第3話

(よくもまあ、他人にワイフォンなんて預けるよなぁ……)


 自室の机に秀のワイフォンを置き、祐樹は深々と溜息をついた。結局あの後も秀は誰かかしらと一緒に行動しており、祐樹は声を掛けられないまま帰ってきてしまった。

 ワイフォンだなんて、見方によっては個人情報の塊だ。別にどうこうする気はないが、秀には危機管理というものを問いただしたい。

 反応がないワイフォンをじっと見る。特に外観からは破損のようなものは見つからない。確かにタッチパネルにも反応はないようだが――。


「こういうのは大体強制リセットすれば……」


 ブツブツ言いながら、祐樹は強制リセットとなるボタンを押した。

 しばしの沈黙の後、ワイフォンに光が灯り、震え出す。ディスプレイに起動を知らせる文字が表示される。

 案の定といえば案の定だ。拍子抜けですらある。


(まあ、これで明日返せば……)


 ブー


 動き出すや否や、ワイフォンが通知を知らせる音が響いた。アプリが止まっている間に溜まっていたものだろうか。


 ブー ブー ブー


「え」


 通知が止まらない。ひっきりなしに音が響く。


 ブー ブー ブー ブー ブー


「ちょ、ちょっと」


 ただの通知音なのに、断続的に鳴り続ける。止まらない。通知音が終わる前に次の通知音が鳴り響く。次々と。画面に知らされている通知は様々で、着信。メール。ツブヤイッターの返信。返信。返信。メール。返信。返信。


「……!」


 思わず、祐樹は電源を落とした。画面が暗くなったワイフォンはとたんに沈黙する。


「……こ、こんなもの預けるなよ」


 しんとした空気の中、信じられない気持ちで祐樹は声をひきつらせた。

 確かに彼は色々な繋がりがあるようで、校内の至るところで彼の話を耳にする。人脈が広く、連絡を取り合う相手も多いのだろう。だからって。それが分かっているなら、自分なんかに預けず、早く店で見てもらった方が良かっただろうに。

 ベッドに放り投げていた自分のワイフォンを見ると大人しいものだった。何となく溜息をつき、立ち上がる。


「うわ、と」


 床に散らばっていたコードに足を引っかけ、祐樹はその場でたたらを踏んだ。足で退けて、動線を確保。自室の机からベッドまででこの調子なのは、我ながら雑だなと思わないでもない。

 ベッドにゴロリと仰向けに寝転がり、ワイフォンの画面をタップ。猫がドヤ顔をしているようにしか見えない画像を見つけたので、ツブヤイッターを起動し、投稿した。


『ブサカワwww』

『うちの猫もこんな顔するwwww』

『かわええ』

『もっとください』


 次々と来る反応にほっと息をついて、祐樹はワイフォンの電源を落とした。ぼやけた視界で、右手の傷が、大きくなったように見えた。

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