第2話 地上より彼方(アルカディア)へ
千ヶ崎煉は八雲焔の話を聞くことにした。
とりあえず、追い出す前に話だけ聞いとくか、ぐらいのテンションで。
「――さて、それじゃあ説明しようか。お前に与える力。それはこの機械装甲『インフレーム』だ」
そう言いながら焔はタブレットを取り出して煉に見せる。
その画面には、ロボットアニメに出てくるような蒼い機械装甲が表示されていた。
「これはインフレーム初代モデル『カグツチ』。このインフレームの動力源は――『ネット炎上』だ」
「ネット炎上……?」
「この機械装甲のゴーグル部には、視線入力できる半透明キーボードが表示されている。これを装着して、敵と戦いながらリアルタイムでSNSに書き込み、ネットで炎上することで更なるパワーを得ることができる。八雲重工の開発した技術だ」
それを聞いて、煉はぽん、と手を打つ。
「八雲……そうかわかった! 焔さん、八雲重工の関係者か! あそこ、変なもの作る会社で有名だから……。白銀ファンドとかって投資会社と手を組んだってニュースも見たことがあるし」
「まあ、そんなところだ」
煉は、その言葉を聞いて焔が妙に苦い顔をしたのが気になったが、黙っておくことにした。
「そうだ。せっかくなら、これが動いてる過去の映像でも見るか」
そう言いながら焔がタブレットをスワイプすると動画が再生される。
だいぶ古そうな映像。蒼い機体――カグツチが、黄土色の機体と激しく戦っている。二つの機械装甲が超高速で拳をぶつけ合って、その度に合金がたわみ、火花が弾け飛ぶ。
「すげえ……機械がこんな激しくバトルできるんだ」
「こっちの黄土色の機体は、かつて世界征服を企んだ男『ダークサイター』が操っていたインフレーム『レーヴァテイン』だ。……聞いたことはないか?」
「……いや……」
「そうか。まあそんなもんだろうな」
八雲焔は自嘲気味に笑った。
「そして千ヶ崎煉、お前にはこれに乗ってもらう」
改めて八雲焔が千ヶ崎煉にタブレットを向けてくる。
そこに表示されていたのは、紅蓮のように赤い機体だ。
「焔さん、これは――」
「八雲重工と白銀ファンドが手を組んで、10年ぶりに作った新型インフレームだ。お前にはこれで、敵と戦ってもらうことになる」
「ちょーーーっと待ったーーーー!」
「ん?」
「僕、まだ話を聞いてるだけなんですけど……そもそも、敵って誰ですか!? 何と戦うんですか、僕」
「かつてインターネットを自分の望むように作り替えようとした組織、その残党だよ。そいつらは水面下で力を蓄えていた。そして、ついに生み出したんだ」
「な、なにを……」
「ネットの治安を乱す『炎上怪人』たちを、だ」
「炎上怪人?」
「お前がハマってるVtuberの炎上だが……それもすべて炎上怪人が起こしたものなんだ! だから……千ヶ崎煉! 戦え! 炎上怪人と!」
焔は手を振り翳して煽るが――
「いやです!」
「なぜだ!?」
煉の強い拒絶に焔は驚愕する。煉は、とりあえず勢いには流されるタイプではなかった。
「唐突すぎて、まだ要旨がまったくつかめてないからです!」
「……そうか」
「もっと詳しく説明してくださいよ……」
「ふふふ。煉よ。なんだか、お前を見ていると、若い頃の俺を思い出すな」
「昔のことは知らないですけど……ぜっっっったい、焔さんみたいじゃないですからね、僕は!」
「まあ……もっと細かく説明しろというのもやぶさかではないし、その結果お前が乗らないと言うのなら仕方ないとも思う。だが、一ついいか?」
「なんですか」
「今こうしてお前が躊躇してる間にもそのVtuberの炎上……事態は悪化しているぞ?」
「え? ああああああ!」
煉はXYのタイムラインに目を通す。
流速が異常に速い。
リアルタイムで篝火くれない騒動が大きくなっていた。
篝火くれないが、過去の配信でうっかり言ってしまっていた不適切発言の掘り起こし。過去のインスッタ画像などから、相手Vtuberは彼氏ではなく同棲相手というのが濃厚だという話まで出ていた。
活動休止期間は、一ヶ月から無期限へと変わったらしい。
「なんで……なんでちょっと目を離しただけでこんなことに……うぷっ」
あまりにグロテスクな惨状にメンタルが堪えきれなかった。
煉は、流し台に慌てて駆け寄ると――
「おげげげええええええええ」
ビシャビシャビシャビシャーーーー!
