第31話
サッキー(@sakisakky)今日はコートを新調しました。その帰り、新しくできたドーナツ屋さんでお昼です。もちもち具合がサイコーにゃ~☆
サッキー(@sakisakky)あなたのハートを裂いちゃうぞ♪ なんちゃって(笑)画像どーんっ
『サッキーさん今日もかわいい!』
『サッキーに毎日でも裂いてもらいたい』
『サッキーの画像を見過ぎて彼女に怒られちゃった。でもやめらんない! 応援してるよ!』
サッキー(@sakisakky)わぁい♪ いつもありがとうございます♪
サッキー(@sakisakky)サッキサキにしてやんよ☆』
サッキー(@sakisakky)もう、二人の仲までは裂けませんよ~(笑)でも応援ありがと♪
「……うわあ」
「いやあああ見ないでえええええ」
秀の提案で三人は近くのカフェに移動した。
着いて早々、秀に見せてもらった口裂け女とやらのSNSの数々に裕樹は表情をひきつらせた。全てマスクを着用し、上手い具合に上目遣いで撮られた画像が並んでいる。コメントも一つ一つが何というか――何というか。
確かに可愛らしいが。可愛らしくはあるが。それにしたって。
当の口裂け女ことサッキーはテーブルに顔を伏せ、身悶え中だ。
「シュウ君そんな昔の見せないで! 最近は少し自重して大人しめにしてたんだから! せめてそっち! そっちでお願い!」
「えー。でもオレ、この頃の弾けてたサッキーさん好きっすよ。面白くて元気になるっつーか」
「ひぃん……でも、そのせいで最近は荒らしが絶えなかったから……」
サッキーは顔を真っ赤にし、めそめそと肩を落とした。見た目は年上のお姉さんなのだが、どうにも威厳のようなものは感じられない。散々怯えていた自分たちは一体何だったのか。
「ていうか、キャラ違いますね。ネットじゃキャピキャピしてますけど」
「うう……私、元から自信なくて、引きこもりがちで……だけどネット上なら少しは違う自分になれるかなと思って……ほんの遊び心で始めてみたら、思ったよりみんな優しくしてくれて、それで……」
「自信……ですか?」
「ええ。特に……」
ちら、とサッキーは向かいの秀に目を向けた。もじもじと手を遊ばせ、目を潤ませる。対する秀はきょとんとした面持ちだ。
「その……」
「ハイ?」
「……わ、私」
「ハイ」
「……き、き」
「き?」
「綺麗?」
――言うのに時間がかかりすぎではないだろうか。不慣れにも程がある。自分に言った時はもっとスムーズだったはずなのに、と思わず裕樹は不審な目を向けた。正しく伝わったのだろう。サッキーが「あれは心の準備をしてたの!」と泣き言のように返してくる。
「そっすねー。綺麗だと思いますケド」
「えっ。あ、ぁ、こ、これでも」
「まずその黒髪、スゲー綺麗っすよね。サラサラしてるしツヤツヤしてるし? アジアンビューティーっていうんすかね? 長いのに重苦しく見えなくてスゲー似合ってると思うっす。あとやっぱ目は印象的ですよね! 黒目がちなのが引き込まれそうっつーの? アイドルとして人気あるのも分かるなぁって納得しますわ。あーあと、そですね、詳しくないんすケド肌も綺麗なんじゃねーかな? パッと見て、おっ、て思いますもん。まー何よりにじみ出る人柄? みてーなのが……あ、でもこれは綺麗つーより可愛いらしいって感じですケド」
「……ふぁぁぁぁ!!」
煙を出しそうな勢いで顔を真っ赤にしたサッキーは、外そうとしていたマスクから手を離した。ぶんぶんと顔の前で振り始める。
「え? サッキーさん? 大丈夫っすか?」
「や、やめてぇ……! もういいです、も、十分ですぅぅぅ……!」
「有馬君……タラシか、君は……」
「素直に褒めただけなのに」
うはは、と秀は軽い。
一方、サッキーは顔を覆ってしまっている。まだ耳が赤い。
「うう……そんなわけで、男の人に免疫がなくて……」
「それは十分に分かりましたけど。だったら何で……」
「失礼します」
裕樹が言いかけたところで、店員が割って入ってきた。盆にはパフェが二つと、コーヒーが一つ。パフェはイチゴがふんだんに使われ煌びやかなパフェと、抹茶や餡など和で統一されたシックなパフェだ。
「萌えっ娘パラダイスパフェの方」
「……! はい!」
「抹茶のほろ苦成長パフェの方」
「はーい」
「アイスコーヒーの方」
す、と裕樹は手を上げた。それぞれサッキー、秀、裕樹へと店員が品を置いていく。
「はぁぁぁ美味しそう、一度食べてみたかったの! あ、ねえシュウ君、一緒に撮っていい? 記念に! お友達も一緒にどうかな」
「え、ええ?」
「いっすよー。でも一応オレら一般人なんで? 身バレ防止はオナシャス」
