第36話
「テンさんおっはー! あっちぃー! ……うっわ!? めちゃんこ涼しい!? 相変わらずっすなテンさん!」
「おいシュウ、やかましいぞ。……うわ、マジで冷えまくってんなココ」
ガラリと戸の開く音がしたかと思えば、賑やかな声がわっと中に入ってきた。ついでに熱気のこもった風が室内に入り込んでくる。キンと冷えた室内にはかえって新鮮だ。
孝徳は顔を上げた。
やって来たのは、男子高校生二人組だ。一人は孝徳も良く知っている。有馬秀。賑やかの源だ。いつもカラカラ、ケラケラと笑いが絶えない。仏頂面になりやすい孝徳にも平気で話しかけてくる。
もう一人は見たことがなかった。秀よりもずっと大きい。しかし、孝徳も身長は百八十五を超えるので――恐らく孝徳よりは低いだろう。やや怖そうな顔つきで、ニコニコしている秀とは随分と対照的である。とはいえ、秀の交友関係がカオスなことは今更だ。驚きは少ない。
孝徳は一度、パソコンの画面に視線を落とした。キーボードで素早くチャット画面に打ち込む。チャットの相手に席を外すと断りを入れ、立ち上がった。
「秀殿。よく来たな。隣にいるのはご友人か?」
「おー。そうそう。テンさんが他にも呼んでいいっつーから声掛けてみた。鳴瀬昌明。同じクラスでバスケ部なんすわ」
「昌明殿か。よろしく頼む」
「お、おぉ……」
「で、このでっけーイケメンがテンさん! この店の住み込みアルバイト? みたいな? 今回『ネトゲやろうぜ!』って声掛けてくれた人」
「普天間孝徳だ。この骨董店……ツナギ屋で働かせてもらっている」
秀の説明がどうにも雑だったため、改めて言い直す。
しかし、昌明の反応は芳しくなかった。がしっと秀の首に腕を回し、ヒソヒソと話し出す。ただし大して気を遣っていないヒソヒソだったので、孝徳にも思い切り聞こえているのだが。
「……おいシュウ。何だこの人。武士か何かか」
「あっは。テンさんってば個性的っしょ」
「いい大人が『秀殿』だの『昌明殿』だの……そんでゲームだの……個性で済まされんのか、おい」
「顔がいいから許されるって」
「それも腹立つ」
「何でよ」
「俺より背が高くてイケメンな奴は滅べばいいのに」
「好き勝手言ってんなぁ」
「まあシュウは自分より高い奴が滅んだら人類滅ぶもんな」
「はぁぁん? バスケ部の中で低めなだけだろ! オレは平均だわ!」
会話のテンポが速いのは、若さゆえか。羨ましいことだな、と孝徳は奇妙に感心した。
コホン、と咳払い。
「何はともあれ、奥に行くとしよう。パソコンもそちらに用意している」
「テンさん、店はいーの? 今日って営業日じゃね?」
「どうせ誰も来ん」
「バイトでそれって、フリーダムじゃねぇか……」
「うはは。まあ実際、ここにマトモな客が来てんの見たことねーわ」
秀が笑い飛ばしているが、その通りだった。
ここ、ツナギ屋は孝徳も言った通り、骨董店だ。縁があって孝徳は一店員として働かせてもらっている。しかし接客よりも、蒐集の方が大変かもしれない。あとは整理、管理だろうか。店主が好き勝手に集めてくるものだから、古びた一軒家に、所狭しと奇妙なものが陳列している。
あべこべに継ぎ接ぎされた木の人形や、手足が異様に長い猫の置物。玉虫色の丸い鉱物。明らかに日本語ではない絵巻。欠けたガラスの仮面。大小様々な壷や楽器らしきもの。バラバラのような、かえって、バラバラという統一感があるような。少なくとも、大きな地震が来たらひとたまりもないだろう。
孝徳は店の奥の
居住スペースは小さいながらも整っている。ごたついている店内と違い、物が少ないため余計にそう見えるのかもしれない。
