第3話

 ――さすがに蟻は数が多いだけあって、その生態もまた様々ですねぇ?


「挙げたらキリがないほどいる蟻の中でも、特に面白いのを挙げるすると……

 巣の中で植物を栽培したり、自分たちとは異なる虫を育てたりする種がいるんだ。それらは食用で、つまり巣の中で栽培や畜産をしているんだね。

 他にも別の蟻の巣から蟻の幼虫を誘拐し、それを奴隷にするヤツとか、あと自分に危険が及ぶと自爆して、相手もろとも殺してしまう蟻、なんてのもいるなぁ」


 ――そ、それは、とんでもない蟻たちですねぇ!? 


「はっはっは! そうだろう、そうだろうとも。実に面白いことこの上ないとは思わないかい?

 いやぁ~本当に、蟻という生物はごくありふれた生物だが、どこまでも奥深く、そして本当に興味の尽きない生き物だよ!

 ああ、そうだ。実はごく最近になって、更に面白い生態を持つ蟻が新たに発見されたんだった!」


 ――ええ!? そ、それは……一体どんな蟻なのですか?


「ああ、これが実に興味深い特徴を持っているんだがね! その蟻というのが――……」



 ◇



「基本料金は……2万円から3万円ってトコか。で、各種の追加オプションが大体1万円と……なるほど」


 僕は布団の中でスマホを覗き込みながら、主だった大手の害虫駆除業者のサイトを検索し、そのサービス内容の詳細について色々と調べていた。

 理由は言うまでもなく、僕の部屋にいるクソ蟻どもの駆除……というか、殲滅の依頼だ。

 

「はぁ、はぁ……ぐっ!?」

  

 昨晩、あのクソ蟻に噛まれたからだろう胸の腫れが、なんか酷い。

 別に死にそうなほど痛いとか、ひどく苦しいだとか、痒くてたまらないだとか、そんなワケじゃあ決してないのだけれども。

 

 何と言うか、少し高めの熱が出てしまって、それで僕は今日、止むなく会社を欠勤することに決めたんだ。

 

 もちろん会社には既にその事を連絡したんだけれど、その時の電話越しの上司の反応がてんで良くなかった。


 だけどさ、体温を測ったら39℃もあったんだぜ?

 実際、こうしてる今も寒気で手が震えてんだよ……!

 社員が仕事を病欠する理由としては充分だろうが、あのクソ肉達磨上司がよ…!

 大体なんなんだよ、僕が今まで上手くやってた時は、どいつもこいつも揉手で擦り寄ってきてヨイショしてやがったくせに。

 ちょっと体調崩しただけで、皆あからさまにコロっと態度を変えやがって……!


(ああクソッ! どいつもこいつも……!

 死んじまえってんだよ、糞カス共がよ……!!)

 

 それにしても、この熱ってやっぱり普通じゃないよな……?


 もしかして、まさか……とは思うけど、実は……緊急で病院に行くべき、かなりヤバい病状なんだろうか?

 どう考えても普通じゃない、そんな気がするにはしている。


 だが、実際のところ、どうなんだ?

 落ち着いて、よく考えてみろ?

 

 たかが蟻んこに刺されて、その箇所がちょっと腫れてるってだけで病院に駆け込むほどのことか……?

 ちょっと……いやいや、かなり……大げさじゃないのか、それ? 

 

 最悪なのは、そうやって散々騒いでおいて「何もありませんでした」って診断されるパターンな。

 もしそうなったら……超ダサくね?


(ふっ、だよな。バッカじゃねぇの? たかが蟻に刺されたくらいで、それがどうだってんだよ?

 そんな事より、僕の部屋にいる薄汚い糞蟻どもを皆殺しにする方が先決だろうが……!)