盛大に嘔吐してしまう。
「なんだ、お前も吐いてるじゃないか。ははは、やっぱ煉は俺みたいだな」
「違うでしょ意味が! 焔さんのはただの酔っ払い! 僕のはメンタルにダメージ受けたから!」
煉は改めてタイムラインに目を通す。
「でもなんでだよ。なんでくれちゃんがこんな目に会うんだよ!」
「炎上怪人の仕業と言っただろう」
「……それは確かなんですか」
「間違いない。インフレームが炎上からエネルギーを得るように……炎上怪人は逆のルートを辿り、エネルギーを使って人々の感情を操作する。炎上怪人さえ倒せば、ひとまずの炎上は落ち着くだろう」
相変わらず、煉にはまだ何がなんだかわからなかった。
炎上怪人だとか。かつて世界のインターネットを塗りかえようとした組織の残党だとか。炎上エネルギーだとか。
だけど……。
「とにかく、そいつをやっつければくれちゃんは救われるんですね」
「その通りだ」
煉は、大きく息を吸い込んでから咆吼する。
「くそおおおおおおおおおお!」
そして、八雲焔の方に手を伸ばす。
「だったら早く僕にそれを貸せよ! 炎上怪人でもなんでもぶっ飛ばしてやるから!」
八雲焔の顔に、薄い笑みが浮かぶ。
「……いい返事だ」
そして、八雲焔は胸元から一枚のプレートを取り出す。
そのプレートをパキンと折ると、折り畳み傘が開くように立体になり、ヘルメットのような形状になった。
「……これは?」
「このヘルメットをとりあえず被るんだ。ちなみに、今回の炎上怪人が暗躍している場所は……現実世界ではない」
「え!? 現実じゃないって? じゃあ……」
「VRChert(ブイアールチャート)というアプリから行けるメタバース空間だ。とりあえず、このヘルメットを着けるとキーボードが出る。そこにワールド名を打ち込め。『MegaloUnicorn』だ」
その言葉を聞きながら煉は言われた通り、ヘルメットを被る。
確かに、半透明のゴーグル越しにキーボードが表示されており、文字入力できそうだ。
「Mega、lo、Unicorn……っと。わっ!」
そのワールド名を入れてエンターを押した途端、視界が針のように狭くなる。まるで、身体全体が目の前に吸い込まれたような違和感。
そこで、自分が目を閉じてしまったことに気が付く。
改めて目を開く。
「ここは……」
時刻は今と同じ真夜中のようだったが、一瞬で、まったく別の場所に移動していた。
都心のようなビル群の中に、一人でぽつんと立っている。
不自然なほど、あたりには人気もない。
それから、自分の腹部に、ベルトのようなものが巻かれている。
「どこだ……ここ」
すると、煉の隣にふっ、と八雲焔が現れた。
「……バーチャル新宿だ。そして、向こうを見ろ」
八雲焔は遠くを指差す。
「え」
煉は目を見開く。悪夢のような光景だった。
新宿の大きなビル群の奥に、さらに一回り巨大な馬のような怪獣がいて、前足で街を破壊していた。
その頭頂部には、一本の大きな角が生えている。
「ヒヒヒヒーーーーーン!」
馬が、地響きを轟かせながらいなないた。
「なんだあれ……どでかいユニコーン……」
「我々はあの炎上怪人を『メガロユニコーン』と名付けた。メガロユニコーンは人々の貞操観念に作用する。現実世界でいわゆる『処女厨』と言われる連中の行動を、あのユニコーンが操作しているんだ」
煉は思い出す。そういえば、Vtuberに対して処女信仰してる人たちのことをネット用語でユニコーンって呼ぶんだっけ……。いや、そういう意味だったのかよ。
「……つうか、怪人ってか、もう怪獣じゃないですかあれ! あれと戦えって!?」
「VR空間だと色々できるからな。自分があの姿になっているか、あるいはどこかから操っているか……まあ、多少の誤差だ」
「多少じゃないでしょ!」
「ちなみに、今はお前の五感全てをこのVRに投入している状態だ。この場所で死んだら本当にショック死するから気をつけろよ」
「言うのがとてもとてもとても遅い!」
「とにかくがんばれ、千ヶ崎煉。あのメガロユニコーンを倒すことができれば、お前が推しているVtuberの炎上も少しは止むはずだ」
八雲焔は、指先で四角を作ってみせる。
ウインドウが現れ、その中に機械装甲が表示される。何か操作してから、『OK』ボタンを押したようだ。