だからこそ、低めの食卓に二つ並んだノートパソコンは異様に映るかもしれなかった。ちなみに食卓から三歩もいかない距離には、小さめの作業用机が設置されている。その上には、デスクトップ型のパソコンだ。
「おぉー」
「そちらのノートパソコンは秀殿と昌明殿で使ってくれ。申し訳ないが私はこちらを使わせてもらう」
「全部テンさんの私物っしょ。ワガママなんて言わねっすよ」
「俺も何となく遊べりゃそれでいいしな」
「助かる。ゲームはインストール……準備しているから、昌明殿は登録を済ませてくれ。秀殿は以前やったことがあるだろう? 操作は覚えているか?」
「ん。こないだテンさんとやったやつっしょ? 感覚で多分何とかなるなる」
「そうだな。私も微力ながら手伝うから安心してくれ」
「うぃっす!」
「つか、どんなゲームなわけ。俺はシュウに言われて来ただけだからよく分かってねーんだけど」
「そうだな……」
あぐらをかいた昌明と秀が、思い思いにパソコンをいじり始める。孝徳は思案した。パソコンの電源を入れる。
「今回やるのは
「マルチ……何だって?」
「訳としては『複数プレイヤー参加型オンラインRPG』か。要するに色んな人がネットを介し、一つの世界で同時にプレイするタイプのものだな」
へぇ、と昌明が興味の薄そうな声を上げた。秀は楽しげにキーボードやマウスをいじっている。聞いているのかさえ怪しい。
孝徳のパソコン画面が明るくなってきた。キーボードを叩き、パスワードを入力。
「で、普天間さん? だっけか? あんたがハマってるのがその何ちゃらってゲームってことか? それを広めたくってシュウに声掛けたってことか」
「厳密には違うな。先ほども言ったが秀殿とはすでにプレイ済みだ。とはいえ学業も忙しかろう。なかなか一緒にできる時間は取れずにいたが……今回どうしても協力してほしくて声を掛けたのだ」
「オレにできることなら何でもするっすよ~。でも珍しいよな、テンさんがオレに頼みごとなんて。何すりゃいーの?」
孝徳はマウスを握った。画面上を滑らせ、桜の形をしたアイコンをクリックする。ゲーム画面が起動される。
ロード画面を眺めつつ、孝徳は呟いた。
「……とあるゲーマーに会いたいのだ」
きょとんとした面持ちで、秀と昌明が顔を見合わせる。確かに脈絡は薄かったかもしれない。
「詳しい説明は、やりながらにしよう。――さあ、昌明殿。そこのアイコンをクリックしてくれ」
データの読み込みが終わった画面に、ロゴが現れる。
――
「なんか、和! って感じだな」
画面を覗き込んだ昌明が、へえ、と呟いた。孝徳は大仰に頷く。
ロゴは桜や刀があしらわれ、それだけでも和風な雰囲気を醸している。
「見ての通り、八百万界オンライン、通称やおオンは和をモチーフとしている。舞台も時代は違えど日本を模しているし、選べる職業も侍や忍者といったものが多い」
「ふぅん。シュウは何やってんの」
「オレ? 陰陽師! カッケーっしょ?」
「胡散臭え」
「ひっで!」
「普天間さんは?」
「私は侍だ」
「無難すぎてつまんね」
「ナル、お前な。ああ言えばこう言いやがって! もー! ちゃんとテンさんをリスペクトしながらレクチャー受けなさい!」
「ってどこ行くんだよ」
「お茶と何か食べるモン持ってくるっすー」
怒ったような口調だったかと思えば、秀はヒラヒラと手を振って部屋を出ていった。その足取りは軽い。良くも悪くも口先だけの言葉が多い彼なのだ。孝徳は慣れているけれど。
昌明も慣れているのだろうか。顔を上げた彼は、秀の態度そのものを気にした風ではない。ただ、少しばかり不思議そうに眉をひそめた。
「……すげぇ我が物顔で取りに行ったけど、いいのか、あれ」