「任せて!」
言うなり、パフェを引き寄せ、自撮りモードへ。手際良くパシャパシャと写真が撮られていく。やはり慣れているらしい。
「……パフェだけ撮ればいいんじゃないの?」
「まあそう言うなって。ネットアイドルの宿命なんすよ」
「意味が分からないよ……」
スプーンで抹茶アイスをすくった秀が、大きく口を開け、中へ放り込む。
「んっま」
「よくそんな甘いものが食べられるね……って、だからそうじゃなくて。サッキー、さん」
「ふぁい?」
イチゴを頬張っていたサッキーが間抜けな声を上げた。裕樹はこめかみを揉み、コーヒーを口へ流し込む。確かな苦みが「しっかりしろ」と叱咤してくれるようだった。そうだ。緊張感のなさに流されてはいけない。
裕樹は周りを見た。中年のおばさん二人が声を張り上げてパンケーキの厚さに感嘆している。隣の女子高生三人はケーキを「一口ちょうだい」「そっちも」と賑やかだ。
一方の男子高校生二人と口裂け女。その異色すぎる客は、そこまで注目を集めているとはいえない。これも秀が言っていた「気づいていない」せいなのだろうか。
まあいい。聞かれていないなら丁度いい。
調子外れのジャズや漂うコーヒーの香りを意識から追いやり、祐樹はサッキーに向き直った。
「サッキーさん。何で、姫川さんを狙ったんですか」
「……君といた女の子?」
「そうです。しかも二日連続で。あんな、はっきりと彼女を追うように……おかげで彼女は怯えています。サッキーさんには何か意図があったんでしょう? それは一体……」
「ええとね、初めはシュウ君のことを聞きたかったの」
「……はい?」
カラリ、と氷が音を立てた。
サッキーはパフェにスプーンを突き立て、ぐりぐりとかき回す。フレークがザクザクと騒々しい。どうでもいいが、サッキーはマスクをしたままパフェを口に運んでいる。器用だ。無駄に。
「さっきも言ったけど、私、今少しネットで炎上してて……荒らしのコメントも増えててね。結構参ってたんだけど……そんなとき、シュウ君に優しくしてもらって……直接相談できたらなって、思って。でもいきなり会うのはどうしても緊張するし、顔も知らなかったから先に様子見をしたくて。それで同じ高校の子にシュウ君のことを聞きたくて声を掛けたんだけど……」
「直接メッセージくれて良かったんすよ?」
「面倒くさい女だと思われちゃうかなと思って……」
「気にしねーのに」
「シュウ君……!」
パァァ、とサッキーの顔が赤くなる。ついでに頬も上気する。裕樹としては、軽率にいい雰囲気になるのはやめていただきたい。話の腰が折れるのだ。
「でも、言ったじゃないですか。『私、きれい?』って! あんなこと言われたら、そりゃ口裂け女に襲われるって思うでしょうに」
「それは、その……生き様だから……。口裂け女としてはあのセリフがなきゃ分かってもらえないじゃない? 私も認知してもらわないことには始まらないっていうか……都市伝説も楽じゃないのよ」
都市伝説も楽じゃない。奇妙なワードだ。
「だとしても、二日目は?」
「あ、それはね、これ」
一度スプーンから手を離したサッキーは、コートのポケットを探った。ゴソゴソしていた彼女は、裕樹の前に手を差し出す。彼女の手に握られていたのは――ワイフォンのストラップだった。小さな黒猫が所在なさげな目をしている。よく見ると、表情がどことなくふてぶてしい。
「それ、姫川さんの……!」
「落としたみたいだったから、届けようと思って……」
いい人だった。人ではないが。都市伝説だが。
裕樹の脳内を、『森のくまさん』が駆け巡る。
恐る恐る、裕樹は彼女からストラップを受け取った。サッキーの手は、アイスコーヒーに触れていた自分の手よりヒヤリとしていた。
白玉をもちもち噛んでいた秀が、ケロリと笑う。
「祐樹君、サッキーさんにアプリが効かなかったって言ってたじゃん?」
「あ、ああ……そうだけど」
「善くないものが溜まってなきゃ、そりゃ変化はないよな」
「……」
そういうこと、なのだろう。初めから口裂け女に害意などなかった。勝手に裕樹たちが怯えて騒いでいただけなのだ。
なんと拍子抜けだろう。
「あ、そうそう。ついでだし祐樹君にお願いしたいことあんだケド」
「お願いしたいこと……? 僕に?」
「イジリーとして?」
にへ、と笑った秀が、スプーンを突っ込んできた。クリームと餡、抹茶アイスが口の中で広がっていく。甘くて苦くて、あまり食べたことのない裕樹には変な感じだった。
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