済みだ」

「あ、そういやオレ、そのフレンドリスト? ってやつが『いっぱいです』って表示されちゃったんすケド。どうすりゃいいのこれ?」

「秀殿!? どれだけ登録したのだ!?」

「え、わかんない」


 あっはー。と、秀はカラカラと笑ってみせた。

 孝徳は恐れおののく。フレンド登録の上限は、確か二百人くらいだったように思う。

 しかし秀は、自分と違い頻繁に遊んでいる方ではない。むしろたまに自分と遊ぶときくらいしかログインしていないはずだ。日も浅く、そのためレベルもまだ高くない。それでいて優に二百近くのフレンドを登録しているなんて。そもそもどういう遊び方をすればそれだけのプレイヤーと接触し、登録に至るというのか。コミュ力おばけめ。


「……まあ、秀殿だからな……」

「本当に謎だよな。アホだし、割と失礼なことも言いまくるくせによ」

「やーん、オレの人徳? なーんて?」

「キメェ」

「ひっで! ナルのあんぽんたん!」

「でもそんな俺のことも?」

「す・き☆」

「俺は嫌い」

「ノれよ! そこは! オレにばっか寒いことさせてんじゃねーよ! ナルのおばか!」

「……二人とも若いな……」


 賑やかに言い合う二人に、孝徳は苦笑した。さすがに彼らのテンションとノリについていける気がしない。喧嘩するほど仲がいいというものだろうか。きっと彼らの中では喧嘩という認識ですらないのだろうけれど。

