第7話 努力

二柳瑠夏にやなぎるか

皆には黙っていたことなのだが、うちも指定校受験に受かっている。

この空気感の中で誰かに言うことなんて恨まれるに決まってるし、うちがまだ受験をしていない立場だったとしても絶対に良い気がしない。


余裕の無い人間が友人に余裕が生まれたことを祝うなんてフィクションも良いところだ。

うちは集団のスポーツをやっていた。

コミュニケーション能力と技量がものをいう世界でうちは良い成績を残すことが出来なかった。最初は楽しくてやっていたスポーツも、仲間が嫉妬と不安感に塗れれば楽しいだけじゃいられなくなる。

大会を目指す強豪だったこともあって、部活内でのいざこざは後を絶たなかった。

毎回選ばれる奴、人一倍頑張っても報われない奴。うちは後者だった。才能なんて無い。

仲の良い同級生が選ばれたという話を聞いて最初こそおめでとうと言えた。

心の底では羨ましい、何でうちじゃないのと思いながらも努力が足りなかったのかもしれないと、こんなことで人を嫌いになってはいけないと自分に思い込ませたが何回も続く内に気持ちは抑えられなくなっていった。


全員が仲間であり敵であるこの受験戦争中に、合格を告げるというのは先の例と全く同じだ。

小雪1人分の合格報告ならば許されるかもしれないがうちまでとなれば話は別だ。

うちはきっと小雪よりも努力をした。

何でも出来る小雪ならしなくても良い様なことも死に物狂いで対策した。

先生との面談だって何10回も重ねたし、小論文も100回は書いて消してを繰り返した。

興味の無いニュースも耳が痛くなるまで聞いたし目が取れるかと思うくらいに見た。

うちは努力が報われたのだとおもっているが、皆の前でそれを見せたかと聞かれれば何割か見せたか否かだろう。

小雪がその才能と少しの努力で乗り越えたと思われているようにうちだって、運動部特有の高いコミュニケーション能力で簡単に乗り越えてしまったのだと妬まれそうだ。

妬まれない方が難しい現状だと思う。

余裕ができた者の嫌味だと思われるかもしれないがうちは応援したい。

誰1人落ちるなんて辛い思いをしてほしくない。


「瑠夏ちゃーん!!勉強教えてっ」


「またか〜?未久はおバカだからね〜!」


「そそ!あたしおバカだから今日も頼むよぉ」


「はいよ!」


運動部は大抵、文武両道を求められる。

赤点を取ったり成績が危ういと大会は勿論、練習にすら出して貰えない。

だから基礎から躓いている相手に教えるくらいなら問題なく出来る。


「今日は何の教科?」


「国語!文章の読み方がわかんなくてさぁ」


「まぁ確かに難しいかもな〜、大切だと思うとこに線は引いてるか?」


「全部線になったよ!!」


「意味無ぇ....同じようなこと言ってる部分は端折るんだ。やってみ?」


「うーん...あ!全部消えたっ」


「1箇所は残しとけ!1番詳しく言ってるとこ残せ。」


「これかな?」


「そうそれ!出来るじゃんか〜!」


「えへへ、まぁあたしだし?」


「うぜ〜」


未久が1番の不安要素だ。

学ぶ姿勢は1番あるのだが、なんせ全教科が苦手教科だ。

赤点常連、最下位常連。E判定は当たり前。

うちは未久の悲しむ顔なんか見たくない。

未久は嘘をつかない。

その嘘のない話では、未久は家にいる時間も大半を勉強に費やしているらしい。

学校にいる時もうちらに教わりながらずっと勉強している。どうやら勉強すること自体は好きらしく、知識が定着しなくても落ち込んではいない。危機感が無いとも言える。

うちらのグループの中で1番努力している未久は部活内でのうちと重なって感じた。

幸せになってほしい。


「うーん難しいなぁ」


頬を膨らませる未久にそんな思いを抱いていると少し自分の表情が緩んだ気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私が幸せになれればいいのに。 白薔薇 @122511

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