第6話 関係維持

〜万小雪〜

わたしは莉子の1番にならなきゃいけない。

莉子が大学に受かってしまったら他の友達ができてしまう。

もし莉子を1番に考える友達や、万が一彼氏なんかができたら生きていけない。

莉子が受験に失敗してもわたしが何とかしてあげるから莉子はもっと惨めに未完成になって。

そのためにはわたしも動くしかない。


学校へ向かう電車。

わたしが乗車した次の駅で乗り込んで来たのは一条杏奈いちじょうあんなだ。

大きい会社の社長令嬢。

わたしなんかよりももっと何もしなくたって金が手に入る立場の人間。

杏奈の両親は杏奈を溺愛しているらしく、お小遣いの額も桁違いだ。

本人に悪気は無いのかもしれないが、話の端々に出てくるお金持ちアピールが原因で他のグループに馴染めずわたし達のグループへ入ったような節がある。

代々続く由緒正しき良家の娘というよりは成金と言った方が良さそうな人柄だ。

電車で通学している理由はよく分からないが、

本人が納得してることだけは知っている。


「杏奈じゃん、おはよー。」


「おはようございますわ。小雪。受験合格本当におめでとうございますわ。」


「そんな祝わないでって、なんか申し訳ないし。祝われたくて言ったんじゃないから。」


「あら謙虚でございますわね。」


「てか杏奈さっきから平気?スマホに通知凄いけど。」


尋常ではない量の着信音が聞こえる。

マナーモードにしておけばいいのに。

溺愛されたお嬢様育ちというだけあって常識に疎い部分がある。

天然といえば可愛く聞こえるが、これは絶対悪い意味の世間知らずだ。

少なくとも下心無く見ればそう感じる。

何も咎められないとこうなるのか、いやわたしも咎められたことは殆ど無いのだが。

つい先日も「これ何ですの?」と言いながら、瑠夏が買った高価そうなバッグをいじくり回していた。悪気が無い表情をしていたけれど、割とえげつないことをしていると思ったものだ。


「平気ですわ。放っておいても彼らは喜んでくれますから。」


パパ活でもしてるのか?とは聞けまい。

そもそもそんなに興味も無い。


「前に聞かれたことがありましてよ。おじさまとデートしているのかと。答えはノーですわ。

わたくしの恋人は皆さん高校生でしてよ。」


何股もして遊んでるというところか。

美人で金を持っていて世間知らずな部分のある女性はさぞ可愛く映るだろう。

マウントを取られた気持ちになることは多々あるけれど人当たり自体は良い方だろうし。

わたしとしてはそもそも次元が違いすぎて自慢をされたとて頭にこないというか。

鼻につくタイプの自慢の仕方ではなかったのかもしれない。

正直浮気をするような人物とは思わなかった。


「聞きたいことがあったのです。」


「聞きたいこと?」


「どのようにしたら受験へのモチベーションは上がるのでしょうか。」


「モチベかぁ。めんどいことが終わったら楽しいこと待ってるよ〜とか?」


「楽しいことですか...。わたくし今が充実しているのですわ。大学になど行きたくない。

今の交友関係のまま..いえ、忘れて下さいな。」


驚いた。まさか杏奈がこのグループに思い入れがあっただなんて。


「わたしも卒業とか大学とか興味無くてさ。

でもやんなきゃじゃん?志望校もないのに浪人したくないし。来年まで頑張れない。」


わたしには努力しても身につかないという人間の気持ちはよく分からない。

努力しなくても出来てしまうから。

まぁ、それを言ったら嫌われるんだけど。


「どうして年齢は上がっていくのでしょうね。」


わたしは逆に子どもっぽくないと大人達にヒソヒソと話されるのが嫌で早く大きくなりたかったものだ。


「さぁね、生き物だからとしか言えないけど。」


「皆さんはわたくしがどの選択肢を選んでも成功する人生を歩んでると仰るの。小雪もそう思いますか?」


「他人が見ればそう見えるでしょ、わたしだって何でも出来て凄いね〜とか言われる。

頑張らなくても出来るって全部が退屈だし、褒められたって別に嬉しくもないのにさ。」


「わたくしは勉強も運動も平凡なのです。

けれど何をしたって皆さんわたくしを持ち上げて、成功に導いて下さるの。

けれどそれは、わたくしにとっては失敗も同然なのですわ。」


言わんとしてることは分かる。

要は隣の芝生は青く見えるということだ。


「杏奈はずっと今のままでいたい?」


「えぇ、けれどそうはいきませんわ。

既に小雪が大学へ行くことは確定ですもの。」


「確定じゃないよ。わたしも今の関係を崩したくないって思ってるの。関係維持の為なら入学蹴ったっていい。」


「まぁ!」


「杏奈さえ良ければだけどさ。」


「いえ、わたくしから言わせていただける?」


「いいよ。」


「共に受験を妨害いたしましょう。」


常に柔らかい笑顔を浮かべている杏奈が見せた初めての悪い顔。

莉子は嫉妬心でわたしの大学入学を妨害したいと考えている。

わたしはわたしの好きな莉子でいて欲しいから莉子の受験合格を阻止したい。

杏奈は今の心地良い交友関係維持のために全員の受験失敗を願っている。


わたしが思惑を把握している全員が全員、人の不幸を願っているだなんて何て人間として未完成なのだろう。

未完成な人間同士の集まりはこれ程に美しい。

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