 害虫駆除業者のサイトを色々と眺めながら、それらの料金がどれも少し高いのが気になったけど、手頃な会社に目星をつけてエンターキーをしっかりと押し込んだ。

 ああ、そうだ。もう、引き返すつもりなんて毛頭ない。ここまできた以上は、徹底的にカタをつけてやるさ。


 ――蟻どもを、完全に殺し尽くす!


 そう、僕の部屋に……いや、僕の視界に入って来る全ての蟻を、この世から完全に殺し尽くしてやる!

 そのためなら、いくら金がかかろうとも構いはしないぜ!!

 必要な処置だの行程だのがあるなら! それらを全て実行して皆殺しにするまでだっての!


 そう! 兎にも角にも全プッシュだ!!

  

(ククク……見てろよクソども! お前らは全部! 僕がこの手で皆殺しにしてやるんだ……!!)


 スマホで害虫駆除の依頼をきっちりと終えた僕は、今度こそ意気揚々と床に就いた。


 駆除業者には「最速依頼」つまり「明日」に速攻で来てもらうよう日時を指定した上で、更に注意事項欄にも念押しで「限りなく早く来てくれ」と、そう書き込んでおいた。

 もちろん何かトラぶって来なかったから、そん時は文句言いまくった上でネットに色々書き込んだ上で晒しまくって、超炎上させてやる!


「はっはっは! 見てろよォ……!」


 明日だ!

 明日になれば害虫駆除の業者がやってきて、きさまらは全滅ゥウウゥ~!


 まぁ最悪、今日テメェらが僕の睡眠をまたクソったれに邪魔しやがる可能性がありやがるけど、それもどう転んだって今日までだ……!


 ざまぁみろ!

 ざまぁみろよってんだぜ! 

 

 アッヒャヒャヒャッ……!!


「……ふぁあ……」


 枕もとのスマホを確認すると「10:02」と、まだ全然午前中だった。

 けど特にすることないし、何よりメチャクチャ眠いしで、そのまま眠ることにした。



 ◇


 

「――んッ?」


 珍しく、なんの妨害もないまま、僕は……何時間も眠ることができた……らしいぞ?

 信じられないくらいに脳内はスッキリ! そして体はさっぱり!

 

 実に! 実に晴れやかな気分だ!!

 


「――くっ、くうう!」


 か、感動のあまり、思わず涙が溢れ出てきた。

 これが! これが快眠ってヤツか……!

 なんて爽快感と充実感なんだろう! こ、こんなに晴れやかな気持ちになれたのは、本当に久しぶりな気がするぞ……!


「……って、あれ?」


 周囲を見渡してみると、すっかり暗くなっちまっている。

 

 ――ま、それもそうだろうな。


 昼前に横になって、そのまま何時間も熟睡したんだろうから、そのまま夜になっちまってても全然不思議じゃないよな。


 となると……今いったい何時くらいだろう?

 気になったのでスマホの画面を確認する。


「12:15」


 ええと、つまり? 僕は熟睡しすぎて、丸一日くらい寝過ごしてしまったってことなのか。

 ああ……ただ寝ただけで休日のほとんどを潰してしまうってのは、なんか超勿体ない気がする。


 だって、せっかくの休みだったのにな?


 ああ、もう夜中の12時か……

 12時……


 12時?!


(――――ん?)


 ……あ、あれ? おかしいな?


 ちょっと待って!?


 今、12時だって?

 いや、待て、おかしくないか?

 よく考えろ? 寝ぼけてんなよ?!


 真夜中なら「00:00」だろ!

 今は「12:15」、昼の12時ちょい過ぎじゃないのかよ?!

 

 もう一度、外のほうを見てみる。


「…………!?」


 まるで真夜中みたいに真っ暗だ。

 窓から光が、一切差し込んでこない。

 

(ど、どうなってるんだ? 一体――――) 


 僕は暗闇の中をゆっくりと立ち上がり、手探りで壁伝いに照明のボタンを探した。

 その内に、何気なく窓際に近づいた時、僕は窓ガラスの暗闇の隙間から、ほんの薄っすらとだけど、陽の光が差し込んでいる事に気付いた。

 

 いや……よく見ると、逆だ。


 無数の何か・・が窓ガラスを覆っていて、それで陽の光がほとんど遮られている……!?


