第30話

 秀のツブヤイッターは、フォロワー数が膨大だ。祐樹が以前見た時点では八百万を超えていた。今もきっと増えているのだろう。

 秀は妖怪もネットを利用しているのだと言っていた。そのため彼のフォロワーにも妖怪がいるのだと――それどころからネットストーカーに遭うほどだった――知ってはいたけれど。それにしたって。


「位置情報ついてたはずだから、最近の呟きを辿れば大体の場所は分かるんじゃねーかな」

「妖怪も危機管理がガバガバだな……有馬君ぐらいのものだと思ってたよ」

「いやあ」

「褒めてないよ?」


 はっきりきっぱり釘を刺しておく。彼のペースに流されると本題を見失ってしまいそうだ。

 秀の案内でたどり着いたのは、昨日裕樹たちが寄ったカフェの近くだった。

 秀がきょろりと辺りを見回す。裕樹もならって視線を巡らせた。本当に近くに口裂け女がいるのだろうか。

 ゴクリと喉が鳴る。手に汗がにじむ。裕樹は無意識にズボンに手をこすりつけた。スゥ、ハァ、短く息を整える。

 そうして改めて周りを見渡し――。


「――いたっ……、……ん?」


 それらしき人影を見つけた裕樹は短く叫び――思わず首を傾げた。


「祐樹君? どしたん?」

「いた、と思う……けど、あの、あそこ……」


 裕樹はカフェの裏、狭い路地を指差した。普段は人通りなど少ないだろうに、今は背の高い男たちが窮屈そうに立ち並んでいる。人数は五人。彼らは輪になり、その中心に髪の長い女性がうずくまっていた。

 鮮烈だった赤いコートが、汚れている。折れたヒール。長い黒髪は、頭を抱えた彼女自身の手によってぐしゃぐしゃだ。

 場違いにも、裕樹は浦島太郎を思い浮かべた。まるで、亀が子供にいじめられているシーン。


「ああ。紗希の親衛隊な」

「し、親衛隊?」


 声がひっくり返る。噂だけではなく、本当にあったとは。。

 しかし、彼女のことを思うと、納得できるような気もしてしまう。彼女は庇護欲をそそる。何せ、祐樹でさえ彼女を守ってやらなきゃと思ってしまうほどなのだ。

 ひょいと秀が前に進み出た。彼は何の気負いもなく男たちに近づいていく。その中でも一等怖そうな、やたら髪がトゲトゲしている男に歩み寄り、何ということか、パシンとその男の背を叩いた。


「あ?」


 ジロリ、と男が凄んでくる。当たり前だ。

 だというのに、秀はヘラリと笑う。ヘリウムガス並みに軽い笑みだった。


「いやあ、お兄さんってば。元気っすねー?」

「何だてめぇは」

「有馬秀でっす。以後お見知り置きを! お兄さんたちはあれっしょ、紗希の親衛隊的な? いやあ精が出ますね、お疲れ様っす。あ、ちなみに紗希とはおなクラで怪しい者じゃないんで!」

「自分で言う辺りめちゃくちゃ怪しいんだが」

「うははごもっとも。つーか、紗希は? 一緒じゃないんすか?」

「帰らせたよ。危ないだろ」

「ナルホド」


 あっさりと頷いた秀は、口裂け女に目を向けた。


「女性を寄ってたかって囲むってのは騎士道に反しません?」

「騎士道にならった覚えはねえな」

「でもこんなん知ったら紗希はショック受けるかも。『キャッ、この野蛮人!』みたいな?」

「裏声キメェ。俺らはその紗希に守ってくれって頼まれたんだよ」


 なあ、とトゲトゲ頭が四人を振り返る。振られた四人は多少の困惑はあったようだが、それぞれが「おう」「そうだそうだ」と思い思いの反応を返してきた。嘘ではないらしい。


「ナルホドナルホド。うーん、でも困ったな。オレらもこの人に用があるんすよー」

「は? 知るかよ。紗希をつけ狙ってる頭のおかしい女に何の用があるってんだ」

「それはプライバシー保護の関係上内緒っつーことで。まあでも……」


 すすす、とトゲトゲ頭に近寄った秀が、こともあろうか、彼の肩に肘を乗せた。顔が近い。無駄に。


「あのですね尾澤さん」

「……! 何で俺の名前」

「お噂はかねがね。……で、……が、……したとか」

「ばっ」

「しかも……と、……で、……なんて?」

「おま、お前、それ、どこで!」

「だから……しないと、……が、……かも?」

「……っ!」


 裕樹の位置からは、秀が何を言っているのかは分からない。ただ、トゲトゲ頭の顔色がどんどんと悪くなっていくのは見ていて分かった。


「でも、……たら、……っすよ」

「ほんとか?」

「もっちろん。男に二言はねーっす」

「嘘だったら……」

「針千本飲ーます?」

「うぜえ。……けど分かった。おい行くぞ」

「尾澤さん? え、いいんですかい」

「いい」


 言葉少なく、トゲトゲ頭――尾澤が秀から離れた。彼はそのまま路地を出ていく。他の男たちも困惑したようについていく。秀はそれを、ヒラヒラと笑顔で見送っていた。


「……有馬君。何を言ったのさ」

「ちょっとした交渉っすよー。ウィンウィンってやつかな!」

「……」


 伊達に交流が広いわけではないらしい。敵に回したくないな、と裕樹は密かに溜息をついた。


「さてさて。大丈夫っすか?」


 秀が口裂け女に手を伸ばす。裕樹は慌てた。相手はあの口裂け女だ。危ない。なぜか男たちにボロボロにされていたようだが、それでも彼女が人でないことに変わりはない。

 口裂け女が、顔を上げる。眼差しがギラギラと鋭い。

 澱んでいる、と、思った。何故かは分からない。

 だが、確かに彼女は今、ひどく澱んでいる――。


「いきなりサーセン。ひどいっすよね。レディに対する扱いじゃないっすよーあれは。コートも汚れちゃって……ケガはないっすか?」

「……う……あ……」

「ハンカチくらいしかないっすケド。ところで口裂け女さん……あ、えーと、サッキーさんっすよね?」

「……え?」


 ふと、口裂け女の目線が泳ぐ。ぱちり、と彼女は気が抜けたように瞬いた。


「オレ、フォローしてる【シュウ】っていいます。あ、そうだ、せっかくなんでべっこう飴もプレゼント! お近づきの印にってことで!」

「……シュウ君? あの? あのシュウ君?」

「うははどのシュウ君かは分かんねーっすケド。アイコンはこれっす」


 ワイフォンを取り出した秀が、ツブヤイッターを呼び出し、口裂け女に画面を見せる。

 パァッ、と口裂け女の顔が輝いた。


「シュウ君! サインください!」

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