第26話

「じゃあ私のためだけに……守護騎士に選びもしなかった私なんかのために昨日の儀式に参加されたのですか?」

「私なんか、と言わないでください。俺にとっては貴方だけが聖女です。まごうことなき、貴方こそ真の聖女さまです」


 ロニアの銀色の頭をフェルディアの大きな手が撫でる。昔、まだ「タスロ」と名乗っていた頃も、フェルディアは褒める時に必ず頭を撫でてくれた。それが嬉しくてロニアはフェルディアを慕い、後をついて一緒に過ごすようになった。

 立場こそ正反対になったが、今も同じと言えるかもしれない。ロニアの後をフェルディアがついてきて、フェルディアがロニアを慕う。幸せだった幼少期の思い出が泡のように浮かんでくる。


「それに参加して良かったと思っています。人為的なのか、作為的なのかは分かりませんが、こうして貴方の守護騎士に選ばれました。この上ない幸福です。もしこの偶然が貴方以外で起こっていたのなら、間違いなく守護騎士の命令を断っていました」

「でもフェルディアさんは目的があって騎士団に入ったのですよね。それなのに良いんですか。私の守護騎士を引き受けてしまって……」

「俺には騎士団でというより、大神殿でやるべきことがあります。けれどもそれは守護騎士として務めを果たしてからでも遅くは無いのです。今は他らぬ聖女・ロニアのために力を尽くしたい。もし協力していただけるというのなら、非常に助かりますが……」

「ご家族を探して騎士になられたのですよね。その……家族に会ったらどうするつもりなんですか? 返答次第では協力できるかもしれま……せん……」


 もしロニアを探している理由がどちらかの命に関わることなら、ロニアは断ってしまうだろう。ロニアを殺したい、フェルディアを殺してほしいという頼みなら、ロニアは受け入れられない。死ぬのは怖いし、フェルディアが死ぬのはもっと嫌だから。

 けれどもそれ以外、たとえば過去に犯したロニアの失態を咎めたいや謝罪を要求したいと言われたら、ロニアは迷いなく平身低頭して懺悔するだろう。そうしてフェルディアとは縁を切る。どんなにフェルディアが想いを寄せているとしてもロニアは断り続け、一人の聖女と一人の守護騎士として生き続けるだろう。それが長年フェルディアを苦しめたことに対するロニアなりのけじめである。

 けれどもフェルディアが語ったのは、ロニアも想像していなかった意外な言葉であった。


「家族に……謝りたいのです……」

「謝罪、ですか? フェルディアさんが?」

「昔の俺は向こう見ずで、家族を……弟を守っているつもりが、連れ回していたみたいで、それに気付かなかったのです。それである時、弟に捨てられてしまって。俺が外出している間に弟は大神殿に入ってしまって、それ以来一度も会っていません」

「それは……っ!」


 違うという言葉が喉まで出かかって、ロニアはぐっと飲み込む。大神殿に入ったのは聖女になるため。元々予定されていたことだった。真実を話せなかったフェルディアには急なことに思えたが、ロニアにはこうなることが分かっていた。別れを告げられなかったことが心残りではあるが、決してフェルディアに愛想を尽かして離れたわけではない。

 

「弟は俺のことを憎んでいるかもしれない。恨んでいるかもしれない。兄として守ってやると言いながら、何もしてやれなかった。弟の気持ちに気付いてやれなくて、本当は俺のことを嫌っていたかもしれないのに分かっていなかったのです。どうしたらいいのか悩んでいる間に、今度は育ての親だった聖女と守護騎士も引退して田舎で細々と暮らすことになったので、弟を探して王都にやってきました。神聖力を持たない俺は神官にはなれないので、それなら少しでも近くに居られる騎士になろうと決心して騎士団に入団しました」


 聖女と違って神官には守護騎士はいないが、大神殿に願い出れば専属の護衛騎士を持てる。地方に出向く時には神官の護衛として同伴を求めるという者だった。高位の神官になればなるほど遠出が増えるので、専属の護衛騎士を持つ者が多い。護衛騎士と守護騎士は兼任できなくないが、基本的に守護騎士の方が聖女の身辺の警護や世話で多忙を極めるので、どちらか片方に従事する者が大半である。守護騎士の申し出をした際に、護衛騎士を理由に断られることも多い。


「これまで何度も大神殿に問い合わせをしました。『タスロ』という名前の神官はいないか。いたら会わせてほしいと。けれども答えは毎回同じ。そんな名前の神官は存在していない、と。大神殿に入ったはずの弟は跡形も無く消えてしまったのです」

「そうだったのですね……」

「騎士団に所属する一介の騎士では問い合わせることしかできない。『タスロ』という名前の神官がいつ大神殿にやってきて、そしてどこに消えてしまったのか知りたい。そのためには守護騎士でいるのが都合良いのです。聖女さままで巻き込んで心苦しいのですが……」

「私のことは気にしないでください。弟さん見つかるといいですね……」

「貴方はどこか弟に似ています。星のように輝く銀色の髪も、夜中のように煌めく紫色の瞳も。表情がくるくる変わるところでさえも。涙交じりに『ルディ』と呼ばれた時に、貴方の姿が弟と重なってしまいました」


 フェルディアに頬を触られてロニアは心臓が口から出そうになる。タスロだと疑われていることだけじゃない。これまで兄のように敬愛していたフェルディアを、急に異性として意識してしまったからだろう。子供時代を含めてフェルディアのことはなんでも知っているはずなのに、今のフェルディアは知らない異性にしか思えない。今のフェルディアはロニアの知る、どのフェルディアとも違う。

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