「――――なアッ!?」


 時おり差し込んでくる陽光の隙間に、無数の触覚や節足が見え隠れしている!


 いや……それは……窓だけじゃない………!

 とっくに! 僕の部屋の中を覆い尽くしている……!!

 

 それでなのか……!


 真昼で、本当は陽射しが差し込んでいるはずなのに、部屋の中が真っ暗なのは……!!




 こいつらが!


 僕の周囲を!


 ぐるりと部屋ごと取り囲んで!


 「真っ黒」に埋め尽くしていやがるからだってのか……!!


 

 見渡す限り、蟻! 蟻!? 蟻!!


 ありありありありアリありありあり蟻ありあり有りありありありありあありありありありありありありありあり在りありありあり亜里ありありありありありありあり阿利ありありありaliありァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLアアァ!?!?


 

 蟻だ! 


 蟻だらけじゃないか!?


 い、一体何匹……!? 

 いや、何万匹!? 

 いやいや、何十万匹!?


 もしかしてッ……何百万匹……!?


 そんな、途方もない数の蟻が!?

 僕の部屋を埋め尽くすほどに結集して!?

 

 ざわざわと波打ちながら、僕の周りを取り囲んでいる……!!



「ひっ……!?」



 僕が悲鳴を上げると、それに呼応するように、幾万もの無機質な目が一斉に赤黒い光を帯びて、僕目がけて一気に襲い掛かって来た……!


 目から、鼻から、口から、とにかくありとあらゆる箇所から……



 何百、何千、何万匹もの蟻が!


 僕の身体を目がけて、一斉に――――――






 ◇



「――――え? 駆除処理を……キャンセルなさるんですか!?」


「はい、たった今そう言ったのですが。何か問題が?」


「え? いやあの、あれだけメールで散々早く来いと催促しておいて当日キャンセルというのは流石に……ちょっと困るんですよねぇ……!」


「急に不都合が生じまして。ああ、キャンセルなどに料金が必要でしたら全てお支払いしますので、それで良いんでしょう? とにかく今日の所はお引き取りを」


 ――バタン!


 扉を閉めた後から「ちっ、なんなんだよあの態度は……!」との悪態が聞こえてきたが、そんな些事はさして重要ではない。

 適合前に『宿主コイツ』が呼んだ害虫駆除業者とやらが目下最大の脅威であったが、帰還した以上は最早問題にはならないだろう。

 それにしても、害虫駆除業者か。

 目の前に立っているだけで、実に不快極まりない「臭い」のする生き物だった。


 早急に始末する必要があるだろう。



 ◇



「あ、先輩。おはようございますゥ♪ 今日は顔色良いですねぇ~♪」

「やあ、おはよう。チョーク、すごく役に立ったよ」


「よう! やっとこさ出勤か? 心配してたのに随分な重役出勤だな――って、おいおい、なんか調子良さそうだな!」

「ああ、お陰様でね。なにもかも上手くいったよ」

「おお、そりゃ良かったなぁ!」


 ……話しかけてくる人間たちに、口角の筋を上げて脳内から適切な言語を検索し、応える。

 これが、この種の間で行われるコミュニケーションというもののようだ。


「おい君ィ! 例の企画書、本当にこのまま任せてしまって大丈夫なのかね?」

「はい、どうもご迷惑をおかけしました。直ちに準備致します」


「んぁ!? ああ、うむ。まあ、分かっているなら問題ないのだがね……くれぐれも、頑張りたまえよ?」


「はい、お任せください」


 