「構わんだろう。ツナギ屋は秀殿の伯父の店だ」
「伯父ぃい?」
「ああ。秀殿も昔から出入りしていて、第二の家みたいなものなのだろうな」
「昔から? ……あんた、シュウと付き合い長いのか?」
「それなりにな」
「そもそも普天間さん何歳だよ。三十……は超えてないか?」
「それなりだ」
「……はあ。まああいつがどんな奴と友達でも、『シュウだしな』で済むけどよ」
同感だ、と孝徳は思った。
「時に昌明殿。昌明殿は妖怪を存じているか」
「はあ?」
「いやな、秀殿の伯父殿は古いものだの妖怪だのが好きでな。だから道楽でこんな骨董店も開いているのだ。私のような者に預けて放置しているのだから、本当に道楽でしかないのだろうが。……そんな環境だから、秀殿もよく話を聞いていたそうだ。それで友人の昌明殿にも、そういった話をしているのかとふと気になった。まあ、世間話だ」
秀の伯父は、民俗学の研究にも力を入れている。孝徳もその手伝いをよくさせられていた。報酬が良いので苦ではない。
はあ、と昌明は曖昧に肩をすくめた。
「そういうのは基本信じねーんだけど俺は。ただまあ……目の前で起きたことは、ある程度受け入れるしかねぇか、とは思うけど」
「その言い方だと、妖怪を実際に目の当たりにしたかのようだな?」
「……普天間さんこそどうなんだよ。シュウとそんな胡散臭い話してんの」
「秀殿とは長い付き合いだからな」
「あっそ」
「そういう意味では……私は秀殿に救われたのかもしれん」
「……ふぅん」
何かを納得したのか。昌明はそれ以上追及しなかった。
つまらなさそうな顔でマウスをいじっていた昌明が、視線を向けてくる。
「で、登録ってどうすんだ」
孝徳は昌明の背後に移動し、身を乗り出した。彼のパソコン画面を覗き込む。
「そこの空欄にプレイヤー名とキャラクター名を入れてくれ」
「なんかちげーの?」
「このゲームでは複数のキャラを作ることができるからな。プレイヤー名はIDごとに、キャラクター名は作ったキャラごとに……」
「よくわかんねーけどテキトーでいいか」
聞く必要が果たしてあったのか。本当に適当な様子で、昌明がぽちぽちとキーボードで入力する。入力の手際は、ある程度スムーズだ。ブラインドタッチまではできないようだが、もたもたというほどでもない。普段からこのようなゲームはやらないのだろう。本当に秀のノリに付き合っただけらしい。
「性別も選ぶのかよ。お。女だとおっぱいでけーじゃん。普天間さんとシュウはどうしてんだ?」
「私は複数のキャラを作っているからな。どちらもいる。秀殿はとりあえず男でプレイしているぞ」
「ふーん。よっしゃ、女にしよ。その方がやる気出そうだわ。それから……なになに、職業? 女に向いてんのどれだ? ……お。何だこのくノ一。衣装エロいじゃん。じゃあこれで」
昌明はさくさくと決めていく。秀は当初、「えーうわーいっぱいある! どうしようスゲーある! 迷う! こっちもいいな! あ、でもこれもカッケー! やべー!」とわぁわぁ悩んでいた。友人同士でも大分性格に違いがあるようだ。
「できたんかー?」
暖簾をくぐって秀が戻ってくる。彼の手には木の盆。その上には湯気の立ちこめる緑茶と、
「渋いな、おい」
「
「どのみち渋いわ」
「オレは羊羹好きなんだケドなー」
盆ごと食卓に置き、ヘラヘラと笑った秀は、ストンと昌明の隣に座った。彼もまたパソコンを操作し始める。アイコンをクリック、起動。
データの読み込みが始まる。
「そんじゃ、テンさんよろしく!」
「心得た」
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