 ともかく、秀と昌明、それぞれのパソコンを代わる代わる操作し、孝徳はフレンド登録を終えた。


「ちなみにこの四角いボックス画面があるだろう? そこに文字を打つことでチャットができる。相手と交流する時に使うといい」

「へぇ」


 軽く頷いた昌明が、パタパタとキーボードを押す。短い文章。エンター。


【まさまさ:シュウってパンツ履いてんの?】


「履いてるわ!? あっ、しかも全体公開じゃんかそれ!?」

「悪い、手が滑ったわー」

「風評被害ハンパねぇ! ナルのせいで一気にノーパン疑惑の人っすよオレ!?」

「有名人だな」

「嬉しくないんすケド!」

「……とりあえず、飲み込みが早くて助かる」


 元気なのはいいことだ。そういうことにしておこう。


【wwwww】

【シュウさん通報します?w】

【シュウじゃん久しぶり~】

【パンツあげよっか?】


 所々から秀当てにチャットが飛び交う。くそー、と頭を抱える秀に、ゲラゲラと腹を抱える昌明。

 二人を眺め、孝徳は溜息をついた。


「次は組織部屋に案内しよう」



 組織。任意のプレイヤー同士で参加し集う、一種のコミュニティだ。一般的なMORPGでは「ギルド」や「チーム」と呼ばれることが多い。

 そして組織内の、いわば集会所をここでは組織部屋と呼んでいる。そのままだ。


「なんつーか。和室だな」


 ぐるぐるとゲーム内の視点を動かしながら、昌明が低く唸る。孝徳は先を歩いた。


「雰囲気はほぼ茶室と言っていいだろう。そこに掛け軸があるのが分かるか? 近づけば伝言なども残せるぞ」

「うはは、オレこの部屋落ち着くー。縁側に座って茶飲みたいんすケドっ」

「ジジくせぇなぁ」

「にゃにおう」


【金平糖喰い:お、テンとシュウじゃん!】

【猫太マル:おー! テンさん昨日ぶり! シュウくんは久しぶり!】

【金平糖喰い:シュウ生きてたか~】

【花梨:そっちの子は? 新入り?】


 ふいにチャットが飛び込んできた。一斉に流れてきたので、昌明が「うわ」と短く声を上げる。

 やって来たのは、同じ組織のメンバーだ。三人。新撰組らしさが漂う【金平糖喰い】、猫耳娘の【猫太マル】、正当な巫女姿の【花梨】。


【シュウ:お久しぶりっすー!】

【テン:こちらはシュウ殿のご友人だ】

【まさまさ:よろしく】


 ぴょんぴょんと秀が跳ねる。とりあえず誰かに会うたびに跳ねるのは彼の癖のようだ。つられて三人も跳ねたので、どうにも奇妙な光景だった。


【猫太マル:よろしくよろしく!】

【金平糖喰い:うちに入るのか?】

【テン:まさまさ殿はまだ始めたばかりだからな。続けられるようならそれも検討しようと思う】

【花梨:そっか。そのときはよろしくね、まさまささん】


 巫女装束の少女、花梨が、昌明に向かって恭しくお礼をする。黒髪ショートが衣装によく似合っている。

 お、と昌明が身を乗り出した。


「この子、すげー可愛いじゃん。紹介してくれよ」

「中身は男だぞ」

「ネカマかよ! 死ね!」

「ナル、自分の作ったキャラ見て言ってみ?」


【金平糖喰い:って、シュウ、まだそんなザルな装備なのかよ】

【シュウ:サーセンwww久々にやったもんでwww色々追いついてないんすー】

【シュウ:って、あれ? なんかプレゼントが来た?】

【シュウ:しかも金平糖喰いさんから?】

【猫太マル:え? なになにー?】

【テン:ふむ。今のシュウ殿のレベルにより合った装備の一式だな】

【シュウ:ひょぉwwマジでww】

【テン:しかもこの防具は、敵に攻撃を食らっても怯んだり吹き飛ばされない。ゆえにすぐさま攻撃に転化しやすいと評判だ】

【シュウ:おお~】

【金平糖喰い:勘違いするなよ!】

【金平糖喰い:お前の装備じゃ一緒にプレイする奴が大変だからで、お前のためじゃないんだからな!】

【金平糖喰い:そうつまり! 主に俺のためだ!】

【シュウ:ツンデレwwwあざーすwww】


 実際に声が聞こえているわけではない。だが、勢いよく流れていくチャットは、わいわい、ガヤガヤと表現するのが適しているほどだ。相手が男だと知った昌明なんて、とっくに興味を失って自分のワイフォンをいじっている。


【花梨:凪太くんは、やっぱり来ないのかな……】


 ふいに。

 花梨の呟きが、こぼれ落ちた。

 一時いっときの沈黙。BGMとして鳴っている笛の音がやけに響いて聞こえる。

 秀と昌明が瞬いた。


「誰だ? 凪太って」

「……組織の一員だ。昌明殿と同じように、くノ一をメインに扱っていた」

「あ、オレ一緒にパーティー組んだことあるかも」

「そうだな。以前秀殿は面識があったはずだ。ただ……シキ殿に出会って、それ以来インしていない。連絡も取れない」

「シキ?」

「ってもしかして、さっき、テンさんが会いたいって言ってたゲーマーっすか?」

「……ああ」


【花梨:こないだ入った子も、被害に遭ったみたい】

【金平糖喰い:マジかよ。このままじゃ、どんどん人がやめてくんじゃねぇか】

【猫太マル:それはシキのせいとは限らないじゃん! 私はむしろ会ってみたいけどなー! 凄腕らしいじゃん! 見てみたい!】

【花梨:私はちょっと、怖いかな】

【花梨:火のないところに煙は立たないって、言うじゃない?】

【猫太マル:そうだけどさー】

【金平糖喰い:このゲームももう終わりかもな……】

【猫太マル:ええ!? 何でそんなこと言うのさー!】

【花梨:でも、確かに一時期より人が減っちゃったよね……】

【猫太マル:そうかなぁ。新規はどんどん増えてると思うけどな!】

【金平糖喰い:あー。確かに減ってんのは古い奴らかもな】

【花梨:この組織も減ったよね……リーダーもピリピリしてるよ】

【金平糖喰い:あれはシキの噂に嫉妬してるだけだろ。自分より実力が上っぽいのが気に入らないんだよ】

【猫太マル:無課金の人には当たり強いしねぇ~。ぶっちゃけ、組織のメンバーが減ってるのはそういう空気のせいな気もする~】


 話がどんどんとディープになっていく。居たたまれない空気だった。さすがに秀も割り込んでいいものか考えあぐねているらしい。キーボードから手が離れてしまっている。

 代わりとばかりに、孝徳はキーボードを叩いた。


【テン:途中だがすまない。我々は一旦クエストに行ってくる】

【金平糖喰い:おう、そうだな。また後でな】

【猫太マル:じゃあねー!】

【花梨:機会があったら遊びましょうね】



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