 我々・・は宿主脳内に記録されている習性に則り、特定の・・・地点に赴き、そして特定の人間せいぶつと意思疎通を図り、そして特定の・・・行動パターンに従って肉体を駆動させる。


 そうすることで、我々は難なくこの人類しゅぞくに擬態し、この種族の社会構成コロニーに溶け込んでいくのだ。


「万物の霊長」を自負してはいるが、人類コイツらは思考も、行動も、基本的な原理は蟻族われわれとさしたる差などない。


 状況に応じ、最適であろう行動を選択し、それを模倣し続けてさえいれば、蟻族われわれは容易く、この人類しゅぞく社会構成コロニーを全て掌握することなど容易であろう。

 


 『人類』


 高度な知性を持っていながら、その実、なんと単調な思考しかできない愚鈍極まりない種族であろうか――――






 ◇





 ――「他の生物に寄生する蟻」ですか?


「そう、これが実に面白い性質を持っていてね……! ――と言っても、生物界じゃあ別の生物に寄生する生き物なんていうのはそう珍しくもないんだけど……これが蟻ともなると、ちょっと話が変わってくる。

 実はこの種はごく最近発見されたばかりの新種で、はっきりとした生態がまだよく分かってはいないんだが、基本的にはこうだ。


 まず社会構成コロニーを持つ生物の一匹に対して接触を図る。

 そしたらそいつを攻撃し、毒を体内に注入することで動きを鈍らせるんだ。

 毒の注入と同時に、強い臭いが出る。仲間にもそれが分かるようにマーキングが施されるってワケ。

 ……で、そいつが毒で弱ったところを見計らい、仲間と協力して一斉にその生物に襲い掛かることで、その生物の身体に寄生するって寸法なんだよ。それも、寄生する生物が生きたままで」

 

 ――先ほど社会構成コロニーを持つ生物を獲物として寄生すると仰ってましたが……?


「ああ、そうだよ。この種の蟻の面白い点は、必ず社会構成コロニーを持つ生物を標的として活動するということだ。

 そして寄生した生物の脳や神経系を掌握して肉体を完全に支配、コントロールすることで、宿主と同じ生物として振る舞い、完璧な擬態をこなす。そしてその上で、目的の生物の社会コロニーに完璧に溶け込んでしまうんだ。


 最終的には寄生した宿主を媒介して爆発的に増殖して支配し、その宿主たる生物の社会構成コロニーごと種族そのものを絶滅させる――――……っていう、とんでもない性質を持っているんだ! どうだい? すごいと思わないかい!?」


 ――も、もしそんな蟻が……人を襲ったりしたら……?


「ふむ、それは……実に興味深いテーマだよね。もしそんなことになったら、人類は絶滅してしまうんじゃないかな!?」


 ――せ、先生!?


「はははッ! な~~んてね!

 そんな低俗なSF映画やホラー映画っぽい事! ホントに起こるワケないじゃない~♪」


 ――え? あ? アハハ! そ、そうですよねぇ!?


「いや~! それにしても今日は楽しかったなァ! じゃあ、蟻についての取材というのはこんな感じで良かったのかな? カメラさん! 僕のこと、ちゃんとカッコよく撮ってくれたのかい?」


 ――それでは先生、本日はお忙しい中どうもありがとうございました!


「ああ、また何か質問があったら訪ねてらっしゃい。いつでも疑問に答えてあげるからね!

 ただし! 僕のことカッコ良く撮ることが条件だからね~?」


 アナウンサー、そして随伴のカメラマンとやらがニコやかに去っていく。

 その身体にも既に、我らが同胞を何体か這わせているとも知らずに……。

 

 いずれ、時がくれば……


 そう思うと、宿主にんげんの習性の模倣に過ぎないが、自ずと口角が上がる。

 


(ククッ……! せいぜい今の内に、この地球ほしの支配者を気取っているがいい。

 人類おまえたちの時代は、じきに終息を迎えるのだからな――……)

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ムラ @Mura_03

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