第10話
「みんな心配してたっすよー。祐樹君ってばガッコに全然出てこねーんだもん」
「嘘だよ……」
「ぶはっ、何で何で。少なくともオレはチョー心配してたっすよ」
フラフラしている自分を、秀は近くの公園に連れてきた。日陰で、入り口からは目立たないベンチに座らされる。
秀の口調は相変わらず軽く、どこまで本気か分からない。どうにも真面目に受け取れないでいると――ぎゅるるるとお腹が鳴いた。
「あり? 祐樹君はらぺこ?」
「……そうだよ」
だからこそ祐樹はこんな状態でコンビニまで足を運んだのだ。でなければ、わざわざ外に出たりなどしなかった。
ガサガサと袋からオニギリとスナック菓子を取り出す。口元に巻かれていたマフラーを雑に引き下ろす。
海苔を綺麗に巻くのももどかしく、祐樹はそのままオニギリにかぶりついた。急いで買ったのでよく見ていなかったが――筋子だったらしい。米と筋子の感触が口の中に広がった途端に猛烈に空腹感が込み上げる。染み渡る。もう一個。噛むのももどかしくて飲み込むように詰め込んでいく。
「ほい」
ようやく三個目で味を認識できた。ほうと息をついていると、秀がペットボトルを差し出してきた。祐樹が買ったスポーツドリンクだ。一番手近にあったので勢い任せに買ったような気はする。緑茶にしておけば良かったな、などと今更なことが脳裏をよぎった。
「ありがと。……有馬君は、何でここに?」
「センセーにプリント頼まれたから祐樹君の家探してたとこ」
「それは……悪かったね」
「いっすよー。家そんな遠くないし。ついでついで」
あくまでも軽いノリなのは、こちらに気を使わせないためなのか。何も考えていないだけなのか。
スポーツドリンクを喉に流し込み、一息。一旦ペットボトルを横に置き、改めてオニギリにかぶりつく。
ふいに秀の鞄からブーブーと音が鳴った。
「あれ、もしかして……」
「あー、例のストーカーさんな。別のアカウント取ったみたいで」
まだ秀に執着しているらしい。未だに通知が鳴り止まない。
涼しい顔をしたまま、秀は軽快にワイフォンを操作した。スイスイと指を動かし、数度タップし、それから祐樹にニィと笑みを浮かべ。
「祐樹君に教えてもらったからブロックもこの通り!」
「……物覚えが悪くなくて良かったよ」
「いやあ」
決して褒め言葉ではなかったが、相変わらずのノリだった。楽しそうにされるとこちらが気まずい。何だか自分の性格が悪くなったような気さえする。
最後の一口を口に放り込み、祐樹はスナック菓子の袋を開けた。ポテトのチップスタイプだ。
「あ、うす塩味。オレも好き」
「……食べる?」
「え、いーの? マジマジ?」
「……いいよ、一人で食べるには多いし」
建前だったとはいえ、あれだけがっついておいて言う台詞ではなかったかもしれない。
そう後から気づいたが、訂正するのも今更だった。しかも秀は「うはー」と楽しげに声を上げ、お礼を言うなり手を伸ばしてくる。あまり遠慮というものは知らないらしい。別にいいけれど。
パリパリと軽い音がその場に響く。塩気がじわじわと染み込んでくる感覚に、どこかホッとした。
「やっぱこのタイプはうす塩味が強いっすなー」
「そうだね」
味に「強い」という彼の感性がよく分からなかったが、指摘する気にもなれなかった。祐樹はさらに三枚ほどまとめて口へ放り込む。パリパリがバリバリと豪快な音になるのが、何だか小気味良い。
「ところでさ、そのカッコ」
「んぐ!?」
唐突に嫌なところを突かれ、祐樹は喉に詰まらせかけた。手際良く秀が先ほどのスポーツドリンクを手渡してくる。渡されるままに受け取り、勢い良く流し込んだ。
――よく考えなくとも、気にしない方が無理だろうに。真っ先にツッコまれなかった方が不思議なくらいだ。空腹感を満たすのに夢中で、自分でもどこか忘れかけていたとはいえ。
「これ、は、その」
「仮装にしちゃ季節感ヤバすぎねー?」
「ちがっ……放っといてくれよ」
「んなこと言って。あんなにフラフラしてたんだぜ? 熱中症になりかけてんじゃねーの?」
「いいから……!」
手を伸ばされ、跳ねのける――つもりが、相手の方が早かった。マフラーを取られる。それを取り返そうと伸ばした手をかいくぐられ、フードも外された。
風が吹き抜ける。浮かんでいた汗が冷えていっそ心地良い。
しかし――。
「やめ……っ!」
祐樹はとっさに腕で顔を覆った。
しかし、その腕にも無数の目玉。右腕だけではない。左腕にも。両足にも、額にも、頬にも、祐樹の身体の至るところに目玉があった。
「あー、やっぱり」
「……え?」
返ってきたのは、呑気すぎる声だった。あまりにも軽い、ごく当たり前の、ただただ自然な「やっぱり」だった。
恐る恐る腕をどけると、存外真面目な顔の秀がこちらを見ている。
「祐樹君、憑かれてるよ」
「疲れてる……? そりゃあ……そりゃあ、訳の分からない目は出てくるし、変なもの見るし、ああそうさ、疲れてるよ。疲れてるさ」
「取り憑かれてる」
言い直された彼の言葉に、ギクリとする。
「……一体、何を……」
「
祐樹は瞬いた。
祐樹は決して幽霊や妖怪の類いに詳しいわけではない。
とはいえ、ネットサーフィンはよくしている方だし、雑学として少しくらいは耳にすることもある。百々目鬼もその程度の「名前は聞いたことがあるな」程度の知識だ。
「なんか、目がいっぱいあるやつ……だよね」
「そーそー」
言ってから、ふと、思う。
――自分もまさに「目がいっぱい」だ。
「元々はな、盗人の女の人だって話。いや盗人っつーか、盗癖っつーの? 生まれつき手癖が悪かったらしいんすよ。で、ある日、天罰だったんすかねぇ、その女の人の腕に無数の目がぶわーっと現れたんだと。なんでも盗んだ金銭に宿る精霊たちが憑いたんだとか。怖ぇー怖ぇー。ほら、昔のお金って真ん中に穴開いてるっしょ。それが
ペラペラと語られる中身は、まるでただの昔話、いや、作り話だ。彼の語り口があまりにもフワフワと軽く中身が詰まっていないように聞こえるせいだろうか、信憑性もほとんど感じられない。
それでも、祐樹の今の現状を見ると、作り話だと切り捨てることなどできなかった。
祐樹は百々目鬼に憑かれているというのだろうか。
しかし――なぜ?
ふっと、秀は表情を和らげた。彼は祐樹のフードを優しく被せ直し、秘め事のように顔を覗き込んでくる。
「ま、そこでですね。オレに考えがあるんすよ」
「え?」
「祐樹君、乗ってみない?」
戸惑っていると、彼は微笑んだ。
「ワイフォンのお礼、させてくれよ」
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