第9話

「ありがとうございましたー」


 背後からコンビニの店員の声が飛んでくる。いつも元気な女子大生だったが、今日ばかりは声の調子も控えめだ。

 祐樹はちらりと振り返った。ショーウィンドウに映った自分の姿に顔をしかめる。――パーカーのフードを被り、さらにぐるぐるにマフラーを巻いているので、表情などろくに見えもしなかったが。

 コンビニ強盗でもされると思ったのだろうか。店員は未だに怪しげにこちらに視線を向けてくる。

 視線から逃れたくて、祐樹はフラフラとコンビニから離れた。空っぽな胃が訴えるようにぐぅぅと低く鳴り始める。


(あつ、い……)


 ふぅふぅと息を吐く。時折来る眩暈は空腹のせいだけではないだろう。

 酔狂にも程があった。いくら夕方で、暑さのピークを過ぎているといえども、太陽はまだ明らかに余力を残している。それなのに長袖、長ズボン、フードにマフラーと完全防備な自分は異常でしかなかった。自分でも分かっている。

 ガサガサとコンビニ袋の音を立てながら、祐樹は額の汗をぬぐった。途端にぬめりと――汗とはまた、違った感触。

 それを振り払いたくて顔を上げ、祐樹は奇妙なものを視界に捉えた。


「ねー、こっち見てよー」

「もうちょっと。メール打つだけだって」

「えー」


 じゃれ合うような会話をしながら、祐樹とすれ違っていくカップル。その彼女の首がにょろにょろと伸びて上から彼氏のワイフォンの画面を眺めている。

 その顔がこちらを向いた。

 鳥肌が立ち、叫びたい衝動に駆られる。それを堪えて祐樹はその場から走り出した。


 何だあれは。何だあれは!?


 走り抜けようとした矢先、横から歩いてきた女性にぶつかりそうになった。たたらを踏み、反射的に謝ろうとし――歩きながらメイクをしようとしていた女性の片目に「危ないじゃないの」と睨まれる。片目だ。のっぺりとした顔には、たった今メイク道具で描いたのであろう左目しかなかった。


「――!」


 今度こそ声にならない悲鳴を上げて走り出す。

 おかしい。全てがおかしい。自分の身体もおかしければ、周りもおかしい。どうして。それともおかしくなったのは自分の頭なのか。一体どうして――。


「あっ……!」


 マトモに動かさずにいた身体と、けったいな格好と、混乱と。それらが感覚を狂わせ、足元に躓いた。


「おっと? なになに出会いがしらに突然に?」


 倒れかけた先、支える腕があった。祐樹はビクリと身を強張らせる。

 声には聞き覚えがあった。クラスで浮きがちな自分に、よく掛けてくれた、声。


「……有馬、くん」

「祐樹君元気? ……じゃなさそうだな?」


 恐る恐る見上げた先で、秀がニカリと笑っていた。

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