第4話 悪魔は甘いものがお好き
目覚ましが鳴っている。
うるさいから止めたいが起き上がるには労力がいる。
ジャバトは唸ることしかできなかったが、隣で何かが身じろいだ気配がした後、急に目覚ましの音が鳴り止んだ。
不審に思って薄目を開けると、眠りに就こうとする自分の顔があった。
それを見て昨晩のことを思い出し、ジャバトは飛び起きる。
大事な友達であるビハムの一番の親友になりたくて、ジャバトは願いを叶える悪魔を召喚したのだ。
悪魔は何故かジャバトそっくりの姿をしていて、何故かジャバトの
「ねえ、起きてよ。朝だから起きなきゃ、」
とりあえず悪魔を揺すって起こそうとしたが、悪魔も朝起きるものなのかという疑問はあった。
「んん、おはよう、ジャバト。」
「おはよう、えっと、名前は……?」
「悪魔でいいよ。名前は隠しておいた方が良いのサ。」
そう云われると自分だけ名を知られているのは不公平なような気がする。
ジャバトの不満をよそに悪魔は伸びをすると、寝台から降りて部屋を出ていこうとした。
「ちょっと待った、家族に見られちゃまずい、」
「オレはジャバトにしか見えないし聞こえないから平気。なんなら小さくもなれる。」
そう云って掌に載るほどの大きさに縮んだ悪魔は蝙蝠のような羽をはためかせ、ジャバトの肩に乗ってみせた。
「今日も自分で起きられたの?」と母に驚かれながら、ジャバトは食卓につく。
悪魔に蜂蜜
供物のマドレーヌもおいしそうに食べていたし、甘いものが好きなようだ。
家を出て、学校までの道を歩きながら、同じ大きさに戻った悪魔に聞きたかったことを尋ねてみる。
「学校に行ったら僕はビハムの一番の親友になってる?」
「いんや、そうはなってない、」と悪魔はこともなげに言う。
「なんで? 契約成立したのに、」
「結果を手に入れるには原因がなくちゃあ。因果を無視して望みを叶えるには沢山の魔力が必要なのサ。残念ながらそこまでの魔力は赤字になっちゃうから使えない。」
「マドレーヌがいるなら、もっとあげるよ。お小遣い、貯めてるのあるし。」
悪魔は意地悪そうなニヤニヤ笑いをするだけで、ジャバトの言葉には応えなかった。
「まあそこまで魔力を使わなくても因果を揃えられれば良いのサ。たとえば……事故でビハムの足が無くなったとする。」
「え……」
「皆が腫れ物に触るような扱いをする中でジャバトが親身に接してあげれば、きっとジャバトがビハムの一番の親友になるだろう。
そうだ、逆の方が確実かな。ビハムのせいで事故が起こってジャバトの足が無くなれば、ビハムは一生ジャバトの云うことを聞くしかなくなること請け合いサ」
「嫌だよそんなの……足が無くなるのも痛いのも嫌だし、僕もビハムも心から笑えなくなりそうで嫌だ。僕はビハムに云うことを聞いてほしいんじゃなくて、一番仲良くなりたいんだ。」
「そっかぁ。それじゃあジャバトにも頑張ってもらわないと。そら、」
そう云って悪魔が指差した先には見慣れた柔らかそうな金の髪。ビハムだ。
しかしジャバトの笑顔はすぐにしぼんでしまった。
彼の隣には既に先客達がいたからだ。またしてもジェミニ兄弟。
「ほらジャバト、行ってきなよ。」
「無理だよ……もうジェミニ兄弟と話してるもん……僕が行っても邪魔なだけだよ。」
「邪魔だって? ビハムにそう云われたのかい?」
「まさか! そんなこと云われたら立ち直れないよ。ビハムはそんなこと云う奴じゃないし。」
「なあんだ、答えは出てるじゃないか。ビハムは友達を邪魔に思うような奴じゃない。それなら邪魔しに行ったって平気だろう?」
ほらほら、と背中を押され、挨拶しないと不自然な距離まで近づいてしまった。
それでも逡巡しているうちに、「あ、おはようジャバト。今日も起きられたんだな!」と気配に気づいて振り向いたビハムに先を越されてしまった。
「お、おはようビハム……」
「おはようジャバト!」
全然似てない双子なのに、ジェミニ兄弟は声を揃えて挨拶してきた。
「お、おはよう、レオ、アルビ……」
「ん? 今、俺見てレオって云った?」
間違えた。普段名前を呼んだりなどしないから、ごっちゃになっていたのだ。
名前を間違えるなんて失礼な奴だと思われただろう。
謝ろうとするが声が口の中にこもって上手く出ていかない。
そこにビハムの明るい声が聞こえた。
「でも分かるよ、俺も最初はアルビのことレオだと思ってたし。レオってライオンて意味だろ。勇ましいアルビにぴったりだと思ったんだよな。」
勇ましいと云われてアルビはまんざらでもない顔になる。
「でも僕のレオはRだからライオンのレオじゃないんだよ。よく聞かれるけどね。」
「え! そうなんだ、俺も勘違いしてた!」
大袈裟に驚くビハムに皆が笑いだす。
ビハムはさりげなくジャバトの肩を叩き笑いかけた。
「大丈夫だよ」と云ってくれているようで口のこわばりがほぐれていく。
「あの! 名前間違えてごめんなさい!」
一瞬静かになって青ざめるが、皆すぐに吹き出した。
「真面目だなあジャバトは~、」
「そんな謝んなくても大丈夫だって、」
今度は恥ずかしくて赤くなったが、誰も怒らせてなくてほっとする。
やっぱり知らない話題で置いてけぼりになることもあったが、ジャバトはビハムたちと一緒に登校することができた。
「ほうら、案ずるよりも生むが
席につくと話しかけてきた悪魔を、ジャバトはちょっと睨みつけて小声で答える。
「なんだよ、結局悪魔は何もしてないじゃないか」
恥ずかしさを紛らわすようぶっきらぼうに云ったが、ニヤニヤ笑いの悪魔は覆い被さって耳元で囁いた。
「まあ、それはおいおい。ちゃんと貰った分だけは働くサ。」
悪魔に圧し掛かられても重みを感じず、熱くも冷たくもなかったが、なんだか居心地の悪くなるジャバトだった。
プエル・アストラ校の生徒達 十晶央 @toakio
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