第16話

 宙で弧を描いたボールが、網の中に吸い込まれる。瞬間の、擦れる音。次いで訪れる、重さを引き連れ床に叩きつけられる音。

 定期的にその音を聞き流しながら、昌明はシャツを引っ張り上げた。滴る汗を拭う。

 日がすっかり落ちても、この季節、体育館はサウナのように暑い。今まで暑苦しい男たちが汗を流しているのだから尚更だ。

 部活終了後は、一部の部員だけが居残り練習をしている。さすがにクタクタなので帰っている者も多い。

 そんな中、昌明はワイフォンを取り出した。部活中に来ていた通知を確認する。彼女から。メルマガ。部のグループ。そして。


「……! シュウ」

「あいた!?」


 シュート練習をしていた秀の背中に、昌明はバスケットボールをぶん投げた。見事にクリーンヒットだ。的として上出来である。


「ちょっとコラ。何するんすか。構ってちゃんも程々にしないと慰謝料請求するっすよこんちくしょー」

「サンキューな」

「んぇ?」

「浅葱友香。おかげで連絡取れてよ。いい感じになれそうだわー」

「礼を言う態度じゃなかったな!? ……って、ん? ナル、彼女いるんじゃなかったっけ」

「ああ」


 そうだな、と昌明はぼんやり頷いた。考え、ワイフォンからアプリを起動。彼女への連絡画面を開き、数度タップする。文字入力は簡潔だ。


昌明:なあ

昌明:別れよう


 既読になったかの確認もせず、ワイフォンをポケットへ。昌明は秀に向き直った。


「別れた」

「おっふ」

「これで問題ねぇな」

「いやいや、いやいや。ナル? 鳴瀬さん? 正気かな?」


 ひきつった笑みを浮かべた秀が、手持ちぶさただったのだろうか、バスケットボールを投げて寄越してきた。受け止めた昌明に、再度渡すように手を振ってくる。仕方なしに昌明はそれを放ってやった。受け取った秀がすぐさま投げてくる。パス練習だろう。大した労力ではないので付き合ってやる。


「他人が口出すことじゃねーとは思うんすケド。でもいつかその内刺されても知らねーっすよオレは」

「期待させる方が相手に悪いだろ。きっぱり別れてやんねーと」

「それにしたってもうちょいさぁ。別れ方ってもんがあるっしょ」

「二股かけるより誠実じゃねぇか」

「基準がそれってどうなん。そもそも浅葱さんとも上手くいく保証なんてないっしょ?」

「それなんだけど、明日の練習サボるわ」

「ファ!?」


 往復していたボールが秀の手に弾かれた。秀が慌てて追ったので、明後日の方へ飛んでいくのは免れたが。


「脈絡暴投! なになに、どゆこと?」

「野暮な奴だな。決まってんだろ。デートだよデート」

「……」


 ボールをもてあそぶように両手の中で回転させた秀は、何とも曖昧な表情をした。


「……あのさぁ。鳴瀬君。オレはほんと他人だし? あんま深入りすること言えねーケド。でもいーんすかそれで」

「何がだよ」

「やだ怖い顔! うはは今更ツンケンすんなって! いや何つーかさ。鳴瀬君だって案外頑張ってきたワケじゃん? 部活に勉強に? 彼女と別れるにしても浅葱さんにアタックするにしても、そういう素敵な自分で勝負した方がいいんじゃねーかなぁとか何とか」

「はあ?」

「まあだから、とりあえず練習はしようぜって」


 うははと能天気に笑った秀がボールを放る。

 真っ直ぐと飛んでくるそれを、昌明はぼうっと目で追った。直前、体を逸らしてやれば、ボールはそのまま壁にぶつかった。

 くるり。秀に背を向ける。


「冷めたわ」

「ナル」

「いいんだよ」


 そんなくだらない戯言なんて、どうでもいい。


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