第27話

「貴方に泣かれてしまうと俺はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。弟と暮らしていた時のように俺に任せろと言っていいのか、それともただ涙を拭うだけに留めた方がいいのか。何も知らなかった子供の時と違って、今は自分の限界を知っています。無責任なことは言えません。貴方の期待に答えられ無かったらと考えてしまい、足が竦んでしまいます。失敗したらますます貴方の涙が止まらなくなると気付いて……剣を持てなくなります」

「そんなことは……」

「弟に捨てられたあの時から強くなった気でいました。けれども今日の魔物との戦闘で思い上がりだったと気付いたのです。貴方の願いを叶えられず、今もこうして心配をかけている。もっと強くならなくてはなりません。今度こそ貴方を守れるように」


 固く拳を握り締めたフェルディアの手を包むように、ロニアはそっと自分の手を重ねる。ハッとしたように顔を上げたフェルディアにロニアは「私も……」と口を開いたのだった。


「私も今日の戦いで気付きました。私は聖女でありながら自らの務めを果たせられませんでした。フェルディアさんや助けに来てくれた聖女たちに任せてばかりで、癒しの呪文でさえ満足に唱えられません」

「それは仕方がないことです。聖女さまにとって、今日が初めての魔物との遭遇でしたから……」

「私もこれからは堂々と聖女を名乗れるように努力します。フェルディアさんと一緒に邁進できたらと思います。そのためにもまずは貴方のことを教えてください。どうか私のことは聖女ではなく、ロニアと呼んでください。もう少しお互いに歩み寄りましょう。貴方には従者ではなく、一人の友人になってほしいのです」

「せい……ロニアさま」

「畏まらないでください。私たちが他人行儀では今回のように連携もとれず、ただ魔物たちの的になってしまいます。私たちは魔物から国民を守る聖女と守護騎士です。私たちがこの調子では国民も困ってしまいます。私たちはまだ自分たちの神殿にさえ、辿り着いていないのです」

「そうですね。では、ロニアさん。俺のことはルディと呼んでいただけませんか? 騎士団には愛称で呼び合うような友人なんていませんでした。愛称で呼ばれるとその……この辺りがくすぐったくなるのです」


 落ち着いた声で細かい傷痕が残る自分の胸を差したフェルディアにロニアは頷く。


「ええ、勿論……ルディ」


 ルディという単語が自然とロニアの口から滑り落ちる。これまで無理をして愛称を避けていたからか、今のロニアはとても軽い気持ちであった。

 心が軽やかなまま、ロニアが握っていたフェルディアの手に軽く口付けると、顔を真っ赤に染めたフェルディアが素っ頓狂な声を上げたのだった。


「せ……ロ、ロ、ロニアさんっ!? どうしたのですか!?」

「心ばかりですが、ルディが抱えている疲労と傷を癒せたらと思って。昨日も今日もずっと頑張ってくれたので」

「い、い、いえっ……! 労われるほど大したことはしていません……」

「ベッドで横になってください。背中の傷も診ます。細かい傷なら私でも治せますから」


 先導するようにロニアがベッドに腰掛ければ、フェルディアもどこかぎこちない様子で後に続く。ブーツを脱いだフェルディアにロニアが自身の膝を示すと、フェルディアはおそるおそるロニアの膝の上に頭を乗せたのだった。


「少し寝心地が悪いかもしれませんが、我慢してくださいね」

「悪くありません。むしろずっとこうして寝ていたいくらいです……」


 ロニアはフェルディアの黒い頭に唇を落とす。これはロニアが見つけたロニアなりの癒しの方法だった。

 呪文を唱えた方が速く治るが、時間を掛かってもいいのならこうして直接手や唇で触れた方がロニアは確実に傷を癒せる。こんな方法をやっているのはロニアだけらしいが、肝心な時に呪文を忘れたり、パニックになって口が回らなくなったりするよりはずっと良い。戦闘中じゃなければ、今後もこの方法で治そうかと思っているくらいである。

 しばらくそうしてロニアは自分の唇に神聖力を集中してフェルディアに送り続けていたが、フェルディアが静かに話し始める。


「ロニアさんはラウレールを守護騎士にするつもりでしたよね」

「そうですが……」


 ロニアが唇を離すと、フェルディアはすっと起き上がる。ブーツを履いて荷物を入れている革袋まで行くと何かを持って戻ってくる。


「ラウレールを好いているようでしたので昨日は言いませんでしたが、アイツには気を付けてください。初めて会った時からどこかきな臭いところがあります」

「ラシェルさまが? そうは見えませんが……」

「あの後、この髪飾りを直してみました。聖女さまの大切なもののようでしたので……これもラウレールから貰ったものですよね」


 フェルディアから渡されたのは昨日ラシェルに踏みつけられた赤い花の髪飾りであった。ところどころ花びらが欠けているが使えないということはない。いつの間に拾って、修理してくれたのだろうか。


「そうです。ラシェルさまから贈られて、守護騎士と婚約を約束して……」

「触った時に違和感があったので、魔法に精通している騎士に見てもらいました。どうやらこの髪飾りにはロニアさんの神聖力を打ち消す魔法が掛けられていました。神聖力を使えば使うほど、効果を弱めてしまうようです」

「どうしてそんな魔法が……?」

「それは分かりません。アイツが知らずに渡したのか、意図的に贈ったのかは。ただこれを身につけている限り、ロニアさんは本来の力を発揮できません。お返しするべきか迷いましたが……」

「ありがとうございます。身につけなければ何も無さそうですし、しばらくは身につけないようにします」


 ロニアは赤い髪飾りをローブのポケットに入れる。騎士団のエリートであるラシェルが髪飾りに掛けられた魔法に気付かないということがあるだろうか。意図的に魔法が掛けられたと考えるしかない。

 ただそれを確かめようにもラシェルはロニアに愛想を尽かしてしまったので口も聞いてくれない。どこかに魔法に詳しい人がいればいいが……。


(ラシェルさまは本当に純粋な善意で私に守護騎士を申し出てくれたのかな……)

 

 ラシェルとフェルディアのどちらを信じるべきか、ロニアの中で迷いが生じる。どちらも信じたいが、それだとどちらかがロニアを騙そうとしていることになる。

 信じたいけど信じられないもどかしい気持ち。どちらを信じたら良いのか、ロニアは自分の胸に問い掛けたが答えは返ってこなかったのだった。


 ◇◇◇

 一部完

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これは主従の契約ですっ!〜「待て」ができない狂犬騎士は、落ちこぼれ幼馴染み聖女の主従契約をプロポーズと言い切る〜 夜霞(四片霞彩) @yoruapple123

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