「よし、準備完了。あとは、この世界でXYでつぶやくだけだ。お前の体質なら、『何でも』炎上するだろ。すると、お前の周囲に炎上エネルギーのバブルが生まれ、それがベルトから吸収される。準備ができたら、『セット・オン・ファイア』と叫ぶとインフレームを装着することができる」
「わかりまし……」
と煉が言いかけたところで、焔が額に手を当て、大きな声で制す。
「ああ! いっけね! 大事なことを忘れていた!」
「何ですか今度は!」
「そのプロトタイプインフレームの型番はIF-5-001と言って、第五世代インフレームの試作機になる。だが、型番だと呼びづらいから機体名は――お前が決めろ」
「機体名!? なんだよその無茶振り、もう……」
煉は目を閉じて、しばし考える。
機体名。機体名か。難しいな。
自分が今思うものは何か。
インターネットは優しくない。ろくなもんじゃない、ということ。
だけど――
救いもあった。
世界中に嫌われたとしても、守りたい人がいた。
好きな人の作り上げた、守りたい場所があった。
だから――
「――アルカディアだ」
「ん?」
「僕の機体の名前は――アルカディアだ」
「いいだろう。炎上しろ、千ヶ崎煉。そして、アルカディアを装着するんだ!」
そして千ヶ崎煉は、大きく息を吸い込んでから、篝火くれない活動休止のニュースについて自分の気持ちを書き込んでいく。
……炎上。
どんな感じにしよう。どうせなんでも炎上するんだろうけど……。
こんな感じか?
@Ren_Chigasaki
【おい、アンチども! お前らには負けないぞ! 僕はくれちゃんの布教活動をもっとしていくからな! くれちゃんの良さがわかってもらえるように、くれちゃんアンチに向けて朝から晩までくれちゃんの切り抜き動画を貼り続けることにしよーっと!】
そう呟いた瞬間。
ピコピコピコ、と通知欄に煉を罵倒するメッセージが届く。
【や め ろ 今 す ぐ や め ろ】
【お前にリプライされるならインプレゾンビのがマシ】
【人力スパムみたいなことしてんじゃねーゴミカス!】
【立派なハラスメントだろ。こいつ凍結させらんねえかな?】
「ぐっ!」
喰らった。
あえてやっていたとしても、無数の人に悪意の言葉を投げつけられるのは、何度喰らったとしても慣れることがない。
手は震え、冷や水をかけられたように心臓がバクバクしてきた。
「き、きつい……」
思った以上の燃えっぷりだ。
でも――知らなかったな。自分の炎上体質が天性の宿痾だったなんて。
そして、まさかその炎上体質が役に立つことがあるなんて。
バブルのように宙に浮かんでいるメッセージが、煉の腹部のベルトに吸収されていく。
「くそ……わかったぜ、ファッキン人間ども」
煉は思う。
人間の本質が、誰かを叩かずにいられないのだとしたら。
僕がサンドバッグになる。
僕を燃やせ。
憎しみの炎で燃やし尽くせ。
その力で僕は――身の回りの大事なものを守ることができる。
世界中に嫌われようとも。
たとえ、どんなに傷付き、血を流したとしても――!
視界の端に、装着に必要なエネルギーが充填されたことを知らせる通知が届く。
それを確認してから――
「セット・オン・ファイア!!」
全力でこう叫ぶ。
「アルカディアアアアアアアアアア!」
煉の身体が眩しい光に包まれる。
そして――
八雲焔が、ぱちぱち、と控え目に拍手をしている。
「おめでとう、装着完了だ」
「これが……」
「インフレーム・アルカディア。千ヶ崎煉、お前の機体だ」
アルカディアを装着した煉は手を握って、放す、その動作を繰り返す。
「すげえ……力がみなぎってくる」
煉は試しに、近くの電柱にパンチをしてみる。
轟音と共に、電柱が粉々に破壊された。
「マジかよ」
「なかなかいい感じのようだな」
煉の視界の右下に数字が見える。炎上エネルギー残り残量、85%。
推定活動時間、2時間45分。
「……あと、やることはわかるだろ?」
「……はい、焔さん」
煉は、空を見上げる。
巨大なユニコーンのような怪獣が……新宿の街を破壊して回っている。
「あの巨大怪獣を――ぶっ倒せばいいってことでしょ!」
開 戦
炎 上 機 装 ア ル カ デ ィ ア
VS
超 巨 大 処 女 厨 獣
メ ガ ロ ユ ニ コ ー ン
天網炎上カグツチ ディケイド 砂義出雲 @sunagi
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